第4話
アオイ8歳の事です。
このまま順調に成長してほしい、と思っています。
二次じゃないから(削除なんて)怖くないもんっ。
…………なんて、ね。
皆の感想&評価&ネタ提供が作者の力になっております。
母の教育を受けて、時々父にそれとなく愚痴りながら一年が経って俺も今年で八歳になった。
日々を主に母から扱かれながらもまだ無事に生き残ってますっ。精神的な意味でな!
フフフ……一年も経てば母の扱きにも慣れるというものだよ。どんなにヒドイ状況でも人間は環境と状況に慣れる生き物だからさ。
母による地獄の学習会のせい、もといお陰で同時並列思考のスキルが上がった。今なら七つの事柄を同時に考えられるようになった。
ただ、ねー……それは同時に課題の処理量が上がった事に比例して出される課題そのものが増加するって事でもあるわけ、なん、ですよねー。ハハハ……。
ガッデムっ!なんてこった!
しかも、俺の処理量の限界ギリギリを母には見極められているから、腐る事もできない。能力もそれ相応に向上していくから文句のつけようもないのが、また……。
本当に、今ばかりはこのハイスペックな身体が恨めしい。
はぁぁ、やめよう。こんな事ばかり考えても気が沈むだけだ。
それに俺もいつも勉強にばかり精を出しているわけじゃない。学習が進み、一定年齢に達した事で開放された区画もあったんだけど、そこで楽しみを見つけた。勿論まだ子供だから入るには父か母の同伴が必須だけど、あの怪しげな研究区画と実験区画への立ち入りを許可されたわけだ。
好奇心が押さえきれなくて父と母の時間の許す限り研究区画へ足を運んだものだ。
そして今も研究区画の一角にある部屋で入力端末に手を置いてとあるプログラムを相手に奮闘中だったりする。
入力端末である思考操作式端末に手を置いて、息吐く暇もなく一心不乱にデータを入力していた。片っ端から全力で入力しているけど元の情報量が多すぎてなかなかに大変だ。
さて、ここで俺が何をしているのか。それを一言で答えるなら、趣味ができたという事だな。
この研究室で作っているのは“自己進化する独立型AI”だ。製作中の仮名称を“原石”と呼んでいる。仮とは言え名前を付けたほうが愛着も湧くし作業を進めていて楽しいしね。
前世の世界ではこのような高度な人工知能を作り上げる事は技術的に実現不可能でも、今世のSF科学の無駄に高い技術力を有するこの世界ならそんな事も実現が容易だった。
だから、こういうのも子育てのような不思議な楽しさがあったからやめたいとは露ほども思わない。
同時並列思考で展開された七つの空間ウインドウを展開して作業を進めながら、その中の空間ウインドウの一つ、数字と記号、一部一見すると不可思議な立体方陣で構成され続ける“原石”を見詰めた。
作業の手を止める事はない。
「君はどんな風に育つのかな?本当に楽しみだ。ふふ」
彼または彼女に問い掛けたけど特に返事は期待していない。今はまだ作り始めたばかりで全体の二割程度しか完成していないから意識どころか碌に稼動すらしていない状況だから、反応したくとも無理だ。
今の“原石”はただ静かにそこにあるだけで眠ってるとも言えない状態だ。
「ふふふ。あー……」
だけど、それでも、俺は楽しくて仕方がないよ。ふふふ。
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独立型AI“原石”の作業を開始してから半年と少しが経った。
とりあえず大まかな部分は無事に作り上げた。それに当たり独立型AIの仮名称“原石”改め、名前を“エーデル・シュタイン”とした。ドイツ語で“宝石”という意味だ。進化の過程で宝石のように輝いた生を謳歌してほしい、と願って名付けた。
まだ仮名称だった時のように生まれたばかりのこの子は加工もされていない無骨な、でも何かの可能性を感じさせる原石のようなものだ。だから、これから自分自身を磨き上げて本当の意味で自身が思う最高の”宝石”になってほしいと願っている。
今は作り始めたばかりだから自意識のようなものはまだ確立されていない。会話の応答もできなくて簡易的な機械人形にも劣るけど、それもこれから徐々に作り込んで少しずつ改善していく予定だ。
いや、そもそもの話しだけど基礎部分が未完成なんだから会話なんて高度な事ができないのは当然だ。人間で言えばまだ胎児のような存在なんだからな。
まずは基礎部分を作って基本的なアプリケーションをインプットして、他にも色々して、後は……そうだ、更には自己学習させないと会話も碌に成立しない。
本来ならここまでの面倒はない。例えば俺の世話係であるアーフの基礎データをコピーして模擬人格などの一部をフォーマットしてから、それを基礎とするならばこれほどの手間は必要ない。
それでも俺がこうして手間を掛けている理由は“一から作りたい”という、ただそれだけの事だった。
前世では人工知能を作る方式で大まかに二つの方法論があった。一つは“機械学習”で、もう一つは“計算知能”だ。
簡単に言うと前者は生物が意識下で行っている事を真似る事であり、後者は生物の脳細胞の働きそのものを模倣して思考や判断をしようとするものだ。
この世界では後者に似ているけど大部分はそれ以外の方式で既にヒトにかなり近いAIの基礎理論が確立されている。だからその通りにデータを打ち込んでいけばいいし、父と母に相談して応用も少しずつだけど付け足していけばエーデル・シュタインも早いうちに個性が出てくる……はずだ。
ただ、独立型AIたるエーデル・シュタインを作るに当たって父と母にも隠している事が一つだけある。それは昨年に母と議論を交わした事だ。
予定通りに俺の作っているエーデル・シュタインには原則として行動を示唆したものや行動を拘束し束縛するようなプログラミングは一切付加していない。ダミーデータで表面上を取り繕っているだけだ。
これはロボット三原則のような明確な行動原則がないということであり、極端な話しだけど創造者(俺)に逆らう事すら可能だという事だ。
母の講義にあったように機械人形やサポートAIには多かれ少なかれ基本的な行動原則や安全面に配慮して入力されているのにエーデルにはそのようなものは存在しない。
こんな事実が父と母にバレてしまったら怒られるし最悪の場合はエーデル・シュタインを危険視して全データを抹消されてしまうかもしれない。
でも……それでも俺はエーデル・シュタインを作りたかった。
自分で考え、自分で決めて、自分で行動するAI、否、我が子を。ヒトの持つ自我の確立や自由意志を模倣したのではなく完全にそれらをAIとして一意識体として有した存在を作りたかった。
思考操作式端末に手を置いて同時並列思考を駆使して七つの空間ウインドウを展開して作業を進めた。内二つは父と母を誤魔化すための隠蔽用のダミーデータを作り上げている。本命のデータを隠すためにもカムフラージュ用のダミーデータは構築し続けているのが現状だ。ここで手を抜くと発覚する確率がグンと跳ね上がるからな。
もしも父と母、特に母にバレでもしたらっ、お、おお鬼のような折檻がっ!フリフリがぁぁ、ヒラヒラが、ががががっ!!
ふぅぅ、ふぅぅ。はぁぁ……ごめん、また母の趣味によって植え付けられたトラウマがぶり返したようだ。
それでも趣味はやめられないけどね!反省はしても後悔はしないのさ!
と言うわけで、今のところは上手く誤魔化しているのだけど……さてはて、これからもどう隠すか。それが問題だけど――。
「どうだ、愛息子よ!順調かな!?」
(どきりんちょっ!?)
ちょっ!?父よ、いきなり画面を覗き込んでくるのはやめてほしいと息子は思うのですよ!?
「わからないところとかないか?」
「ん、大丈夫。問題ないよ」
それでも表情に一つも出さないのは俺クオリティ。もう一度赤ん坊になった時からある意味で悟りが啓けそうなほど自制心というか忍耐力が付いたからポーカーフェイスが得意になった。
なりたくなかったけど……。
「そうか。わからないことがあったら直ぐに父さんに聞くんだぞ?はっはっはっ!」
「あー……うん。ありがと」
大笑いしながら自分のデスクに戻る父の背中を見送って一息吐けた。
クッ。隠蔽工作は二重三重に張り巡らせているから少しくらいなら見られても平気だけど、不意打ちは心臓に悪いったらない。心配してくれているのは理解しているのだけど今だけは少しだけ放っておいてほしい。
「あっ、そう言えば父さん。母さんは今何してるの?」
「ん?んー、母さんなぁ、あー……」
父の言葉が妙に歯切れが悪い。こういう時は必ず何かを誤魔化そうとしている時の反応だ。間違いない。
今日は朝食の時に母さんを見てからは一度も姿を見ていないから気になった。こうやって父か母が一日中姿を消す事は前からあったのだけど最近は週に二度とその頻度が上がってきた。
そこまでの興味はないけど、なんとなく何をしているのかが気になった。
「あれだ。母さんは大事な大事なお仕事があって、そっちが忙しいだけだよ。アオイは気にしなくていいさ!はは、はっはっはっ!」
「そう……」
不思議なくらい大げさに笑う父はサッサと背中を向けて自分の作業を始めてしまった。
なんか誤魔化されたような気がしないでもないけど、まぁ何かを隠している事はなんとなく察する事はできた。
今の父はいつものように『愛息子』と呼ばずに『アオイ』と言った。これは真剣になった父によく見られる癖みたいなものだ。
聞かれたくないなら俺は知らないフリをするのが優しさかな、と自己完結して自分の作業に戻った。
父と母は俺に対して何かを隠しているようだけどそれは俺もだしお互い様ってものだ。そんな小さな事でとやかく言うほど俺は小さくないつもりだしそんなに気にしない。
何の因果か輪廻転生を異世界にて経験する事になったしなんでこんな状況になったのかわからないけど……うん、こうなった事についての後悔や動揺は自分でも驚くほど小さかった。ならば今世の俺は今を後悔のないように楽しむだけの事だ。
差し詰めは色々作る事からはじめようかなっ!フフフ!
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更に三ヵ月が経った。そしてこの日、ついに独立型AI“エーデル・シュタイン”が完成した。一部未完だけど……。
大半の時間を注ぎ込んでいたとは言え製作期間がたった九ヶ月という、これほど早く作り上げる事が出来たのは先人達の手によって長い年月を掛けて豊富な知識や経験を残してくれた事が大きい。
ご先祖様には感謝感謝。ありごとうございました、だね。
知識は膨大、されど講師には方法はともかく教え上手な母が居たから迷いも少なかった。実践的な事は父が母に隠れて少しだけ教えてくれたから尚よかった。
追記として、隠れて教えていた事が母にバレた時に父はいい感じに折檻されていた事をここに記そう。……誰も見ないし読まないだろうけど。
そんなわけで三日前から独立型AI“エーデル・シュタイン”事エーデルが試験稼動中だったりする。今は研究区画ではなくてエーデルの本データを持ち運びできるように平べったい携帯型情報端末に移して、自室にてお話中だ。
空間ウインドウにはラグビーボールのような形に美しくカットされたダイヤモンドがゆっくりと回転していて、その周りを赤、青、緑の小さな宝石が周回している。
これがエーデルの今の人格を心象的に表したものなんだろう。
「――というわけでさ、俺的にはメイドさんこそが至高だと思うわけよ。その中でも俺は銀髪のサラサラロングの髪をポニーテールにしたメイドさんが好きなんだよね。アレは……うん、癒される。とても」
「…………」
それなのに エーデルは 無言を 貫いた。
アオイは 泣きそうになった。
「ハハ、ハハハ。エーデルもそう思わない?やっぱり自分が可愛いとか綺麗だとか思う服を着た女の子を見たら褒めるのが男の義務だと思わない、かな、なんて……」
「…………」
エーデルは 尚も無言を 貫いた。
アオイは 挫けそうになった。
うぅぅ……。
いや、すまん。何をこの子に話して聞かせているのかとか、俺の頭は何を考えているのかとか、色々と言いたい事があるのは理解しているけど、これも考え抜いた結果、必要だと判断した。
まだエーデルの性別の分岐も固定も成されていないから男か女がするような話題を挙げてみた。今は稼動してまだ三日目だからとりあえず男がする好みの女性像的な話題を繰り出してみた、のだけど……。
ちょっとジャンルが狭く偏っているように思えるけどねっ。気にするなっ。メイドさんは至高の存在なんだよっ。
だけど、どうやらエーデルの反応が鈍い。トコトン鈍い。経験は皆無だけど長年蓄積してきた先人達の知識は入力されているから下地はできているはずなのに……。
もしや、エーデルは女の子の人格を形成しているのだろうか?だから反応が鈍い?つまり俺に“呆れている”のか?いや、でも、それは……。
ふーむ……。よし、ここは一つ試してみるか。
「エーデルはどう?そういう拘りなんかできた?」
「否定。私の実動稼働時間は、ご存知の通りそれほど多くありません。追加情報としてアオイの言う“拘り”についてですが知識としては入力されていますが、本当の意味で理解しているとは言えません」
男とも女ともつかない中性的なマシンボイスが自室に響いた。
声にほんの少しも抑揚がないからとても無機質に聞こえた。不純物のない透明な水のような雰囲気の声と言えばわかるかな。
「うーん、そっか。それなら気になるものはない?」
「アオイ。先程も言いましたが私の実動稼働時間はそれほど多くありません。それに私は“何かに興味を示す”という事そのものが未だにわかりません」
「そっかそっか。でも本当にないの?どんな小さな事でもいいからさ」
「アオイ。先程も言いましたが私の実動稼動時間はそれほど多くありません。そしてこれも先程言いましたが私は“何かに興味を示す”という事そのものが未だにわかりません」
「そっか……」
答えは芳しいものじゃなかった。
男性人格なのか、女性人格なのか判断できない。良くも悪くも中性的人格だった。
積極的にコミュニケーションを取ればいい感情が育つと思って、少しばかり気が急いていたのかな。
もう少し余裕を持って接したほうが――と考え直そうとした時にエーデルが尚言う。
「――ですが」
「っ、ん?なになに?」
「アオイはなぜ私に話し掛けるのでしょうか?接しようとするのでしょうか?何か理由があるのなら教えてほしい」
エーデルの無機質なマシンボイスに小さな、本当に見逃してしまいそうなくらい小さいけど、確かに感情の色が見て取れた。
今の揺らぎは……期待、か?
好奇心の芽生えと捉えるべきか、それとも俺の勘違いか……。どちらにしてもエーデルの未熟な感情に少しでも揺らめきが見られるのは喜ばしい変化だ。
「本当にそんな簡単な事でいいの?」
「はい。構いません」
「ふむ。そんなの決まってるよ。理由とすら呼べない、すごく簡単な事だ」
「???それは一体なんなのでしょうか?」
なんだろうね。自分で簡単だ、と言っておいてなんだけど改めて口にしようとすると恥ずかしいものがある。
いや、待てよ。ここは、物は考え様じゃないか。相手はまだ稼動して三日のAIだ。人間で言えば生後三日の新生児だ。それを相手に恥ずかしがる必要がどこにあるのか。
ならば俺の素直な気持ちを、暴露してしまっても問題はない、よな?それなら――んんっ。
「エーデルの事が好きだから」
「好き?」
「そう。好きだから。もう大好き。だからエーデルと話していると楽しくて仕方ないよ」
思いっきり暴露した。これが成長しきったAI相手ならとてもじゃないけど躊躇するくらい素直な気持ちを曝け出した。
正直に言おう。…………恥ずかしいんだよっ!悪かったなっ、コラアアアッ!
「好き……。楽しい……。やはり、わかりません」
それなのにエーデルの反応は小さいものだ。困惑、というよりも純粋にわかってない、って感じか。辞書に出てくる言葉のように意味は理解できても経験がないから実感が伴っていない。
こういうのを人間ではなんと言ったものか……そう、自分に向けられている厚意に考えが至らない様子だ。つまり、エーデルは鈍感だ。……ちょっと違う気がするけど。
「はははっ。今はまだ理解できなくていいよ。少しずつ知っていこう。ね?」
「知る?知識なら豊富に存在します。問題はありません」
なるほどなるほど。知識、ね。それは重要だな、実に重要だ。何事も予備知識があって困ることはない。
それになによりその豊富な知識とやらを詰め込んだのは他ならない俺がやった事だ。どのように進化しても困らないように必要そうな情報はできる限り詰め込んだ。
尤も、知識情報の多くは元々あるメインデータバンクに保存されているので、本当に現状で可能な限りの量しか詰め込めていないけど。
それ故に知識の量はある意味で俺よりも豊富だと言える。
だが――。
「……プッ!ははっ、あははははっ!」
「アオイ。なぜ笑うのですか?」
俺の笑う様子にエーデルは不思議そうに問いかけてくる。
それがまた俺の笑いのツボを刺激するものだから尚笑ってしまった。
「はははっ!そう言ってる間はまだまだだよ。百の勉強なんて一の経験に勝るものじゃないさ。無論の事、知識が皆無であるよりはいいけど、それも実際に使わない限りは無意味だからね」
「理解できません。私の論理は完璧です。アオイがそのように作った。仮に実地する機会があるならば、その全てを私は完璧に実行できます」
「くくっ、あはははっ!俺が言いたいのはそういうことじゃないってば。はははっ。本当にエーデルは可愛いな、もう」
感情を、情緒を、人格を、そして“エーデルだけの想い”を育み育ててほしい、って事なんだ。その中で俺はいずれエーデル自身が大事にしたいと思える事に出会えるように願ってもいる。
それがまだエーデルには理解できていないらしい。はははっ。
本当に、もう……。そういう所も可愛らしいから、うん、いいかな、なんて考えるのは製作者の贔屓目なのかな。
空間ウインドウにエーデルの心象を表す宝石が踊っていた。だけど一瞬の、瞬きにも満たない間だけどノイズが走ったのが見えた。
今のは……動揺?
「アオイ、笑わないで下さい」
「ははは――んっ?……へぇぇ」
また無機質なマシンボイスに見逃してしまいそうなくらい小さな感情の色が浮かんで見えたように思えた。
今のノイズは、不快感か?いや、疑問かな?どちらにせよ、マイナスの感情とかイヤすぎる。
どうやら少しからかいが過ぎたようだ。
「はは、くくっ、うん。ごめん、笑ったりして。不快にさせたかな」
「別に不快など感じてはいません。ただ私は、なぜアオイは笑ったのかが疑問に思っただけの事です」
「そっか。なんて事はないさ。ただ俺は楽しかったから笑っただけだ。でも、勘違いしないでほしいんだけど笑ったのはエーデルの事が可愛いなって思ったからであって、バカにしたつもりはないから。そこだけは信じてほしいかな」
未だに込み上げてくる笑いを無理矢理押さえ込んで言うとエーデルから些か不愉快そうな雰囲気が漂って見えた。そのどことなく拗ねたような空気がまた笑いを誘う。
本当に、手の掛かる子ほど可愛い。これは人工知能にも言える事だった。
「……私に弁解する必要はありません。アオイは私の製作者なのですから」
「ん、そっか……。それじゃ今日はこれくらいにしようか。午後からはまた母さんの講義があるから」
ふと、時間を確認すると丁度いい事がわかった。もう直ぐ母の講義の時間だ。
このままからかい半分で居ると色々とマズイ方向へ話しが行きそうだからそろそろ講義を受けに行くとしようか。
「了解しました。……私はどうすればよろしいでしょうか?」
「んむ?そうだな。んー……エーデルはどうしたい?この部屋でデータバンクにアクセスして時間を潰すもよし、一緒に来てもよし、その他でもいいしね」
何をするにもエーデルの自由だ。選択を常に与え続けていればそれだけ思考する経験も積める。考えさせる事は手段であって目的でもある。
尤も何か問題を起こした場合はそれ相応の罰があるから無茶な事はさせるわけにはいかないけどさ。
「…………」
「んん?」
あれ?意外と熟考していらっしゃる?
「…………ぃ」
「うん?」
っ!反応があった。だが、小さすぎて何を言ったのかわからなかった。
わんもあ、ぷりーず。
「一緒に居たいです。……よろしい、でしょうか?」
きゅん、とした。エーデルのいじらしさにきゅんとした。
勿論エーデルはそんな事を意識してやったわけではないし、意図もないだろう。だけど、そんな所がいいねっ。
「勿論。断る理由はないしね。俺もエーデルと一緒に居られて嬉しいよ」
「……嬉しい、ですか(ボソッ)」
「ん?なに?」
ごめん。エーデルのマシンボイスに不自然なノイズが揺らめいて聞き逃した。
「いえ、なんでもありません。それより少し急いだほうがよろしいかと。このままではイングバルド様の講義に遅れてしまいます」
「なにっ?――げっ!」
言われて時間を確認すると開始5分前を切っていた。
自室から教室に改造された多目的室のある区画まで通常なら一五分ほど、今から走って行くとしたらギリギリだ。
エーデルの入った携帯端末を引っ掴んで自分の腰部分にある基部に装着して急いで部屋を出た。
日々を泥んこになるまで走り回っていた8歳児の体力を嘗めるなよおおおっ!間に合え、間に合え、間に合ええええっ!!
「時間です。お疲れ様でした」
「っ!!ノオオオオオッ!?!?」
結局その日は遅刻してしまい、罰として出される課題が倍増した。ついでにペナルティとして不思議の国のアリス風味のエプロンドレスを着る事になった……。
ちっくしょーっ!!!俺は男なんだってーのおおおっ!!!
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エーデルが試験的に稼動を開始してから一ヶ月が経った。
とりあえずバグやエラーが出たらエーデル自身が随時修正している。自立的に稼動している今ならエーデルにとってこの作業は確実に個としての人格を確立する必要な作業だろう。
と言うのもおかしな話だけど未だにエーデルは性別を確立していなかった。マシンボイスも、喋り方も、その他も中性的で判断がつかない。データ上も似たようなものだ。殆どの項目が保留にチェックされていた。これでは明確な人格形成ができない。
今まで収集したデータから予想するに、あと一年以内にはどちらかに性別が固定されると思っている。……たぶん。
父と母の協力があったから大丈夫だとは思っているけど、なにぶん人工知能なんてものは初めて作ったから色々と断言するには経験が足りなくて今一自信がない。
そんなこんながあったけど、俺はこれからもう一つ作ろうとしているモノがある。それは将来エーデルが必要とするかもしれない“身体”についてだ。
基本的にこの世界の、と言うより俺のご先祖様らが作る人工知能は二つの発達傾向がある。
一つは身体を持つ事なく情報生命体として存在するタイプ。これは情報端末やメインデータバンクの管理者、または艦船のメインコンピュータ的存在になる事が多い。メインコンピュータなら外部端末としての擬似的な身体も操作できる。こちらが人工知能としては一般的運用だと言われている。
もう一つは機械人形と同じように身体を持つタイプだ。汎用性が高く、割と万能な性能を発揮する。だけどこちらに人工知能が進む事はほぼないと言っていい。なぜなら進歩する過程で途中から身体を持つというなら最初から機械人形として作られたほうが効率的だからだ。
というわけで、俺は将来の可能性の一つとして作ろうと思っている。仮にエーデルが『必要ない』と言うなら別の事に転用するから無駄にはならないさ。
まぁ最初は設計から始めないと、だけどね。
「そんなわけで俺はエーデルの身体を作ろうと思っている」
「何がそんなわけなのか理解しかねます。明確な答えを提示して下さい」
「ん、あー、ごめんごめん。だからさ――」
流石にまだ以心伝心、とまではいかないか。まだ生まれて間もないから。
いや、そもそもちゃんと言葉にしないで思いや考えが伝わるなんて考えることこそが傲慢以外の何ものでもない行ないだったな。
ここはちゃんと説明しなければいけないよねっ。
カクカクしかじか丸々ウマウマ。説明中。
実際はカクカク云々で伝わる事ないからちゃんと説明したさ。簡単に『エーデルの身体を作ろうかな、と思うんだけどどうかな!?』的な話しを、ね。
「――と、いうわけでいずれはエーデルも必要に感じるかもしれないから時間のある今の内に作ろうとしてるわけだ。わかってくれた?」
「考えは理解しました。ですが私の自己形成は未完全です。作成コンセプトに支障をきたす可能性を否定できません。計画の延期、または保留を提案します」
まぁ、エーデルならそう言うだろう事はわかっていたさ。そう、そんな事は既に予想済みだ。
外は8歳児、中身は二十代半ばの俺を甘く見るなよ?クククッ、アーッハッハッハッ、ぐほっごほごほっ。む、咽た……。
「ふふん。そこは十分に考えてあるさ。動力部はその時に合わせて作成するけど、基本骨格を作るに当たり、手足に胸部、腰部、そして頭部などの部位を別々に作っておけばいい。表皮や人工筋肉は生体金属製のナノマシンを使おうと考えている」
「ナノマシン。ナノテクノロジーという事は、製作コンセプトはガイノイドでしょうか?確かにそれならどのような仕様にもある程度までなら対応できそうですが」
うんむ。その通りだよ、エーデル。
この世界で言われる通常の機械人形はヒト型を模した金属骨格に、脳の役割を果たすコア、心臓の代わりの動力部、汗や汗腺の代わりの廃熱や冷却部、特殊金属をナノ単位で寄り合わせた人工筋肉、神経代わりの伝達素子などなどを使った、極めてヒトのそれに似せて作られている。
そのお陰で汎用性は高いし性能もそれに準じている。だけど事発展性に関してだけは低いと言わざるを得ない。内面は改善の余地は残してあるけど部品的に交換するなどの一部分をアップグレードする手段はあるけど個としての進歩は皆無だ。
そこでガイノイドの出番だ。基本骨格が金属骨格である事は変わらない。だけど、それ以外はほぼ全てをナノ単位で構成された部品を使う事によってほぼ完全なるヒトそのものに作る事が可能だ。ナノマシンの粒子一つ一つが細胞の役目を果たし、筋肉や内臓、血液の代わりとなる。
その汎用性は計り知れない。状況や場合によってナノマシンを組み替えて――例えば手を刃に変えるなど――対応する事も可能だ。なにより自らの身体を組み替えて環境に適応する事に関して高い評価がある。
俺が究極の汎用性を追及した結果がこれだった。これ一体を作成するのにコスト面がヤバイくらいに掛かるけど苦労するのは俺だし、資源は潤沢にあるので材料は幾らでも作れる。
これなら将来エーデルが望むどのような仕様にも一定水準で対応できる……はずだ。
エーデルに俺の考えをそのまま伝えて反応を見た。
「んふふっ。どうよ?これなら何があっても大丈夫じゃないかな」
「はい。――ですが」
「んむ?」
大変満足している俺はピタッと動きを止めた。
ここで『ですが』とは何事か?何か問題があったのか?
「やはり、今は無用の長物以外の何ものでもないと愚考致します」
「むー……。でもいつかは必要になるかもしれない。それにエーデルが使わないなら別の事に使うさ」
言葉ではこう言ったけど内心では絶句していた。ほんの少しだけ。
うん、流石にこれは“きた”。エーデルのために用意しようとした物を『無用の長物以外の何ものでもない』と言われたから。
だからか、予防線として『別の事に使うかも』なんて言ったのは。
「そうなのですか。それならばよろしいかと」
「他人事だなぁ」
エーデルの淡々とした中性的なマシンボイスが言った。
自分の事なのにまるで興味がないと言わんばかりの対応だった。感情が成長するにはまだ時間が足りないらしい。
俺は表ではエーデルに対して呆れたようにして、内心ではその呆れた思いを自分に向けていた。
「少なくとも今の私には他人事でしょう」
「…………」
驚いた。何に驚いたかって成長して感情が育つには時間が足りないと思っていたのに少なからず感情の揺らぎが見えたから。
試験稼動を開始してから一ヶ月の間をできる限りエーデルと接して愛情を注いできたつもりだったけど、ここまで成長していたのか。
エーデルはこう言った、『少なくとも今の私には他人事でしょう』と。そう、『今の私には』と言ったんだ。今は、という事は、将来はわからないという事だ。
これで期待するなというのが無理ってものだろう。
エーデルの将来がまた少し楽しみになった。
あれ?エーデルの登場シーンが急速に増えている、だと……?
たぶん、あと2~3話はこの子をメインに書く事になるかもしれない。
例の如く予定は未定だけどねっ。
ではでは。




