第61話
ツバサたちは息を呑みながら、マザーの話に耳を傾けていた。
「――クロードさんがリリアの父親で、人魚が母親って……。何でそんなこと知ってるんですか」
ツバサは絶句しながらも何とか言葉を絞り出す。マザーはゆっくりと瞳を閉じて、当時の様子を思い出すように語り始めた。
「十五年前、バアル地区は戦火を恐れて逃げ惑う人々で混乱に陥っていました。私もその内の一人で、逃れるためにミスティ湖に向かいました。教会も徐々に崩壊していましたから……。そうしてミスティ湖へ向かう途中、私はクロードさんとすれ違ったのです。彼はなぜだか被害が拡大している街の方へ走って行くのです。私は不思議に思い、焦りの中でも振り返って彼を呼び止めました。すると彼は言ったのです。『娘のために僕は戻らなくちゃいけないんだ』と」
それだけ言って背中を向けるクロードを、マザーも引き留めようとはしなかったらしい。自分も逃げるので精一杯だったのだろう。
「ミスティ湖が見えてきて、少しだけ安心した時でした。木々の間から、湖の淵に置かれた柔らかそうなタオルの塊、そしてその向こう側に美しい女性の顔が見えたのです。私は胸元に下がった十字架を無意識に握り締めながら、その場へ姿を現しました。目の前の光景に心臓が止まりそうなほど驚いたのを今でも鮮明に憶えています」
マザーの瞳に映ったのは、タオルに包まれた赤ん坊。そして水の中に身を浸しながら、その子を愛おしそうに見つめる人魚。人魚はマザーがやって来たことにさして驚く様子もなく、寂しそうな表情でマザーを見上げたと言う。
「彼女は私に言いました。この子を育ててくれないか、と。人魚にお願いされることも驚きでしたが、それよりもまさか本当に人魚がこの世にいるとは思ってもいませんでしたから、まずはそちらの方に驚き、戦時中であることも忘れ、私は彼女を凝視していたと思います。しかしこの世は神が創られた神秘的な世界、これは神からのお導きかもしれないと思い、私は人魚の申し出を受けることにしたのです」
目の前にいる女の子の名前がリリアであるということだけを告げ、人魚はマザーにその場からすぐに立ち去るように命じた。マザーはリリアを優しく抱き上げ、更にバアル地区から離れるように逃げ去ったというわけらしい。
「直接的にリリアが二人の子供であると告げられたわけではありませんが、月明かりを浴びると人魚になってしまうというリリアの不思議な現象を考えると、やはり二人の子供なのだと私は思うのです」