第95話
ツバサはすぐさま彼女の拾おうとしているナイフを足で蹴り飛ばした。そして首元に強い打撲を与える。すると秘書はふっと糸が切れたように失神し、そのまま前傾に倒れ込んだ。
ツバサは左側に振り向いた。そこには血の気の引いたティーナが倒れた秘書を凝視し、体を震わせている。十五年前の自分と重ね合わせているのかもしれない。
ツバサはゆっくりとティーナに近づく。
「こ、来ないで……!」
彼女は震える手で銃を構え、ツバサに向ける。それでもツバサは歩みを止めない。
「ティーナ、自分の目的のために罪もない人を殺せば、ティーナが大嫌いなノエール国と同じことをしたことになる。ティーナはそれでいいのか?」
「あ、あたしは……」
ティーナの瞳からは大粒の涙が零れ落ち、震える唇からは恐れを消し去るような自分に都合の良い言葉が吐き出される。
「でもしょうがないじゃない! 大きなことを成し遂げるためには犠牲が付き物なんだから!」
「そんなことない!」
ツバサに一喝されて、ティーナはビクリと体を強張らせた。
「ティーナの考えはノエール国がしたことと同じだ! セルバーンを手中に収めるという大きな目的のために、何人ものセルバーン国民を犠牲にした。今のティーナの発言はノエール国を擁護するものだ! ティーナはそんなこと望んでないだろ?」
ティーナは表情を歪め、遂に我慢できなくなって嗚咽を漏らす。
「じゃあどうすれば良かったって言うのよ! もうお母さんもお姉ちゃんも戻って来ない! 全部ノエール国が悪いのよ! ノエール国さえ無くなれば……!」
ティーナはピストルを持つ手が下がっていたのを、再び照準をツバサに合わせ、引き金に指を運ぶ。
彼女は感情が暴走している。これ以上、何を言っても聞いてもらえない……!
ティーナはぼろぼろと涙を零しながら、ツバサに向かって引き金を引いた。それをツバサは秘書との戦いの時と同じ要領で躱していく。
ツバサがティーナの眼前に辿り着いた時、ピストルからはカチッカチッと弾切れを示す乾いた音がした。ティーナはツバサを前に恐怖の表情で目を見開く。
「ティーナ、それでも君は間違ってるよ」
ツバサは素手でティーナの鳩尾に衝撃を与えた。彼女はふっと意識が途切れたように気絶し、倒れそうになったところをツバサが支える。そのまま横に寝かせた。
ツバサはティーナから目を逸らし、カノンたちの方へ向けた。粗方片は付いてる。敵は致命傷にならないくらいの負傷で動けないように気絶させられている。
ツバサは安堵して、リリアの方に目を向けた。痛々しい彼女を早く解放してあげなくては。そう思い、リリアの元へ駆け寄ろうとした時だった。ツバサの視界に一人の男の姿が映った。そいつはリリアに駆け寄り、頭に銃口を突き付けてからその場の全員を見渡す。
「近づくな! 近づいたらこいつを撃つぞ!」
その人物は長身痩躯。ミスティ湖でリリアを連れ去った男だった。口の端が切れて紅い血が出ている。リリアは今にも泣きそうな顔で体を震わせている。




