第51話
「いやね、そこにいるお嬢ちゃんに用があってね」
中央から歩いて近寄って来る長身痩躯の男の言葉に、リリアの体が強張る。
「俺らも手荒な真似はしたくないんだよ。お嬢ちゃんがこっちに来てくれれば、それで問題なし」
言いながらニヤリと形成される笑みがいやらしい。
ツバサはリリアに、そこ動かないで、と呟いてから前に歩き出す。そして左手を前に差し出し、解放を唱える。
「ディライマ!」
眩い光とともに、剣が現れる。ツバサはそれを右手で掴むと、相手に構えた。
「へぇ。君、マライレット持ってるんだ。只者じゃないな」
マライレットはツバサの左指に嵌る腕輪の名称だ。WGS生や各国の戦闘部隊が所有していることが多い。腕輪には特殊な魔法が組み込まれていて、何でも一つだけ道具を出し入れできる優れものだ。常に武器を持ち歩いているのは邪魔なため、WGS生は基本的に武器を格納している。
マライレットは組み込まれている魔法の性質上、一人一つしか身に付けることができない。欲を出し、二つのマライレットを身に付けた人は身を滅ぼした例があると、ツバサは授業で習ったことがある。
「あっちは一人だからって手加減するとやられっからな! いくぞ!」
男の合図で一斉にツバサに向かって四人が襲いかかる。金属バットを手に、ツバサを殺さんとする勢いで振り回す。だが、まるでなっていない。振りは大きく、隙も多い。
正面からバットを振り下ろさんとやって来る男を軽く躱し、足払いをかける。右側から来る女のバットは剣で力強く弾き、左からバッドを横に振ろうと来る男には一度しゃがんで攻撃を躱し、背中を剣の柄の先で突く。左から来た男の影に隠れて背後からツバサを攻撃しようとしていた男には剣を後ろに這わせ、バッドと交差したところを滑らせて正面を向き、鳩尾に蹴りを喰らわした。
彼らは間違いなく素人だ。日々〝戦闘〟を学んでいるツバサからしたら、これは喧嘩レベルである。
四人が四人とも弱々しく立ち上がる。気絶させるしかないか、と思い、溜息を漏らした時だった。彼らが取り出したものに、ツバサは目を瞠る。
「スペルカード……!?」
スペルカードは高価なもので、一般人が入手できるような代物ではない。それをこんな素人同然の連中が持っているなんて、誰が予想しただろうか。
モカが素早く飛び立ち、彼らの内の一人からカードを奪う。だが、残り三人は容赦なく唱えた。
「フローガ モート ティーヴィラ!」
スペルカードから真っ赤な蜥蜴のような生物が一瞬だけ浮かび上がったかと思うと、それは炎となってツバサへ襲いかかった。
ツバサは身を守るように剣を斜めに両手で前に出すが、三人分の炎を防ぎきることはできない。何も持たずに教会を飛び出してしまったために、生憎この一本以外身を守れるものは何もない。
万事休す。
激しい熱を感じる。炎が襲ってくる勢いに押され、その場に踏み留まることもできない。炎とともに背後に弾き飛ばされ、ミスティ湖へ投げ込まれた。
「ツバサ――――――――ッ!!」
激痛が走る中、リリアの絶叫が遠くで聞こえた気がした。




