第97話
後はゼノンだけだ。彼から〝人魚の涙〟を回収しなくてはいけない。ツバサは彼に近づく。
「ゼノン、それはお前の思ってるような代物じゃない」
言葉に反応し、ゼノンは立ち止まって半身だけ翻す。鋭い瞳がツバサを射抜くようだった。
「どういう意味?」
「〝人魚の涙〟は世界を崩壊させるような危険なものじゃない。〝人魚の涙〟は一人の少女の運命を変える石なんだ」
「何……?」
「月明かりを浴びると人魚になってしまうという性質を持つ自分の娘。〝人魚の涙〟は彼女を助けるためにクロードが開発した作品だ」
「な……!?」
ゼノンは絶句する。俄かに信じられる話ではない。
「そんなはずない! クロードは核融合反応を利用した爆弾の研究をしていたんだぞ!? 彼は研究を始めたら、その研究が終わるまで次の研究を始めない!」
「普通だったら、な」
ツバサの言葉にゼノンは眉を顰める。
「クロードにとって普通じゃない出来事が起こったんだ。自分の子供の誕生っていうな。研究一筋だったクロードに、それ以外初めて守るべきものができた。普通の子供だったらそれでも研究は続けただろう。でも彼女は普通じゃなかった。娘は月光に晒されると人魚の姿になることが判明したんだ。将来彼女はそのことで苦しむかもしれない。ならばそれを解消してやりたい。でもどうして月光を浴びると人魚になるのかさえ分からない。そんな非科学的なこと、解明までに何年かかるか分からない。そう思ったクロードはやむなく爆弾の研究を中断し、〝人魚の涙〟の制作に取りかかったんだ。すぐに科学の力では限界があると認識したクロードは、魔法の知識を吸収し、カジルマ王国の魔法技師の力も借りて完成させた。それが〝人魚の涙〟だ」
「……嘘だ」
ゼノンから細い声が漏れる。それから必死に声を荒げた。
「じゃあクロードのノートに書いてあった〝人魚の涙〟の記述はどう説明するんだよ! 『森羅万象の理、世界の道理を捻じ伏せる』っていうあれは!」
「自然界の力――この世の常識では、成し得ることができないって意味だ。魔法という人間が作り出した力で、リリアが自然に持って生まれた特性を捻じ伏せるんだからな」
「……何であんたがそんなこと知ってんだよ」
「ミスティ湖に棲む人魚に直接話を聞いたからだ。彼女はクロードの奥さんだ」
カノン班がミスティ湖でセフィアから教えてもらった真実。彼女は全てを知っていた。〝人魚の涙〟はリリアの願いを叶えるものであると。人間か、人魚か、自分の好きな道を選ぶことができる。セフィアはリリアに人魚になってほしいと思っているはずだ。しかし彼女は娘に強要しなかった。彼女の意思に任せ、〝人魚の涙〟を預けたのだ。