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雷に打たれて死ねば  作者: 莞爾
5章 東京編
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5-1 溺れる日々

 先の『4章 進路編』は、私の半生においては珍しく輝かしい時代だった。 全力を尽くして腕を磨いた私は、晴れてゲーム業界に就職。そのまま順調に人生を歩んでめでたしめでたし……とはならなかった。


※本作には、精神疾患、家庭内の問題に関する描写が含まれます。読まれる方の心身の状態に応じて、無理のない範囲でお読みください。

 ゲーム会社は数あれど、山手線の最寄駅まで描写してしまうと特定されかねないので通勤の場面はぼかします。


 私は就職した。 その会社には、同じ専門学校から入社した同期がいた。


 彼は永野(仮名)。 私は在学中〈ながっちゃん〉と呼んで親しくしていた。 ポートフォリオに載せる作品や卒業制作なども共同で作った。 なんならバイト先も一緒のファミリーマートだったりして、かなり仲の良い友人である。彼と共に青春を過ごしたと言っても過言ではない。


 二人で上京したのなら、会社でやって行けるだろう――なんて考えていた。



 ゲームグラフィッカーは他にも数人同期がいたが、彼らは2Dイラストや背景素材の業務がメインで、別の班に属していた。3D班は私と永野だけ……仕事を教えてくれる先輩はバリバリ働く青山(仮名)さんという女性で厳しくも優しい上司だった。合わせて三人の少数精鋭チームだった。


 少し当時のゲーム業界を補足しておく。


 まず会社は大手(任天堂やフロム・ソフトウェア、スクウェア・エニックス等)と下請けで別れていて、ソフト開発のおける実制作は基本的に下請けが行っている(そのため大手に就職したところでゲーム開発には関われなかったりする)。


 『プロデューサーになりたいなら大手へ行け。ゲームを作りたいのなら下請けに行け』――就職活動中にそんな言葉をよく耳にした。だから私が就職した会社は下請けである。 直接開発に関わる仕事にこそやりがいを感じられると考えての選択だった。


 会社は大手IPや版権(アニメのゲーム化とか)の案件を抱える実績は確かにある。が、当時は〈ソシャゲ(ソーシャルゲーム)バブル〉時代のため、スマホゲームの案件が比率を()めていた。


 課金システムで金を集めるゲームを出せば稼げる……そう考えたベンチャー企業が日本に溢れていた。そして社長が自分の足で営業し、とってきた仕事は大概ソシャゲ案件だ。 ゲーム開発の《《いろは》》を知らない素人企業が金稼ぎ目的のソシャゲを作りたがる。そんな粗製乱造のソシャゲバブル時代……。


 弾けるのはバブルが先か、私が先か。



「じゃあ井神君と永野君には、これを作ってもらおうかな」


 と、青山さんが出してきたのは一枚のjpegデータ。 ペライチのデザイン画。描かれているイラストはキャラではなく武器のようだ。 難易度の低いモデリングで実力を見るつもりなのだと理解した。


 武器の外見は木の枝のようなもので、モデリングでコツが必要な部分は蔦の絡まったデザインだろう。限られたポリゴン数で再現するのが腕の見せ所だった。テクスチャに関しては平行投影で済ませてよいとされた(専門的な話で申し訳ない)。


 午前中の時間を使ってモデリングし、私と永野は青山さんに提出した。そしてクオリティの反省会、講評を聴く。


「あれ?」と、私は永野の制作したデータ見て思った。「なんか下手だな……」そう感じた。


 直線部分はポリゴンを節約して曲線の多い蔦部分に割くのがセオリーだが、永野君が作ったものは、その青山さんの意図を汲み取れていないモデルだった。案の定手厳しい修正指示が与えられていた。


 入社してほんの数日で、永野君に対しての違和感を覚えた。 専門学校の時は共同で制作していて特に下手だとは思わなかったが(私の方が上手いという自負はあったが)、会社で同じデザイン画からモデル作って比べてみると、明らかにクオリティに差があった。なんというか学生時代に見ていた作品よりも劣っているように感じた。


 研修はほどほどに、私は一足先にキャラモデルの制作を受け持つようになった。青山さんが抱えているハードスケジュールに必死で喰らい付き、割と頼りにされていたという実感もあった。


 私が仕事に参加するようになってからも、永野君は研修が長引いていた。かなり遅れて、小物のモデル等の仕事を振り分けられるようになった。永野君は次第に表情が暗くなり、思い詰めるようになっていた。



「一緒にラーメンでも食おうぜ」


 私は励ますために晩飯に誘った。 人の痛みには敏感だった。永野君はメンタルをやられている。


「でも俺残業だし」永野君は不貞腐れたように応える。


「待つよ。なんなら少し手伝おうか」


 まだ入社して二ヶ月くらいだろう。永野君は仕事をこなすのに時間がかかり、連日残業していた。正直、簡単なモデルばかりなので残業しなくても終わる量だとは思うが、指摘しても仕方ないので言わなかった。私は一緒に残業し、永野君のメンタル面を支えながら働いた。


 私の方はといえば、この時点で青山さんの右腕的ポジションになっていた。クオリティ面でも仕事のスピード面でも、信頼を勝ち取れていると感じていた。すごく忙しい日々だった。


 たまに青山さんから「永野君って大丈夫?」と聞かれたりするが、私は「ちょっと不調みたいですけど、本当はやれる奴ですよ」とフォローしたりもしていた。



 三ヶ月目くらいか。青山さんが何やら怒っていた。


「ちょっと、井神君も見てくれるかな?」


「え、はい」


 青山さんのデスクに私と永野君が集められ、問題のデータを開く。 それは私が大本を作成して、すでに〈フィックス〉した(社内で完成と判断されたもの)データの色変え差分のようだった。なんてことはない。男のキャラクターが赤い服を着ていて、差分は服の色を黄色に変更するだけの作業である。担当は永野君だ。


「これ、井神君どう思う?」青山さんは我慢の限界に見えた。相当苛立っている。


「濁って見えます」


「そうだよね。元のデザイン画はこの黄色なんだけどさ、服の柄とかが全然デザインを再現できてないんだよ」


 永野君は暗い顔でむくれていた。不貞腐れているというか……諦めた表情で立っている。


「ちょっとさ、色変えくらいは差し戻し無しで一発でクリアして欲しいんだよね。今忙しすぎて修正指示出すのも時間が勿体無いの。永野君はこの案件では厳しいみたいだから、2D班の手伝いに行ってほしいかな」



 その日、私は永野君の仕事が終わるのを待って一緒に帰った。電車に乗り、最寄り駅の公園で少し話した。


「いやぁ……今日は大変だったな」私は言葉を探す。


「おう……」


「色々頑張ってはみたんだけど、今思えばもうちょっとフォローできたかもなぁ。そうすれば2D班に行かなくて済んだのかな……」


 私の中では、「そんなことないよ」と返ってくるだろうと予想していた。「自分の実力が及ばなかった。井神のせいじゃない」と。


 しかし返答は違った。


「《《まったくだよ》》」


 ――え……?


「お前がもっとフォローしてくれれば俺だってできたのに!」


 私は頭が真っ白になるというのを初めて経験した。永野君の言っていることが理解できなかった。想定外すぎて返す言葉が見つからず、思考が止まった。


 その後なんと言って家に帰ったかわからない。「そうだな、ごめんな」とか絞り出して解散した気がする。だが、ベッドで身を休めていても納得ができなかった。永野君は私に裏切られたかのような怒りを見せていたが、裏切られたのは私の方だと感じていた。


 私は過去の経験から、困った状況に陥った時、ひたすら思考に沈む癖ができていた。人を観察し、心を言語化するのが私なりの〈生きる術〉として培われている。その能力で永野君を分析してみたりした。


 きっと永野君はむしゃくしゃしていたのだろう。己の至らなさ、不甲斐なさから思わず八つ当たりしたに違いない。『フォローが足りない』と彼が感じているのは、裏で青山さんに取り計らっていることを知らないからだ。 とりあえずはそのように結論し、明日からも続く激務に備え眠った。



 舞い込んだ案件は日毎に増えていった。 ソシャゲバブルの最後の花火を誰もが打ち上げようとして、《《クソゲー》》の企画書が生まれては制作途中で頓挫していく。


 日の目を見ることなく制作中止になったゲームタイトルは数知れず。私は業務の中でいくつものキャラクターを丹精込めて制作しては、開発中止によって世に出ることもなく没データとして葬られた。


 頑張って生み出したのに……どのキャラクターも没になる。 魂がゴリゴリと削られていく音が聴こえた。


 その上、永野君は3D班に帰ってこなかった。青山さんが実力不足と評価したのだろう。彼の分の仕事を私は巻き取り、新卒としては異例の仕事量をこなした。体重はかなり痩せた。飯を食う元気も出なかった。青山さんも労働の疲労が限界を迎えており、デスクで静かに泣いているのを何度か見た。


 下請け企業は、会社単体でホワイトであろうとしてもままならないものだ。上からもらった仕事の納期に合わせて、どうしても残業が発生する。締切に追われて常に心拍数は上がる。


 力になりたいが、身がもたない。 ソシャゲバブルによってゲーム業界はブラックな労働環境に成り果てていた。


 永野君は私の残業に付き合ってはくれなかった。あれ以降、一緒にラーメンを食べにいくこともなくなった。



 私はキャパシティオーバーにより帰れない日が続いた。 会社的には二日に一度は帰宅するように方針が定められていたが、私のスケジュールは完全に破綻していた。会社に一泊して、二日目の終電で一時帰宅し、シャワーを浴びる。その後の始発で出社し、また一泊する……その繰り返しだった。自分のベッドで眠るよりも、デスクの下で眠ることの方が多かった。


 一年が経ち、私の基本給は一万ほど昇給した。一万円……新卒の私からすれば大きい額だ。だが、「そんなもんか」と鼻で笑えてしまう。


 部長からは「昇給額は君がトップだ。やっと青山さんについていける新人ができたと社内でも期待されているよ」と言われた。


 嬉しくなかった。 この一年の記憶なんてない。デスクにへばりついてモデリングモデリングモデリング……自分の腕が上達している実感もなかった。 忙殺されて、溺れる日々だった。



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