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ギレイの旅  作者: 千夜
5章
162/561

アーデスを捕まえよう3

「お前が結界に取り残されてるのは失敗か?」

アーデスがここから抜け出せないように、儀礼もまたここから逃げ出すことはできない。

「僕がいれば、アーデス警戒しないでしょう。皆が僕を閉じ込めるわけもないし、怪我させるわけもない。特に、ワルツが居るから絶対」


 ワルツは、命にかけても儀礼を守ると誓っている。だから、ワルツが居る限り、他のメンバーに企みがあっても、儀礼には何もできない。

まさか、儀礼ごと閉じ込めるなどとは思ってもいなかっただろう。儀礼がそれをやれ、と言わない限り。


「俺がお前を傷つけない保証は?」

アーデスが殺気に似たものを発する。

慌てたようにワルツが落とし穴の蓋を叩く。


「いや。僕、アーデスに謝りに来たんだ」

そう言って、儀礼は姿勢を正す。膝をそろえて、アーデスの前に正座した。

殺気を練っていたはずのアーデスが意味が分からないというように、片方の眉だけをしかめる。


「ごめんなさい。アーデスのこと利用して。だから、怒られに来た」

しゅん、と肩を落とすと、頭を深く下げて儀礼は言う。

儀礼にしてみれば、怒られるような事は本当にごめんだ。

でも、仕方ない。今回は儀礼が悪く、アーデスは命に関わった。

これで謝らないと言うのは、儀礼にとって自分を許せないことだ。


「僕の祖父は正直なことが大切って言ってた。だから、僕は正直に謝る。アーデスの負けた噂流したの僕だ。ごめんなさい」

アーデスが自分の額を押さえた。何を考えているのかはわからない。

いつ、怒気が来るのかと儀礼は身構える。殺気ならばいい、儀礼は耐えられる。

怒りの気配の方が儀礼には怖い。

 いや、解剖されても困るが、落とし穴の中には解析装置もないから、大丈夫だろう。と、儀礼は自分を落ち着かせる。


「あれはなんだ?」

顔を隠すように額を押さえたままアーデスが言う。その表情は読めない。

「あれ、って?」

意味が分からず、儀礼が首を傾げる。

「殺気のようなものを俺に送っただろう」

アーデスが顔から手を外した。真っ直ぐに儀礼を見る。

「殺気ぃ!? 僕が?? アーデスに?」

驚いたように、儀礼は瞬く。そんな自殺行為、儀礼にした覚えはない。


 アーデスが再び眉根を寄せ、儀礼を睨むように見る。

「しないよ、そんなの。してないし。……あ、でもそっか。そうか。だから。殺気かぁ……」

途中から、一人で納得したように儀礼は拳を口に当て独り言を言い出す。

「何だ?」

アーデスは睨むようにもう一度問う。

しかし、儀礼は笑う。アーデスの言葉に怒りは含まれていなかった。


「違うよ。本当に見ただけ。でも、内緒ね」

口に人差し指を当て儀礼は笑う。

それで、アーデスには通じたらしい。


「あ、透視じゃないからねっ」

天井の蓋を見てから、慌てたように、儀礼は言った。

ガラスのような天井の上に立つ武器を構えたワルツとアーデスを治療中のヤン。

「別に、頬を赤らめて言わなくてもわかりますよ」

「……それ、言わなきゃわかんないんだけど」

儀礼は片腕で頬を隠す。


「しかし、儀礼様。真面目にそれ、あまりやらない方がいいですよ。十分危険がありますから」

「わかってる。もう経験済みだよ」

言いながら、儀礼は懐から2cm程の厚みのある鉄板を取り出した。板という厚さでもない気がする。

ガンッと大きな音をたてて、その鉄の塊は地面に落ちる。

それがどうやって服に収まっていたかは謎だ。


「前はお腹にノートパソコン入れてて粉々になったからね。Bランクの冒険者でそれだったから、アーデスにはこれくらいはないとと思ったんだけど。アーデス位余裕あると、いきなり襲ったりはしないんだ」

よかったぁ、と儀礼は安心したように息を吐く。

アーデス相手に、魔力の通っていない鉄板など、何もないのと変わらないだろう。


「……どっちが無謀だって?」

小さな声は儀礼の耳には届かなかった。アーデスは一人で笑う。

殺さなければ殺られる。それだけ、恐ろしい感覚をこの非力そうな少年がアーデスに与えた。

儀礼が入ってきたのが無差別な魔力の放出中でなければ、アーデスにもその瞬間的な必殺の衝動を抑えられていたかわからなかった。

「回復したので、ここ、出ましょうか」

おもむろに立ち上がり、儀礼に向かってアーデスは笑う。


 引きつった笑みを浮かべ、儀礼も立ち上がった。

「ヤンさーん、お願いしまーす!」

口に手を当て、天井に向かって大声で儀礼が言えば、その足元で白い陣が光り、儀礼は自分の宿へと帰ったのだった。

後のことは儀礼は知らない。儀礼の仕事はやり尽くした。

全快したアーデス相手に、頑張ってくれ、アーデスパーティ。



*****************


 儀礼の心配をよそに、その後、自力で結界を抜け出したアーデスに「全員で廊下の修理」をさせられただけで事態は納まったらしい。

「へー。あの惨状、4人で片付けたんだ。すごいな。さすが」

その廊下は、儀礼にそう言わしめる、ひどい状態だったらしいが。


 そして、アーデスの研究室前には今も、どこぞの遺跡並みのトラップが仕掛けられたままだ。



*****************


 儀礼を見送った後、蓋となっていた結界を壊し、アーデスは落とし穴から跳び出した。

障壁さえなければ大した高さもない、ただの穴だ。

その上では、ワルツとバクラムがすでに戦闘態勢で待ち受けていた。

しかし、真っ先に飛び出したのはヤンだった。


「アーデス様! 心配しました。怪我をしたなら言ってください。すぐに治しますから」

ヤンが瞳に涙を浮かべて言う。

あっけに取られたようにワルツたちは構えを解いた。

「張っている魔法障壁は普段より強固なのに、魔力の流れが少ないなんておかしいんです」

震える両手で木製の杖を握り締め、涙を流して、ヤンは言う。


 ばれている嘘を吐き続けるほど空しいことはない。

くだらない意地を張るなと。

どんな小さな怪我も、古傷でさえ見通してやるから、素直に治せ、とわざわざこんな大掛かりな芝居を打って言いに来たのだろうか。あの少年は。


「わかった。次からは頼む」

溜息を吐くようにアーデスは言い、泣いているヤンの頭に帽子の上から手を置く。

ヤンが頷き、周りの面々が気まずそうに頭をかいたりしている。

「片付けはしろよ」

アーデスは崩壊した廊下と扉を指し示す。当然のことのように。

はい、と返事をして部屋を出て行くヤンと、頬を引きつらせる残りの3人。しぶしぶと作業を開始した。

「半分は儀礼だからな」

面倒そうな顔をするワルツに、アーデスは言った。そいつのために命かけるといったのだ、後始末位やってもらおう。

昔はそのワルツがアーデスにケンカを仕掛けるたびに破壊していたのだ、直すのも当時で慣れた作業だろう。

そして、アーデスは自分の椅子に座り、ゆったりと研究書へと向き合った。


ヤンに対し頼む、とは言ったが、アーデスは二度とあんな怪我を負うつもりはなかった。

次は差を埋める。いや、それを抜く。

誰もいない室内でアーデスはその口に笑みを浮かべる。

ようやく知った。最強の冒険者、Sランクの実力を。

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