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第96話

「やろう……!」


 ツバサは唇を噛む。ここからでは剣が届かない。リリアを助けられない……!


「ゼノンさん! 早く〝人魚の涙〟を持って来て下さい! 今すぐこいつを月明かりに晒して、涙を出させますから!」


 しかしゼノンは答えない。その手に美しき青の宝石を握り締めながら、定まらぬ視点で立ち尽くしている。恐らくショックが大きいのだろう。人数ではゼノン側が圧倒していたはずだ。裏ルートで入手したスペルカードもあった。それにも拘らず、ここまでの差がついてしまったことに、ゼノンは呆然としている。もしかしたら自分も床に倒れている秘書や自分の意見に賛同してくれた人たちと同じように倒されてしまうかもしれない。そうすれば自分が夢見た、完全にコントロールされた世界が実現できなくなってしまう。


「ゼノンさん!」


 再び叫ばれ、漸く我に返ったゼノンは、ああ、と返答する。そして〝人魚の涙〟をじっと見つめた。吸い込まれそうになるほど魅惑的な作品。


「……ここで諦めるわけにはいかない」


 ぽつりとゼノンは呟くと、リリアの方へ歩き出した。その瞳には決意にも似た覚悟の色を宿している。場が静寂に包まれる中、彼の歩みはリリアへ向かう。


 バンッ!


 突如鳴り響いた銃声に、ゼノンに集まっていた注目が一気に散った。まさかと思い、ツバサはすぐにカノンに目を向ける。すると案の定、彼女の銃口はリリアを人質に取った男に向いていた。彼がリリアに当てていたはずの銃は手から弾かれ、宙を舞って後方に落下。少しでもずれていたら弾はリリアに当たっていたかもしれないが、それでも涼しい顔をして躊躇せず撃つ様は圧巻だ。


「なんてガキだ! くそっ!!」


 銃を失った男はすぐに取りに行こうとするが、カノンがそれを許すわけがない。


「動かないでねー。動いたら容赦なくその背中、撃ち貫いちゃうよー」


 敵に背中を見せてしまった男は、固まったように動かなくなった。彼はたいそう悔しそうに何度も、くそくそくそ! と慟哭している。

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