何が言いたいの
「あのねー、もう、邪魔ってば。」
「なあ、俺が連れてってやるから王城行けよ。ドレスだって準備するし、患者の相手は俺が代わる。」
「むりだってば。」
わざとらしく大きくため息をつくと、ウィルが私を抱く腕に力をこめたのが分かった。
こら、きわどいとこ触ってるの気づいてる?
「大体ね、なんでそんなに薦めるの?」
「舞踏会だぞ?普通の女なら夢見るものなんだろう。」
「そうかもね。だから?」
「行けたら幸せだろ?」
でたよ、口癖。
ぽんぽん、とウィルの腕を叩いて微かに力が弱まったところで、もう一度体の向きを変えて正面に向き直る。
ウィルは微かに不安そうに私を見下ろしていた。
会ったときからのウィルの口癖。
お前を幸せにしたい。
まるでプロポーズみたいだと思うけど、初めてあったときにそう言ってそのまま押し倒すのはどうなんだ、と思う。
あれからことあるごとに私を喜ばせようとはしてくれるんだけど、絶対どこかずれてる。
魚が食べたいと呟いたら私より大きな緑色の魚を持ってきたり、薬草が足りないとため息をついたら希少なはずの薬草をかご一杯に摘んできた。料理作って、といったときはキッチンを黒こげにしたけど、その次の月に来たとき完璧なフルコースを作ってくれた。
たぶんどこかの貴族なんだと思う。
そして、私を幸せにしたいというのは本心なんだろう。
なぜだか知らないけど。
私はふっと笑ってウィルの頬に手を当てた。
ウィルはちょっと目を瞠ったが、そのまま私を見つめている。
「舞踏会に憧れたこともあったけど、今はそうでもないのよ。綺麗なドレスよりも白衣の方が好きだし、ダンスの仕方も知らないわ。」
純潔を奪ったことを万が一にも罪悪感をかんじてるかと思い、安心させるために言ったので、私の言葉に対するウィルの表情には少し驚いた。
キッチンを黒こげにしたときの顔してる。
ばつが悪そうで、不安なのを押し殺した顔。
どうして?
本当に舞踏会への夢なんてもう持っていないのよ?
「舞踏会に行きたくないのか?」
「そうよ。」
「舞踏会がないのなら行くのか?」
は?
まじまじと顔を見つめても、ウィルの顔は真剣そのもの。
いやいやいや。
「舞踏会がないなら王都に行くかって?」
「そう、行くか?」
「いや、そもそも行く必要がないじゃない?」
私は村と近くの街で医者をしているだけで、王都には王都の医者がいる。
何をしに行けっていうの?
ウィルはなんともいえない悲痛な顔をしたままだ。
私にはたぶん顔中にはてなが浮かんでいる。
ウィルが頬に添えたまま固まっていた私の手をぎゅっと握りしめてきた。
私よりずっと大きく、骨張っていて、冷たい手。
「リーザは、……神の花嫁になるのが嫌なのか?」
低く、心地よく響く声。
言われた瞬間は、何の話か分からなかった。
かみ?
…………神?
たっぷり10秒考えて、やっとあの童話を思い出した。
そういえば、もうすぐ月がふたつ重なるって誰かが言っていた気がする。
ヴィヴァルディアに生を受けた物なら、特にレイゾーン国に生まれた者なら多分誰でも知っているあのお話し。
数千年前交わされた、世界一美しい乙女を神に差し出すという約束。
ウィルはあのおとぎ話をこの勅命と結びつけたのだろう。
こんなに傲慢で俺様なくせに、そういうの信じてるの?
なんだか甘酸っぱい気持ちになって、私は捕まれてない方の手で思いっきりウィルの額にデコピンしてやろうとして、寸前で止められた。
眉を微かに寄せて見下ろすウィルの目に、化粧を終えた私の冴えない姿が映っている。
この男、本気で私が世界一美しいと思ってるのだろうか。
王都に行くことが本当に私の幸せになると?
「あのね、私が生まれてからも2回月は重なったと言われているの。数千年の間、同じように何百回と重なったはず。そのどの時も王城に美しい乙女が集められたと聞くけど、神様が現れたとは聞かないでしょう。」
ウィルは医術や魔術など専門知識は不思議なくらい知ってるくせに、世情のことはほとんど知らないのだろう。専門の医術の知識でさえ情けないことに負けても、私にも教えられることがあると思うとなんとなく嬉しい。
「そしてそのどの時にも、その中から王子が結婚相手を選んだらしいの。だから、これもきっと王子様の花嫁捜しなのよ。伝承を利用した、王族の伝統。」
ウィルは黙ったままだが、少しだけ私を握りしめる手が強くなった気がする。
ここまで言ったら乙女じゃない女が舞踏会にいく危険性を分かってくれたんだろう。
「だから、私は」
「それでも、リーザは行かねば駄目だ。」
はあ!?
文句を言おうとして、固まる。
ゴールドの瞳が、いつもよりずっと熱っぽく私を見つめている。
どうしてそんな目で見るの?
それなのに、私に舞踏会に行って欲しいの?
なんとなくこれ以上見ていられなくて、私はウィルから目をそらした。
「大体、もう登録期限は過ぎてるのよ。舞踏会に行けるのは、登録後の前面接で合格した女の子だけ。5日前に期限は過ぎたわ。」
ほとんどはそこで落とされるという。
舞踏会に行けるのはほんの一握り。
たぶん田舎娘の私なんかが応募したところで合格はもらえなかっただろう。
街の男達に荷物を持たせるときに使う媚は面接官の役になど立たない。
花街で教わった技は別だけれど。
あれらをつかったら、もしかしたら受かっていたかもしれない。
普通の女の子は知らないだろう技々を、診療先の一流芸妓達が私に教えてくれたのだ。
一流の後宮娼婦達でさえ一部しか知らないという秘技も診療代代わりに教えてくれた。
知識としてしか知らないが、それをつかって王子を籠絡、というのは楽しそうとちらりと思ったのは秘密だ。
腕の中から無理矢理出ると、ウィルはじっと眉を寄せて何かを考えているようだった。
それを見ながら何枚も着込みその上から白衣を羽織る。
けれど私は乙女ではないし、一般の女の子達よりずっと性に対して耐性ができてしまった。
麗しいご令嬢として頬を染めるなんてできない。
ウィルが何を言っても、舞踏会には行かない、行けない。
「今は医者してるのが楽しいの。王子様の花嫁なんて興味ないわ。」
そう言い残して、私は家を出た。
「医者、か。」
ウィルが低い声でそう呟いたのなんて、無視して。