第二十一話:王女の降臨と、最強の「門前払い」 ―そして、現場は魔王城へ―
魔王軍の刺客・リリスがエルのポテチ土産と共に這う這うの体で逃げ帰った数日後。始まりの街クリープには、前代未聞の喧騒が押し寄せていた。 街の入り口からインバのボロ家の前まで、目も眩むような金色の絨毯が敷かれ、王宮騎士団のファンファーレが鳴り響く。
「……おい、ニーナ。なんだあの金ピカの集団は。道路交通法の邪魔だろう」 ツナギ姿でシャベルを肩に担いだインバが、眉をひそめて呟く。
「な、なによあれ! 王家の紋章じゃない! まさか……」 ニーナが嫌な予感に胸をざわつかせていると、豪華絢爛な馬車から、一人の美少女が降り立った。王都第一王女、カトリーヌ。その背後には、山のような貢物と、「祝・御成婚」と書かれた巨大な看板を掲げた騎士たちが並んでいる。
「インバ様! 貴方の武勇は王都まで届いておりますわ。魔導戦艦を拳一つで退けたその御力……ぜひ我が王家の婿としてお迎えしたいのです!」
その瞬間、インバの家の周囲の温度が氷点下まで下がった。 ニーナの背後に浮かぶ神威、リリィの杖から漏れる火花、クラリスの「慈愛(物理)」に満ちた微笑、そしてエルの冷徹な眼光。
「ちょっと待ちなさいよ! この男は、私の……私の修行用検体よ! 王女だろうがなんだろうが、割り込み禁止なんだから!」 ニーナが叫ぶが、王女は余裕の笑みで貢物の宝箱を開け放つ。
「見てください、この伝説の魔銀製のシャベル、そして不壊の金剛石で作られた一輪車! これをすべて貴方に差し上げますわ!」
周囲の民衆からは歓声が上がる。だが、インバの反応は違った。 彼は無造作に歩み寄ると、伝説のシャベルを指先で軽く弾いた。
「……ダメだな。これ、重心が高すぎて長時間の掘削には向かない。それに一輪車も、車軸のベアリングが魔法頼りで強度が足りない。こんなの、現場じゃ一日で壊れるぞ」
「え……?」 王女の顔が硬りつく。
「悪いが、俺は今の現場が忙しいんだ。おまけに、このボロ家にはこれ以上荷物を置くスペースもない。……ニーナ、こいつら邪魔だから、まとめて『不法占拠』で強制退去させてくれ」
「喜んでぇぇ!!」 ニーナが指を鳴らした瞬間、インバが放った精密な空気の波動が、王家の金ピカ集団を優しく、しかし抗いようのない圧力で街の外へと「掃き出した」。
「お待ちになってぇぇ! インバ様ぁぁー!」 王女の悲鳴は、彼方へと消えていった。
第2幕:決意の現場直行
王都の集団を追い払ったインバだったが、その表情は晴れなかった。 彼は、エプロン姿でポテチを食べているエルをじっと見つめる。
「……エル。魔王っていうのは、そんなに俺に構いたいのか?」
「あら、インバ様。あの方々は退屈しておりますのよ。特に貴方様のような『規格外』を見つけてしまえば、手に入れたいか、壊したいかのどちらかですわ」
「迷惑だな。……このままだと、毎日誰かが家の前に看板を立てに来る。モコの安眠にも関わるし、何より仕事が捗らない」
インバは、使い古された自分のシャベルをぎゅっと握りしめた。 レベル20、そして覚醒しつつあるレベル25の力が、彼の体内で静かに唸る。
「……ニーナ。修行の場所を変えるぞ。魔王城だ。あそこの主に、直接『現場の邪魔をするな』ってクレームを入れてくる」
「ええっ!? 魔王城に直談判に行くの!? ……でも、そうね。あんたの平穏を守るのが私の(恋する乙女としての)使命だもの! 行ってやろうじゃないの、世界の果てまで!」
「お兄ちゃんが行くなら、私も行く。お弁当、いっぱい作るね」 モコがひょっこりと顔を出す。
「私も行くわよ! 爆裂魔法の新しい実験場にぴったりだわ!」 「インバ様の行く道こそ、私の歩む聖道ですわ!」
こうして、土木作業員、ポンコツ女神、爆裂娘、腹黒聖女、家政婦吸血鬼、そして妹という、史上最も「公私混同」したパーティが結成された。
第3幕:魔王城、震える
数日後。常に暗雲に包まれ、誰も近づくことのできない「絶望の地」に建つ魔王城の正門前に、一台の質素な馬車(インバが空気の足場を組んで爆走させた超高速仕様)が到着した。
門番の魔族たちが槍を構える間もなく、インバは馬車から降り立ち、巨大な城門を見上げた。
「……おい、この門。ヒンジが歪んでるぞ。建付けが悪い。……これじゃ、有事の際に閉まりきらないだろう」
インバは、自分の指先に「事象の固定」のイメージを込めた。 レベル25への予兆。 彼が門に軽く触れた瞬間、城門全体を覆っていた禍々しい魔力の結界が、まるで「古い壁紙」が剥がれるようにパリパリと砕け散った。
「な、何者だ貴様はぁーっ!」 駆け寄る魔族兵たちに対し、インバは空気砲すら使わなかった。ただ、一歩踏み出した。
――ズ、ゥゥゥン!!
魔王城全体が、大地震に見舞われたかのように激しく揺れる。 城の尖塔が一本、物理法則を無視した角度でひん曲がった。
「……あー、悪い。ちょっと地盤が緩いな。……おい、魔王! 居るんだろ! 営業妨害の件で話がある! 出てこい!」
インバの声は、ニーナの拡声魔法を介さずとも、城の最深部まで「物理的な衝撃波」となって突き抜けていった。
玉座の間。 震える玉座の上で、魔王は生まれて初めての恐怖を感じていた。 かつて世界を滅ぼそうとした強大な魔力すら、外から響く「建付けが悪い」という真っ当な技術者の指摘に、完膚なきまでに沈黙させられていたのである。
「エ、エルゼよ……。貴様、一体何を連れてきたのだ……」 魔王の呟きに答える者はいない。 なぜなら、そのエルゼ(エル)は今、城の廊下で「ここの床のワックスがけが甘いですわね」と、インバの隣で掃除の準備を始めていたからだ。
最強の土木作業員による、魔王城の「劇的ビフォーアフター(物理破壊編)」が幕を開けようとしていた。




