第19話:慣れた暗殺
翌日早朝。まだ日が昇る前に、俺は静かに目を覚ました。
昨日は脱出経路の確認後に尾田部隊長の執務室へと向かい、ルートに問題は無かった事を伝えた。なお、ゴミ捨て場のハシゴを降りた所に落ちてるゴミは片付けた方がいいと思う、という事だけは提言させてもらった。今日の避難時に臭い中を歩きたくないという個人的な願望によるものだったが、部隊長は何を勘違いしたのか、俺の提案を聞いて満足そうに頷いていた。
手早く朝食を終えて、集合場所として指定された場所へと向かう。昨日も確認したので迷う事もなく現場に到着し、他のメンバーの到着を待った。
普段朝食を食べ終える頃になって、ようやく全員が揃った。一部の非戦闘員(子供)が行きたくないと駄々をこねて泣き叫んだらしい。親から離れる寂しさから駄々をこねたんだろうが、そのまま来なければ死なずに済んだのにな。何も知らずに我が子を送り出す親も、数日後には自分を殺したくなるほど後悔するだろう。
全員揃った所で、あの脱出経路へと足を踏み入れた。俺は全体の最後尾を担当する。まぁ先頭は無理だな、道が分からん。
例のゴミ捨て場からハシゴを伝って地下へ降りると、昨日散乱していたゴミはキレイに無くなっていた。あの後、部隊長が指示したんだろう。
そして一本道を歩き、突き当たりのハシゴを登り切ると、再びあの防衛拠点の外の森へとやってきた。最後尾の俺がしっかりと蓋を閉じると、先頭の隊員が進み始めた。子供がいるため、歩みはとてもゆっくりだし休憩も多い。このペースで4日間かかるという事は、俺が走れば1日で、走らずに徒歩でも2日半くらいで着きそうだ。
その日は何事も起きないまま、初日の陽が落ちた。
場所を決めるとすぐにテントを立てて野営の準備をしていった。子供たちは移動で疲れ果てていたのか、夕食を食べたらすぐにテントの中で眠ってしまった。
「じゃあ予定通り、2組に分かれて見張りをするぞ」
先頭を進んでいた隊員の指示で、俺は後半の見張りになった。
さて、交代まではまだ4時間ある。割り当てられたテントへと入り、しっかりと仮眠をとる事にした。
「おい、交代の時間だぞ」
方を揺さぶられて目を覚ました。目の前には同じテントを使う事になっていた、前半の見張りを担当していた隊員が立っている。
「もう4時間経ったのか。分かった、行ってくる」
そう伝えて寝袋を片付けてから、テントの外へと這い出て、見張り場所へと向かう。
しっかりと身体を動かして凝り固まった筋肉をほぐし、休憩モードから活動モードへと切り替える。
焦る必要はない。交代直後だとまだ起きている可能性もあるし、1時間は静かに見張りをするとしよう。
暗闇の中、森のざわめきを聞きながら、俺は時が満ちるのを待った。
もういいだろう。1時間は経過したはずだ。動き出すために、再び身体を伸ばしていく。
『交代してから58分が経った所だが、まぁ1時間経ったと言っていいんじゃないか』
(小隊長か。えっ、正確な時間が分かるのか?)
『それくらい朝飯前だ。偵察部隊の小隊長をナメるなよ』
いやいや、小隊長って何でもできるんだな。
戦闘以外の技術に関しては超優秀だったんじゃないか?
敵の能力を自分の脳内に取り込んで使える、魔喰いスキルの便利さに思わず笑みを漏らした。
それじゃあ、活動開始といくか。以前、魔王軍の野営地で教官たち相手にやったのと同じだ。
まずは他の見張りの場所へと足を進める。今回はその時ほどテント同士の距離が離れてないから、最初から他の見張りが見えている。いかに残りの1人に気づかれずに、最初の1人を殺すかが重要だ。そこさえ上手くいけば、後はテンドで無防備に寝ているやつを順番に殺すだけの簡単な任務だ。
「ん? どうかしたか?」
俺が近づいた見張りの隊員はこちらを振り向く。不意打ちをするのが難しいならそれは狙わない。
ちょいちょい。俺は手招きしてこちらへと呼び寄せた。
隊員はそれに応じて、こちらへと歩み寄ってくる。もう少し、もう少し。
「何か異常でもあったの、か?」
隊員が話し終える前に、剣を素早く抜き放ち、首を斬り飛ばした。暗闇の中での不意打ちだった事もあり、隊員は俺の動きに反応できなかった。
何故ここまで隊員を呼んだのか。それは、ここならもう1人の見張りからはテントの死角になって見えないからだ。ゴトリと頭部が地面に落ちる音が多少したとしても、見えないなら問題にはならないだろう。
男の身体が倒れ伏すと、魔喰いスキルの効果で魔力と記憶が流れ込んでくる。膝をついたり、剣を落としたりする事は無いが、この状態で動き回るのはまだ無理か。
「おい、何かあったかー?」
倒れた時の音に反応したのか、もう1人の見張りがテントの向こうからこちらへ声をかけてくる。
頭痛に耐えながら、声をひねり出す。
「すぐにそっちに行くから待っててくれ」
「ん? まぁ分かった」
ふぅ、素直に言う事を聞いてくれて助かった。
魔喰いの頭痛が終わった所で、もう1人の元へと向かう。
「おう、何があっ、た!?」
振り向いた奴の目に映るのは、返り血を浴びた俺の姿だっただろう。
終わりだ。
すぐさま手にしていた剣を喉元へと振り抜いた。咄嗟に後ろへ避けようとしたが、剣は首を深々と斬り裂いた。大量の血を吹き出しながら、2体目の肉体が崩れ落ちる。完全には斬り落とせていないが、助かる事は無いだろう。
死体の偽装工作は後でやるとして、まずは全員を殺すとするか。
まずは護衛のテントへと侵入して、残り3人を1人ずつ殺していく。首を刎ねても良かったが、どうせ偽装するのだし、頭から縦に斬り裂いたり、胴体を真っ二つにしたり、手足に傷をつけたりした。
その後は非戦闘員も殺して回る。
最初の見張りも含めて短時間に20回も魔喰いスキルで魔力と記憶を取り込んでいくと、途中で視界が霞むほどの頭痛に襲われた。また、人類を殺す事により、自分の精神が引き裂かれる感覚に包まれる。だが、それも徐々に慣れていった。慣れとは恐ろしいものだ。
この痛みは他者の命を終わらせた事に対する罰なのだ、俺が悪いわけじゃない、全ては魔王と魔喰いスキルのせいだ。そうやって必死に脳内で責任転嫁をする事で、狂いそうな頭痛と罪悪感に耐え続けた。
最後に見張り2人の身体にも様々な傷をつけていった。剣の切り口をわざと荒らしたり、魔族の爪で引き裂かれたように加工したり、さらには周囲の木々に大きな傷をつけたり。教官の知恵を借りて、偽装工作を進めていく。
ひとまず、これで任務完了だな。
静まり返った野営地。俺は返り血に濡れた剣を鞘に収めて、悲惨な光景をみつめた。
皆、子供たち。
すまない。
今後の戦いのためには、少しでも人類を殺して票数を増やしておかないといけないんだ。そうしないと、魔王軍との戦いで不利になってしまう。
殺したくはなかったが、俺が殺さなければ魔王軍にそのうち殺されるんだ。それならせめて寝ている間に苦しまずに死んだ方がいいだろう。
恨むならこんな事をさせた魔王軍と魔喰いスキル、円卓議会を恨め。
お前たちの魔力と記憶、そして票数は、俺の力になる。
お前たちの無念は、俺が代わりに果たす。
殺した者たちを残して、荷物をまとめて野営地を離れていく。
戦闘で離れたら戻らなくていいという言質も取っているしな。バレずに済むといいんだが。
そうして俺は、月明かりの照らす暗闇の中を、一路北北東へと進んでいく。




