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隠し事


「魔泉を浄化しに行こう」


 そんなわたしの一言が発端だった。


 かつて存在した巨大な魔泉はアイリスたちが浄化を行ったということだが──、先日村が襲われたように、まだ少し残されているものがあるのも事実だ。


 魔獣は先刻湧いたばかり。

 再び魔泉から生まれるのにも時間がかかるだろう。

 この村の今後のためにも、ここで潰しておくのが正しいはずだ。


 散発的な残党の魔物との戦闘は発生するかもしれないが、そこはリーシャがいれば大丈夫だろう。

 一番大変なところをいつも彼女に頼りきりなのは、なんとも情けないことだけれど。


「ごめんね、リーシャ。毎回一人で危ないことさせちゃって……」

「いえ。わたしがお役に立てるのは力仕事くらいですし、むしろ頼ってもらえるのは嬉しいです」


 自尊心が満たされます、とドヤ顔のリーシャであった。



 わたしとリーシャ、メレルの三人は、魔泉へと続く森の小道を歩いている。

 ここまではよくある光景だ。

 だが、今日はいつもと少しだけ異なる状況もある。


 わたしは首を回し、背後に振り返る。

 魔族の村長と人間の使用人。

 今日は同行者として、彼らがついてきているのだ。


「ディレットさんたちは村で待っていてくれても良かったんだけど……、危ないし」

「村長のわたしがついていかないわけにはいかないだろう。同伴は当然のことだ。それより……」


 彼は、隣に控えて歩いている、人間の使用人の方を見つめる。


「レニア……。本当に大丈夫か?昨日の今日だ。おまえこそ無理についてくる必要はないぞ?」

「いえ……。使用人のわたしがディレット様に任せきりなわけにもいきませんので」


 にこりと笑うレニア。

 たくみな返答に、ディレットは返す言葉を詰まらせる。


「……レニア、あまりわたしから離れるなよ」

「は、はい……」


 一歩、一歩、ディレットへと距離を詰めるレニア。

 だが、やはり人一人分の距離は開いたままだ。

 ほのかに赤く染まっている彼女の頬。

 おそらく、それ以上近づくつもりはないらしい。


 いじらしく、可愛らしいけれど──。

 二人の気持ちを知っているわたしとしては、かなりもどかしいものがある。


 ここはわたしが恋のキューピットとして、もう少し背中を押してやってもいいかもしれない。


「──メレル、ちょっと」


 リーシャとともに先頭を歩き、索敵魔術を展開しているメレルへと歩み寄る。

 そして、後ろのレニアとディレットに聞こえないように、さりげなくとある内容を耳打ちした。


 決して悪戯心とかではない。

 親切心から来る善意の相談である。


 メレルはわたしの告げた『作戦』に、こくりと頷く。

 そして、くるりとディレットとレニアの方へと振り返ると、わざとらしく両手を上げた。



「わー、大変ー。索敵魔術に強そうな魔獣が引っかかったー。もしかすると襲ってくるかもー」



 呑気に杖をフリフリさせながら、メレルの棒読み声が森の中に響きわたった。


 演技……、もうちょっとなんとかならない?

 わたしが映画監督ならメレルはクビだ。


「ええっ!?どこですか!?」ときょろきょろしているリーシャはいったん放っておく。


 わたしはレニアのそばに近づくと、彼女の背中に手を当てた。


「ほら、レニア。危ないから、もっとディレットさんにくっついて!」

「きゃっ……」


 トン、と軽く背中を押してやる。

 彼女の軽い体がディレットの方によろけ、彼の胸元へと飛び込んだ。

 ディレットは少し驚いたようだったが、すぐにしっかりと彼女の体を支える。


 過程を見れば、ディレットがレニアの転倒を助けた形。

 だが、結果を見れば二人は抱き合っているわけである。

 うむ、壮観。

 テンプレだが、じつに満足な結果だ。


 わたしの口角が上がるのと同時に、彼の胸元でみるみる真っ赤になっていくレニアの顔。


「も、申し訳ございません、ディレット様!すぐ離れますので──」

「いや、いい。そのまま傍にいろ。わたしが守ってやる」

「うぁ…、は、はい……、ありがとうございます……」


 彼の腕の中で、レニアは真っ赤になり俯いてしまう。

 対して、ディレットはいつもの澄まし顔だ。

 あの状況で、あれほどキザなセリフをしれっと述べてしまうのだ。

 レニアの顔が蒸気をあげそうになっているのも致し方ないことだろう。


 しかし、ディレットさん。平気な顔してなかなかやるな……。

 やはり生きてきた年月の違いだろうか。

 余裕というものが感じられる。

 

 ──と、思った矢先。

 よく見ると、彼の耳先がほのかに赤くなり瞳が揺れているのに気づいた。


 わたしがニヤリと笑みを浮かべると、彼はこちらに気づき、むすっとした表情で顔を背けるのだった。



********************




 森の木々も、だんだんと深くなってきた。

 ほそ道もいつのまにか獣道に交わり、この場所がすでに人の手の届かない領域に入ったことを認識する。


 先頭を行くリーシャが背の高い草を裂き道を作る。

 その後ろに、索敵魔術を使用しながら進むメレル。

 そして、さらに後ろにわたしとディレットたちが続いていく。

 


「懐かしいな……」


 ぼそりと、ディレットが呟いた。


「アイリスたちの浄化に同伴したときも、同じように隊列を組んで魔泉へと向かったものだ」


「同じってことは……」

「ああ。キミがアイリス。あの魔術師がルチア。そして先頭の獣人がロディオだ。奇妙な既視感を感じるよ」


 懐かしげに細まる彼の瞳。

 わたしはその表情を見つめながら、ふと昨晩から気になっていたことを聞いてみる。

 


「そういえば──、そのロディオって人、誰なんですか?」


 おそらく、ルチアの方はメレルの師匠だ。

 だが、そのロディオという男のことを、わたしは知らない。


 ディレットは一瞬、わたしを驚いたように見つめた。

 彼の切れ長の瞳が、微妙に丸くなる。

 だが、すぐにいつものような無表情に戻ると、しれっと顔を逸らした。


「……さぁな」


 ぼそりと、そう返事が返ってくる。


 なんだか明らかにはぐらかされたように見えるけど……。

 そんな態度をとられると逆に気になってくる。


 わたしがもじもじしていると、ディレットはふいに視線を前方に向ける。

 そして、先頭を行くリーシャの方を見つめて言った。


「……あの獣人種の娘にでも聞いてみたらどうだ?あれの種族は数も多くないし、知り合いかもしれんぞ」


 彼の口からは言いにくいということだろうか。

 なんにせよ少しもどかしいが、彼がそういうなら仕方ない。


 わたしとアイリスには親子という縁がある。

 メレルとルチアにもどうやら師弟という縁があるらしい。

 考えてみれば、ずいぶんな奇縁だ。

 もしかすると、リーシャとロディオにも何か繋がりでもあるのだろうか。



 リーシャは、相変わらず先頭で道を作りながら歩いている。

 わたしはそのまま、すたすたと先頭を行く猫耳娘へと近づく。


 そして、彼女の尻でふらふら揺れている尻尾を──、ぎゅむりと掴んだ。


「──んにぁあっ!?!な、なな、何すんですかぁ!?」


 ばしぃっ、と尻尾で手を叩かれた。

 無論、痛くはない。

 ふわふわしてるのでむしろ気持ちがよく、むしろ癖になる。


「いや、ふりふり動いてたからつい……」

「猫ですかあなたは!尻尾は敏感ってなんども言ってるでしょ!」


 リーシャに、ふしゃーっと威嚇された。

 うん、まるで猫だ。

 

 わたしは「ごめんごめん」と気持ちの入っていない謝罪を返す。

 そして、彼女の頭をよしよしと撫でながら──、さりげなく気になっていたことを質問してみた。



「──ねえ、ロディオって名前に聞き覚えあったりする?」



 その質問に、彼女は耳をぴくりと動かした。


 本当に気づかないほどの一瞬。

 いつも彼女にスキンシップをとって溺愛している、リーシャマニアのわたしでなければ気づかなかっただろう。


 わたしの質問に、彼女は普段通りの調子で、



「──いえ。べつに」



 そう、いつもの笑顔で答えた。


 共に長く旅をしてきたからこそ、その内心を察してしまう。

 互いに互いのついている『ウソ』を理解してしまう。


「ディレットさんに昨日聞いたんだ。アイリスと一緒に旅をしていた獣人種の魔族なんだって」

「……へぇ。そうなんですね」

「リーシャと、同じ種族だね」

「そうですね。奇遇です」


 リーシャのはぐらかすような言葉。

 悪意があるわけではない。

 それはもちろんわかっている。

 けれど、なんだか少しだけ──、心にちくりと棘が刺さったような気がした。



「濁ったマナの匂いが強くなってきました。きっと魔泉が近いんでしょう。──急ぎましょう、ニナさん」


 いつもと変わらない、リーシャの笑顔。

 その裏に隠された戸惑いと憔悴に気づいてしまう。


 彼女にはまだ、わたしに話してくれないことがある。

 その事実に少しだけ寂しさを覚えないでもない。


「むむむ……」


 だがまあ、考えても仕方のないことだ。


 誰にだって隠したいことの一つや二つある。

 それはきっと、わたしだって同じだ。

 とりあえずは、彼女が自分から話してくれるようになるまで、気長に待つとしよう。


 

 さっさとわたしに背中を向け、ずんずんと森の奥へ進んでいくリーシャ。

 わたしはそれを追いかけようと、彼女の揺れる尻尾へと手を伸ばす。


「もう、待ってよリーシャぁ!」

「に゛ゃあぁぁっ!?だから尻尾掴むなって言ってるじゃないですか!?バカなんですかもうっ?!」


 飛び上がり威嚇するリーシャに、再び「ごめんごめん」と気のない返事を返す。


 べつに焦ることはない。

 きっと、いつの日か雪がとけるようにすべてわかる日がくるはずだ。


 わたしはリーシャの隣で彼女に笑顔を投げると、一緒に森の奥へと進んでいくのだった。

 



 




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