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ギレイの旅  作者: 千夜
5章
139/561

魔虫の大量発生8

 森の中全員で、来たばかりの道を戻って行く。

「この間はごめんね。あんなこと言って」

弓使いの女性がゆっくりと歩いていた儀礼の隣りに立った。

慌てたように他のメンバーも集まり次々に儀礼に謝り出す。ようやく、こいつの凄さが理解できたらしい。

「いいですよ。僕が弱いのは本当のことですし」

悲しそうに儀礼は笑う。

それがまた、そいつらの心をざわめかせることに儀礼は気付かない。


 ……儀礼は気付かない。

高い位置から見ていた獅子には、悩める大人たちが見えた。そう、見えた。そして気付いた。


 獅子は儀礼の背後に飛び下りる。

「悪い儀礼。急用思い出した。帰るぞ」

そう言って、背後から儀礼の首根っこを掴むと獅子はまた飛ぶように木に登り、そのまま次々と木の幹を足場に走っていく。

獅子の腕に吊るされた様に運ばれる儀礼は猫か何かのようだ。


「何だよ急用って。……って言うか、何だよこの扱いは。自分で走るよ」

しばらく進んだ所で儀礼が暴れたので、獅子は手を離した。

あの連中は見えなくなったので、もういいだろう、と。

木の上から落とされ、儀礼は地面に着地する。

 ガシャン

人間が地に着くときの音ではなかった。何事もなかった様に足音も軽く儀礼は走り出す。


 獅子は儀礼に合わせて木の幹を蹴るペースを落とした。

さすがに、友人を危険な道へ落とすのは気が咎める。しかも、そのままでは獅子のせいになってしまう。

護衛を自負しているのに、それでは団居先生たちに申し訳ない。


 次々と儀礼に謝り出したメンバー達。儀礼を中心に、取り囲むように歩いていた。

前を歩いていた男二人は問題ない。

重剣士と背の高い剣士は少し思考が混乱していたようだが、儀礼のやったことからすれば許容の範囲内だ。

呆然としながら周りを見て、儀礼を見て、また呆然と歩き出すみたいな感じだった。


 儀礼の隣りに寄り添う弓使いの女性は何故か胸元のボタンを二つほどはずして儀礼の腕に自分の腕を絡めた。

これもまだ、許容範囲内だろうか?

その辺の判断は本人達に任せるものかもしれないが、……儀礼は明らかにその弓使いを警戒したようだった。


 儀礼の背後、遅れ始めた魔法使いの女性はなぜか鞄の中でロープと手錠の存在を確認していた。お姉さん、それどうする気だよ。

補助魔法使いの中には移転魔法を使える奴が多いらしい……。

その魔法使いは小走りに近寄ると、弓使いと同じように儀礼のもう片方の手に腕を絡めた。

儀礼の使う機械には命を狙われるような物があると思うと、その二人の、特に後者の行動は怪しすぎる。


 そして、取り残されたように後方で呆然とそれを見ていた男の手には愛用の武器の鉄球付き鎖が握り締められた。

ものすごく静かに殺気が立ち昇り始めたのを考えると、どちらかの女性がその男の想い人だったのかもしれない。

恋人だったとしたら殺気より先に、怒りが湧いてレーダー付きの儀礼が気付かないはずがない。


 必死に地面を走る少年を見て、獅子は同情する。

あんなに自分の顔を嫌がっていた理由が少しわかった気がした。

儀礼を馬鹿にした連中を見返したとは言っても、やはり奴らはBランクの冒険者。

Dランクの儀礼では太刀打ちできないこともある。


「なぁ、儀礼……」

言わない方がいいのかもしれない。だが、獅子の中で消化するのは難しい気がした。

「何?」

儀礼は苦しそうな息をしながら木の上を走る獅子を見上げた。

「人の心って変わるんだな」

簡単に悪い方へと。それまでまったく普通にしていた人間が、突然その手を悪しき心の呼び掛けに動かしてしまう。

よく言う魔が差したという現象。

聖水で浄化された森の中、あの冒険者達の瞳の中に、その魔が現れていた。

 人が犯罪に走り出す瞬間を獅子は見た気がした。


 そう思って儀礼を見てみれば、質問の意味を吟味しているのか、真剣な表情で獅子を見ている。

獅子を見つめたまま走る儀礼は、足を目の前の木の根に引っ掛ける。体を大きく揺らしてコケかけた。

「くくっ」

獅子は思わず笑った。

「さっきの人達のこと?」

仏頂面で儀礼が言う。獅子の言葉への返答だろう。儀礼も、奴らの異変に気付いていたのだろうか。


 何かを起こそうと言う三人の瞳は、一様に赤く血走り、男の武器に込める力はまるで儀礼に対し、お前が悪い、と言わんばかりだった。

「悪かった」

木から飛び降り、獅子は儀礼に並走する。

「何が?」

不思議そうな顔で儀礼は聞き返す。

「俺は、調子に乗りすぎたかも」

奴らに一泡吹かせたくて、儀礼の凄さを見せ付けた。その凄さに本人はまったく気付いてないのだが。

それが、あの結果に繋がったなら獅子のせいだ。ただの人を犯罪者に変えたような気がしていた。


「……別に何も獅子のせいじゃないし。僕が調子乗って……僕が隠さないで機械使った……からって、ぅあーっ!」

儀礼は突然叫びながら頭を押さえた。

「くそっ、あいつら獅子の取り巻きだから安心してたのに。簡単に見切るってなんだよ。やめてくれよ。これじゃ、僕が獅子より凄いって言ってるみたいじゃないか。くそぅ」

本当に口が悪いのが残念な位、キレイな顔してるんだけどな、こいつは。自覚がないのか、あるのか。

獅子は呻くように文句を言い続ける儀礼を眺める。


 儀礼は獅子とは違うことを考えていたようだ。

あの連中が、獅子から儀礼に乗り換えようとしたことが気に食わないらしい。

しかも、儀礼がそれを認めると、獅子の実力よりも儀礼の方が凄いことをしたと思って奴らが乗り換えたことになる、と思っているようだ。

間違っていない気がするが。

己惚れていると言ってるような自分がまた気にくわないらしい。


 問題は儀礼の方なのか。

(いい加減、自覚すればいいのにな。俺なんかより凄いんだって)

多分、一番凄いのは人の心に訴えかけるその空気だ。雰囲気と言うのか。そして笑顔。

儀礼が本気で笑いかけると、大抵の奴が我を忘れる。具合悪いときのあれもアレだが。

……こいつは絶対『妖魔』の要素をどこかに持っている。最近獅子はそれを確信に変えつつある。

だからだろうか、最近、儀礼を利香に近付けさせたくないと思う自分がいた。

いつか、鎖を握り締めた男のように儀礼に殺意を抱く自分がいるかもしれない。


 しかし、同時に獅子は知っている。

儀礼の中に計算高く働く頭脳と、幼い心が存在することを。

『安心してた』と儀礼は言った。獅子の取り巻きだから安心してた、と。連中が儀礼の存在を知らなかったから儀礼を狙う者だとは考えなかったと。

だから、ギルドであんなに楽しそうに笑ってたのか。

周り中全てが敵かもしれないと言う疑いの中にいるってどんなだ?



――――「え、昼ごはん? あ、もう16時なんだ……タベタヨ(嘘)」

    「布団と太陽が、僕に寝ろって言ってるぅ」

    「愛華~、会いたかったー」――――


やはり、能天気な姿しか思い浮かばない。

それがこいつ、Sランクの研究者、団居儀礼マドイギレイというやつか。

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