第八話 変化
1月20日の13時に、七話を更新しております。読んでいないかたは、先にそちらをどうぞ。
修二の彼女が、うちの神社についての噂を流していたって!?
でもなんで、たった一人が言っていたことが、そんなに影響力があったのだろうか。
「大森さん、モデルみたいに綺麗な子で、オシャレだし、性格も良くて。誰にも分け隔てなく話をしてくれるんです」
「なるほど」
大森さんは一年女子のアイドル……というよりはリーダー的な存在のようだ。
だから、一年女子の間で噂になっていたのか。
「う~~む」
噂の内容は、飯田から聞いていたものとほぼ変わらない。
うちの神社で参拝すると、祟られるというもの。
そして、行方不明事件の原因になっている、ということだった。
「大森さんから、話を直接聞いてみるしかないな」
情報提供してくれた一年の女の子にお礼を言って別れた。
「飯田、ありがとうな」
「おう」
十八時を知らせるチャイムが鳴る。けっこう、中庭で話し込んでいたようだ。
微妙に人の気配も感じたので、もしかしたら恋人たちの逢瀬を邪魔してしまったかもしれない。
申し訳なく思っていたけれど、飯田は「ざまあみろだ」と言っていた。
「それで、大森さんに話を聞きに行くのか?」
「そうだな。一回、修二に頼んで」
修二は彼女に会わせてくれるだろうか。なんとなく、彼女ができてから距離が遠くなっている。
一緒に登校することはなくなったし、メールもまったく交わさなくなった。
ぼんやり考えごとをしていたら、隣で飯田がぶつくさ言いだす。
「なんかさ、大森さんって嫌な奴だよな。神社の悪い噂を流してさ。普通、いろんな人に言い回ったりしないだろうが」
「まだ、そうだと決まったわけじゃないから、そんなこと言うなよ」
「でも、大森さんが悪評を言いふらしているのは、事実だし」
「そうかもしれないけれど、俺は自分で見た大森さんからどんな人物か判断するから」
そう言い返したら、飯田は若干傷ついたような表情をしていた。
「飯田、悪い。いろいろ、親身になって協力してくれたのに」
「いや、いいけどさ」
飯田は俺の背中をバン! と力いっぱい叩いた。
痛かったけれど、激励と受け取っておく。
「トム、人の噂は三百六十五日っていうし、気にするなよ」
「長いって、一年じゃん! 正解は人の噂は七十五日!」
いや、七十五日も十分長いけれど。二ヵ月も閑古鳥が鳴いていたら、神社は大変なことになる。
どうにかしなくては。
◇◇◇
帰宅する前に、神社に寄った。
ちょうど、父が楼門を閉めているところだった。
「父さん、ただいま」
父は振り返って、笑顔で「おかえり」と返す。その様子は、いつもと変わらない。
完全にふっきれていたようで、ホッとした。
「明日の夕方から、ちょっと力仕事を手伝ってくれないか?」
「うん、いいけれど、
何をするの?」
「玉砂利を集めて、清めようと思って」
玉砂利というのは、神社の参道に敷かれている石のこと。
歩くたびにジャリジャリと音がするこの石は、人が持つ邪気を祓う効果があると云われている。
その昔、賽銭泥棒が玉砂利の音に驚いて、逃げ帰ったなんてこともあるらしい。
玉砂利を敷くことは、防犯目的でもあったようだ。
本来の意味は、魂のこもった美しい石、というものだとか。
神社にとって、大切なものなのだ。
そんな玉砂利は長い間人の邪気を吸ってきた。
父は今回の事件を受け、思いきって清める計画を立てたという。
今まで石像と化していた狐太郎と狐次郎が変化を解き、父を褒める。
『なるほど、玉砂利を清めるのですか! いい考えですね』
『すね!』
『大きな神社では、できないことです』
『です!』
狐太郎と狐次郎がいた京都にある稲荷神社の総本社は神域が広すぎるので、玉砂利を回収して回ることは難しいことだろう。
うちの神社は、楼門を抜けた先から玉砂利が敷かれている。けっこうな範囲だけれど、回収、洗浄に何日かかるのだろうか。
『夜はしっかり、神社を守っておきますので』
『ので!』
狐太郎は小さな炎をポッと出し、狐次郎は『くううん』と可愛らしく威嚇する。
イマイチ迫力に欠けるが、彼らの働きに期待するしかない。
父が「頼りにしております」と言うと、誇らしげに胸を張っていた。
最後に神社の周囲を見回ってから帰宅する。
煮物っぽい匂いが漂っていた。母は今日の夜、ミケさんを実家に連れて行くと言っていたので不在だ
夕食の作り置きしてくれていたのか。
台所を覗くと、紘子の姿がある。
「なっ!?」
「んん?」
父と共に、驚きの声をあげてしまった。
なぜかと言ったら、紘子が大量のいなり寿司を作っていたから。
パッと見たところ、百個以上あるような気がする。
それでも、まだ鍋で油揚げを煮込んでいたし、紘子自身せっせと油揚げに酢飯を詰めていた。
「え、紘子、なにこれ?」
「こんなにたくさん……母さんの実家への、差し入れかい?」
俺と父の問いかけに、紘子は「なに言ってんだ?」みたいな顔で見てくる。
「いなり寿司は、差し入れじゃない。食べたかったから」
「は!?」
「この量を?」
学校帰りに、お小遣いで買える限りの油揚げを買ってきたようだ。他の材料は家にあったものを使っているらしい。
「紘子……これ、家族で食べるには、ありえない量なんだけど」
「私が食べるから」
「いやいやいや!」
やはり、最近の紘子はおかしい。修二に彼女ができたから、と理由付けるわけにはいかないだろう。
ここで、父が気づく。
「これ、母さんのいなり寿司じゃないな」
「あ、本当だ」
寿司桶や重箱に詰められたいなり寿司は、三角形だった。酢飯を見ると、五目飯になっている。
母が作るのは、俵型の油揚げにゴマの入った酢飯が入ったシンプルないなり寿司だ。
紘子が作る料理は基本、母に習ったものである。
ここで、ある変化に気づく。
紘子の狐の尻尾が、ゆらゆらと揺れて二つに割れた。
「紘子、お前……?」