誰にも言えない想いを胸に
学校が始まるなり、フェイトは今までのシキブ達との事はひとまず置いておくことにし、まずは自分の鍛錬を始めた。
(神話クラスの敵なら今のままでも3カ月後の俺でも勝てる気はしない。--でも何もやらないで成長しないままよりは0.1%でも上がるかもしれないんだ)
自主練習は言うでもなく、アマリリスに訓練を付けてもらうことにする。
たった数日でもフェイトはアマリリスに師事して実力が伸びたのだ。3カ月あればもっと結果が変わるかもしれない。
そんな学校の誰をも巻き込まない秘めた決意は、早々に仲間にバレていた。
「フェイト、今日気合入ってるわね。……というより気合入り過ぎじゃない?」
一緒にトレーニングをしているレイから指摘され、フェイトは早速内心で汗をかいた。
「い、いやー早くアマリリス先輩に追いつきたいしさ、この間の校内戦でも俺キャロルル先輩に負けたじゃん。魔法無しでも最低あの人は超えていたいんだよ」
「……ふーん、やる気あるのはいいけどフェイトだってそんな急に強くなれないのは知ってるでしょ?キャロルル先輩だって性格こそアレだけど、実力は4年生に混じる位だし目標としては遠くない?」
なんだかんだレイが探りを入れているのが分かる。そりゃ今までこんなに真面目にトレーニングしたことないから疑われて当然だけどさ。
「いいんだよ、折角アマリリス先輩に訓練してもらえるんだからその位口に出して有言実行しておかないと!」
「ま、いいけどね。なら先生ー!フェイト素振りの重し後10kg増しでやりたいそうです!!」
「頼んでない!頼んでない!?レイ、段階を2つ位すっ飛ばしてるからな!?」
そんなフェイトの悲鳴も「なんだ、20kg増しか。早く言え」
とギルバード先生の豪快な無茶振りで更に加速して、どうやら今日は肩が早くも外れそうだった。
「……という訳なんです、すみませんがトレーニングを実践形式でやるのはちょっと」
放課後になりフェイトとレイがアマリリスの自室を訪ねて早々に切りだしたのが、トレーニング内容の変更だった。
「お疲れ様だ、フェイト。それじゃ今日はスピードを中心としたメニューに変えようか。足なら問題ないだろう?」
こちらを気遣ってくれるアマリリスは美人で気立てが良く、隣の同級生とは大違いだ。
「ありがとうございます!やーやっぱりアマリリス先輩は優しいなー、どっかの誰かと違って」
そんな棒読みで責任を感じさせようとしても、レイはそっぽを向いたままこちらに視線を合わせようともしないので表情の変化は計れない。
「それじゃ、二人共準備はいいか?このシューズを履いてダッシュ1往復、今日中に終わればいいから」
そんな台詞の意味が分からずに、後でアマリリスの方こそ鬼教官だと知ったのは訓練が終わった後のことだった----
「お疲れ様、なんだかんだで走破出来たんだな。これ使って走れる人は久しぶりに見たよ」
声の調子こそ少し軽く明るいが、当の本人達から言えばそんな余裕はない。
「こ……この靴……」
「重い……」
嫌な予感はあったのだ。アマリリスが2足分シューズを地面に落した時に靴ならざる音が響いていたのだから。
ズズゥーーン----
まるで特大の鉄球でも落としたかの如く、床だけでなく建物自体が振動したのだ。
顔が引きつりそうになるのを堪えて、履き替えてみると案の定靴は持ち上がらなかった。
ちなみに両手で持ち上げてやっとだったりする。
勿論片足だけで靴を持ちあげ前に進まねばならないため、ひたすら足に力を入れ続けた。
最初は力の入れ所が分からず、一歩歩いては全力で疲弊し、休んで、また一歩歩く。
ということをひたすらに繰り返した。
途中からは、疲れてきたこともあるのか慣れもあったのか力の入れ方が段々と分かってきて、より少ない労力で最大の結果を出そうと身体が順応したかのように歩き、夜遅くになってようやく走破できた。
「やっぱり今年のルーキーコンビは凄いな。4年生位になればこれを使って訓練する人も出るが、3年生位では歯が立たない訓練だったというのに」
そんな訓練をやらせたんですか、と内心思ったがこれもフェイト達を思っての考えだ。
素直に甘んじておこう。
「さて、もう時間も遅くなってしまったし今日は消灯して明日また訓練だな」
明日腕と足が動くだろうか?そんな不安が残るような訓練だったが、これで強くなれるのならば本望だった----
疲れ果てた体で家に帰ると、そこには見慣れない靴が玄関にあった。
一体誰だ?父の客人かとも思ったので邪魔してはいけないと思い、そそくさと自室へと引っ込もうと思ったのだが、
「フェイト、ちょっとこっちにきなさい」
と父親に言われてしまってはしょうがない。フェイトは着替える間もなく客室へと入室した。
「失礼します」
遠慮がちに部屋へと入ると、そこには----
クリムゾンレッドのマントを羽織るこの国の騎士が居た。
我が国ローウェン国では騎士に支給されるマントの色は、鮮烈なクリムゾンレッドなのだ。
勇猛さを示すその名に恥じぬ騎士、という象徴らしい。
更に巫女姫シキブ、九行なずなまでいる。
----一体どういうことか?
そんな様子を見て、騎士の方が席を勧めてくれる。
「どうぞ、ここは君の自宅だし遠慮することはない」
「ハッ!!」
やはり癖が抜けきらず、思わず敬礼してしまったが別段気にした風でもなく着席した。
もしかすると、案件は隣の二人絡みだとは予想できた----
「さて、初めまして。私はローウェン国所属騎士団第二師隊隊長を務める、カーディナル・ルーファンだ。よろしく」
まさかローウェンに三人しかいない隊長の一人に会えるとは思わなかったが、頭で考えるより先にフェイトは椅子から立ち上がり行動していた。
「騎士学校ナイツォブラウンド所属1年、赤魔騎士フェイト・セーブと申します!どうぞよろしくお願い致します!」
ルーファンは頷くと、フェイトは再び着席する。
改めて見つめてみると、真っ白な長髪で端正な顔立ちは若くして昇りつめたエリート風にも見えるが、腕についた筋肉は鋼のように固くまた無駄な筋肉をそぎ落とした騎士の腕だ。
白く伸びる髪は男性にしては特徴的に見えるが、もしかしたら彼の家のしきたりなのかもしれない。
白の髪をもつ民族は総じて数が少ないため、名前等は分からないがその風習の名残であると考えると納得できる。
「さて、用件に関してなんだが実は君の父親より通報があってね。巫女姫シキブに関する事柄で報告があると。
早速聞いてみると国王に取り次ぐ内容であり、国王もついにきたか、と準備を始められている。その点に関しては巫女姫シキブを不安にさせていたことについて謝罪をした」
なるほど、シンからの告げ口で父が国王へと取り次いだのか。
「八岐大蛇が復活する等過去最悪の事例の一つだ。----そこで、私の大隊に対して討伐命令が下った」
国が動いてくれるのならば一安心、と誰もが思うがフェイトは納得していなかった。
「動くのはルーファン様の部隊一つだけで?」
その問いは失礼であることを承知だったが、聞かずにはいられなかった。
「勿論だ、後詰めに何隊か借りる手筈にはなっているが討伐に関しては我が隊に一任されている」
どうやら、シキブが表情を殺して黙り込んでいるのはこれも原因の一つみたいだ。
「ルーファン様は八岐大蛇の力がどれくらいだと予測されておりますか?」
だが、その問いに返されたの冷ややかな視線だけだった。
「君は我が隊を愚弄しているのか?正式な騎士と魔法師100人からなる我が隊はこの国に三隊しかない貴重な戦力だ。それを易々と動かせる事情は君たちにはない。
むしろ我々が敗北すれば我が国で止める力はない」
それは絶対の自信であり、絶対の油断であった。
見ただけで分かる、ルーファンも幾つもの死線を潜り抜けてきた本当に強い騎士なのだと。
だがなまじ勝ち続けてきてしまったせいか、自信が付き過ぎている。
戦場において怯えと同じ位致命傷に成り得る慢心として。
確かに妥当に考えれば国がモンスター討伐に向かうのは、小隊、もしくは中隊程度だ。
ローウェンではそれほど強力なモンスターが出る訳でもなく、唯一出た例とすれば先日の召喚獣ヘカントケイル位なものだ。
しかし、それも騎士団が到着せずともアルト王に討伐されている。
騎士団はヘカントケイルを見てすらいないのだ。
あの圧倒的な力を前にしたフェイトからすれば、大隊でも足りる相手か判断出来ない程だ。
少なくとも、八岐大蛇も同格にみて間違いないだろう。
国王もそれだけの判断を残しているからこそ、最初から半端な事はせずに大隊を注ぎ込んだのだろうが、判断が甘い気がする。
政治的な駆け引きや、王城の警護の点から言っても確かに三大隊突っ込めとは言えないが、万全を期すならば二大隊欲しい。
だが、そんなフェイトの願い虚しく----
「その中で君の名前が出てきた。--赤魔騎士フェイト君。君はアルト王の一件において我が騎士団では知らぬ者はいない程有名になった。
……しかし、君はまだ所詮子供だ。その君が八岐大蛇等という化物の戦いに関与するようならば、我々は君を止めなくてはならない」
どうやら話が見えてきた。フェイトの自宅にいたのはフェイトにこれ以上関わるなという、忠告。--いや、警告らしい。
「既に交代で九頭竜神社には見張りを付けている。化物の言う事等当てにはならないから、予告より早い目覚めも当然あり得る。
我々としてはこれ以上人員を割きたくないのだ、分かってくれるかな?」
戦力外通告----
フェイトの事を噂でしか知らない騎士団に取っては当然の判断だった。
「巫女姫シキブの事はこちらで身の上を預かり、絶対の安全を保障しよう。
--君は将来有望な騎士だ、ならばこそこんな寄り道で将来を危なくしてはならない」
親切この上ない言葉だが、心底余計なお世話だ。
フェイトは我慢出来ずに言い張ってしまった。
「御言葉ですがルーファン隊長、私には既に巫女姫シキブを支えるという契約があります。
この言葉を違えるのは騎士としての恥、貴方も騎士であるならば契約を違える恥辱は分かるはずです」
「気持ちは分かる、だがこれは子供の遊びではない、首を突っ込むことでもない。君達は子供なのだ。心も体も何もかもが我々には届かない、分かってくれ」
「分かりません!俺はシキブの側にいます、戦闘の邪魔をする気はありませんしいざとなればシキブを連れて逃げることだって出来ます。それでも----」
その先は言葉にならなかった。
目の前に座っていたはずのルーファンが消えて、自分は宙を舞っていた。
ドシン!
「ぐっ」
うめき声と共に肺から酸素が吐きだされて途端に苦しくなる。
シキブもなずなも、父も驚きで目を瞠っている。
「----口だけは達者なようだが、今目で追う事すら出来ていなかったな。それでも役に立てると?
……我が騎士団に今の動きを目ですら追えない弱者はいないのだ。冷静に考えることだな」
フェイトを床に叩きつけた本人は客室のドアに手をかける。
「……父君も君を心配しておられる。君が戦線を外れることで安心する者がどれだけいるか考えてみるのだな」
言葉を残し、実力の差だけを見せてルーファンは去った。
■■■■■■
ルーファンの言葉は彼独自の観点や主張もあっただろうが概ね正しい。
特に最後に言い放った、フェイトが弱者である、ということは----
「フェイト、そういう訳だからあなたも気にしないようにして。きっとなんとかなる」
無表情でこちらにそう告げるのはシキブだ。
(--何がなんとかなるだ、その感情を押し殺した心では絶対にそんなこと思っていないじゃないか!)
だが、言い返すだけならば誰でも出来る。
今出来なかったのは、ルーファンの言葉と行動が全てを示してしまったからだ。
フェイトではシキブを守れない、もし守れるのだとすれば国だと。
「なずな、帰りましょう。夜分まで失礼しました」
父親に礼をしてから立ち去るシキブとなずな。
シキブはこちらを向くこともせず、ただただ顔を下に向け誰からも表情を見えないようにしていた。
なずなもそんな心を知ってか、フェイト達に礼だけして一緒に帰ることにした。
だが、フェイトはそれでも言う事にした。
力が今はどれだけ足りなくても、力以外でシキブに届くものがあると信じて----
「シキブ!!」
玄関から出てすぐ、フェイトはシキブ達を呼び止めた。
困ったような表情を見せるなずなとは対照的に、シキブは一切こちらをみようとしない。
その後ろ背にフェイトは叫んだ。
「俺、まだ弱いかもしれない。違う、弱いけど!でも俺はシキブを諦めない!!シキブには九行先輩だってリードだって、俺だっている!!誰も見捨てない!!」
聞こえているのかは分からない、シキブはまだ黙って地面を向いたままだったから。
「シキブ!約束だ、一ヶ月だけ待っててくれ!それで俺は騎士団に追いついてやる!!」
無茶な、なずなは苦渋の表情を見せた。
仮にもアマリリスならば今すぐでも騎士団入り出来るが、騎士団の最低ラインは今いる5年生の誰かですら追いつかなくてはならない。
一ヶ月で超えられるならば、とっくに騎士という人材は世に溢れかえっているだろう。
そんなバカげた子供の約束に、シキブは振りかえってフェイトに目を合わせながら口を開いた。
「……大マケにマケて二ヶ月よ!それまでに強くなってきなさい!!」
親友の意外な発言になずなは目を丸くする思いだった。
(シキブがこんな子供っぽい約束をするなんて)
いや、どちらにしても不可能なことだ。
一ヶ月が無理でも二ヶ月なら----なんてことはない。
もしかして、もしかするならば二年あれば、と思えるがシキブにそんなリミットはない。
この強情な親友の最大の譲歩は、きっとフェイトに対して初めて見せた信頼の証なのだろうか?
フェイトは頷くと、また声高らかに叫んだ。
「シキブ!!なら御言葉に甘えて二ヶ月だ!寂しくても泣くんじゃないぞ!!」
そんな年下の挑発に、お姉さんのはずのシキブまで存分に乗ってしまっていた。
「上等よ!やれるもんならやってみなさい!!せいぜい頑張ることね、ま、あんたこそキツくて逃げないようにね!」
そんな喧嘩だか、じゃれ合いだかを見せてこの二人は短くない別れをした。
なずなはシキブと歩きながら帰る最中、シキブに尋ねていた。
「シキブ?シキブらしくもないあのじゃれ合い、いつの間にあんなに仲良くなってたの?」
知っていながらからかうなずなに対し、
「なずな、どこが仲良く見えたのよ。二ヶ月で騎士団追いつくですって?やれるもんならやってみろって話なのよ。一ヶ月が二ヶ月に変わろうと意味なんてないのよ」
もしかして、あれは諦めて忘れろという解釈だったのだろうか?
「何よ、あんな子供騎士。いっつもバカみたいに突っ走って、それでも手放さなくて、なんなのよあのしつこさ。
--本当、バカ」
なずなはシキブの頭を撫でながら答える。
「それがフェイト・セーブなんだろう。彼なら一度決めたお姫様は絶対に見捨てない、彼は本当に純粋で真っ直ぐなんだ」
そんな感想を述べていると横から挟む口があった。
「知ってるわよ、バカ」
このどうしようもない意地っ張りの友人だが、今は救われて欲しいとつくづく願った。
自分とこうやって帰り道一緒に喋りながら帰ったり、学校でフェイトみたいな友達とはしゃいでいる未来がこの娘にもあればいいと切に思う。
「…………フェイト、待ってるから」
誰にも聞かせるはずのない言葉だと知っているからこそ、なずなは聞こえていない振りをし続けた。
フェイトは家に帰るなり、父親に対して宣言した。
「父さん、俺絶対にシキブを守るから!!」
それだけ言ってフェイトは自室へと閉じこもってしまった。
そんな親子喧嘩にタオルを投げたのは、妹のアイリスだった。
フェイトの部屋に恐る恐る入ると、様子見や伝言等を兼ねて喋ってこようと思ったらしい。
「お兄ちゃん、喧嘩は良くないよ。それよりもお兄ちゃんがいなくなるのが嫌だよ」
アイリスはアイリスなりに考えてから来たのだろう。
事情を聞いているみたいだし、その上で兄であるフェイトがいなくならないで欲しいとせがんでいるのだ。
「喧嘩はしてない、意地の張り合いなだけだ」
「それを喧嘩っていうんだよ」
「それに俺はいなくならないよ、絶対に生きて帰る。……こんな手間のかかる妹がいるんだ、俺がいなくなったら誰が面倒みるんだよ」
「そんなに手間かかってないもん!お兄ちゃん、お兄ちゃんしすぎ!私だって入学してからドンドン成長してるんだからー」
「……??背丈変わってないぞ?……もしかして体重か?」
「お兄ちゃんのバカー!!心配して損したー!!!」
ちょっとからかいが過ぎたのかもしれない、アイリスは勢いよく部屋から飛び出して壁に派手にぶつかり痛がっていた。
それでも痛いとも言わず、涙も閉まったまま自分の部屋まで帰れたのだ。
「……成長してるのは知ってるよ、自慢の妹なんだ」
アイリスのためにも自分が死ぬことは許されない、同じく両親のためにもだ。
そして、何より友人のゲイト、ピア、レイ、リード、ディーバ、アマリリス。
それにシキブやなずな本人達にとっても、遠く離れたアルト王とユキ姫のためにも。
「いつの間にか俺色んな人と関わってるんだな」
誰もが大切で、誰も失いたくない。
たった一人のお姫様を見つけ、そのたった一人のために生きようと思っていたフェイトからすればこれだけ多くの友人を持てたことは本当に幸運だと思う。
「……絶対追いついてやる」
思い出すだけでも遥か遠くに見えるルーファン。
あまりにも遠く大きい背中に足が竦みそうにもなるが、追いつかなければ失うだけだ。
弱気な自分を捨て、フェイトは早速自主訓練に入ろうと思った。
何せこの部屋にいると、成長したと思った妹の痛がって泣いている声が聞こえてしまうからだった----