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ギレイの旅  作者: 千夜
4章
108/561

計略の遺跡2

ガーディアンに追われ儀礼とゼラードはいくつもの道を曲がる。段々と入り組み、複雑になる道。逃げている途中で二人は細い通路に入った。

ガーディアンの大きさではこの道には入れないだろう。

敵の追跡を振り切ったとみたのか儀礼の前を走っていたゼラードが足を止めた。

そして。


「悪く思わないでね、シャーロット。これが俺の仕事なんだ。」

そう言って、振り向きざま抜いたままだった剣を儀礼の首にあてる。

「親友なんて言われて、あの男を味方にして守ってもらってたみたいだけど、自分の正体も黙ってるなんて、本当に親友なんて言えるの?」

シャーロットを傷つけるのを楽しむように、彼女の傷つきそうなことを笑いながら言うゼラード。

その背後で揺れる蝋燭の火が、より一層光景を不気味に演出している。

それが、本当にシャーロットと言う人物に当てはまる言葉だったなら、その人は傷ついたかもしれない。

だが、儀礼は違う。それに、その言葉はまるで……。

「悪いけど、僕はシャーロットなんかじゃないよ。人違いで殺されるのは遠慮したいね」

首に剣をつきつけられた状況で儀礼は余裕の笑みを浮かべていた。

「そんな嘘を……。何故笑っている」

理解できないというようにゼラードは眉根を寄せて儀礼を睨む。

「君が、何も感じていないから」

儀礼は静かに言うと、袖からロボットの腕のような物を伸ばし、ゼラードが動くよりも早く、壁の燭台をレバーを引くように倒した。


ゴゴゴゴと振動がして、すぐそばの壁が扉の様に横に開くと、その向こうにはあのガーディアンがいた。

瞳を光らせたかと思うと、堅い巨体は体中から無数のつぶてを放つ。

儀礼の首から剣を離し、瞬時に後方へ跳び退るゼラード。

(あいつはよけられない)

儀礼の身体能力を推し量り、手間が省けたと、ゼラードは口の端を歪める。

ガーディアンの攻撃を予期していた儀礼は、ポケットから液体の入った薬瓶と水筒を取り出し、中身をぶちまける。

 ガシャーン!

ガラスの割れるような音と共に、液体が凍り付いてゆく。氷の壁はつぶてを飲み込み細い通路を塞いでいた。分厚い氷は水筒に入る容量ではない。

「何をした!?」

避けた足の着地と同時に、目の前で起こった不思議な出来事に叫ぶゼラード。

ガーディアンから逃れるように駆けてくる儀礼に我に返り、ゼラードも身を翻して走り出す。

「企業秘密……かな?」

と、儀礼は並走するゼラードにいたずらっぽく笑って言う。

「ちっ、アルバドの魔法使いか」

ゼラードは苦々しく舌打ちをする。

「いや、そうじゃなくて……。あ!」

苦笑した儀礼だったが、突然何かに目を止め叫ぶ。

「ぁあ?!」

何だ? と問うゼラード。

「ごめん、遅かったみたい」

ガコン、とゼラードの踏んだレンガが沈み込む。途端に、二人の足元が口を開ける。二人は足場を失い暗い穴へと落下した。


「くっ」

ゼラードは衝撃に構える。儀礼はそんなゼラードを抱き抱えた。

「な、何する!」

驚くゼラードだが、次の瞬間強く放り出され、衝撃に襲われる。

「うっ」

ゼラードは顔を歪める。衝撃を逃すためごろごろと幾度か地面を転がった。受け身は取ったが、かすり傷は仕方がない。

 バシャーン!

すぐ近くで激しい水音がし、顔や服に水が跳ねてきた。起き上がり、周囲を確認する。

洞窟のような暗い空間。頭上の穴はバタンと閉じられた所だった。

下は……目の前には底の見えないほど深い池。暗く、真っ黒に見える水。中にまで続いている白い泡は今、そこに何かが落ちた証。

「……シャーロット?」

咄嗟に出ていた声だった。その人を殺しに来たはずだったのに……。心配している自分に気付く。

戸惑ったように立ちつくすゼラード。深い水の底からその人の上がってくる気配がない。


 水の中に手を伸ばそうとしたとき、白い影が池の底から上がってきた。

「ぶはっ! はぁ、はぁ、げほっ」

池の中から、びしょ濡れになった儀礼が姿を表した。

「はぁ、よかった。ごめんね、怪我してない?」

苦しそうに息を荒げ、池からよじのぼり、儀礼が言う。

「……っ。俺は平気だ! なんで俺を……」

どうみても、ゼラードには自分を庇ったようにしか見えなかった。一つの階から落とされた位、着地できないわけがない。下が水でなかったなら、だが。

「ごめん、足場が見えたから咄嗟に」

そう言って儀礼は震えながら腕をさする。

「やっぱ寒いね」

軽く笑ってみせる儀礼。


「何のつもりだ……! シャーロット」

秋も半ば。暗い遺跡の底にたまっていた水は凍えるほどに冷たかった。ゼラードは苦しそうに儀礼を睨み付けている。

「いい加減信じてよ。僕は『シャーロット』じゃないし、男だって。ほら」

そう言って、重い白衣を床に落とし、水に濡れた上着を脱ぐ儀礼。面倒そうに水を絞る。

『シャーロット』は儀礼の母の国、アルバドリスクで女の子につける名前だ。

その姿から確かに理解したようで、くるりと回り、ゼラードは儀礼に背を向けた。

そんな様子を見て、儀礼はくすくすと笑う。

「なんだ?」

その笑いが何かを考え込んでいたゼラードの耳に聞こえたようで、睨むように儀礼を振り返った。

「やっぱり君、女の子、だよね」

にっこりと儀礼は笑う。疑いは確信に変わった。

シャーロットに向けて言ったゼラードの言葉は、関係のない儀礼が聞けば、ゼラードが自分自身に唱えている様に聞こえた。素性を隠した暗殺者。友と呼べる者はない、と。


「それがどうかしたか?」

ぶっきらぼうに答えるゼラード。仕事をするには腕が確かかどうかが重要で、性別は関係ない。

「いいや。女の子だな、と思ってさ」

言いながら、儀礼は携帯用ランプに火を灯す。薄暗い空間に儀礼の笑顔が炎に照らされた。

「女の子の服着ればいいのに。似合うよ?」

「ばっかじゃないのか。そんな恰好したらナメられるし、動きずらいだろう!」

この状況で何を言い出すんだ、お前はと、怒ったようにゼラードは言う。

しかし、儀礼に怒気がこないのをみると、実際に怒ってはいないらしい。本気で馬鹿にしてるのかもしれないが。


 儀礼の準備が整うと、二人は歩き出した。

「……悪かったな」

前を歩くゼラードが、振り向かずに言った。聞き取りずらいほど小さな声。

「え?」

儀礼は何のことかわからずに問い返す。

「こんなとこに連れ込んで。あげくに、人違いで殺そうとした……」

本当に反省しているようで、ゼラードの声には元気がない。

謝る、なんて儀礼の知る暗殺者のイメージとはかけ離れていた。

「ま、いいよ。無事だし。今はあのガーディアンをどうするか考えないとね」

にっこりと笑っていた儀礼の顔が思慮深い、真剣なものへと変わった。

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