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ギレイの旅  作者: 千夜
4章
118/561

服屋

「じゃ、俺も適当に見てくるから」

服屋に着いたとたんそう言って獅子が店内に消えた。それほど服にこだわらない獅子が珍しいと思いながらも、儀礼はクリームの手を引いた。


「あ、クリーム、カッコイイのがあるよ。レンガの色があせたみたいな色の服。似合うと思うよ」

「待て、ギレイ。色あせたレンガって、まさか、ピンク……」

儀礼の表現の仕方もおかしいが、少年の格好からいきなりそんな色の服、ハードルが高すぎる。必死に抵抗を試みたクリームだが、思ったよりも腕を引く儀礼の力が強い。

店の中で暴れるわけにもいかず、冷や汗を垂らしながら連れていかれた。

しかし、儀礼に言われて見た服はピンクというよりも、赤茶に近いような落ち着いた色だった。たしかに、染め方がレンガが色あせたような風合いを感じさせる。薄紅、とでも言うのだろうか。

細身に見える長袖とズボンの上下のセットに、マントというよりはコートと呼ぶような長い上着。

儀礼がかっこいいと言ったとおり、女物だがサイズが合えば男でも着れそうな物。儀礼の白衣もそうだが、裾のひらひらとしたものが好きなのかもしれない。


安堵したようなクリームの表情を眺めると、儀礼は疲れたような小さな声を漏らす。

「赤と白はだめなんだって。黒も鬼のせいでイメージが悪いらしいし……」


「何のことだ? 赤白黒がだめなら青とか緑じゃないのか、普通」

独り言だったのかもしれないが、クリームは思わず口を出していた。なぜそこでこの色になるのかがわからない。

「ああ」

本当に思いつかなかったようで、青天の霹靂といった様子で店主に何かを伝える儀礼。

クリームには何のことだかまったくわからないうちに、何種類もの服を合わされ、店の人に着替えを薦められた。

一つを会計に回される。

(新手の押し売りか??)

クリームは思ったが、儀礼が店員に金を渡している。

「報酬が管理局から出るからお金は気にしなくていいよ。管理局のライセンスも取ってもらいたいから我慢してね」

にこにこと儀礼が笑う。

「勇者って難しいね」

その笑顔のまま儀礼は遠い空を見るように天井を見上げた。


 意味がわからないまま強制的に試着室に押し込まれたクリーム。

首をひねりながら着替えてみれば、鏡の中には見間違えようのない少女の姿があった。

「……いつの間に」

クリームは自分で自分の姿に驚く。これでは町を歩く女性達となんら変わらない。主に細く見える腰と、膨らんで見える胸元の辺りが。

「女物の服にこんな効果が」

「ぶっ」

付加されたんだ、と続ける前にすぐ近くで人の吹き出すような音がした。試着室の外から聞こえてくるのは儀礼の笑い声だった。

仕切りのカーテンを開ければ、慌てたように後ろを向く儀礼。

「覗いたりはしてないからっ」

顔を赤くして言う姿は少年と言うよりは可憐な少女だ。儀礼の場合、女物の服は着ていない。

「見張っててくれたんだろ。それ位わかる」

試着室から出て、靴を履きながらクリームは言った。

服を売ってる店の主でさえ信用できない世の中だ。試着室の前で張っていてくれた方が安心だ。

クリームにとっては寄って来た不審者など敵ではないが、側にいてくれた方が、この少女のような顔をした弱そうな少年がどこかに連れさらわれてもすぐにわかる。Sランクの儀礼が簡単に攫われるとも思えないが。


「すごく似合うよ。可愛い」

にっこりと笑う少年は、クリームにはやはり何かを企んでいるようにしか見えなかった。

「本当に、よくお似合いですよ」

店主がクリームに向かって常套句を言う。

「お客様もぜひどうですか? こちらの服なんかお似合いですよ」

ものすごく期待をこめた視線で、女性の店員が儀礼に可愛らしい服を薦める。これは確実に、少女と間違われている。

「着ませんっ。僕は男です」

涙目で断っている姿に説得力はない。が、店員は顔を真っ赤にして儀礼の顔を見つめたまま固まる。

どうしたの、と首を傾げる儀礼に合わせ店員の瞳が揺れ動く。


「お前はこっち着ろ」

その時、店の奥の方から獅子が畳まれた服を持って現れた。

「すみません、こいつが迷惑かけませんでしたか?」

無骨なイメージの獅子が似合わない態度で店員と、クリームにまで謝った。

「お前は何でいつも女に絡んでるのか構われてるのかしらねぇが、あんま他人に迷惑かけるな」

保護者のように儀礼を叱る。

「待って、獅子。何これ」

手渡された服を広げ儀礼は動きを止める。

「お前の服。遺跡でボロボロだろ」

白衣の中身を指差して獅子は答える。

「そうじゃなくて……」

呆然と言う儀礼の目は服につけられたタグに止まっている。

見た目はシンプルな量産品の服だが、そのタグのサイズに子供用と書かれている。わざわざサイズでなく、子供用と書かれている物を探して来たのだろう。

「ぴったりだろ」

にやりと獅子は笑う。それを見て、なるほどとクリームは思う。

(こいつにはこうやって仕返しするのか)


 獅子とクリームが二人でギルドへ行くと、石像やガーディアンを倒した、と『黒獅子』と共に『勇者』に祭り上げられた。

褒め称されるそこに、儀礼の名は一度も出てこなかった。

嵌められた、と小さな声で獅子が呟いたのをクリームは聞き逃さなかった。


「二者択一だな、ギレイ。そっちの店員の服と、黒獅子が持ってきた服どちらを選ぶ? どっちも似合いそうだな」

にやりと笑うクリームに儀礼は今にも泣き出しそうな顔をする。

「クリームまで……。このままでいいよ」

着替えないという究極の選択を選び出した。やはり、Sランクは普通ではないのか。

「クリームって。お前、ゼラードか?!」

当たり前のことを言って、クリームを指差し獅子は驚いた顔をする。口を開けて固まる姿は少々間抜けだ。

探るような黒獅子の気配が届いたので、クリームは初めて会った時のように闘気を飛ばしてやろうと気を高める。

それをじっと見ていた儀礼が意地悪く口の端を上げる。立ち直りの早い奴だ。

「それ以上見惚れてると利香ちゃんに言うよ?」

「「待てっ」」

高められた二人分の闘気と怒気に今度は儀礼が固まった。

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