第十話 エンキリと優のお料理
十、
古那優、俺より下だから………ええっと、年齢は十五、六だろう。
年齢よりも下に見られたりすることがよくあり、それは外見上幼いからであろう。
元来、寡言なところがあって人見知りもするのか、正月なんか目を合わせただけで下を向くような子だった。姉さんとかにもなつくことなく、ただただ俺の近くにいて俺が他の人と遊んでいるのを優がじーっと眺めているといったことも幾度と無くあったな。そんな優がもってきた知らせ、いつかわからんが恐怖の大王がピンポイントで俺の家に舞い降りるそうだと聞いたのは午前中のことだった。
―――
「師匠、今日はお祭りでもあるのですか?」
時間帯は夕方、忙しい主婦の方々は夕飯の買い物などに勤しんでいる頃合だろう。
「いや、違う………俺の姉さんがくるんだ」
「姉さん?師匠の姉上ですか?」
「ああ」
「なるほど………客人を迎えるために掃除をするのは思えば当然の行為ですね」
「ま、そういうことにしておいてくれ」
ひと段落つき、焔華の隣の部屋に
「偉大なるお姉さまのお部屋」と書かれた看板を取り付ける。うん、これでなんとかいいだろう。
「………霧耶さん、こちらも終わりましたよ」
「ご苦労さん」
「………師匠、この方が師匠の姉上ですか?」
きょとんとした表情で焔華は優のことをみている。そういえばまだ紹介してなかったな。
「ああ、この子は俺の親戚の子で古那優って名前だ。今日から居候する予定だそうだから仲良くしてやってくれ」
「………古那優です、よろしくお願いします」
「拙者の名前は菅野川焔華と申す。こちらこそよろしく………」
両方とも頭を下げてうまく挨拶をしているようだ。さて、今日姉さんがくるかわからないが一応、夕飯は姉さんの分も作っておくことにしよう。
「さ、二人とも夕飯作るから手伝ってくれ」
「了解しました」
「………わかりました。お二人は私のサポートをしてください」
俺と焔華、そして優の三人で調理場に立った。今日の献立は姉さんが来るかもしれないというので普段よりも豪華なものを作ろうと決めていた。普段は精進料理を焔華が勝手に作っているので冷奴やら山菜の煮つけなどだけだったが久しぶりにうまいものでも食えそうだと期待していたのだが………
結果を言おう、三人で出来た料理は酷いものだった。
「こげた魚にこげた肉料理………炭のサラダってところだろうか?」
「いえ、師匠………これは火事場の料理のフルコースといったところでしょう?」
優に聞こえないように俺たち二人はささやきあった。
「………」
言いたくないが、原因は優にある。
普段から料理をしていなかったのだろう、だからはっきり言って足手まといもいいところだった。
俺たち二人は最後まで優を信じてサポート側にまわったのだが、結果は大きく裏切られるものとなったのだ。
久しぶりに会った………というか、殆ど話なんてしたことのなかった相手を責めるのもなんだか心苦しかったので俺は黙って、焔華も同じように料理をしたのだ。その結果、連帯責任なのか、はたまた厳しい愛情を優に注がなかったためか、とりあえず食うのも一苦労というゲテモノ料理が出来てしまったのである。ちなみに、姉さんだったら何でもおいしく食べてくれるだろう。
「と、とりあえず…………」
処理するか、食べてしまうかのどちらかを選択したほうがいいだろう。前者を選べば優が間違いなく傷つくであろうが俺たち三人の健康は損なわれないだろう。そして、後者を選べば優の心は救われるだろうが、俺たちの健康は救われない。
「し、師匠………」
アイコンタクトを送ってくる焔華に対して俺はどう対応すべきか困っていた。勿論、心も大事なのだが体も大事だ。
「………食べないんですか?冷えてしまいますよ?」
優は既に“これ”を食べる気でいるようだ。
「し、師匠!」
焔華は俺に訴えかけてきている。これなら焔華の精進料理のほうがまだましだろう、いや、月とすっぽんの違いがあるはずだ。
「……焔華、武士たるものどのような敵にも臆せず、つっこむのが道理………」
「で、ですが………」
「確かに、ただ敵軍につっこんでいくようなものは武士とはいえない。昨日の敵は今日のともってこともありえるからな………この敵たちは見た目はワイルドでとげとげしているかもしれないが………意外と心優しいもの達かもしれない。見た目で決め付けるな、終わった後にあれもいい体験だったなぁって思えればすべてのことが救われる!」
俺は自分の分の箸を手にとって焔華に告げた。
「我に続け!世界は終わりを求めず!真理とは常にそこにあるものなのだ!!」
「わかりました!!」
自分でも何言っているかわかんなくなってきたのだが、俺は無我夢中で食事を始めたのだった。
「「いただきます!!」」
俺と焔華は相手に対して宣戦布告し、箸という一本の太刀を持って敵軍の中に突っ込んでいったのだった。
――――
「ぐはぁっ!!」
世の中には………恐るべき敵が数多存在するということを久しぶりに知った。俺の舌は既に未知との遭遇で混乱状態。うまく呂律が回らない上にその舌には宇宙が存在するかのようだった。そして、師匠と弟子という関係上の焔華ともその後に一戦交えたのだった。
「し、師匠………」
「ついでに言うなら腹痛もだけどな♪」
ここにくるまでには様々な障害があった………ここは一応俺の家なのでなんとしてでも所有者として焔華には勝ちたかった。この古臭いぼっとん便所の最初の所有権を手に入れたのはそう、俺だ。
「し、師匠、は、早く変わってください!何かが生まれそうなんです!!」
「そうか、俺は今出産中だ。あ〜死ぬかとおもったぁ〜」
「拙者、し、死んでしまう可能性が出てきました!!」
生まれ行く混沌たちに俺は別れを告げて涙目になっていた焔華に聖域の権利を渡したのであった。
「ふぅ、なんとかこれで死にそうには無いな」
立ち上がって優のいる台所へと向かった。
「…………料理、どうでした?」
はじめてあったときとまったく変わらないどこか眠たそうにしている目をこちらに向けてくる。さて、どう答えたものだろうか………
「………あ〜あれな、ちょっと………まずかった」
「まずかった………そうですか………」
あからさまにがっくりきている優に対して、俺はあわてて付け加える。
「いや、そうじゃなくてあのタイミングで酢を入れたのはまずかったって意味だ!」
「………なるほど、精進します」
メモ用紙を取り出して、優はなにやら書き込んでいるようだった。
「………霧耶さんは料理が出来るのですか?」
「ん?まぁな」
俺の家の人たちは多忙で、ちょっとした料理ぐらいなら(姉さんを除いて)誰だって出来る。これはもう、生きていくうえでやるべきことだからな。
「では、焔華さんも?」
「ああ、料理は作れるぞ。普段焔華が作ってくれてるからな」
とってもヘルシーな料理をな。
「………なら、私は料理で霧耶さんを超えて見せます、覚悟してください」
なんだかよくわからないまま、俺は優に宣戦布告されたのだった。




