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ギレイの旅  作者: 千夜
6章
181/561

フロアキュール 儀礼の戦い3

 儀礼はどこかの国の古い城の中、それも牢屋のような石造りの冷たい部屋にいた。

古いと言っても遺跡ほどではない。7、800年前の戦乱期の物だろう。

手には金属製の枷がはめられ、鎖が壁の楔に繋がっている。

枷や鎖は新しいが、楔は古くもろそうだ。案外思い切り引っ張れば壊せるかもしれない。

儀礼が気が付いた時にはこの状態。

アーデスの研究室にいた儀礼を気絶させ、ここに連れて来たらしい。


 色付きのモニターには穴兎からのメッセージが並んでいる。

儀礼:“僕の反応どれ位なかった?”

穴兎:“5分だ。無事か?”

すぐに返答があった。5分、儀礼の最後の返信がアーデスの研究室に飛び込む直前なので、タイムラグはほとんどない。

どうやら儀礼は、移転魔法で連れて来られたらしい。

儀礼:“僕の居る場所わかる?”

穴兎:“追跡に時間がかかる。待ってろ”


 穴兎の返答を待つ間に、周りの様子を確かめる。

地下ではないらしく、小さな窓からは流れる雲や飛ぶ鳥の姿などが見える。

建物の石の種類から、ここがドルエドやフェードでないことはわかった。

そして、床に投げ出されたように寝ていた儀礼の目の前には、黒い剣を持つ男。黒い刃を儀礼に向け、ずっと睨むように見ていた。

なので、儀礼はキーの付いた手の甲を隠すように下に向けて文字を打っている。

黒い剣を持つ男の後ろ、明らかに死体解剖&解析用のセッティングと思われる、石の台と大仰な機器類を囲み、たくさんの研究者たちが熱い議論を交わしている。

血液サンプルとか、魔力計測、魔力探査で蘇生陣を復元するとか何とか、やっぱり解剖だとか手荒に尋問とか……。

決行される様子のない論争に、争うだけの人数がいてよかった、などと儀礼は思った。


 紺色の鎧兜を身につける男は、上位Aランクの冒険者で、魔剣『ダークソード』を持つ『闇の剣士』。

アーデスに次ぐ実力の持ち主と言われ、世間でも注目されている男。

――らしい。そう、モニターに記されていた。


『アーデスに次ぐ実力』。

この男が、アーデスの存在を出した途端に激昂した理由がわかった気がした。

(扱いやすくはあるが)

そう思いながら、切り付けられた腹部の痛みに儀礼は顔を歪めた。

起きていることに気付かれ、黒い剣で促されるように冷たい床から起き上がると、破れた白衣の隙間から壊れた機械の残骸や、ホルダーの衝撃吸収材がボロボロと落ちる。

(あーあ。これ、修復に時間かかるな)


 破れた白衣の中身を確認し、それをやった犯人を見れば、儀礼を睨んでいた『闇の剣士』がその眼をさらに険しくしていた。

「お前っ、人ではないのか」

儀礼:“ねぇ、もう、『愉快な襲撃者』でいい?”

言いたい言葉を文字にして、儀礼は男に対して口を閉ざす。

眉間にしわを寄せ、男が儀礼に黒い刃を突きつける。

魔剣の刃は強い魔力を表すように、ゆらゆらとその黒い色を揺らしていた。重い殺気が放たれる。

この男は、アーデスとヤンの張った障壁を切り裂いて研究室の扉を壊した。

「鎧」が壊れた今、男の持つ黒い剣は儀礼の体など、簡単に引き裂くことだろう。

「お前は何だ」


穴兎:“何が。お前のいる国、ティーネだ。”

男の言葉に重なるように穴兎の答え。

ティーネ。そこは奥まった地にある辺境の国。

儀礼:“行ったことない”

穴兎:“今、そこにいるんだろうが。今度お前の思考回路がどうなってるか調べてやる!”

『闇の剣士』の動きに気付いて、研究者達が儀礼の周りに集まる。今度と言うか今、調べられそうだというのに、兎の冗談も間が悪い。


「答えろ!」

怒鳴るように言う『闇の剣士』。周囲にいる研究者たちは剣士の動きを待っているように動かない。

全ての権限をこの男が持っているらしい。

穴兎:“絶対3本位繋ぎ間違ってるぞ”

儀礼の周りで進行する状況を無視するように、穴兎の力の抜けるメッセージは送りつけられる。


「ふん、その余裕の態度、奴を待っているつもりか? この砦にいる俺の味方は150。外部で手を貸している者を含めれば300人だ。『双璧』と言えど相手をするのは楽ではあるまい。奴は来ない。さぁ、お前の知る情報全てよこしてもらおうか」

男はそう言って、儀礼の眼前に剣を突きつける。


 儀礼が生きて連れて来られたのは、彼らが儀礼から情報を聞き出そうとしているからだった。

頻繁にフロアキュールに出入りする儀礼を、この男達はアーデスの身内と勘違いしたらしい。他のメンバーと違い、戦闘能力がないのにアーデスが側に置く。それだけで十分異様だと、そう言う研究者たちの討論が丸聞こえだった。


「人体蘇生か。見えない人間か。高度な機械かっ」

男が剣を斜めに振れば、色付きの眼鏡が弾き飛ばされ、儀礼の頬からは血が流れる。まだ、殺すつもりはないらしい。

「その首、本物のようだ。走る靴もお前の仕掛けたペテンだったな」

にやりと、男が笑う。

「ならやはり、お前があの装置に入っていた死体か」

剣士が、納得したように力強く言えば、研究者たちがざわめく。


 男が儀礼の目に剣の先を近付ける。片目ずつ潰すと言うことだろうか。

しかし、儀礼は元々彼らの求める情報を持ち合わせていない。それが知れれば殺されるのだろう。

目の前でゆらゆらと渦巻くような黒い刃の闇に、強い恨みが見える気がした。

「アーデスが生き返らせたいと願うもの。妹か? 娘か? 違うなら恋人か?」

その言葉に、儀礼は内に沸く感情を抑え、できる限りに冷静を装う。

「瞳の色が変わったな」

儀礼の瞳孔の動きを見ていたらしい男が口を歪めて笑う。

そのどれだとしても、男達はアーデスの弱味を抑えたことになる。

それが真実ならば、だが。


「随分と『双璧』のアーデスを目の敵にしているようですが――」

儀礼は目先の黒い剣ではなく、その持ち主である男の目を見て口を開く。

「私の正体がわからないと言う時点で、あなたはアーデスに劣るんですよ」

口の端を上げて儀礼は言い切った。

『蜃気楼』の護衛として、フロアキュールに出入りする儀礼の名を、アーデスは隠し通したと言うことだ。

儀礼の戦いに緊迫感がないのは『アナザー』(穴兎)の影響ではないかと思えてきました。

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