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アナタは異世界で何をする?  作者: 鉄 桜
第ニ章・目覚めてみれば新時代
57/64

第3話・自己嫌悪と開き直り。

久しぶりの予約投稿ですが、どうにも筆が進まない。

ちょっとリアルで身内が倒れたりなんだりがあり時間的な余裕がなかったりしました。

まあ倒れた身内も回復の兆しが見えたので一安心です、はい。


ともかくっ、ようやく掲載できました~。

遅くなってしまい申し訳ありません。

くふふ。ようやく物語が動きそうですよ?



 


 


 扉の間で待機していたシブリィ、クスィ、ラミィの三名は何とも言えない顔をしていた。

 エーデルが扉の奥へ急ぎ駆け込んでから三名は出てくるだろうネルケを警戒したまま待ち構えていたのだ。それなのに今は言葉にし難い思いが表情となって出てしまっている。

 最初に出てきたのは想定していた通りのネルケだった。眉根を寄せて憮然とした表情も予想通り。だがその後がよくわからない。

 ネルケの後からエーデルが出てきた。こちらは普段通りの無表情をしているが、顔色が赤い。赤面していた。雪のような純白の肌艶をしているから余計に目立って見えた。

 そして次に出てきたのは待ち望んでいた彼女達の主アオイだった。目を見開いて驚き歓喜した。長い眠りから覚めたアオイは記憶に残っていた通りの面影を残しており、ひどく懐かしい思いに囚われた。

 そして今、あの懐かしい日々が戻ってくると、そこまで考えて慌てて三者三様に片膝ついて跪いた。人間族のような華美な動作こそないアスガルド式だが、儀礼的意味合いにおいては最敬礼を取ってみせた。

 頭を垂れた中で視線だけ上げてアオイを見るとなぜか驚いていた。後から聞くと寝て起きたと思ったらシブリィ達の姿が変わっていて驚いたらしい。それでもパスが繋がっているから辛うじて誰なのかわかったとも言っていた。

 召喚契約を結んでいるため(デスモス)で精神的に繋がりのあるアオイとシブリィ達。お互いがお互いの存在を感知できるからこそ、アオイに驚きはあっても意外感はない。

 そうして久しぶりに目にしたアオイの姿を眺めているとまたも疑問が浮かんできた。

 子供っぽく拗ねたネルケ。羞恥に赤面したエーデル。バツが悪そうな顔をしたアオイ。

 長年に渡り守護してきた扉から出てきたアオイと他二名を改めて観察したが、それ以上の変化はない。不思議な気まずさが空気となって感じられたくらいだ。

 アオイ、エーデル、ネルケの三名。何と言えばいいのか。夫の浮気を見咎められたような気まずさ、初々しい恋人の情事が母親に露見した時のような甘酸っぱさ。それらに似た何かが感じられた。

 長年待ち望んだ感動の再会なのにシブリィ達は『なんぞこれ?』と微妙な顔になってしまったのは仕方ない事かもしれない。


「アオイ様。この姿では初めてになります。私はクスィ。アオイ様の忠実なる臣にございます。此度のご復活を心よりお喜び申し上げます。しかしながら申し訳ありませぬが、今しばらくお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」

「え?クスィ?え、クーちゃん?あ、ああ。まあいいけど。あれ?」

「有難く!では――ちょっと来い」


 クスィは一言断りを入れるとアオイを前に不敬と承知していても立ち上がり、愚図るネルケをシブリィが、赤面したエーデルをクスィが、それぞれに部屋の隅まで強制連行した。

 一人ポツンと取り残されたアオイはケット・シーが用意した簡単なお茶の席へラミィに手を引かれて誘導されていた。


「おい。どうした?」


 クスィの第一声がそれだった。

 尋問にも等しい一言にエーデルは何かを思い出したようで更に赤面した。同時にネルケは眉根を寄せて不機嫌を増した。


「……何もありません。聞かないでください」

「ほう?何もないというのに聞くなと?愚かな。何かあったと言っているようなものではないか。御託はいいから疾く答えよ。お前はくだらない些事でアオイ様をお待たせするつもりか?」


 とるに足らない事ならあのような変な空気を撒き散らすな、という意味も含めてクスィは言った。

 言葉に詰まったエーデルは珍しく押され気味で顔を逸らしたままだ。


「それは……それでも、言いたくありません」

「……なんと、これは珍しい事があるものだ」


 比喩ではなく目を見開いて驚きを露わにした。傍で聞いていたシブリィも同様だ。

 あのエーデルが、アオイに迷惑をかけると承知で回答を拒んでみせた。ネルケはそれが面白くないのかますます不機嫌になる。


「ねえ、ネルケ。中で何があったの?あのエーデルがあそこまで意固地になるなんて余程の事だと思うのだけれど」

「ん。姉者はずるい。自分だけ殿様と抱き合ってた」


 実にあっさりと、ネルケは正直に見た事を端的に答えてしまった。

 それを耳にしたシブリィとクスィは最初にキョトンとして、次に驚愕し、最後には目が危ない光を宿していた。


「ネ、ネネネルケ!」


 今更のようにエーデルが叫んで止めに入るがもう遅い。嫉妬に狂う一歩手前の白き鷲獅子(グリフィン)白狗賢君(ホワイトハウンド)は現実を否定するように絶叫する。


「ななな、抱き合って!?なんて羨ましい、ではなく破廉恥な!クスィ!ちょっと聞いた!?ねえクスィ!」

「ああ、確と聞いた!まさか!まさかあの鉄の女王エーデルが抜け駆けとはな!コヤツもアオイ様の前ではただの初心な乙女であったか!」


 やはり自分も行くべきだったとクスィは大いに嘆いた。一緒に行っていればあわよくば自分がそのポジションを取れたものを、とは思っていても口にはしない。

 シブリィなどは悔しさで手にあるお気に入りの扇子を握り潰しそうなほどに握り締めていた。

 離れたところでは叫び声を聞いたアオイが口にしていたお茶を吹き出したりラミィがうるうると潤んだ涙目で咽ているアオイを睨み付けたりしている。


「おと、めっ!?――こほんっ。今のはネルケの妄言です。事実無根です。そのような事実はなく、勿論ですが証拠などは何も……」

「でも残念。ここにその時の証拠映像がある」


 ネルケの言葉を切っ掛けに映し出される一つの空間ウインドウ。そこに映る映像にエーデルが絶叫した。きゃああああっ!!と叫ぶ姿は普段から冷静沈着を絵に描いたようなエーデルにあるまじき光景だ。


「おおっ!これはこれは、まるで幼子のようではないか!」

「まあまあ!本当に!あのエーデルが顔を真っ赤にしているわ!」

「きゃあっ!きゃああっ!何を撮っているのですか貴女は!?消しなさい!今すぐに!」

「ふん、だ。知らない」


 珍しくも動揺したエーデルは捲し立てる二名を前に更に酷く狼狽していた。

 空間ウインドウに写し出されたアオイとエーデルの一連の行為を、両手を振り回して必死に消し去ろうとしていた。勿論そんな事をしても消えるはずもない。


「いやあああっ!!見ないでええええっっ!!!」


 鉄面皮の美女も羞恥心が天元突破すると悲鳴を上げるものらしい。


 


▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽


 


 アオイとラミィがお茶を飲みながら寛ぎ始めてから暫く待っているとエーデル達がお待たせしましたと言いながら帰ってきた。

 途中なにやら色々とあったがアオイは気にしないことにした。よくわからない理由で部屋の隅まで移動していた四名が戻ってきたのだ。それでいいと思うし、これからの話をする必要があった。

 シブリィとクスィの咎めるようで羨ましそうな視線と、ラミィの物言いたげな潤んだ視線に曝されたアオイは笑うしかない。もう片方の当事者であるエーデルはネルケにジトッとした目で睨まれていた。

 それでも話そのものは滞りなく進んだ。簡単にだが厳かに改めて名乗りを上げるシブリィ達にアオイは感慨深く、またよろしくとそれぞれの手を取り言った。

 涙ながらに是を示したシブリィ達を前にアオイが困惑したように苦笑した。困ったように笑っているのに温かい。専属契約で結ばれた(デスモス)から伝わる感覚は前と変わらず心地よく、シブリィとクスィそれにラミィの三名は憂いが晴れたように笑った。

 そして今、扉の間と呼ばれる部屋で六名が会する中で、アオイを正面にエーデル達が片膝で跪いていた。その中でエーデルが一歩分前へ出ている。


「それじゃ話は粗方終わったみたいだし、畏まる必要はないよね。楽にしようか」


 はあ肩凝ったと力を抜くアオイ。そこへやや諌めるように声がかかる。


「マスター。それでは皆に示しがつきません。二万年前と今では何もかもが違うのです」

「エーデルの申す通りにございます。アオイ様は唯一この地に残られた長命種にして私共の支配者、そしてアスガルドの絶対者なのです。多少は窮屈でしょうがこのような様相もまた必要なものと思われます」


 エーデルとクスィだ。二名は今も頭を垂れながら声を張り忠言した。

 口にはしないがシブリィも同意である事が態度から見て取れるし、普段がお茶目なネルケすら小さく渋面を作っている。

 その中でラミィだけはウサギ耳がパタパタと動いて困り顔。思わず君はそのままの君であってくれとアオイが心中だけで願ったのは秘密だ。

 それはともかくとしても、これはちょっとした問題だ。

 先程の示し云々というエーデル達の言葉にも一理ある。今居る扉の間へ、さっと視線をやると壁際にはシブリィの使役する猫妖精のケット・シーが複数おり、外へと続く扉付近にはクスィの使役する犬妖精のクー・シー達が居る。どちらもアオイの眠っているうちに配下となった者達だ。

 現状で、直接的にアオイを知らない彼らのような存在は多い。

 アスガルドは今日までエーデルが摂政や宰相のような君主代理として務めてきたが、アオイが目覚めた今それも終わりだ。全ての権限をアオイへ返上し、今後は皆への示しとなるように主君と臣下の関係を明確化する必要性がある。

 そう認識し理解もある。それがアオイを少しだけ寂しく感じさせた。


「あー、そう言われると眠ってた身としては反論し辛いものがあるのだけど……」


 ハハハ、と力なく笑うアオイは頭を掻いた。

 眠りにつく前は家族同然に和気藹々と接していたのに、次に目が覚めて見るとその家族は忠誠心が天元突破した忠実なる家臣になっていた。

 これで驚くなと言うほうが無理だ。

 シブリィ達が魔人化している事にも吃驚仰天したが、これはアオイの認識に関わる問題だ。ここで対応を間違えると彼女達の忠誠を汚してしまいかねないほどに厄介だった。現に今もエーデル達がアオイの不用意な一言に驚愕している。


「っ、申し訳ありません。私の勝手な判断でマスターにご不便をお掛けした事、この身をもってお詫びさせていただきます」

「いいから。そういうのはいいから。そういうのはお腹いっぱいだからもういらないって」


 責任を感じてどこから取り出したのかトゲトゲしい無骨なナイフを持ったエーデルを前に、やや引き気味のアオイは頭を抱えたくなる衝動を必死に押し込めた。

 責任感が強いのは相変わらずらしい。だが今はそれが行き過ぎているのはどういうことだとアオイは嘆息した。美人メイドさんヒャッホー!と考えていた頃が懐かしく思えた。


「恐れながらアオイ様」

「ん?シーちゃ、んんっ、シブリィどうかした?」


 前のように『シーちゃん』と呼びそうになったが、今のシブリィは人間族の美しい女性そのものだから気恥ずかしいのもあり呼び直していた。

 それに、シブリィまで命をもって詫びます的な事は勘弁してほしい。これ以上は少々食傷気味だった。主の思いを察しているシブリィは面を上げると笑みを浮かべていた。


「はい。お時間も頃合いになりました。今宵はアオイ様のお披露目を目的とした宴をご用意しています。是非ご参加いただければと。アオイ様が来られるのを皆が心待ちにしていますよ」


 そう言うシブリィの隣でうんうんと無邪気に頷いているラミィの姿に少しだけ癒された。

 アオイの頬が笑うように引き攣った。目覚めたばかりで肉体的にはなんともないが、色々と変わってしまった今の環境に置かれて精神的に疲れていた。

 故に、というわけではないが少しでいいから一休みしたいなとアオイは思っている、のだが……。


「ぉぅ……」


 思わずといったように声にならない吐息を漏らしてしまう。そこには期待に目を輝かせるシブリィ、楽しそうにわくわくしているラミィ、隠しているはずの尻尾がぶんぶん振られるクスィが居た。

 視線をずらして控えている己が従者を見やれば、エーデルはアオイの判断に従うと言わんばかりであり、昔と変わらない寝惚け眼のネルケも同様だ。

 さてどうしたものかと頭を悩ませる。この娘達を見てあっさりと断るのは気が引けた。

 ここで悩み判断がつかない主の内心を察してエーデルが動いた。


「マスター。よろしいでしょうか」

「エーデルか。どうした?」

「はい。祝いの宴は後日以降にし、マスターはお部屋で休まれるのがよろしいかと。推察しますに、お目覚めになられたばかりのマスターは肉体的よりも精神的な疲労が大きいと思われます」

「姉者に同意。今日はゆっくりしたほうがいい」


 二名の言葉に、はっとしたシブリィ達はアオイを凝視する。視線の先、大丈夫だからとアオイは笑うがその顔色は少し青褪めている。精神的な疲れがあると見て取れた。その事に気付いた彼女達は自身の無思慮な行いに顔を青褪めさせて恥じるように面を伏せた。

 一見平然としていたが、寝起きから今まで一度に色々な事や精神的衝撃が強かったようで現実と感情、理性の擦り合わせが必要なのだと思わされた。今も力なく笑うアオイを見た皆が痛々しく感じるほどに。

 それに対してアオイは申し訳なさそうに目を伏せる。


「……すまないけど、そうさせてもらおうかな」


 目を開いた時エーデルに答えた。黙考したのは数秒だったが不躾な提案、期待したと思っているシブリィ達は顔を伏せたまま小さくなっていた。


「かしこまりました。お部屋へご案内いたします」

「ああ」


 アオイが答えるとエーデルは先導するように扉の間を後にしようとした。アオイもその後を追うもシブリィ達の傍で立ち止まり、面を上げさせると一人一人の頭を丁寧にひと撫でした。


「シブリィ。すまない。せっかく宴を用意してくれたのに」

「も、勿体なきお言葉です。私共も配慮が足らないばかりにお気を遣わせてしまい申し訳もありません」

「そんなことないよ。今日は残念だけど、次を楽しみにしているからさ。クスィとラミィも変に気にしないようにね」


 それに可愛い子は笑ってくれたほうが嬉しいよ、とアオイは彼女達に一言ずつ声を掛けてからエーデルの後を追った。

 撫で方が妙に手に馴染んでいる。それに彼女達が魔人化して年相応の少女、女性の姿なのに何気に接し方が昔のままだったのも気になるところだ。

 残されたシブリィ達はアオイが居なくなっても身体が硬直していた。


「流石、殿様。あんな気障で恥ずかしい事できない」


 でもそこがいい、とネルケは何かを思い出したように身悶えた。

 ただし、通常ならアオイも気障な事は口にしない。精神的に参っているからポロリと零れただけだ。普段は恥ずかしがってなかなかやってくれない。

 さて、今回は置いて行かれたのではない。この目の前で真っ赤になって硬直している三名をどうにかするために自主的に残っただけだ。

 本当ならアオイの後を追いかけたいのに。まあれだ。同じ主に仕える仲間だから仕方なく、とネルケは誰にするともなく言い訳した。


「ほら、皆いつまでも呆けてないで起きた起きた」


 ぱんと手を鳴らして催促するとびくりと三名は意識を取り戻した。


「っ、そうね。ふう、アオイ様ったら。ご自身の事で精一杯でしょうに」

「うむ。アオイ様もお辛いのに、お優しいのはお変わりなく、か」

「えへへ。お兄ちゃんに撫でてもらったの久しぶりです」


 泣いたカラスがもう笑った。短いスキンシップだったが久しぶりのそれは記憶のそれと変わりなく温かいものだった。失敗に落ち込んでいたはずのシブリィ達の頬は赤く気分も充実していた。ネルケの視線がやや冷たいのは嫉妬心かもしれない。

 その晩、扉の間では長く賑やかにガールズトークが繰り広げられる事になり、翌日から扉の間は封印されその役目を終えた。

 扉の守護役を務めていたシブリィ達は、本来の務めであるアオイの守護者に復帰したのだった。


 


▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽


 


 音も小さく扉が閉まったのを確認したアオイは大きなベッドの上に身を投げた。ベッドは柔らかく疲れた彼を優しく受け止めた。強張っていた筋肉から力が抜けてしまう。

 何も考えずに身を任せていた。そのまま数分ほどしてから身じろぎして部屋を見やると既に黄金色の夕日に染まっていた。開いた窓から吹き込む風がカーテンを揺らし程よく心地好かった。


「ふう……」


 ここはヴァラスキャルヴ城の最上階、その最奥にあるアオイの私室。フロア全てが私室であるが、同じ階に有事の際を想定しエーデル他数名の私室もある。他にも談話室や遊戯室などもある。エーデルからはよろしければご利用くださいと言われたが、今のアオイにそれらを利用する気力がなかった。

 夕日に照らされた部屋、ベッドの上に寝転び窓から吹き込む風に身を任せる。


「そういえば皆、大きくなってたな……」


 アオイが思い浮かべたのは成長したレギオンシスターズのこと。私室へ案内されている途中で彼女達と再会したのだが、どうやらエーデルからの全体通信で知った彼女達はアオイが廊下で待ち構えていたようだ。


『無事のお目覚めお祝い申し上げます。我が君におかれてはご壮健そうで何より。わたくし達一同は安堵する思いですわ』

『親方!おはよッス!落ち着いたらまたアタシとモノ作りするッスよ!』

『アイゼンったらはしたないですわよ。ああ、陛下、お疲れでしょうに申し訳ありません。ですが、再びお目に掛かれたこと光栄の極みでございます』

『まったくだ!閣下はお疲れなのだから誘うにしても今少し自嘲しないか!大体お前はっ、ああっ!そうじゃない!そうじゃないだろイリス!今は閣下だろう!久しぶりなんだぞ!?起きて!今目の前に!居られるんだぞ!ああ、閣下っ!私は、私はっ……はうっ!?』

『コホンっ。えーと、イリスがゴメンナサイなのですよ王さま。悪気はないのです。今はちょっと感極まって抑えが利かなくなっただけなのですよ。でもボクも王さまとまた会えて嬉しいのです。今度は落ち着いてゆっくりお話ししたいのですよ』


 女王のマグノリエ。塔のアイゼン。僧侶のペルレ。騎士のイリス。兵士のリーリエ。

 それぞれが賑やかに騒ぐと最後に一言挨拶だけ残していった。姿は変わっても本質はそう変わりがないと気付いて安堵したアオイは、また一つの不安を感じた。アオイの体感では昨日の今日会ったようなものだったがマグノリエ達からすると二万年以上の時間が流れている。再会した瞬間などは感極まり泣き崩れる者も居たほどだった。彼は一人ひとりを昔のように分け隔てなく慰めた。


「俺だけが何も変わらずに……」


 意図せずに溜息がもれた。時の流れを実感できなかったアオイだったが一人になった事で色々と考えてしまい少しだけ実感していた。

 この時だったのだろう。嫌でも時間の流れを感じさせられたのは。皆が皆、外見は大人の女性型に成長しており、幼い容姿をしていたリーリエさえ十代後半か二十歳に成長していたのだから尚更その印象が強い。

 好意的に受け止めるなら美人になった、立派になったと喜ぶべきだ。

 逆に考えると成長を見守る事も出来なかった事や自分だけが皆に置いて行かれたなど寂寥感や哀愁を感じでしまう。


「俺だけが何も知らない、ってのはやっぱりキツイなぁ」


 起きてみるとそこは二万年後の未来だった。昔話の浦島さんか何かかこれは。

 アオイの心は深く暗い底に沈んでいた。一度思考が暗いほうへ傾くとどうしても考えてしまう。

 今日あの時、地下にてエーデルの告白を耳にし、衝動に身を任せて殴りつけようとした。

 あれは、ない。大切にしていたものを自分で傷つけるとか、ありえない。

 今思い出しても気分が沈んだ。エーデル達の身勝手な善意や二万年もの時間が経過していた事、両親からの手紙、他にも色々な事が一度にあって頭が混乱している時だったとはいえ、怒りに我を忘れてしまうなんて。もしもこんなことが両親に知られたら折檻ものだとアオイは頭を抱えた。

 常に平静を保ち理性で感情を支配しろと嫌になるくらい教えられたのに。ベッドの上でゴロゴロどたばたと悶えた。


「大体あれだよ。女の子、エーデルを殴るとか無理。ありえない。……いや相手が敵ならできるか?」


 アオイはいい感じに混乱している。ああでもない。こうでもない。ゆっくりでも状況を少しずつ整理しようとしていたのに考えが脱線して軽く自己嫌悪に陥ってしまっていた。

 一通りばたばたして今度はぱたりと動きを止めて脱力した。

 そもそもの原因は両親のラグナロク計画にある。その計画は大まかに言うなら、大陸分割による滅びの分散、後に新たに文明を築き上げるように誘導する再編計画。細かいところは違うだろうがエーデル達はそれに便乗した形で様々な別途計画を遂行していたに過ぎない。両親からの手紙にもそれは記されていた事から間違いようのない事実だ。


「ん……?」


 かさり。服の内から紙の擦れた音がした。反射的に懐を探るとそこにはエーデルから渡された両親の手紙があった。

 手に取り目の前に掲げた。手紙は強く握られたり無理矢理服の中に押し込まれたりしたために皺が寄り紙屑のようになってしまっている。丁寧に広げても元に戻すのは少し難しい。

 できる限り手紙の皺を伸ばして元に戻そうとしていた時に気が付いた。手紙の最後のほうにまだ続きがある事を。


「えーと『追伸。仕事もひと段落したから小旅行で異世界巡りしてくる。期間はまあ、たかが億年くらいのものだ。大したことないだろう?広い多世界の中でまた巡り合える事を白と精霊に願って。愛する息子へ』だ、と……?」


 は……?

 アオイの頭の中を一言で表すならそれだろう。やがてガタガタと震えて起き上がるとベッドの上で仁王立ちした。


「死んでないじゃんかよおおおおおおっ!!!!!」


 故に感情は爆発した。アオイ、魂からの絶叫だった。

 色々と切羽詰って精神的に崖っぷちだったところでこの始末だったためにある意味でキレてしまったようだ。

 エーデル達の深刻ぶりから勝手に両親はなくなったものとばかり思っていたが、両親とアーフ達は健在で他の長命種と同じようにミドガルドと旅立ったらしい。

 責任者であったエーデルも計画発動後のイングバルド達がどうするかは聞かされていなかったためにわからないとしか答えようがなかったのだが、そんなことをアオイは知らない。


「寄りにもよって小旅行!?期間は億年くらい?大したことない?アバウトすぎだろ!」


 あの手紙の別れはなんだったのか。ただ単に愛する息子と離ればなれになるのが嫌だったから、断腸の思いで親馬鹿が決断しただけに過ぎない。その事実を薄っすらと察し始めたアオイは何もかもがバカらしくなった。開き直ったと言ってもいい。


「そうだ。よくよく考えてみれば大したことないって。転生なんて意味不明な経験もしてるんだ。起きたら未来?だからなんだってんだ。こんなのは一経験だと思えば、思えば……」


 はあ、と深い溜息を吐き出した。


「どうってことないよな」







人間、開き直った時が一番強い……怖い?と思うのは作者だけでしょうか?

ではでは。


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