第75話
「『連れ去った』なんてヤだなー、僕は君を助けてあげたんだよ!?」
二十代半ばの茶髪の男。運動が得意なのか身軽そうで、失礼かもしれないが脳内も見た目も軽そうである。
あの危険な場所から連れ出してもらった後、そのままケントロ地区のカフェに連れて来られ、なぜかカフェオレを御馳走になっている始末。カフェはダークブラウンの木造でレトロな雰囲気がある落ち着く店だ。
ディノは出されたカフェオレを啜りながら、今の状況を全く把握できていなかった。
「助けてくれたことにはお礼を言いますけど……あなた誰?」
「ええ!? 酷い!! 僕のこと忘れちゃったの!?」
オーバーリアクションで泣く素振りを見せるチャラ男。言われてみれば、どこかで見たことがあるような気がするようなしないような。
「昨日会ったばっかりだよ!」
昨日……? と頭を捻るが、全く思い出せない。こんな人に会ったら憶えていそうなものだが。
「議会所で会ったじゃん! ほらよく見て! 僕、君のお父さんの秘書してるんだよ!」
「………………はい!?」
昨日の秘書の姿を思い出す。確かによくよく見てみれば、顔のパーツが同じである。胡散臭いとは思っていたが、まさかこんな得体のしれない人物だとは思ってもみなかった。
「それで……何者なんです?」
「僕?」
他に誰もいないだろうと思いつつもディノが頷くと、秘書は得意満面に語り出した。
「僕は〝何でも屋〟さ!」
「何でも屋……」
「今は君のお父さんの秘書をしながら、ゼノン=リーヴァや〝人魚の涙〟に纏わる情報収集をしているよ。仕事の幅は広くてね、仔猫の捜索から国家機密に関するものまで何でもやるよ。勿論、僕が仕事に見合うと思う対価を支払ってもらえればだけど」
マジックのようにパッと名刺が彼の手に現れ、差し出されたのでディノはそのまま受け取る。
『あなたのご依頼、何でも引き受けます。信頼のパートナー ハートフル社』とある。中央には『代表取締役社長チャーリー』、右下には小さなフォントで『報酬は応相談』と書かれている。
「……ハートフルって会社の社長さん?」
「そう」
「社員何人くらいの会社なんですか?」
「僕だけ」
「…………」
「何かあったらいつでも連絡ちょうだい」
語りや名刺まで胡散臭いチャーリーに疑いの色を宿したディノの瞳が向けられる。
「僕のこと信じてないでしょ! じゃあ宣伝も兼ねて……丁度今からこのカフェで約束があるんだけど、どうせだから見て行きなよ!」
「約束?」
「議会所の地下書庫にある〝人魚の涙〟に纏わるクロードの記述、それがどうやって漏れたかについて。この間街中で飲み歩きしてたコーヒーをわざと司書の女の子のスカートにぶちまけてね、今日お詫びにここで御馳走することになってるんだよ。勿論彼女は僕がプレジデントの秘書だと知らない。――あ、来た!」