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八話 日常編(昼休み三)

「もう、いきなりとか卑怯だよ。何にも出来なかったじゃん」


「知るか。てか、蒼太に卑怯なんて言われたくねぇよ。お前の十八番だろうが」


「あ、ひどっ」


 蒼太のふてくされたような口調を、神楽はばっさりと切り捨てた。神楽のその態度に、蒼太は傷付いたとばかりにわざとらしい泣き真似を見せる。だが、神楽もそんな事をされても溜め息以外は出てこない。なんせ、明らかに泣き真似なのだから。


 だからこそ、神楽は言ってやった。蒼太のそれがただの言いがかりなのだと。


「酷いっつっても、お前って手札一枚も無かったし、フィールドにもオプションカードとか伏せてなかったろ。言っても言わなくても、何も出来なかったろうが」


「心の準備とか色々あるんだよ。僕に負け続けた神楽が、とうとう一勝をもぎ取る時が来たのかとか」


「ざけんな、その言い方だと一回も勝ったことないみたいじゃねぇか!」


 神妙な面持ちで反論してきた蒼太に神楽は叫ぶ。確かに神楽は蒼太に負け続けていたが、それでも勝ったことくらいはあるのだ。蒼太のそれは間違っている。


 しかし、叫ばれた当の本人はこれまたわざとらしく首を傾げた。


「えっ、あるの?」


「あるわ! 何、勝手に記憶改ざんしてんだ!」


 明らかに蒼太はからかっている。神楽もそれくらいは理解しているのだが、やはり叫ばずにはいられないようだ。それが蒼太のからかいに拍車を掛けていると分かっていながら。


「えー、じゃあ何回くらい?」


「……二回」


「ぷっ、何戦くらい対戦しての二回?」


「二百戦前後だよ、悪いのか! 僅差だって何度もあったし、それ含めりゃ半分はいってんだよ!」


「あはは、悪くない、悪くないよ。ただ、相性云々以前に、神楽って僕にはとことん弱いからさ」


 とうとう蒼太は堪えきれずに笑い声を上げてしまう。こうも容易く乗ってくれると、歯止めを利かすことも忘れるようだ。全くもって、蒼太と言う人物は外見と中身が釣り合わない存在である。


 こういった点も、神楽が蒼太との対戦でなかなか勝てない理由の一つなのだろう。ペースを乱されるのだ。取り組むべき事に集中出来ないほど。神楽にとって蒼太とは親しい友人でもあるが、それと同時に天敵でもあるのだった。



「お前の性格捻くれ過ぎなんだよ。本気で殴り倒してぇ」


「暴力はんたーい。神楽はへんたーい」


「てめっ、マジでぶん殴ってやる!」


「きゃー、こわーい」


 そうして、二人の追いかけっこが始まった。一人は現実ならば青筋も浮かんでいるだろう般若のような顔で、一人はぶりっこのような仕草とともに高い声でふざけた悲鳴を上げながら。


 と、そこに一人の人物が二人に声を掛けた。何というか、寂しげな口調で。哀愁も漂っているように見えるのは、気のせいかもしれない。いや、ただの気のせいだ。


「そこのお二人さん。俺のこと忘れてないか。運命ですよ、実況席に居た。忘れてるよね」


 そう、言わずもがな、空気と化していた運命だった。悲しいかな、対戦中は運命の話題も出ていたと言うのに、対戦後は一度も話題に上がらなかった。それどころか、二人に視線を向けられることすらなかったのだから、哀れとしか言えない。


 しかし、だからと言ってこのタイミングで二人に声を掛けるのは悪手だった。そんな事をすれば、この二人の騒動に巻き込まれるのは明らかだったのだから。


 いち早く、近付いてくる運命の存在に気付いた蒼太が、今回はそうだった。


「あっ、運命! ちょっと背中貸して!」


「は? あ、おい」


 いきなり背中側に回ってくる蒼太に、何が何だか分からない運命は慌てふためく。だが、それはすぐに解決する。目前に迫り来る脅威によって強制的に。


「食らえ、運命シールド!」


「えっ? どわっ、神楽何しやがんだ!」


 運命は自身が反応出来るぎりぎりのところでそれを避けた。それ、つまりは神楽による勢いの乗った拳を。


 とは言え、ここはVR。ゲームの世界だ。規則や制限はしっかりとされている。暴力など避けずともまず当たることはない。身体に当たるその前に、強制的にその行為を停止させられるのだ。


 ただ、当たらないと知っていようが怖いものは怖い。それも確かではあるが。


 神楽もさすがに悪いと思ったらしく、振り抜いた拳を戻して首の側面に手を当てる。そして、気まずそうに謝る。


「悪い、勢いづいて止められなかった。だけど、文句は蒼太に言え。こいつがそもそもの原因なんだからな」


 そうは言っても、やはり原因は蒼太だ。神楽も自分だけ責められるのはお断りだった。運命に謝罪していたはずが、途中から蒼太を鋭い視線で見据えていた。


「えー、僕はちょっと悪質にからかっただけだよ」


「それだよ、それ! 何だ、その自分は悪くありませんって態度! 自分で言ってるだろ、悪質って!」


 蒼太は可愛らしく唇を尖らせ、小さな子供のように反発する。だが、神楽はそれに苛立ちを覚えはしても、決して可愛らしいとは思わなかった。と言うか、思いたくもなかったのだろうが。


「あはは、ごめんね」


 神楽の苛立ちなど何のその。蒼太は舌先を出して自分の額を拳でコツンと叩いた。俗に言う、テヘペロ、コツンである。現実にやる人間が居るとは思わなかったが。


 さすがに、神楽もこれには口を噤むしかなく、心底萎えた。何というか、本当にげんなりとしているようだった。


「はぁ、もういい。疲れた」


「神楽、諦めろ。蒼太はもう手遅れだ」


 運命はそんな神楽を不憫に思ったのか、神楽の肩に手を置いて首を振った。


 次いで、気持ちの共感をするように運命は語る。蒼太との接し方を。


「あとな、蒼太の言動は基本受け流せって。昔っからだろ、こいつは。こっちまで痛い思いするはめになるんだから、一々構ってたらキリがないんだ。構うな、絶対」


「あっ、運命も酷い。僕は楽しんでるだけなのに」


「お前は自分だけ楽しんでるんだろ。こっちを巻き込むな、頼むから」


 そんな運命の物言いに不満を抱いた蒼太の発言に、運命は頭が痛いと言った仕草で額に手を当てる。もちろん、ここはVRであるためそんな事はないのだが、この会話を聞いていると、有り得なくはないと思ってしまう。


 それはさておき、蒼太はそれでも反省の色を見せない。本当にいい性格をしている。


「とか言って、運命も結局構ってくれるんだよね?」


「はぁ……。なぁ、神楽。こいつ、殴っていいか。もちろん現実の方で」


「ああ、俺も付き合う。さすがにそろそろ、お灸を据えようと思ってたからな」


 いい加減、運命も蒼太に疲れたのだろう。神楽を宥めていたはずが、いつの間にか蒼太への制裁を推奨し始めていた。当然ながら、神楽の答えはイエス一択だった。


「えー、二対一? そんな事するなら、こっちにも考えがあるんだからね? 奥の手、使っちゃってもいいのかな?」


「どうするか言ってみろよ。何をしようが、俺は殴るがな」


 二人の結託を見た蒼太の奥の手発言に、しかし、神楽は余裕をもって答えていた。何をしようが関係ない。弱みなど自分には無いのだから、と言わんばかりだ。


 ただその一方で、運命は蒼太の発言に早くも挙動不審気味だった。それに蒼太も気付いたのだろう。最初の標的は、運命だった。


「ふふふ、後悔しないでよ。まずは運命! 運命の弱みは何個もあるからね、簡単だよ。そうだなぁ、冬花ちゃんに秘密をバラしちゃうとか。あっ、校内放送でって言うのもいいかな。フェイト信者が学内にどれくらい居るか、炙り出せるしねぇ」


「すんませんした! 蒼太様、私めが間違っておりました!」


 やっぱりそのネタかっ、と運命は今にも泣きそうな顔で瞬時に土下座をしていた。分かっていたのだ。今日の出来事を振り返れば、蒼太がそれを引き合いに出してくることくらいは。そして、それを突かれれば運命は抵抗する事が出来ない。故に、運命は屈するのだった。


 蒼太は不敵に笑う。まずは一人、と。だが、蒼太はそれだけでは終わらない。改めて、運命にくぎを差す。


「ふふん、いや、分かってくれれば良いんだよ。でもね、これだけは覚えておいて。運命の弱みは、他にもまだまだあるんだってことを。ね?」


 最早、運命は何も言えなかった。完全に心が折れたのだ。少しの間、本気で立ち直れなくなるほどに。


 それを横で見せられた神楽は堪ったもんじゃない。次は自分だと分かっているのだから尚更だ。自分に弱みなど、少なくとも蒼太の知っている中には無い。余裕のはずだ。そう分かっていても、神楽は過剰に不安を覚えるのだった。


 そして、それが発する言葉や口調にも表れてしまう。


「運命っ。くそっ、性格悪過ぎんだろ! やり方が陰険過ぎんぞ、蒼太!」


「何とでも言えばいいよ、神楽。情報は武器、それだけなんだから」


 明らかに動揺を見せる神楽に、蒼太はそれを意にも介さず答えた。事実、知っている、それだけで情報とは得難い武器と化す。もちろんリスクもそれ相応にあるが、それでも武器には違いない。蒼太はそれを十分理解しているだけだ。使い道が何とも言い難いことを除いてはだが。


 蒼太は何も言い返せずに唸るだけの神楽を一瞥し、次の瞬間言った。神楽に爆弾を投げつけたのだ。


「それに、神楽の方が僕より危ないんじゃない? 何せ、とある極秘施設にハッキン」


「悪かった! 俺が悪かったから、それ以上はやめろ! こんな所で口走んじゃねぇよ! 社会的に抹殺程度じゃすまなくなんだろうが! お前は俺を物理的に消す気か!」


 それは、下手をしたら神楽が命を失いかねないほどの代物だった。神楽が慌てて遮っていなければ、本当に危なかったかもしれない。そこまで、危険な部分にはアクセスしていないものの、ハッキングした場所が場所だ。神楽が慎重になるのも仕方がない。


 どこでそんな情報を仕入れたんだっ、と神楽は戦々恐々とするものの、聞くことはしなかった。したが最後、何が出てくるのか分かったものではない。神楽は必死に自分を御するのだった。


 そうして神楽までもが陥落すると、蒼太は溜め息混じりに二人へと小言を零す。


「勝った。楽勝過ぎるよ、二人とも。もう少し、粘ってくれても良かったのに」


「お前は悪魔か……」


「いやだなぁ、そんなわけないじゃん。ちゃんと固有名詞はぼかしたでしょ? 何よりここのセキュリティーだって、VRを扱うんだからそれ相応のものだし、別に神楽に危険なんて無かったんだよ」


 蒼太の言うとおり、VRを扱う故にVRゲームを運営する会社はセキュリティーにおいて、一定の基準が求められていた。それこそ、確実に安全だと謳えるほどの基準を。


 そして、S&G社はその中でも最高峰に位置する。民間レベルなどとは到底言えないほどの、高度なセキュリティーシステムを備えていたのだ。それ故に、神楽の情報が外部に流出するなど、有り得ないことだった。


 だが、だからと言って神楽は安心など出来ない。


「分かんねぇだろ、そんな事。もしかしたら」


「無いよ、もしもなんて。ここのセキュリティー、どんだけ凄いかは神楽が一番分かってるでしょ。僕の家が投資して、世界でも有数のチームって言われる一ノ瀬さん達が心血注いで作り上げたんだ。その人達が友人関係抜きに、一番信頼してる霧島さんの会社が運営する最高峰の代物だもん。有り得ないよ」


「それは確かにそうだが。俺はやろうと思えば突破出来る。他の奴だって有り得なくはないだろ」


「……そんな事出来るのは神楽ぐらいだよ」


 これだから天才は、と蒼太は内心愚痴る。自分が出来るからって、他の人も出来るとか考えるのやめてほしい、と。仮に他にも神楽並みの天才ハッカーが居たとしても、無理なものは無理なのだ。何せ、某極秘施設にハッキング可能な神楽でさえ、父親の手伝いでセキュリティーシステムに触れていなければ、初見ではハッキングなど不可能なのだから。その凄さを垣間見ることが出来ると言うもの。


 神楽もそう言われて悪い気はしないものの、何となく納得もいかない。何とも複雑な心境だった。


「うっ、褒められてんのか貶されてんのか判断に困んだが……。って、そうじゃねぇ。ここのが最高峰っつっても、ここに記録されたら意味ねぇだろうが!」


 だが、神楽は気付く。仮に他からのハッキングは出来ないとして、S&Gのサーバーにこの会話の記録が残っては意味がないのでは、と。確かにその通りだ。


 蒼太もそれは分かっていた。だからこそ、気付いてしまった神楽に苦笑を見せた。失敗した、と言わんばかりに。


「あちゃー、気付いちゃったか。神楽って天才なくせに馬鹿だから、騙されてくれると思ったんだけどなぁ」


「ざけんなっ、誰が馬鹿だ! くそっ、やっぱ殴る!」


 あっさりとその事実を認めた蒼太に、神楽の怒声が飛ぶ。おちょくり過ぎだ、と神楽は一歩また一歩と蒼太に歩み寄る。


 これはまずい、と蒼太も神楽が一歩踏み込んでくるごとに後退りしていく。じりじりと二人の距離が狭まるにつれ、蒼太は乾いた笑みを増していった。


 そして、遂に堪え切れなくなった蒼太が口火を切る。壮絶な鬼ごっこの開始を知らせる口火を。


「神楽の秘密はまだ他にもあるんだからね! そんな事したら、どうなるか」


「知ったことかっ、喋られる前に黙らせば良いだけだ!」


「にゃ、やっば。逃げろー!」


「こんの腐れ外道がっ、待ちやがれ!」


 そうして、始まった鬼ごっこ。本来ならばストッパー役を担う神楽が、今回は追い掛ける側だ。それ故に、しばらくの間はこの事態が収まることはない。少なくとも、昼休み中には終わりそうになかった。


「……あーあ、収集つかなくなったよ。どうするだよ、これ」


 そんな中、運命は収集のつかないそれを傍観する。溜め息混じりに、頭の痛くなる思いで。ただ眺めるだけだ。


 そんな折りに、運命は不意に思い出す。俺の対戦はどうなった、と。そして、悟る。


「俺は対戦無しの上にやられ損ですか、そうですか。いいよ、いいよ。どうせ、今日の俺は不運なんだから……」


 運命は最早、いじけるしかない。一人、虚しく。寂しげに。


 二人が壮絶な鬼ごっこ、一人がいじけるフレンドフィールドは、正しくカオスだった。


 ちなみに、S&Gではサーバーにその時のログが記録されても、ユーザーから通報でもない限り閲覧されることはない。神楽が危惧するような事など起こりはしないのだ。それくらい神楽も知っているはずなのだが、この状況を見る限り、ど忘れしているのだろう。


 また、蒼太が神楽を馬鹿呼ばわりするのは、そんな神楽の抜けた一面があるからだったりするが、心底どうでもいい話だ。



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