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ギレイの旅  作者: 千夜
4章
129/561

本が好きなんだ2

 儀礼と獅子は道端で知り合った少女の両親が営業するその喫茶店へと入った。

 すぐに少女がお茶とお菓子を持ってきた。盆に乗せられた大量のクッキーとケーキ。

「お母さんから、サービスだって。うちは友達大歓迎なの」

 そう笑顔で言って、少女は慣れた様子で皿とカップをテーブルの上に並べていく。

 盆をカウンター内に返すと、少女は席へ戻ってきて、儀礼と獅子の間の椅子に座る。丸いテーブルのため、儀礼と獅子もある意味隣り同士だが、この場合、向かい合わせと言うべきだろう。


「本がたくさんあるね」

 店内の壁の高い位置に作りつけられた棚にずらりと本が並んでいる。その本を眺めて儀礼が言った。

「お父さんが本好きなの。私もその影響で。あ、私コドリー。あなた達は?」

 少女がはやるようにテーブルの上に身を乗り出した。

「あ、ごめん。僕はギレイ。ギレイ・マドイ。よろしくね」

 儀礼はにっこりと笑って少女に手を差し出す。

「ギレイ、さん? よろしくね」

 嬉しそうにコドリーはその手を握り返す。

「俺はリョウ。シシでもリョウでもいい」

 同じくらいの少女に手を出すべきか、やめるべきか悩む獅子を見て、儀礼は心の中で笑う。

 心の中だったのに、獅子の悩んでいたその手で殴られた。


 それを見ていたコドリーは不思議そうに小さく首をかしげている。

「気にしないで、いつものことだから」

 ごまかすように儀礼は自分のカップを持ち熱いお茶を口に運ぶ。

 このままカップを持っていれば、こぼれるから獅子は手が出せない。


 棚に並ぶ本の話しから始まり、儀礼とコドリーは童話や物語、ミステリー、ホラーまで、次々と意見を言い合う。

 難しい講釈ではなく、同年代同士の感じた言葉、印象、共感するところや違うと思うところ。

「本当にコドリーは本が好きなんだね。僕こんなに話したの初めてだよ」

 嬉しそうに笑う儀礼。白熱した感想戦に熱気で頬を赤くしている。

「私もよー! 周りの友達はこんなに本読まないし、お父さん以外と話せるなんて嬉しい!」

 コドリーが興奮した様子で勢いのあまり立ち上がると、椅子の後ろから儀礼の首に抱きつく。

「同年代の女の子なんて、絶対ミステリー読んでくれないし。それって、かっこいい人出てくるの? って、ありえないよね。解決する人が太ったおじさんじゃだめなの? 冴えないおじさんじゃだめなの!? そのギャップがいいんじゃない、ねぇ」


 儀礼の首に腕を巻きつけたまま止まらない様子でおしゃべりを続けるコドリー。その鈴の音のような声が耳に直接入ってくる。儀礼は少し困ったように笑う。儀礼もこの会話は楽しいのだが、この体勢はどうしたらいいだろう、と。

 そこへ、コドリーのお母さんらしき人がティーポットを持ってやってきた。

「こら、コドリー。お友達困ってるでしょ。椅子に座ってなさい。あなたは本のことになるとすぐ周りが見えなくなるんだから」

 儀礼達のカップに温かいお茶を注ぎながら、コドリーのお母さんは儀礼の父親と同じ様な事を言う。


「お前とおんなじ」

 くっくっと獅子が儀礼を小さく指差して笑う。しかし儀礼には言い返すことができない。

「そう言えばさっきは何を熱心に読んでたの?」

 思い出したようにコドリーが儀礼に聞く。この喫茶店に誘われる原因となった本のことだろう。儀礼が本屋で買って、歩きながら読み、ついには道にしゃがみこみ、コドリーの家の前の通路を塞いでしまった。寒い中を荷物を持たせたままコドリーを閉め出したわけだ。

「そ、その節は……」

 儀礼はもう一度頭を下げる。

「もういいってば」

 くすくすと楽しそうにコドリーが笑う。


 それに安心し、儀礼は本屋でつけてもらった紙のカバーをはずしてコドリーに本の表紙を見せる。それはどこの書店でもよく売れているシリーズ物の最新刊だった。

「すごい!」

 コドリーは思わず声をあげ椅子から腰を浮かせる。本はどこでも売っているが、安いわけではなかった。一般人が買うのは中古の本がほとんどだ。

「よかったらもらってくれないかな。すごい迷惑かけちゃったし。中古で悪いけど、好きな人に読んで貰えるなら本も喜ぶと思う」

 儀礼はどうかな、とコドリーの瞳を覗き込むように聞いてみる。もともとすぐに売るつもりだった。本は荷物になるので持ち歩かないようにしている。儀礼の場合、一冊持ち始めるとキリがなくなるからだ。


「そ、そんな。どうしよう。そんな高価な物もらえないよ」

 あわあわと儀礼に手のひらを向けて振るコドリー。ほらほら、と本を揺らしながら儀礼は温かいお茶に口を付ける。

「いいんですか、本当にいいんですか? ありがとうございます。家宝にします!」

 突然、男の人の声が割って入った。コドリーが戸惑っていると、カウンターの中からコドリーのお父さんと思われる男の人が飛び出てきて、平伏する勢いで儀礼の手から本を受け取ったのだ。


「いえ、そんなにしなくていいです。普通にしてください」

 さすがに驚いて儀礼は持っていたカップをテーブルに戻す。動揺してこぼしそうになったのだ。

「あはは、儀礼が二人いるみてぇ」

 獅子が口を覆って笑うが、その声はしっかりと儀礼の耳に届いた。

「え、僕ってこんな? ……ああっ!」

 思わずコドリーのお父さんを指差してしまい、儀礼は慌てて口を押さえる。

「失礼しました!!」

 深く深く頭を下げてコドリーの父親に謝る儀礼。

「いいえ、いいですよ。家内にもよく言われるんです。私は本のことになると度が過ぎるって。おかげでコドリーまで私そっくりに育ったって言われまして」

 照れたように男は後ろ髪をなでつける。


「お前の娘もそうなるんじゃないか?」

 くくく、と獅子が儀礼をからかう様に言う。

「コドリーみたいな可愛い子だったらいいよ、ねぇ」

 儀礼はコドリーに向けてにっこりと笑って見せる。

『おとうさーん、絵本よんでー』などと幼い娘が本を持ってきたとしたら儀礼は「かわいいしろうさぎ」でも「古代文明滅亡の時」でも「迷宮探索論」でも、何でも読んであげるだろう。

 儀礼の父は後者2冊を読んではくれなかった。


 なので儀礼は難しい言葉を穴兎に聞きながら自分で読んだ。丸々、穴兎に解説させたとも言えるが。今思うと、その労力は大変な物だったとわかる。穴兎は本当によく相手をしてくれたものだ。

 その後、穴兎がレポートで「A+」というものを貰えてすごく喜んでいたが、当時の儀礼にはまったく理解できなかった。

 兎の世界ではA+というものが必要で、兎は助かったんだ。みたいに思ったのを覚えている。にんじんのビタミンAとかおかしなことを思っていた。当時は穴兎のことを人のように動く兎だと本気で信じていた。恥ずかしい思い出だ。



 そんなことを考えていたら、目の前のコドリーの顔が真っ赤になっている。儀礼が意識を飛ばしている間に何かあったのだろうか。思考時間は1、2秒だと思ったが。

「ギレイさん、アルバドリスクの方ですか?」

 顔の赤いまま、コドリーが硬い言葉で尋ねてきた。フェード国に入って儀礼の金髪は目立たなくなったがそれでも大勢いるわけではない。金の髪が多くいるのは儀礼の母の国アルバドリスクかその南の国、ユートラスだ。

「半分だけ。母がアルバド人で」

 自分の髪に触れて儀礼は答える。やっぱり、と言うようにコドリーは頷いた。

「あの、失礼とは思うんだけど。ギレイさんの言葉、少しおかしいの。アルバドリスクは言葉が全然違うから仕方ないと思うんだけど」

 頬を染めたまま言いにくそうにするコドリー。


 儀礼は何を言われるのだろうと気持ちを引き締める。フェードとドルエドで、文化の違いがあるのかもしれない。

 フェードとドルエドの話し言葉は似ている。話すのに困らない程度には通じるのだ。

 しかし、書く文字の方はまったく違っていた。文字の形が全然違うため、手紙のやりとりは難しい。

 26文字で全ての言葉が表せるフェード語が世界に繋がるネットの主流だ。フェードがネット環境世界一位なのも頷ける。

 ドルエド文字は100文字を越えているのだ。


 コドリーが意を決したように儀礼に向き直る。

「フェードでは女の人は自分のことを『私』って言います。『僕』だとその、男の人みたいで……ごめんなさい、ギレイさんが可愛いなんて言うから、私、女の人なのにドキドキしちゃった」

 自分の両頬に手を当てて、コドリーは恥ずかしそうに横を向いた。

 獅子が、テーブルに突っ伏して笑いを堪えている。その振動でカップの中のお茶がいくつもの輪を描く。

「……生まれも育ちもドルエドで、アルバドリスクには行ったことがありません」

 しばし呆然とした後、儀礼は泣きそうになるのを堪える。コドリーと出会ってから結構な時間が経っていると思うのだが。

 その間、ずっと勘違いされたままだった。


「っくくぅっ……こいつ、男っくくくっ」

 獅子が、椅子の向きを変え自分の膝に突っ伏して笑い続けている。あれで、笑いを堪えているつもりだろうか。

「「「ぇえっ」」」

 コドリー、一人分でない驚きの声が喫茶店内のあちこちから聞こえてきた。

2019/1/6、修正しました。

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