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アナタは異世界で何をする?  作者: 鉄 桜
第ニ章・目覚めてみれば新時代
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第1話・目覚める前に。

第二章の開始です。

ここまでくるのは長かったなぁぁ……orz


 


 


 アスガルドの中央部にある白亜の城。三つの巨大な塔と複数の尖塔が複雑に絡み合った要塞のような城だ。至る所に金銀の装飾が施されており、所々には庭園や植木が植樹されていている。上層部は空中庭園のようになっていた。

 白亜の城の名をヴァラスキャルヴ城。世界の全てを見通す場所にして、眠りについた彼らの主を守護する荘厳なる城塞だ。

 ヴァラスキャルヴ城を中心に周囲には大小様々な洋館や施設が作られている。ただし重要施設は地下に集中しており、地上部にあるのは重要度の低いもの、または表向きの重要施設だ。

 ヴァラスキャルヴ城を中心に、背後には山脈が連なっており前面には湖が広がっている。

 湖の岸部には天まで届けというような巨大な樹木がある。

 名は天樹ユグドラシル。アオイに作られた樹木とナノマシンの融合体で、意思を持ちアスガルド全域の環境調整を担っている存在だ。

 気紛れに桃色の花を咲かせては住民の目を楽しませている事から竜族や精霊からの人気も高い。

 湖を含めて巨大な白壁が円形に全てを囲んでいている。また白壁は背後の山脈を取り込むように作られているらしく、山脈そのものを壁として見立てた絶妙な作りをしていた。

 全面に湖、背後に山脈、そして白壁の左右に大きな門があるのだが、それぞれの門の左右には鎧を身に纏った女性と男性を象った巨大な彫像が槍や剣、盾を手に門前を睥睨している。

 因みに、彫像のモデルはイングバルドとクロードだ。竜族の勧めもあって、かつて戦女神、戦神と称された二名にあやかっている。

 

 この施設群を一つの機能へ集約した都市の名をいつからかイザヴェルと呼んだ。この名は元からあった草原の名から取られている。集まり過去を懐かしむ地としての意味がある。

 住民は大部分が機械人形(アンドロイド)かケット・シーやクー・シーなどの妖精であり、人間族やエルフ族、ドワーフ族のような生物は皆無だ。それでも中にはヴァナヘイムから人型に変じた竜族が買い物や娯楽を求めて来る事もあれば、アルフヘイムからも精霊がマナを満たすついでに遊びに来る事も多い。

 機械と竜族、精霊が集う都市、それがイザヴェルだ。

 そして二万年の歳月が経過した今日は特別な日だ。アスガルド全域で高揚した空気が流れており、都市イザヴェルのそこかしこでドタバタと騒がしい事この上ない。祭りの準備か何かのようで皆が走り回りどうしようもなく落ち着きがない。

 特に騒がしいのがヴァラスキャルヴ城だ。それもそのはずで、とある事情により城内が蜂の巣を突いた以上に慌ただしくなっている。

 とは言え、敵襲のように殺伐とした空気ではなくお祝いや祭りのようだ。

 こうなった理由は今朝まで遡る。

 午前四時頃、ヴァラスキャルヴ城内にある大広間の一つ、ここにレギオンシスターズとシブリィ達三名、地上から急遽呼び戻されたネルケ、他にも猫妖精に犬妖精などの城内で働く者達全員が一堂に会していた。

 皆を正面にアオイの専属従者エーデルが立つ。


「時は来ました。総員、万全を尽くしなさい」


 今日の朝礼で珍しくも挨拶も省いたエーデルの一言目だった。

 最初は意味がわからなかったが、徐々に理解の色が広がっていくとざわめきが起きた。次に起きたのは歓声だ。誰もが待ち望んだ日が、今日漸く訪れたのだ。

 喜色満面のマグノリエが一歩前に進み出た。


「真に喜ばしい事ですが、我が君のお目覚めはいつ頃になるのかしら?」

「今日のお昼頃にはお目覚めになられるはずです。それまでに祝いの席を整えなくてはなりません」


 観測している生体情報から目覚めが近い事を示していた。予測時間は多少前後するだろうが、今日中に原初の箱舟(アルカ・プロエレス)からアオイが起きてくるのは間違いない。

 それを聞いた皆が理解するとやる気を漲らせる。時間はないので今すぐ準備に取り掛からなければならない。


「それでは総員、当初の予定通りに動きなさい。細かな部分はおって通達します」


 多くの者が静かに、だけど力強く返事をした。その中には何も言わずに一礼した者や挨拶もそこそこに駆け出して行く者など、それぞれに了解を示して動き出す者も居る。

 エーデルは口には出さなかったがまったくあの娘達は、と心内で嘆息した。

 彼女達はエーデルの部下である。本来ならこのような無様を曝した者には厳重に注意するか厳罰に処すのが適当だが、今回は見逃した。理由は言わずもがな、誰もがお祭り気分に心が躍っていたからだ。あの冷酷非情で鉄壁の堅物であるエーデルですら心動かされている。


「…………」


 大広間にエーデル以外が居なくなり、ふと天窓から覗く陽光に目を向ける。

 今のエーデルの内にある想いはアオイへの愛しさかそれとも過去への懐かしさか。どちらもあるにはあるが、それでも圧倒的に心を占めるのはアオイを裏切った事への不安と焦燥などの暗い感情が渦巻いている。

 浅ましくもアオイを救うためだけに他の全てを切り捨てた。

 否、違う。


「私はマスターを、アオイを理由に自分の思いを優先させた」


 事故のようなものとはいえアオイが傷ついた光景は許し難かった。

 絶対の自信をもって守ると言ったのに……っ。

 今思い起こしても自分を含めた全てを憎悪しても飽き足らないほどに嫌悪した。

 だからこそ実行したのだ。アオイのためと言いながら世界を、秩序を破壊した。

 今考えると結局は気に入らなかったのだ。この世界が優しくない事に。アオイを傷つけたのだから今度はそちらの番だというように安易に滅ぼした。

 かつてのミロス帝国など、一部を海の底に沈めて大部分は消滅した。これは思った以上にスッキリしたのをよく覚えている。皆で歓声を上げて喜び、罪悪感など微塵もなかったほどに。

 エーデルが目を伏せた。今の心には謝罪の言葉が何千何万と埋め尽くしている。


「私はマスターを言い訳にして自分の醜い感情を優先させました」


 だからこそ正直に告白しよう。私の罪を聞いていただきたい。許されるなら私への処分はその後に。


 


▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽


 


「……ん、んー」


 それは気だるい朝にも似た目覚めだった。

 やや硬い質の黒髪と黒い瞳。全体的に母親似らしく目鼻立ちもはっきりした美貌をしている。鋭い目つきは父親似のようだったが寝起きの今は緩んでおりどこか幼い印象がある。やや細身なのに体躯はしっかりしており強くしなやかだ。

 目を覚ましたアオイは暫く微睡んでいたが、いきなりばっと起き上がった。


「……なんで全裸なんだ」


 意味がわからなかった。しかも円筒形の変な機械の中に寝ていたのが余計に意味不明だ。

 全面ガラス張りだから、その、あれだ。色々と隠す事もできない。アオイは頭を抱えたくなる状況に直面し泣きそうになる。

 とりあえず寝かされていた装置のガラス壁は開放されていて外気に曝されている。周囲を見渡してみても、それなりに広い部屋の中には今まで寝かされていた装置以外には見当たらない。

 数分悩んで、開き直ったアオイは堂々と部屋を闊歩し始めた。手で隠すなどしない。他に人が居るわけでもないのだから気にするだけ無駄だ。


「さて、どうしたものか」


 アオイの目の前には扉がある。SFのような左右に開くタイプのものだ。

 変な装置に腰掛けて扉を見やるアオイはもう一度現状について考えた。

 最後にある記憶は緊急事態の警報が鳴り響く中、首への痛みと無感情に見詰めるエーデルの二つ。それらを最後に意識は途切れていた。

 なぜエーデルがとか母と父があの後どうなったのかとか色々と考える事は多い。

 思い出した事もある。両親を助けに行こうとして理不尽に止められた憤りがあった。

 だがまあ、それはどうでもいい。

 あの時、何があってどうなったのかは知らないし気になるが、今はいい。

 五体満足で寝かされていた事から危険はないはずだ。こうして無事でいられるのだから早急に解決しなければならない問題はない。いや、衣服は一刻も早く手にしたいが。

 現状がどういう事態なのかわからないが、悩んでわからないものはわからない。ならば開き直ってしまうのが吉だ、と大分楽観的に考えをまとめたアオイ。

 そうすると今度の問題は目の前の扉だ。何をしてもうんともすんとも言わないので開ける事が出来ない。


「本当にどうしたものか」


 腕と足を組んで考える。エーデルや皆がどうなっているのかわからないし、寒くはないが現状が不明な事もありどうにも不安だった。何より服もなければ装備を入れた腕輪もない。

 ゲームや男女の喧嘩でいうなら、どうしていいかわからないよ状態だ。


「もう一度寝てから考えようか」


 そう言うと本当に先程まで寝かされていた装置に横になると数分で寝息を立て始めた。

 念のため、現実逃避ではない。ただ単に眠かっただけだ。肉体的に問題はないが精神的に追い詰められていたようだ。

 突然だが彼、アオイ・ルメルシエは少し風変わりな体験をしている。このミドガルドに長命種として生を受ける前に別の人生を歩んだ記憶があった。明確な意識を持ったのはまだ母親のお腹の中という意味不明さだ。

 未来か過去か現在か、異世界か並行世界かは知らないがミドガルドとは別の世界、地球の日本という国で普通の大学生として生活していた記憶がある。前の自分がどのようにして死んだのか、それとも生きているのかすらわからずにいきなりこの世界で赤ん坊からやり直していた。

 原因は不明。膨大な長命種の記録にも該当する症状や記録は残されていない事から、開き直って考えるのをやめた。以降は第二の人生をこれでもかと満喫していた。

 今世に生を受けてから二十二年と少し。それに足して、アオイの知らない間に二万年の歳月が流れていたわけだが、当人のアオイは寝ていた。

 現在二万飛んで二十二歳。男性。彼女居ない歴=年齢というアオイ・ルメルシエは今日も元気です。

 今は寝ているが……。


 


▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽


 


 ヴァラスキャルヴ城の一階の奥に扉の間という特別な部屋がある。その部屋の中には地下へと続く階段があるのだが、その階段を下りた先にアオイの眠る原初の箱舟(アルカ・プロエレス)が安置されている。

 そしてこの扉の間には二頭と一羽、もとい、三名の守護者が常駐している。

 豪奢なそれでいて淑女然とした真紅のドレスを身に纏う美女、シブリィ。

 銀色の軽装鎧一式と二本の片手剣を腰に差した女傑、クスィ。

 童話に出てきそうな水色のワンピースを着たウサギ耳の少女、ラミィ。

 人型をしているがそれぞれがグリフィン、グレイハウンド、アルミラージが人化した姿だ。

 アオイと召喚契約した彼女達だったが、今では万を越える長い時間と供給され続けた魔力により変質、魔人化した。もう一つ、元々はマナ存在寄りの魔獣だった二頭と一羽はアオイがマナ性質だったために、長い年月を掛けて魔力を供給され続けた事で竜族と同様の純マナ存在へと昇華していた。

 この三名が守護者として扉の間に常駐しているわけだが、今は無機質な扉に張り付いて耳を当てて中の様子を伺っていた。


「何も聞こえなくなったか……。お前達はどうだ?」

「わからないわ。先程は何か聞こえたと思いましたが今は何も」

「わ、わたしもです。さっきは何かが動いてる音が聞こえてたのに。はぅぅ」


 上から順にクスィ、シブリィ、ラミィだ。扉から耳を話して頭を突き合せて真剣な話し合いに移っている。

 お世話係のケット・シーや配下のクー・シーはその様子を気にする事無く普段通りに仕事をこなしている。


「シブリィはともかく、お前の耳でも聞こえないとなると。ふむ」

「ねえクスィ、私の気のせいかしら?言葉に棘がありませんか?」

「何を意味のわからぬ事を。それよりも今朝の件もあるのだから気を引き締めぬか」

「なぜかしら、言っている事は正しいのに納得いかないのは……」


 むっと眉間に皺を寄せて不満を露わにするシブリィ。不機嫌とまで言わないが文句を口にしていたが声が小さくて聞き取りづらい。

 そんな彼女には関わらず考え込むクスィ。そして彼女の言った『今朝の件』についてラミィはうずうずと落ち着かない。


「クスィさん、クスィさん」

「む?なんだ?」

「えっと、本当に今日お兄ちゃ、ご主人さまは起きてくるの?」

「色々と言いたい事はあるが、まあよい。あのエーデルが宣言したのだ。まず間違いなろうよ」


 昔のように自分もアオイを兄と呼びたいとは恥ずかしくて言えない、などと考えていないと強がってみる。

 とは言え昔は会話そのものが不可能だったので『兄上、兄上!』というのは心の内だけだったのだが……などと内心で乙女のように赤面したクスィは決して面に出さずにラミィに顔を向けた。

 そんな彼女に気付かないラミィは目を輝かせて胸の前で両手を組んで喜んでいた。


「じゃ、じゃあ今の物音はやっぱり!」

「おそらくはな。アオイ様が目を覚まされたのだろう。だが口惜しい事に、この扉は我らでもおいそれと開ける事は叶わぬ。本当ならイの一番に私がお出迎えさせていただくのだが……無念だ」


 わーいと無邪気にぴょんぴょん跳ねて喜ぶラミィの横で、昔と違い今の力ある自分の姿をご覧頂きたいとクスィは本気で悔しがっていた。

 専属契約を結んだ頃はただの魔獣だった。今のように力もなければ言葉も交わせない事はなんと苦痛だったことか。今も思い出すと口惜しい気分にさせられた。

 一方、えへへと締まりのない笑顔を浮かべていたラミィだったが途中で何かに気付いたらしくピタリと動きを止めて悩みだし疑問符を頭上に乱舞させていた。そして思い当たり顔色を青くさせる。


「はぅぅ……あ、あのぉ、クスィさん?イの一番って言ってましたけど……その、わたしたちは?」

「無論、蹴散らす。気絶でよかろう?」

「はううううっ!?」


 何を当然な事をというように首を傾げたクスィを恐れて、ラミィは器用にも小さく悲鳴を上げた。半ば予想はしていたがこれは酷い。

 ラミィは恐怖に震えた。シブリィはクスィと実力を拮抗させるほどだからまだいいとしても、自分は食物連鎖最下級のアルミラージだ。もしも今のように魔人化せずに昔のままだったらゴブリンにすら狩られていたと思う。それくらい弱いのだ。

 そんな二名のとばっちりを受けるなんてと考えただけでガクブル震えるラミィ。

 そんな事など気にも留めずにクスィは未だにぶつぶつと文句をたれるシブリィに対して拳を振り上げた。


「おい、シブリィ!いつまで呆けておるか!」

「あいたああっ!? つぅぅ、いきなり殴るとは何事よ!?」


 ガツンと鈍い音がした次の時には涙目のシブリィが喚き立てていた。

 白銀のガントレットによる拳の一撃は流石の彼女をしても痛打であったらしい。

 シブリィの抗議を耳にしたクスィは一つ鼻を鳴らして反論する。


「戯けが。呆けていたお前が悪いのであろうが」

「うっ」


 完膚なきまで言葉に詰まった。実際に小言ばかりに意識を持っていかれていたので反論ができなかった。

 気まずくなりついっと視線を横に逸らして引き攣りそうな口元は扇子で隠した。

 どちらも自然な仕草ではあったが、ここまでくると悪戯が見つかった子供にしか見えない。


「別に、私は呆けてなど。ただ少し、日頃のクスィの発言に思うところがあるだけで……」

「ああ、よいよい。そのような些事はどうでもな。それよりも報告は上げたのであろう?エーデルは何と言っていたのだ?」


 あまりの物言いにパチンと扇子を閉じて握りこむ。そうする事で怒気を孕んだ感情を無理矢理に抑え込んだ。

 確かに話しを聞いていなかった自分に非はある。だが、こうもあっさり切り捨てられた事には一発くらい殴り返しても許されるのではと考えてしまった。

 しかし、そのような品のない行いは自身の誇りが許さない。

 シブリィは怒りを奥底に沈めて、この屈辱は次の機会に晴らすと決意して一度深く呼吸して気を落ち着かせた。


「……今行くと、それだけ言って切れました。通信後すぐにこちらへ向かったようですから、もうそこまで来ているのではないかしら」

「そうか。ん……おお?まさに今ご到着のようだな」


 クスィが鼻を鳴らして何かに気が付き、もう一つの扉へ振り返ると言った。

 その直後だ。守護する扉の反対側にある両開きの扉が大きな音を立てて開かれたのは。

 入ってきたのは先程話題に上ったメイド服を着たエーデルだ。シブリィは別段驚いていないが、ラミィは突然の大きな音に驚いてウサギ耳をピンと垂直に伸ばして固まってしまった。

 力の加減を誤ったのか彼女達から見て右側の扉が腕力と衝撃に負けて蝶番が歪んで傾いていた。修理はケット・シーかクー・シーがしてくれるからいいが、できる事なら壊さないでもらいたいものだ。


「エーデル。少しは静かに入ってこられんのか。扉が歪んでいるではないか」

「以後気を付けましょう。それよりも現状を報告しなさい」

「まったく、その気もないくせによく言う。ふん、今は動きを見せていない。先程まで中で物音はしていたが今は、っておい!」


 エーデルは最後まで聞かずに三名を押しやるように扉の前に立った。すると扉とその周囲に青白いエネルギーラインが走る。複数の施錠が外れる音が続きそれが終わると扉が左右に開いた。

 クスィが止める間もなく、開いた扉の前でエーデルは首だけで振り返る。今は一刻を争のだから邪魔するなと目が語っている。


「貴女達はここで待機していなさい。中へは私が参ります。……なんでしょうこの手は?離しなさい。今、すぐに。私は、急いでいます」


 徐々に声が極寒の冷たさを纏い始めたが、彼女の肩を掴んで止めたクスィにはどうでもいい事だった。それよりも気になる事は多いのだから構ってなどいられない。

 今こうして手加減もなしにエーデルの肩を掴んでいるのに彼女の暴力的なまでの膂力により、少しでも油断すると引きずられてしまいそうになっていた。

 クスィ、それらを見ていたシブリィとラミィも今気が付いたが、アオイの目覚めをいざ目前にしてエーデルも余裕がないようだ。


「まあ待て。我らは長い間この場を守護してきた。ならばアオイ様の目覚めに立ち会う権利もあろうよ。なあエーデル?」

「警告します。離しなさい。……何が言いたいのですか貴女は?」


 よくぞ聞いてくれたと大きく頷いてみせた。


「待機は嫌だ。私も行く。留守居はこやつらで十分だ」

「異議あり!それは不当な人事です!」

「そんなのひどいですよぉ!わたしもお兄、ご主人さまに会いたいです!」


 すかさず邪魔が入る。シブリィとラミィは成り行きを見守っていたが、流石に今の言動には不満があったようだ。怖がりのラミィですら声を上げて不満を訴えていた。


「やかましい!こうしている間も目覚めたばかりのアオイ様が待ち草臥れているのだ!黙って待機しておらぬか!」

「クスィの意見には一部を除いて同意します。ですから貴女もこの場にて待機していなさい」

「そうだそうだ!……え?なぜだ!?」

「何を意外そうに。命令です。従いなさい。はっきり言いますが邪魔です」

「そんな命令は捨てて家畜にでも食わせてしまえ!私はアオイ様の命に従うのみよ!」


 身も蓋もない物言いのエーデルに対して、クスィは最後まで食い下がる。

 睨み合っている様子は宛ら互いに怨敵と見えたかのような雰囲気なのだが、揉めている内容は『いいから待ってろ』、『イヤ。一緒に行く』という本気でどうしようもなく低俗なものだった。


「黙りなさい。本当に空気が読めないのですね。お目覚めになられたマスターは服を何も纏っていません。つまり早く参らなければお風邪を召してしまわれるかもしれませんし、衣服の着付けも専属従者たる私エーデル・シュタインこそが相応しいと言っています」


 殊更“専属従者”という部分を強調して言ってのけた。昔と変わらぬ豊満な胸を自信ありげに張り、氷の女王のように他を見下した。

 これには三名も面白くない。口々に文句を言うがエーデルは意に介した風も見せない。

 そして違和感に気付いたのはクスィだ。その頬は少し赤らんでいた。


「……待て。いやいや待ってくれ。エーデル、お前は今なんと言った?アオイ様がはだ、はだ、裸……と言った、のか?」

「知りませんでしたか?マスターが原初の箱舟(アルカ・プロエレス)にてお眠りにつく際に私がそれはもう丁寧に一枚一枚脱がして差し上げたのです。あの程度は装置の都合でしたが、休眠の間は必要な処置だったらしいのです」


 イングバルド様達も面白い趣向を手掛けたものですね、と最後にエーデルは何とはなしに思い出し口にした。

 対して他三名は何を驚いているのかピクリともせずに固まっている。そして徐々に何を想像したのか全身を真っ赤にして茹だったかと思えば目を回していた。興奮しているのか妙に鼻息も荒い。この時、逸早くラミィは倒れて気を失った。

 残りのシブリィとクスィが目を血走らせて、だけどそれを必死に押し隠してエーデルを視界に捕捉した。微笑みと共に目だけはぎろりと動いて爛々と輝いている。

 言葉は悪いが、今の二名の姿はまるで荒れ狂う前の狂戦士のようだった。


「エーデルよ。やはり私も行くべきだと思うのだ。ほれ、あれだ。着替えさせるにも手は多いほうがよかろう?」


 いかにも他意はないと言うように堂々と言い切ったクスィ。これこそが我が使命というかのような気迫を撒き散らしている。


「お風邪を召してしまうというなら私の翼で温めて差し上げればよろしいではないですか。そうでしょう?」


 ばさりと翼を露わにして羽毛の温かさを強調したシブリィ。こちらも他意はないのだと上品にほほ笑んでいる。


「否定。必要ありません。それよりもその鼻血を何とかしなさい。この変態共が」


 その二名を前にエーデルの淡々とした口調の罵声が氷のように冷たい。視線も虫けらを見るかのような目付きだった。

 赤い愛が溢れてしまったクスィとシブリィは、壁際に控えていたケット・シーが自然と歩み寄り無地の白いハンカチを差し出した。シブリィ達はそれを受け取ると同時に鼻に当てていた。ハンカチを手渡したケット・シーは何も言わずに元居た壁際にて待機していた。

 本当によくできた猫妖精だ。

 それら喜劇にもならない光景を見ていたエーデルは、無駄な時間を使ったと嘆きたい思いに駆られた。

 エーデルがなぜこうも急がねばならないのか。その理由は、無防備なアオイを危険から守るためだ。今は主に貞操的な意味で。

 あわよくば眠っているアオイに色々と悪戯したいと、誰もが機会をうかがっていた。絶対的な主であるアオイが、こう言ってはあれだが皆に甘いせいで忠誠心の多くは愛情に変わり、個人の差はあれど愛情が変質的なまでに膨れ上がっているのだ。

 それはもうある種、宗教と変わらない。それも熱狂的な。

 機械人形(アンドロイド)が愛情と信仰を捧げる主、それがアオイ・ルメルシエだ。

 放置しておけば即座にアオイの貞操やその他諸々が散ってしまうかもしれない。

 誰かが守らねば、と考えエーデルは即座に否定した。私が守るのだ、と。

 それなのに……。


「…………」


 今エーデルはこんなところで思わぬ足止めを食っている。

 このままではマズイ。最悪の場合、あの女忍者(ネルケ)に先を越されてしまい、アオイが性的な意味で大変な事になりかねない。

 強引に眠りにつかせたのはエーデルなのだ。ゆえにアオイをあらゆる意味で守る義務がある。それだけはなんとしても守らなければ、信頼してアオイを託したイングバルドとクロードに顔向けができない。

 エーデルは、そこまで考えて愕然とした。今まで受信していた各員の位置情報の中でネルケのマーカーだけが擬似情報にすり替えられていた。

 驚愕による意識の空白は一瞬だ。すぐに診断プログラムと即応プログラムを走らせて情報を正常化させた。擬似情報は削除されて正しい位置情報が表示される。

 ネルケを指す青色の光点が点滅しており、現在地はと見て驚いて絶望した。


「うにゅ、なんですかぁ……?」


 気絶していたラミィが目を覚ました。目元をくしくしと掻いて起きてきた。シブリィがそれを微笑ましそうに眺めている。

 クスィが異変に気付いた。エーデルのただでさえ色白な肌が今は蒼白だ。透き通るような銀髪と相俟って、今のエーデルの事が病弱そうで儚く見えてしまう。


「おいエーデル、顔色が悪いがどうしたのだ?」

「……ネルケが、マスターの許に居ます」

「なっ!?」


 クスィの何気ない疑問だったが傍で聞いていたシブリィも愕然とした。アオイの許へ行くには必ずこの扉の間を通らなければならない。そのはずなのにネルケは今そのアオイの許に居るとエーデルは言った。

 誰かが通った気配など微塵もしなかった。クスィの鼻もシブリィの感覚もラミィの耳も誤魔化したという事になるのだから、ネルケは侮れない。諜報と暗殺に重きを置いて作られただけの事はあると妙な関心と、やられたあのアマァァ!という激情が同時に湧き上がった。理性と感情は別物なのだなとこの場に居る皆が改めて実感した。

 因みに、ラミィだが今度は気絶しなかったが、またもや赤面して茹だっていた。

 本当にナニを、もとい何を想像したのやら……。

 ともかく、事は一刻の猶予も許されない。エーデルはクスィ達を見やり状況を掌握した。


「私は急ぎ行かなければなりません。貴女達はこの場で出てくるだろうネルケの捕縛を命じます」

「ぐぬっ!?仕方ない、か……。ええいっ、行け行け!行くが良いわ!ただし、わかっておろうが、ちゃんとアオイ様をお守りするのだぞ!」

「無論です。マスターの貞操は私が死守します」


 それでは、と言うと残像と引き換えて消えた。無駄に高性能なエーデルが本気で加速したために頑丈な床に亀裂が走っている。

 踏み込んだ負荷に耐えられなかったようだ。クスィは溜息を吐いて、シブリィは手の空いているケット・シーらを呼び寄せて修理に当たらせた。

 この後、本当にしょうもない理由でアオイは二度目の目覚めを迎える事になる。







アオイに裸族の気はないのですことよ?

そしてエーデル達の日常なんてこんなものです。

シリアスなんてなかったんやぁ。


次回!第24話・アオイ、●貞喪失か!?をお送りします!

ではでは。







嘘だよ!!!!


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