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ギレイの旅  作者: 千夜
4章
127/561

漁夫の利

 儀礼の車、愛華に乗せられたサイは順調に出口に向かって進んでいた。

追ってくる敵はほとんどいなかった。もともとその道に迷い込んでいたと思われるような男達だけで、それはこの車のスピードをもってすれば簡単に引き離せるレベルだった。

「次を右。洞窟に入って」

そんな、簡単な指示をするだけで、車はサイに従って進んでくれた。

たまに強い衝撃で車が揺れてびっくりしたが、何かが車から飛び出していっただけで、害はないようだった。


 しかし、追う者がなくなり出口が見えてきた頃、目に見えて車の速度が落ちてきた。

「おい、大丈夫か? どうしたんだよ。あとちょっとで出口だぞ」

サイは焦ってハンドルを叩く。もしソードオブソードのやつらに追いつかれたら、サイにはどうすることもできず殺されてしまうかもしれない。

でも、車の速度は落ちていく。迷うように左右に小さく揺れて……。

サイは運転席の扉から外を見て、そこに立った少年の姿を思い浮かべる。真っ白な服に、金色の髪。変な眼鏡をかけて、笑いながらサイの頭をなでた。

ただの機械の箱に愛しそうに唇をつけて。

「……もしかして。アイカ。あいつ助けたいのか?」

車が勝手に速度を上げた。まるで、サイの言葉に答えたようだった。

 サイは馬になら乗ったことがある。その時賢い生き物だと教わった。主人を想う心を持つと。

この車はサイの知識にある『車』よりも、その生き物の方が近い。ありえなにことなのに、そう言える気がした。

 彼らはサイに『黒獅子』の情報を聞いてきた。黒獅子と光の剣。それを狙うソードオブソードが彼らを狙った。なら、黒獅子と一緒にいるのは『蜃気楼』、奇跡を起こしてもおかしくない最高ランクの研究者だ。


 ドゴゴォォン!

大きな音がして儀礼達のいるはずの辺りに砂煙が上がる。

「アイカ。戻るぞ!」

少年の覚悟を決めた声に、車は見事にその場でくるりと向きを変える。そして、複雑な迷路を全速力で走り出した。


 黒鬼の発する怒気に身動きがとれず、何かできることがないかと儀礼は手袋のキーから色々な操作を試みた。

穴兎にソードどもの回収作業の依頼。アーデス達に向けた「本気の黒鬼が見れそうだ」という泣き言に近いメッセージ。

サイが無事に出口へ行けてるか愛華の位置を確認。そして、その愛華の位置で儀礼は慌てたのだ。

儀礼はぎこちない動きで車のリモコンを操作する。出口へ向かったはずの車が、何故か元来た道を戻ってくる。サイをこんな危険な場所へ連れて来る訳にはいかないのに。

車が儀礼の操作を無視する。このままでは重気とソードオブソードの戦う戦場へ入り込んでしまう。

光の剣に魅入られた男までいて、何が起こるかわからない恐ろしい場所なのに。

正直儀礼は、サイだけではなく愛華もこの場に置いておきたくなかった。黒鬼が暴れたら、確実に壊されてしまう。


 目の前で戦闘は続けられている。光の剣を持つ男が人間離れした動きを見せる。

それを、生身のはずの重気が返り討ちにしていく。

Sランクの冒険者。それが人外だと言われる意味が、儀礼にもようやく理解できた。

こんなものと儀礼の管理局Sを並べないでもらいたい。大変な誤解を招く。どう頑張っても儀礼にこんなことはできない。

世界を壊す力。そんなもの、儀礼にはない。


 愛華のモーター音を儀礼の耳が捉えた。愛華がこんな危険な場所の近くまで来ている。

何とかしなければ。けれど、やはり震える体は凍りついたように固まり、動かない。かろうじて、胸の前で組んだ手の指が慣れたキーを押してくれるだけ。でも、その操作を愛華はやはり無視しているようだ。

「はぁっはっは!」

儀礼の願いむなしく、楽しそうに笑う黒鬼の向こう側に、愛華が姿を現した。


「なんで来るんだよぉ」

儀礼は涙目になっていた。戦いに見入っていた獅子がその声で儀礼の車に気付く。その運転席には情報屋の少年が乗ったままだ。

その時、黒鬼の攻撃で、光の剣を持っていた男が、ついにその剣を手放した。男は叩き飛ばされ、光の剣は開放されたかのように宙に高く舞い上がる。

これで勝負はついた。もう立っている男は一人もいない。

『黒獅子』&『蜃気楼』対『ソードオブソード』対『黒鬼』は文字通り、黒鬼の一人勝ちだ。


 落ちてくる光の剣を見て、重気はにやりと笑い、それに手を伸ばす。

((ああ、やっぱり狙ってたか))

儀礼と獅子の心の声が重なった。

 儀礼は愛華を見つめる。この瞬間にここに愛華が来たなら、もう信じるしかない。儀礼は手袋のキーを操った。

重気が剣を手にする直前に、猛スピードで車が走り込む。剣をフロントガラスにめり込ませ、そのまま儀礼達を轢き殺す勢いで突っ込んでくる。

獅子は儀礼の首根っこを掴み、車の上に飛び乗った。そのまま猛スピードで車は突っ走る。

「おい、親父は追いかけてくるぞ。どうする?」

獅子は後ろを振り返り、獰猛に笑う父の姿を認める。

「大丈夫だよ。うずうずしてる奴が一人いるから」

儀礼は前方を見たまま自信あり気に笑う。


 その時、車は一人の男の横を通り過ぎる。金髪、長身、古代遺産の鎧を身に纏ったその男が長い剣を抜いた。

「『双璧』のアーデス……」

儀礼はその男の名を口にする。挑むようなその男の表情に黒鬼を恐れる心は感じない。むしろ、強い者と戦える歓喜のような笑み。

(護衛はいらないとか言っといて。借り、作っちゃったな)

本当に強い者達の力を思い知り、儀礼は自分の至らなさを噛み締める。

Sランクの黒鬼と、AAランクのアーデスの戦い。ぜひ見てみたいものだが、今は逃げるのが先だ。


 二人は屋根の上から車の中へと乗り込む。自然、運転席にいた少年が後ろの席へと回る。

「何で逃げるんだよ。黒髪の兄ちゃんの親父なんだろ? 助けに来てくれたんじゃないのか?」

わけがわからないという風にサイが後ろを振り返っている。遠くなる視線の先ではこの世で最も強いと思われる男たちが戦おうとしている。

「ありえないな」

笑えない、と言う表情で獅子が言う。

「光の剣を奪いに来たって言う方がよっぽど納得するよね。息子から直接奪うのはさすがに気が咎めるから、奪ってった奴から取り上げるなんて、十分ありえる」

そう言う儀礼の顔は青ざめている。

「むしろずっとそれを待ってたかもしれねぇな」

前の席で冷や汗を拭っている二人を見て、少年も苦笑を浮かべた。

「そんな奴なのか」

迷路に入り込み後ろの戦いが見えなくなったので、少年は青い顔の二人に向き直る。

岩の迷路の中を車は突っ走る。

「家業ほっぽって息子の金で旅に出ようとはしてたぞ。その前に俺が家出てきたけどな」

後部座席を振り返って獅子が言う。


 チャリン

儀礼はお金の入った小さな布袋を少年のひざに投げて渡した。

「なんだ?」

それを不思議そうに持ちサイが問いかける。

「あれが獅子の父親だって知ってるってことは、彼が黒獅子であっちが黒鬼だって知ってるってことだよね」

横に座る獅子と、車の後方を指差して儀礼が言った。

少年が口の端を引きつらせる。まさか情報屋が口を滑らせるとは。

「それで情報操作の依頼だ。光の剣を黒鬼が狙っていると、息子の手から誰かに渡るのを虎視眈々と狙ってるって」

袋の中身を確認して少年は驚く。小銭かと思ったら金貨だ。迷路の案内とこの後の手間賃含めても報酬には十分。

「いいけど、そんなんでどうにかなんのか? お前ら」

少し機嫌を良くして少年は聞き返す。情報屋から言わせれば、それだけでどうこうできるとは思えない。

「それと、双璧のアーデスと黒鬼の対戦も売っといて。今、一番勢いに乗ってるアーデスにも倒せず。黒鬼健在って」

「見てないのにわかるのか?」

確かでない情報を流すのは情報屋にとって得策ではない。サイは眉間にしわを寄せる。

「アーデスは、別の仕事の最中だからね。無茶はできないよ。本気の死ぬ気でやったらわからないけど」

少し真剣な顔をして儀礼が言う。

「親父があんな奴に負けるわけないだろっ」

怒ったように儀礼に向かって獅子が言った。

「ぶっ」

儀礼が吹いた。

「っそうだな、負けるわけないな」

あははは、と儀礼は笑う。

「な。てめっ、笑うな!」

胸ぐらを掴む獅子に硬直する儀礼。

「あ、おい、お前ら。運転、運転!」

叫ぶように少年が言う。車は猛スピードで走っている。このままでは事故って死ぬ。

「危ないな、獅子。運転中になんてことするんだ」

開放された儀礼は涙目。獅子は仕方なく怒りを抑える。

「オート運転機能があるくせに、何言ってやがる」

ドスン、とシートに座りなおし、獅子は腕を組んだ。

車はまもなく、岩場の迷路を抜け出した。



 その後、小さな情報屋サイザールはうまくやってくれたらしく、光の剣を狙う者は激減した。

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