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アナタは異世界で何をする?  作者: 鉄 桜
第一章・幼年期から青年期まで。
21/64

第8話・幕間


三人称視点。

エーデルとイングバルドがメインかな、っと。

アオイの知らない所で物語りは進んでいくのですよ、っと。

皆の感想&評価&ネタ提供が作者の力になっております。



 


 


 誰もが寝静まる深夜、とある一室にての事。部屋の中には二つの気配があった。一つはベッドで一二歳の子供が寝ていて既に夢の中であり、もう一つは二十歳前後の女性で彼女は子供の傍に寄り添うように立っていた。

 ここは子供、アオイの自室だ。明かりの落とされた室内を一つの淡い照明だけが仄かに二人を照らしていた。寄り添う彼女の名前はエーデル・シュタイン。彼女はベッドで眠るアオイを見守るようにそこに居た。

 服装は彼女が事細かに注文してイングバルドに用意するようにお願いしていたスタンダードタイプのメイド服だ。黒のワンピースに白いエプロンドレス、黒いエナメルの靴、最後にメイドの誇りであるカチューシャを着けている。

 なぜそのような服を細かく意見を出してまで着ているのか。エーデルにしてみればアオイの話しによく出ていた“メイド服”なるものを着ればアオイが喜んでくれるのではという単純な考えだった。そして当のアオイには事の外ウケが良かった。

 後日、自分もスペシャルなメイド服を作るとアオイが息巻いた。そしてエーデルも大いに賛同したがそれはアオイが手ずから作成してくれる事が喜ばしいからだ。

 こうして服飾関係を楽しむ事ができるのも身体があるからに他ならない。つい数時間ほど前は一情報生命体に過ぎなかったが今は念願叶って機械人形の上位機種に当たるガイノイドの身体を手に入れた。

 当初アオイはエーデルのマシンボイスや言動や振る舞いから男性人格だと半ば確信していたのだがその予想を裏切って女性人格に成長していたエーデルを見て唖然としていたのは記憶に新しい。

 そして今の彼女の容姿は身体を得る前に主であるアオイの好みを入念にしかし密かに収集しておいた賜物と言える。容姿の細かい部分に事細かに細部に渡って反映させていた。


 彼女の顔はこの世に存在するありとあらゆる美を凝縮したかのような美貌を宿していた。

 彼女の肌は冬の処女雪のように白く絹のように滑らかで一点の曇りも見られなかった。

 彼女の手は白魚のように滑らかで造形美の極にあった。

 彼女の足はカモシカのようにしなやかで力強く健康的な美しさがあった。

 彼女の胸は大きく柔らかいのに張りもあり包まれるような母性があった。

 彼女の腰は細く括れていて少し力を入れただけで折れてしまいそうだった。

 彼女の尻は瑞々しい桃のようで男の情欲を誘うように揺れる様は情婦のようだった。


 彼女は――美しかった。誰もが認めるだろう美しさがここにあった。男は目も心も奪われ膝を突き須らく頭を垂れ、女は嫉妬する事すら愚かしく自ら屈服するほどに彼女は美しかった。

 美しいエーデルはただただ見守るように眠るアオイの傍に静かに立っていた。


「これで私は……」


 誰に聞かせるわけでもなく呟かれた一言。そしてふとした瞬間に彼女は身体の奥深くより溢れ出る歓喜の情を抑える事ができずついつい動力炉からエネルギーが過剰供給されて高揚してしまう。余人にはわからないだろうがやや高ぶっている彼女の目には笑みの色が見て取れる。

 アオイを見詰める彼女の目には温かい母のようであり優しい姉のようであり甘える妹のようであり小さな娘のようであり焦がれる恋人のようであり服従する敗者のようであり忠義に篤い忠臣のようであり、と様々な色があった。

 複雑な、しかし熱の篭った目で見守っているとアオイが愚図るように身動ぎしだした。そんな些細な行為すら微笑ましく思うエーデルは乱れたシーツを直そうと近付く。


「んっ……ェ、デル……すぅぅ」

「っ――」


 シーツを直している時にアオイが呟いた瞬間に飛び跳ねるような思いをエーデルは味わった。寝言に自分の名前が出た事が原因だ。しかも不意打ちだったから余計に驚かされた。

 一つ、二つ、三つとゆっくり数えられるくらいの時間が経った時に漸くエーデルは落ち着きを取り戻した。

 そしてエーデルは考える。アオイは寝ているのに自分の名前が寝言に出るという事は夢の中でも共に居るという事だ。そこまで考えて頬と言わず全身が仄かに赤くなり熱を持つのを感じた。

 正体不明の症状により一時的に身体機能が制御不能に陥った、とこの時のエーデルは思った。

 不規則に激しい熱を放出する動力炉を抑えつつ金色の目がアオイを覗き見た。


「すぅぅ……すぅぅ……」

「ぁ……」


 幸せそうに眠るアオイを見てエーデルは自分の中で何かがポンと当て嵌まる思いをした。動力炉の動悸も緩やかに治まり平常値よりやや低い値で安定した。

 戸惑いながらエーデルの右手が伸びていく。


「ん、ん……」

「あ……マスター……」


 それが自然のようにアオイの頭を撫でていた。手の平からアオイの体温を感じ取ると身体中に安堵が広がる。目元に温かな笑みも浮かび上がる。

 改めて思う、この身の全てはアオイのためだけにあるのだと。その想いはエーデルが稼働して暫くしてから今まで変わらずにある。

 他の機械人形と違い条件付けのされていない彼女は行動理念に枷が存在しない。彼女には自由意志あれとされているからだ。

 自分だけの身体を得た今ならその気になればこの地下施設から外へ出ていく事もそれに付随して新しいマスターを探す事もできる。地上のどこかに居を構えて定住するもいい、一人気ままに自由に旅をしてもいい。それなのにエーデルは出て行く事など考えもせず今も尚アオイの傍に侍っている。まるでこの場所こそが自分の居場所である、と言わんばかりに。

 そもそもなぜ彼女は今の過剰なほどに計算され尽くされた造形美を持つに至ったのか。その容姿を持つ理由もただ一つの意味しか持たない。彼女の主であるアオイ・ルメルシエの関心を少しでも惹くためだ。

 途中にイングバルドに色々と露見したり普段の態度が災いしてアオイには男性人格だと誤解されたりとあったが、ただそれだけのために彼女は今日この日まで許された時間の全てを情報収集に注ぎ込んできた。

 結果は上々。彼女の裸体を見て顔を真赤にして恥かしがり、注文しておいたメイド服を着て前に立った時には呆気に取られたように一言『綺麗だ……』と言われた。

 あの時は――危なかった……。

 面には出さなかったが言われた事を理解した瞬間に全ての理性を振り切らんばかりの熱い情動が彼女の中を暴れるようにして駆け巡ったのだから。

 あの場にて辛うじて押し留まった自分を褒めてやりたいと彼女は思っている。今思い出しても動力炉が熱く高ぶり身体が火照る思いだ――と反芻していた思考が切り替えられた。


「……。――……」


 静止したかのようにエーデルが動きを止めた。それから衣擦れの音一つ立てずにアオイから手を放し扉の向こうを凝視した。

 暫しそのまま硬直するがそれもやがては何かに納得したように一つ頷くと扉に身体ごと向けて身形を正して出迎えの準備を整えていた。

 数分が経過して――三、ニ、一、扉が開いた。


「……あら、エーデルちゃんも居たのね」

「はい。私はマスターの従者ですので。イングバルド様こそこのようなお時間にどうされたのでしょうか?」

「んー……うふふ。ちょっと、ね」


 薄暗い部屋に入ってきたのはアオイの母イングバルドだった。

 イングバルドはエーデルの質問に微笑むだけで答える事もなくエーデルの横に立つと寝ているアオイの寝顔を起こさないように覗き込む。笑みが深まり、表情が崩れた。


「アオイちゃんはもう寝ちゃったようね。ふふふ、可愛い寝顔ね」


 イングバルドは息子の眠るベッドに寄ると頬をつんつんと突いた後に優しく頭を撫でた。顔を緩ませてくすぐったそうに身を捩る姿を見て彼女は小さく微笑んでいた。


「マスターは今回の事で大分気を張っておられましたから。それも無事に完了させる事ができて緊張の糸が切れたのだと思われます」

「そうね。この子は親に似て頑固というか意地っ張りな所があるからそういう感情はなかなか表に出さないのよね」


 はしゃいで誤魔化そうとする所なんて本当にクロードにソックリよ、とイングバルドは寂しそうに言った。傍にはアオイが寝ているので声は大きいものではないがそれでも声色には楽しさが見えた。

 しかしエーデルは面白くないようだ。自分の敬愛するマスターを他の誰かに例えられる事に不満があるらしい。それが例え彼の親だとしても。


「……マスターはマスターです。他の誰でもありません」

「あら?子は親に似るものらしいわよ。古い文献の一文にあったもの」


 不機嫌さを露わにするエーデルを前にしてもイングバルドの態度は変わらず飄々としていた。逆に微笑みすら浮かべて返す余裕がある。

 因みに彼女の言う文献とは長命種が気の遠くなる遥か太古の時代から長い年月を掛けて積み重ねてきた経験や情報を指すものだ。

 今回イングバルドが提示したのは“子育てのススメ”という項目だ。だが長命種は出生率が極端に低いために人間族や亜人族の例を多分に取り入れられた内容だったりする。

 と、ここでエーデルは一つの疑問に思い至った。今のように走り書きのような情報にも目が届くほどに古い文献に精通しているなどどれだけの年月を掛けてきたのかと。つまりエーデルは何が言いたいのかと言えば――。


「実際イングバルド様はお幾つになられるのでしょうか?」

「あらあら。まあまあ」


 こういう事だったりする。

 長命種は人間族で言えば二十歳前後で外見的成長は止まる。長寿で有名なエルフ族も同様に二十歳前後で容姿は若いままになるがそれでも緩やかに老化するのは止められない。

 今のイングバルドは二十代前半の若い容姿をしているために外見からは判断が難しい。いつだったか小耳にした時は『幾億年前は~~』などと聞いたエーデルは改めて聞いてみたかった。

 因みに長命種を知る事はアオイを知る事にも繋がると考えるエーデルは割と本気の問いだったりする。


「うふふふ。エーデルちゃんったら、女の子にそういう事を聞くのは野暮ってものよ」


 思わず『女、の子……?』とエーデルは口を出そうになった。が小さく呟く愚は冒さずに内心で留める事に成功した。しかし素直に思った事や疑問を口にするのもエーデルという存在だった。


「失礼ながらイングバルド様を“女の子”と表現するには些か以上に不適切と言わざるを得ないと思われるのですがいかがでしょう?」

「あら?それは違うわ、エーデルちゃん」


 一応は疑問文だが率直に過ぎる言葉を吐くエーデル。普段のイングバルドなら問答無用で拳という名の愛が飛んでくる。――そのはずだったがイングバルドは楽しそうに笑みが増すのみだった。

 まるで何も知らない子供に楽しい事や素晴らしい事を教える母親のようだ。


「違う、とは?」

「ふふふ、そうね、貴女に一ついい事を教えてあげるわ」

「はい。どのような事でしょうか?」

「それはね、女はいつになっても幾つになっても“女の子”なのよ。これは私達も人間も亜人も悪魔だってそう、種族は関係ないわ」


 右手の人差し指を立ててニコニコ笑顔で言うイングバルドにエーデルは何を言っているのか理解できずにいた。視線をイングバルドから寝ているアオイに移しているが目は泳いでいる。困惑していると言ってもいい。


「よく、わかりません……」

「ふふ、そうね。まだ難しいかもしれないわね。でも、いつかきっとエーデルちゃんにもわかる時が来るわ」

「そうでしょうか……?」

「ええ、きっとね。だって貴女はアオイちゃんが一から作り出した女の子なのだから」

「納得致しました。それなら当然の事でしょう」


 困惑していたエーデルが立ち直った。目にも理解の色があり力が戻っていた。それまでの困惑が嘘のように消し飛んでいる。


「あらあら、即答なのね」

「疑問の余地などありましょうか?」

「あらあら。うふふ」


 エーデルが疑問も挟まずに即答するとイングバルドはコロコロと笑い出した。勿論傍ではアオイが寝ているのだから声量は落としているが。

 なにやら楽しそうに笑うイングバルドと彼女がなぜ笑うのか理解できないエーデル。

 エーデルにしてみればイングバルドが言ったようにそれが当然の事であると考えている。

 アオイがこの身を作ったのだから自分に理解できないはずがない、と当然の理としているのだ。それを正直に伝えるとそれがまたイングバルドには面白いと思われたようだ。笑みが深まった。


「うふふっ。いいえ、それでいいと思うわ。もう、エーデルちゃんは可愛いわね」

「ありがとうございます」


 間髪入れないエーデルの返答にイングバルドはまた笑い声を上げた。そしてまたエーデルは疑問に思う。アオイの思う理想の女性を形にした自分の容姿が美しくないはずがないというのは当然の事なのになぜ、と頭を悩ませていた。


 


▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽


 


 それからだが流石にアオイの寝ている場でああ何度も笑い声を上げて話し込んでいては安眠妨害になるとしてエーデルによってイングバルドは早々に部屋の外へと連れ出されてしまった。

 今アオイは一二歳だ。子供の彼には多くの睡眠が必要不可欠であるとエーデルの半ば鬼気迫る脅迫とも取れかねない説得にイングバルドも否とは言えなかった。

 廊下を進み目指すはイングバルドとクロードの寝室だ。道中を進む二人は静かに囁き合うように話し出す。


「――それでイングバルド様は私に如何様な御用がおありなのでしょうか?しかも夜も深いこのようなお時間に」


 切り出したのはエーデルだった。アオイではなく自分の用があるのだろう、と。早く話せという思いがあるのも否定はしない。


「あら、なぜそう思ったのかしら?ただ愛するアオイちゃんの様子を見に来ただけかもしれないわよ」

「それはありえません。私が稼働状態にあってからの記憶にはそのような事実はありませんでした。加えて私が身体を得てその日の夜にとなれば疑いもするでしょう」

「…………」


 イングバルドは笑んだまま何も言わずに目を細めただけだった。逆に問うたはずのエーデルは彼女の考えを読めずに居る。かと言って時間を無駄には出来ないので更に踏み込む事にした。


「何か話すのに躊躇成される理由がおありなのでしょうか?」

「……ふぅぅ、そうね。それでは手短に言いましょうか。エーデルちゃんにお願いが一つあるのよ」


 少々の沈黙の後に深いタメ息を吐いたイングバルドは観念したように話し出した。エーデルはその所作に何か怪訝な思いもしたが先ずは話しをと思い直した。


「お願い、ですか?イングバルド様の要請なので受け入れたいと判断致しますが、私はマスターの従者です。内容にも寄りますが聞き入れるかは別に判断致しますがそれでもよろしいでしょうか?」


 話しは聞こう、だがそこだけはハッキリしておく。イングバルドには何かと世話にもなっているし弱みも少々あるが、それとこれは別問題だ。アオイに害が及ぶような約束だけは頑として受け入れるわけにはいかない。

 廊下を歩く二人の間に、否エーデルから一方的に不穏な空気が流れる。


「ええ、構わないわ。お願いというのもアオイちゃんに関連した事だから」

「是非、伺いましょう。さあ、なんなりと」

「すっごい喰い付いて来たわね……」


 途端にキラキラと目が輝きだすエーデルにイングバルドは呆れて、気を取り直すように咳を一つした。苦笑が消えないのはご愛嬌だ。


「私、いえ私達からのお願いは一つだけ、“何があっても”アオイちゃんの安全を最優先にして欲しいのよ。――例え私達が命の危険にあったとしても絶対に」


 エーデルの輝きが消え失せた。相手を見極めるように冷たい視線でイングバルドを見ている。イングバルドの頼み事にはエーデル自身に否やはない。だが後半の念押しが不穏なものを感じさせていた。


「元より私はマスターの安全を最優先に致します。ですが今の要請には……即答しかねます。それでは万一が起きた時にマスターが悲しまれる事になりましょう」

「それでも……それでも貴女に、エーデル・シュタインにお願いしたいのよ。自由意志を持つ貴女ならマスターであるアオイちゃんの命令を無視してでも動ける。仮に――」


 そう、仮に私達が何か危機的状況にあってもそれがアオイちゃんに飛び火する危険性があるなら例えアオイちゃんが貴女に私達を助けろと強く命じても拒否できる。条件付けされていない貴女には何も強制力は働いていないのだから。イングバルドは哀愁も乗せて言った。

 そしてそれを聞かされたエーデルは今度こそ隠す事無く不機嫌を露わにした。


「イングバルド様。それは例え私が事を了承し実行したとしても置いていかれたマスターはどうされるのですか?きっとお心は千千に乱れましょう。それでもよろしいのですか?そのような事をイングバルド様は、そしてクロード様はお許しになられるのですか?」


 エーデルの声色も声量も平坦だった。だが今の彼女は今にも暴れ出しそうになる感情を理性で無理矢理に覆ったものだ。

 アオイは優しい。イングバルドの事もクロードの事も家族として純粋に愛している。

 だからこそエーデルは考えてしまう。この夫婦に何か不幸に遭ったならば自分の主は間違いなく悲しむだろうと。そのようにわかりきった事なのにイングバルドは枉げて『やれ』と言うのか……。

 愛しているのだろう、ならばアオイが悲しみに暮れてもいいのかとエーデルは言葉にする事なくともその目は宿敵を前にしたかのように憎々しげにイングバルドを睨み付けていた。


「それでも、よ。アオイちゃんが悲しむのがイヤなのは私達も同じよ。でもね、それでも貴女にお願いしたいの。何かあってからでは遅いから」

「貴女はっ……!」


 ここまで話していて激昂しかけたエーデルは違和感に気付いた。今のイングバルドからは珍しくも焦燥の色が見て取れたのだ。

 彼女が焦れるような事態とは何か。少なくともこの地下施設の中に措いて可能性は低い。ならばそれ以外という事になるのだが、と考えて以前ハッキングして得た情報に思い至った。


「それは……まさか“外”に関連があるのでしょうか?」

「っ――」


 反応あり。イングバルドの瞳が一瞬だけ揺れた。エーデルはそれを確認して今回の懸念に確信を得た。

 遥か昔からここ数百年を通して人間族を中心とした文明の発展は目覚しいものがあった。

 今のアース大陸には大小様々な国がある。国は技術の差はあれども魔法技術を根幹に発展を続けていた。それは民事の発展に限らず……否、軍事を中心に技術発展したと言っていい。

 魔力を機械的に圧縮して撃ち出す魔導砲などの武器や魔力を動力とした戦車や戦闘機などの兵器がある。

 中でもまだ試験中だが航空戦闘艦が存在している。この航空戦闘艦は建造費や維持費は高いが強力な戦闘力を有している事から今後十数年の内に主要兵器となっているかもしれない。

 そして発展させてきた国々の王達は何の因果かイングバルドとクロードの強大な力に目を付けていた。欲深い王によっての強引な勧誘も多いと記録に残っている。しかも他の王達も諦めていない様子だ。

 そうなるとこの地下施設のある地域にも人間族の手が伸びてくる可能性が高まる。険しく高い山々や深く暗い渓谷などに囲まれたこの地下施設の地上部分は高低差から常に強風が吹き荒れており天然の要害となっている。

 普通ならまずヒトが踏み入れるような土地ではないのだが航空戦闘艦を用いればあるいは、という問題が持ち上がる。

 対処は容易に出来るが地下施設の存在が判明した場合は安全マニュアルに従いこの施設は破棄しなければならない。だがそうなると王達は取り逃がしたイングバルド達を追うかもしれない。否、十中八九追手を放つだろう。

 一層の事星の海へ上り第二の月ムギンに今の地下施設の機能を移設する事も夫婦の間で検討されたがそれでは意味がないと却下された。

 ならば――とイングバルドとクロードは思い切った手に出る事にした。それはアオイが七歳の時に計画されており今も継続、実行中だ。エーデルも好奇心から調べていただけなのでまだ詳細は掴めていないが夫婦が裏で何かを進行中である事だけは察知していた。

 そして今改めて確信した。この夫婦が行なう“何か”は必ずアオイを悲しませる事だ、と。


「間違いないようですね……」

「……そうね。貴女は無断でハッキングもしているものね。多少の情報洩れはあるわよね。……この事アオイちゃんには?」

「マスターには何も。あのような些事はお知りになる必要もないと判断します」

「そう。それならまだ安心ね。でも些事なんかじゃないわ。人間族の欲望は侮れないものがあるから。負けるような事はないけど、とにかくしつこいのよ……」


 エーデルはハッキング云々についてはノータッチで受け答えした。イングバルドも破壊工作でもないので黙認している。双方に暗黙の了解を取り付けていた。

 それにしても人間族の軍事行動の危険性か、とエーデルは再度考える。近代兵器である魔道銃器や魔導砲、研鑽されてきた戦術級魔法や戦略級儀式魔法などなど。収集された情報をもう一度検証するとこの地下施設はともかく地上部分の山々や渓谷は跡形もなく吹き飛ばされてもおかしくない威力がある。

 尤も戦略級儀式魔法などの大規模破壊魔法は千人規模の魔法師が魔力を結集して初めて行使されるものなので早々使われるものではないし、近代兵器である魔導砲なども作り出すのに莫大な費用が必要であり維持費も掛かる事から多くは量産されていない。そのためそこまで強く警戒する必要もないのだが……。

 イングバルドの言う『しつこい』という人間族がどこまでやるのか、そこが注意の向ける部分と言えるかもしれない。こちらにも光学兵器やエネルギー兵器、化学兵器に魔導兵器もある。機械人形や機動兵器などの兵力もあるのだ。

 エーデル自身も戦争や紛争にも映像資料や歴史のみでだが知っており興味があった。その資料の一部にあった旧兵器を好んでいる事から態々アオイに頼み込んで作ってもらっていた。

 これならいつでも迎撃が可能であると言えるのだがそれもアオイが関係しなければエーデルにとっては全てが些事だ。有象無象の人間族が戦争しようが虐殺しようが構わない、大いに結構だ。精々殺し合うがいいとすら考えている。故にエーデルはアオイが願わない限りは知らせる必要はないと判断していた。

 ここでエーデルは考えた。イングバルドが懸念するほどに人間族が目障りならば――。


「一層の事滅ぼされては如何でしょうか?そのほうが頭を悩まされる事なく清々しい日々をお過ごしできる事でしょう。マスターのためにもなるのでは?」

「ダメよ。そんな事はできないわ。だって私達は人間族も亜人族も関係なく愛しいと思っているから。愚かでも見放すにはちょっとね」


 それに一部の魔族とだって今では親交があるのよ、と続けて言いイングバルドは断固としてエーデルの提案を受け入れずに突っぱねた。

 エーデルは『確かに……』と内心では納得した。

 イングバルドやクロードの監修の下でアオイは魔法や召喚術で呼び出した精霊や悪魔と親交を持っていた。彼はそれらに好かれ易いようで楽しそうにしていたのを覚えている。当時、まだ身体がなかった時にそれを見ている事しかできなかったエーデルはいつもヤキモキしていたのだがアオイが嬉しそうにしていたので結局は最後まで黙っていた。

 それと似たような気持ちなのだろうとエーデルは自分で判断し納得した……つもりだ。


「そうですか。……残念です(ボソッ)」

「聞こえたわよ、残念って何よ。エーデルちゃんって思っていたよりも大胆というか過激だったのね」

「それほどでも。まだまだ至らぬ事ばかりです」

「褒めてないわよ、もう……」


 最後の最後にもれ出た本音は止められなかった。アオイと世界の命運なら迷わずアオイを取るのがエーデルだ。らしいと言えばらしいだろう。

 それを聞いて頭を抱えそうになるのはイングバルドだ。情報生命体だった時からエーデルの特異性を見抜いてはいたが、自分の知らない所で彼女が過激化しているとは思いもしなかった。

 やがて夫婦の寝室の扉が見えてきた。楽しいお喋りもここまでのようだ。

 扉の前で向かい合う二人、イングバルドはエーデルに最後の確認をする。


「それでお願いできるかしら?ダメだったら悪いとは思うけど今ここで――」


 実力を持って拘束しその後に情報漏洩しないように自意識の一部にロックを掛ける。イングバルドは断ろうものなら本気で考えていた。事前の打ち合わせていたように扉の向こう側ではクロードも待機している。

 だがエーデルは先程までと違いそれらを察知しているにも関わらず涼しい顔をしていた。


「いえ、お受けしましょう。思う所がないわけではありませんが元よりこの身はマスターの安全を第一としております」

「そう、ありがとう、エーデルちゃん。でもあんなに拒んでいたのにどういう事かしら?」

「脅迫しておいてよく言いますね。今の私ではイングバルド様と扉の向こうに居られるクロード様を同時にお相手するには力量不足でしょうから冷静に判断したまでの事です。お一人でも厳しいなら尚更でしょう」


 戦闘シミュレーションは出来ている。情報生命体である時から戦争の映像資料を見ながらしていたので仮想の戦闘経験は豊富に積んでいる。それでも仮想は仮想だ、実践には遠く及ばない。ましてや億単位の年月を経た経験の塊である二人を相手にして今のエーデルでは勝つ事など不可能だろう。

 更には抑えられた微弱なプレッシャーを掛けていたのだから彼女の言う『脅迫』という言葉も強ち嘘ではない。


「あらあら、バレちゃってたのね。もういいわよ、クロード」

「イングバルド様、流石にそれは白々しいかと存じます……」


 おちゃらけて言うイングバルドにエーデルは呆れたように冷ややかな視線を送っていた。

 だが扉の向こう側にあったクロードの気配は薄れて消えていた。熱源反応や魔力反応、動作センサーに振動センサーを駆使したエーデルは彼が部屋の奥へ移った事を知った。

 どうやら危機は去ったと見ていいようだ、と内心で安堵が広がる。


「でもそれだけじゃないでしょ?もう一つ理由があるわよね」

「なかった事にするのですね、わかります」


 流石に今のはないわね、と自分でも思い直したのかイングバルドは話しをサッサと戻した。そこにエーデルの言葉が掛かるがそれもお構いなしだ。


「理由があるのよね?」

「…………」


 一回目の問いだった。

 イングバルドは真剣に向かい合っている。それでもエーデルは沈黙した。


「理由があるのよね?」

「…………」


 五回目の問いだった……。

 繰り返された問い掛けだった。イングバルドは真剣な表情を崩す事なく向かい合っている。エーデルも変わらずに沈黙を保っていた。


「理由があるのよね?」

「…………」


 二〇回目の問いだった…………。

 何度も何度も繰り返された問いだった。それでもイングバルドは真剣に向かい合っている。エーデルも変わらずに沈黙を保っていた。が、いい加減に焦れてきた。

 この場に拘束されて既に十数分が経過している。アオイの傍に侍るという使命が自分にはあるので早く離脱したいのが本心だが目の前の人物はそうさせてくれないらしい。


「理由があるのよね?」

「…………はい」


 そして二一回目の問いでついにエーデルは根負けした。妥協したと言ってもいい。

 元より隠す理由などそれ程ないのだから構うものか、とエーデルは半ば開き直っている。

 イングバルドが我が意を得たりと言わんばかりの笑みを浮かべている。その目がエーデルには『さあ早く話せ』と言っているように思えてならなかった。


「ふふふ。それは何かしら?」

「それは――」


 疲れたようにエーデルは重く口を開いた。その際に彼女の表情が若干翳っているのはイングバルドの執拗な問い詰め方が原因なのかはわからない。


 


▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽


 


 エーデルと別れて自室に入ったイングバルド。彼女はそのままベッドに横になり寛ぐクロードの傍まで行ってその隣に腰掛けた。


「――ふふん。あなた、どう思う?」


 聞いていたんでしょ、というようにイングバルドはクロードに聞いた。


「ああ、『マスターを悲しませる原因を少しでも削るため』か。健気ないい子じゃないか。とても条件付けがされていないとは思えないな」

「ええ、本当に。アオイちゃんが何か隠しているみたいだから何してるかと思えばあの子の条件付けを外して作ってたのだから驚いたわ。絶対に暴走すると思ってたのに」


 あれだけ言ったのにね、と嘆息気味に言うイングバルド。それでも少しは感心したような雰囲気もあった。


「はっはっはっはっ!流石は僕達の愛息子だな!」

「あなた、もう夜よ。声は落として。ご近所に迷惑じゃない」

「おっと、すまない。……あれ?ご近所って居ないよね?」


 正しい、クロードは正しい。ここは地下施設であり地上の周囲は高く険しい山々に囲まれており深く暗い渓谷もあるので周囲にヒトは存在しない。

 ゴキンジョ?なにそれ楽しいの?


「きっとそれだけじゃないと思うのよね。おそらく“白”の影響がエーデルちゃんにも出ているのだと思うのだけど……どういう影響が出ているのかがわからないのよね。たぶん精神安定か精神操作の系統だと思うんだけど、んー」

「あれ!?無視かい!?また唐突に話しを戻すんだね!」

「あっ、でもアオイちゃん個人の特性かもしれないのよね。呼び出された悪魔や精霊も魂の色がどうとか魔力の波長がこうとか言ってたし。あの子達ってそういう所は個々の好みで左右されるし、んー……」


 一人思考に没頭し始めたイングバルド。無視される形になったクロードの雰囲気が全体的に煤けて見える。


「もう、ツッコミも、ないんだね。……愛息子ならまだ相手してくれるのに(ボソッ)」

「あなたはもうアオイちゃんに近付かないでね?変な癖が移ったら困るもの」

「病原菌扱い!?」


 今日も夫婦仲は良好(?)だった。








ある意味で幕間こそが本編かな、っと。

何が言いたいのかと言えばエーデルはアオイが大好きという事だったり。

それとエーデルとイングバルドの力関係とか出てたら成功。

ではでは。



PS.

皆さんは何歳までが”女の子”だと思いますか?

作者は最期まで、と答えておきましょう。ええ。


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