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ギレイの旅  作者: 千夜
3章
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祖父の死

少し鬱欝とした話です。

 儀礼の祖父、団居修一郎が亡くなったのは儀礼が13歳の夏だった。

夏休みも近く、獅子達が教室でうきうきとしている時期に、儀礼だけは沈み、いつも窓の外を見ていた。

入院を嫌がった修一郎のために、儀礼はずっと側にいたらしい。もともと祖父さん子だったので好きでいただけかもしれないが。

そのため、日に日に弱っていく祖父を目の当たりにしていた。

痛みを和らげるために麻酔薬を調整し、動かせない体のためにベッドを改造した。

それでも、一段と暑くなった日修一郎は息を引き取った。寿命が50年余りの世界で68歳の修一郎は長生きした方だ。

儀礼の両親である教師二人が休みになるため、学校は強制的に一週間早い夏休みに入った。


 でも、葬式が終わった後、一週間儀礼は部屋に引きこもり出てこなかった。

「儀礼、儀礼。開けて。ねぇ、何か食べないとあなたが弱ってしまうわ」

母、エリの悲しげな声。

しかし、儀礼の返事はなく動く気配すら感じられない。

儀礼が部屋に引きこもりすでに二日だ。何も食べていないなら体力の限界だろう。

「そっとしておいてあげよう」

葬式の後、儀礼の父である礼一は辛そうな顔で言った。でもそれからもう二日だ。

エリは心配でならない。

深い青の瞳に映る精霊たちのおかげで儀礼が生きていることはわかる。

それでも彼の無事をこの目で確かめ、大切な人の別れを一緒に悲しみたかった。


「親を悲しませるようではうちの門下生としてなってないな。扉を壊そうか?」

重気が言葉とは裏腹に、気遣うようにエリと礼一を見る。

「今はやめてくれ」

軽く片手でドアを壊せるだろう重気に礼一は言った。

しかし、その五日後に重気が扉を破ることになった。


 儀礼はベッドの上で深く沈んでいた。誰の言葉も聞こえず、何かを考える力もなかった。

ただ、祖父との思い出が頭に浮かんできては、涙が流れていくばかり。

両親や友人たちが心配しているのがわかっても、その声が煩わしいとしか感じなかった。

つけっぱなしのパソコンでは絶えることなく文字がつづられてゆく。チャット仲間達すら心配しているようだ。

儀礼が部屋にこもって二日目、母や獅子たちの声が大きくなった。扉を叩かれる回数が増えた。

(何も聞きたくないんだ)

耳の奥にある祖父の声が消えてしまいそうで……。

その声がもう聞こえないのか、そう思うとまた涙があふれた。


 引きこもり五日目。

パソコンからポーンという高い音が響いた。メッセージが届いたようだ。見る気力もない。

放っていたら、かってに開封され何かをダウンロードし始めた。

ウィルスでも入っていたのか。

そう思ったが、今さらパソコンなどどうなってもいい。そのまま布団に伏せようとしたら、声が聞こえた……。

「ギレイ? ギレイ・マドイ?」

戸惑いがちな初めて聞く若い男の声。

目をパソコンに向けると以前『穴うさぎ』にもらった白兎が画面で飛び跳ねていた。

画面に近付いてくると、兎はさらに続ける。

「悪いな、ちゃんと見るかわからないから勝手にソフト送りつけちまった」

似合いもしない太い声で話しながら白兎が首を傾げる。

「ちゃんと食ってるか……? ……泣いてるのか?」

言葉を選んでいるのか、途切れがちに聞こえてくる声。

「お前がふさぎ込んでたらじいさんが心配するぞ……。庭の畑、水やってるのか? お前もじいさんもいないんじゃ、暑さで枯れちまうぞ……」

穴うさぎにパソコンを通して話した思い出。

知らない声が綴っていく。それに合わせ鮮やかに頭に浮かび上がってくる。

涙が止まらない。泣いてばかりじゃいけない。子どもみたいで、情けない。

そう思ってもやはり体に力は入らなくて、悲しみだけが溢れてくる。


 穴うさぎには今まで随分と話を聞いてもらっていた。

アドバイスをくれたり、ただ聞いてたり。儀礼にとって歳の離れた兄のような存在だった。

「お前のことが心配で俺の目まで真っ赤だよ」

そう言って、白兎はもともと赤い目を大きくパチパチと瞬いてみせた。

儀礼は笑っていた。二度と動かないのではと思っていた頬が、口元が緩む。

まだ小さな、どちらかと言うと安堵したような表情。

目元は涙に濡れているが、溢れるのが止まった。

「なぁ、出て来いよ。じいさんの夢が終わったわけでも、お前の夢が終わったわけでもないだろ?」

儀礼は穴うさぎの声に聴き入っていた。何も聞きたくなかった心にゆったりと流れてくる。

儀礼の知るじいちゃんの姿が白兎の中にあった。

「俺はお前に会えるの楽しみにしてるんだぜ、ギレイ・マドイ」

じいちゃんの夢だった馬より速く車に乗って、世界を旅するのが僕の夢。

そう言った時、穴うさぎは、じゃ、俺の近くに来たら会おうぜ。

そう言った。

久しぶりに、安らかな気持ちで儀礼は眠りに落ちていく。

儀礼の話した思い出を白兎がゆっくりと語っている。もっと聞いていたい、と思いながら、儀礼は深い眠りについた。


 儀礼が目を覚ましたのは二日後だった。ひどい高熱を出していて、母に言われて重気がドアを破り救出されたらしい。

精霊が騒いだと母は言っていた。

あなたは精霊に愛されているから。幼い頃から何度も母に言われた言葉。

ドアを壊したとき、部屋の中のパソコンは白兎が跳ね回り、電子化された音でギレイ・マドイと励ましていたらしい。

窓の側には明らかに獅子と利香が持ってきたらしい(強化された窓の端が割られていた)お菓子や花があった。

その後、儀礼は獅子に殴られ、母と利香に泣かれ、父に怒られ、重気には部屋の設備をいくつか壊された。

仕方がない、そう思えた。自分のしたことを思えば。

「心配かけてごめん」

儀礼がそう言うと、怒った顔をした後、みんな笑っていた。

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