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ギレイの旅  作者: 千夜
4章
130/561

本が好きなんだ3

 間違われるのはいつものことだ。でも、とやはり落ち込む儀礼。

「ごめんなさい」

申し訳なさそうに謝るコドリーに儀礼は笑いかける。コドリーのせいではない。謝られても、余計に切なくなるだけだ。

むしろ、謝るなら、未だに笑い続ける親友を名乗る奴に謝って欲しいな、と儀礼はその黒い塊を睨みつける。椅子の上で体を曲げた獅子はマントと黒髪で完全に黒い塊だ。


「ねぇ。僕ってさ、そんなに男に見えないかな?」

気を取り直し、儀礼はコドリーと向き合う。切実な思いをこめて、コドリーの小さな手を願うように両手で握り締める。

いつもいつも勘違いされて、変な奴が寄ってきて。それはこんなにも成長した今でも、少しも変わってないのだろうか、と。

真剣に、コドリーの瞳に問いかける。


 管理局ランクAやら、冒険者ランクAやら、普通でない人たちの表現はもういい。その人たちから見れば儀礼はちっぽけな存在だろう。

でも、コドリーは違う。

普通の町の中で知り合った、管理局ともギルドとも接点を持たないただの本好きな少女。

儀礼の目の前で、儀礼を見返していたコドリーの瞳が揺れる。その顔が頬を通り越し、耳や首までもが赤くなっていく。

「うちの娘に男二人で何の用かな? ん?」

たった今まで楽しく話していたことも忘れたのか、コドリーの父親がコドリーのすぐ横に立って、睨むように儀礼を見る。

ちりちりと儀礼の肌が焼けた。

「……これって、あれですか。うちの娘に近付くな的な。」

体を固まらせつつ儀礼はそっとコドリーの手を離す。そして儀礼は、うんうんと一人頷く。

「つまり、僕は男として認められたってことですね、ああ、よかった。そうだよな。うん」

それはそれは嬉しそうに、コドリーの父親に笑いかける。

 満開の花が咲き誇る様な、ひらひらと花びらが舞う幻覚まで見えそうな、光り輝くその笑顔に、店内に居た人々は耐え切れずにそこから視線を逸らせた。



 喫茶店のドアの外。儀礼と獅子はコドリーとその両親に別れを告げる。

「今日はどうもありがとう。ご馳走様でした」

儀礼はお世話になったコドリー達ににっこりと笑って礼を言う。

「ありがとうございました」

獅子も礼儀正しく頭を下げる。

「あの、ぜひまた来てね!」

コドリーが、歩き出そうとした儀礼の手を握って言った。外はもう夕暮れ。赤い夕日がコドリーの頬を染めている。

それがコドリーを必死な顔に見せている気がして、儀礼は楽しそうに笑う。

「うん。いつかまた話しをしようね。今日は楽しかったよ」

本の話でこんなに盛り上がったことはない。コドリーとの時間は儀礼にとって貴重なものだった。

握手を返して、儀礼は手を振る。

コドリーが自分の手と、にっこり笑った儀礼の手を見比べている。きっと、見かけによらず手は大きいとかそんな所だろう。儀礼だって、手と足のサイズは大きい。きっとこれから獅子達並に背が伸びるのだと思う。


「あの、本当にすみません。今日はうちのペットがご迷惑をおかけしまして」

獅子がふざけた調子でコドリー達に何度も頭を下げている。そして、言っている言葉の意味がわからない。コドリーが笑っている。

コドリーのお父さんが獅子の肩をバンバンと叩いた。頑張れ、とかしっかりとかそんな感じ。いや、苦労してるんだなぁに変わった。

「獅子、まさかペットって僕のこと?!」

背後から近寄り獅子のマントを引く。基本的に獅子に隙はないけどやっぱり背後から寄られるのは嫌いみたいだ。切られる可能性があるからあんまりしないけど。


「お前以外にどこにいる」

儀礼の方を向きもしないで獅子が言う。

「僕のどこがペットだって? 獅子まずペットの意味知ってんの? 山に住んでる魔獣はペットじゃないよ」

儀礼と獅子、話しながら帰りの道へ足を進める。コドリーたちはまだ店の前で見送ってくれているらしい。

「自分が魔獣並みの危険人物って自覚はあるのか。妖魔の要素も足しとくか?」

ニヤニヤと笑いながら獅子がさらに儀礼の評価を悪化させる。

「誰がいつ人の心を操ったんだよ。魔獣より危険な獅子に言われたくないね。自覚ないのか?『黒獅子』」

獅子に危険人物といわれるのは心外だ。わざとらしく黒獅子と呼んでやる。見上げないといけないのが屈辱的だ。


 妖魔は人の心に入り込み、意のままに操る魔物。主に魅了系の効果を持つ悪魔。

魔王もその要素を持つとされている。数多くの魔物を己の力で魅了し、支配すると。まぁ、魔王は物語の中の話だけど。

あと、有名な妖魔と言えば、数千人の人の心を操り一国を手に入れた妖魔の話もある。それはそれは美しい美女だったとか、白い衣を着ていたとか。


 それか、と儀礼は額を押さえる。そう言えばコドリーとの熱戦でそんな話も出た。

「俺は生き物で、お前は幻だもんな存在もしてないんじゃ、俺には勝てないな。『蜃気楼』」

勝ったような笑みで獅子が儀礼に言う。低くなってきた夕日が二人の後ろに長い長い影を作り出す。

「獅子こそ幻の存在だぞ。僕の配下にあるべきじゃないのか?『黒い犬』」

儀礼は獅子より一歩早く足を出し、前へ出て言ってやる。

「ハマグリのくせによくそんなことが言えるな。焼いてバターで食ってやる」

獅子が楽しそうに笑う。獅子の一歩は大きい。儀礼を越え軽々と三歩分ぐらいを進む。今一瞬、獅子の体が浮いたように見えた。滞空時間の錯覚か。

ごしごしと儀礼は目を擦る。

「そのハマグリ本物か? 皿を食わされたんじゃない?」

差を埋めるために儀礼は走り出す。赤い日の光も反射する白。獅子を追い越し差をつける。

「毒を食らわば皿までだ。どうだ」

偉そうに言い、獅子は飛ぶように軽々と儀礼の頭上を越えていく。その先にはゴールの車。愛華が待っている。

「それ反則!」

反則、と儀礼は言うが、別にどんなルールがあるわけでもない。ただの言葉遊び、連想ゲーム。相手の言葉を負かせたら勝ち。

相手を追い抜くのはおまけ。


 儀礼は走って獅子に追いつく。追い抜けばくるりと回って獅子の前で向かい合う。

毒を食らわば皿まで。悪事を始めたら最後まで悪に徹する。そんなの許婚の待ってる獅子にさせない。

「働かざる者食うべからず。君まで毒は回さないよ」

素早く運転席に乗り込みエンジンをかける。遅れて助手席に乗り込んだ獅子に儀礼の勝ちとばかりに、にやりと笑いかければ、助手席の扉を開けたまま獅子は変な顔。


「『妖魔』め」

獅子はバタンと扉を閉めた。

意味の通じない一言が一番効くのだと、儀礼は思い知った。



『黒獅子』近年急成長を見せる『黒鬼』の息子。冒険者ランクは現時点ではBだが、一人でBランクの悪魔を倒し、各地の剣術大会、武術大会で優勝をさらっている。Aランクに昇格する日も近いと思われる。


 彼の活躍の裏には時に『蜃気楼』管理局ランクSの影があると言われている。『蜃気楼』の護衛を負い、共に旅する彼らはドルエド国、シエンの出身と言われている。


「お父ーさーん!!!!!」


 儀礼に貰った世界の冒険者シリーズの最新作。前半には近年活躍中の大冒険者達の魔物との戦いや冒険、攻略した遺跡などについて地図などを付け、物語り風に詳しく書かれている。後半には近年活躍する冒険者と、活躍が予想される冒険者の紹介。

コドリーはさっそく読み始めて、終わりに近いページで絶叫を上げる。


[リョウ・シシクラ]黒い髪、黒い瞳、シエンの特徴を持つ少年『黒獅子』。

[ギレイ・マドイ]冒険者としてのランクは低いが、黒獅子と旅を共にする管理局Sランク『蜃気楼』。


1ページにも満たない小さな記述だったが、少女が読み逃すことはなかった。しおりを挟み、カバーでくるみ。その日から少女は肌身離さずその分厚い本を持ち歩いたと言う。

再び会える日を信じて。

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