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騎士学校の俺と俺だけの姫様  作者: スピキュール
呪われた巫女姫
38/58

封じられた神

 「それは----」


 九行先輩が重たい口を開き、声に出した時にはすでにフェイトは呪いに掛けられていたのかもしれない。


 「封じられているのは、八岐大蛇。古来より伝わる神話時代の化物だ」



 しん------


 

 ……なんということだ、封じられているのはほぼ誰でも知っている程の化物だったとは。

 ついこの前みた召喚獣ヘカントケイルだって神話クラスだ。フェイトでは話にならない。

 いや、騎士王を以っても一人で討伐出来たのは奇跡に等しい。本来それほどの大物ならば、国が大部隊を派遣するレベルだ。

 ……いや、大部隊(騎士と魔法師含め100人)でも二部隊は欲しいかもしれない。


 「フェイト、ちょっと黙っていて下さい、九行、あなたがフェイトを頼りたい気持ちは分かりますが、そもそもこれは個人の手に負えるものではありません。速やかに教師を通じ国に部隊の派遣要請を--」


 「待って!」


 シンの言葉を途中で遮る形で九行先輩が叫ぶ。しかし、シンは全く怯まない。


 「申し訳ありませんが、学生で手に負えるレベルではありません。フェイトも分かっていますね?これは決闘やお遊び、ましてや命を賭けても手に負えません。聞かなかった事にするべきです」


 「シン、でも!!」


 「フェイト、あなたの悪い癖です。多少なら無茶も聞きますが、あなたは目の前の物事全てを背負い過ぎる。それはあなたの美徳であり、欠点でもあります、努々自覚するよう申し上げます」


 シンが、こんなにハッキリとフェイトに引かせるよう言ったのは初めてだ。

 ……本当に、こっちの事を心配してくれているからこそ言いにくい欠点すら指摘してくれる。


 「待って、話した事は悪かった、謝る。でも話を聞いてくれ!」


 「フェイト、聞く理由はありません。あなたがすべきことはこの話を忘れること。それだけです」


 「……っ!!」





 でもそれでいいのかよ?

 先輩の言う事を何も聞かないで、耳を塞いで自分には関係無いって。

 それで自分だけの姫を探して、この巫女姫を九行先輩を見捨ててノウノウと生きる。


 …………


 そんなの、出来るかよ!!





 「話しだけは聞きます」


 「……やっぱり説得出来ませんでしたか」


 シンが寂しそうに言葉を漏らす。--でもシンが悪いわけじゃない、これは全部自分の心だから。


 「シン悪いな、話を忘れないよう録音を頼む」


 「……分かりました」


 これが限界の譲歩だったのだろう。フェイトが暴走しそうな時はこの会話を教師にそのまま伝えればいい、いざという時のブレーキ役だ。


 「……本当にごめん、でもまず聞いて欲しい」


 こちらに謝り居住まいを正す九行、正座に直した上でこちらに頭を下げる。


 「これから話すことは、出来れば内密にお願いしたい」


 フェイトとしては何とかしたいが、それでもシンがブレーキとなってくれるなら突っ込める。


 「分かりました、ただ俺が解決出来るとは限りませんが」


 それだけ伝えると、九行は面を上げてくれた。


 「それで十分だ」


 --そして呪われた話しが滔々と始まった。






 今から二千年以上も前、真奈の血族の御先祖様が当時横行していた八岐大蛇を倒すため、立ち上がったそうだ。

 八岐大蛇は洪水を自在に起こすといわれ、その氾濫を止めるために年に一度美しき娘を贄に捧げる必要があった。

 しかし、それを止めたいと思う者も勿論いたわけで、その者はその年捧げられる贄の娘に恋をしていた。

 男は山を越えた先にある仙人の里へと訪れ、十束剣という化蛇をも切り裂く剣を授かった。




 そして儀式の日、娘に化けた男は大蛇が出て来るのを待った。

 八岐大蛇は大層な酒好きであったため、生贄の娘を喰う前にしこたま酒を飲んだくれた。

 だが、用意された酒には強力な眠り薬が入っており、八岐大蛇は娘を喰らう前に寝潰れてしまったそうだ。

 そこを娘に化けた男が隠し持っていた十束剣で八岐大蛇の首を刎ね、一件落着となった。





 「……?それのどこに封印される余地があったんだ?」


 フェイトが疑問に思ったのはそこだった。今八岐大蛇は封印されているはずである。しかしそれならば生きているはずだし、倒せなかったということだ。

 辻褄が合わない。


 「まあ待て、今聞かせたのが一般の伝承。多少解釈の違いがあっても伝わっているのはこんな所だろう。……そして、今聞かせたのと結末が違う、本来の歴史がこれだ」


 



 八岐大蛇が寝潰れ、首を刎ねるまでは良かったのだが、首を一つ刎ねた所で八岐大蛇が起きてしまったのだ。

 男は大蛇が起きる気配に気付き、急ぎ首よりも先に胴に存在する心の臓を貫こうとした。

 だが、痛みで起きた八岐大蛇は暴れ回り男は胴に容易に近づく事が出来ない。

 そこで、渾身の力を以って八岐大蛇の心臓を貫かんと剣を投げた。

 剣はとても鋭く投擲され、残る七つの首を避けて見事心臓を貫いたのだ。

 



  ----しかし、それでも八岐大蛇は静まらなかった。

 まるで残った七つの首がそれぞれ生きているかのように、動き続けたのだ。

 すでに心臓を潰された八岐大蛇は動く事は叶わなかったが、その人外たる血を吹きこぼし、たちまち辺りの地面を腐らせた。

 さらに、その血に呼応するかの如く川が氾濫し男は流されてしまった。






 数日後、意識を取り戻した男が村に戻ると、それは悲惨なものだったという。

 村は濁流に飲まれ半数以上の者が無くなり、家は壊滅し、育てた作物も、飼っていた家畜も無に帰していた。

 絶望にくれる男に掛かった声は、


 「疫病神」「悪魔の子」「災い」「全ての元凶」「悪」


 それだけだった。

 

 村を追い出された男だが、男を追う者がいた。

 そう、生贄になるべく美しき女だった。

 彼女はこういった。


 「私を仙人様の御許へ連れていって下さい、私が村を守ります」


 と。



 男は当初反対したが、娘は言う事を聞かずに結局二人は仙人の下を訪れる事となった。

 そして、仙人はこう言った。


 「もはや魂ごと滅する機会は失われた、然るべく手段は封印しかない。その封印とは人柱を用いてのものしか、もはや残されていない」


 男は悩んだ、自分がなれれば良かったのだが生憎封印に使える人柱は、巫女のみ。

 助けた娘がなるしか道は残されていなかった。

 残された男に娘はこう言い残した。



 「私の中にはすでにあなた様の子がおります。私が亡き後、我が子に呪われた運命を残してしまうのは、親として不条理なものですが、後は頼みます」


 そして、娘は女子を出産した後人柱となり八岐大蛇を沈めた。






 「……」


 昔話の捏造、改変等よくあるものだが歴史を伝える家系が二千年も前かた引き継いできたものは、重みが違う。


 「……話はここからだ」


 今までのはあらすじ、何故こうなったのかを伝えるためのものでしかない。

 巫女姫シキブが封印の儀式を続けている理由を知るには、この先の話を聞かなくてはならないのだ。


 「……お願いします」


 フェイトは強く頷き、覚悟を決めると、九行はまた語り出した。


 「それから----」






 八岐大蛇を封印後、男は授かった女子を育て立派に嫁がせた。

 だが、悲劇は終わらない。

 封印は巫女の血でのみ効果を発揮し、強まるものだったが抑える対象が強すぎた。

 初代巫女は強き霊力を併せ持っていたが、娘には受け継がれなかったのだ。

 娘の霊力では封印を抑えることができず、下手すればすぐに封印が解ける事となっていた。

 この事態に苦慮し、男と娘、そして夫となった三人は三日三晩寝ずに考えた。

 



 そして、霊力を強めるため禁じられた呪いを娘に授けることとなる------

 切り落とした八岐大蛇の首の一つ、それは十数年の時を経て尚瑞々しいほど褪せていなかったのだ。

 その首から流れる血もまた同じ、総量こそ減ったものの未だに血を保っていたのだ。

 そして、この時、この瞬間に呪われた運命が決定する。

 


 娘の霊力を高めるため、大蛇の血を娘に飲ませたのだ。






 「っ!!」


 あまりの残酷さに、冷酷さに反吐が出そうになった。


 「……これが、人間のやることかよ!」


 そして気付けば叫んでしまっていた。


 「フェイト、抑えて」


 シンが懐から慰めを掛けてくれるが、耳に届かない。


 「なんだよ……なんだってんだよ!!どうしてそんなことを----」


 「それはね、守りたいものがあったから」




 ふと、突然見知らぬ声がフェイト達の間から聞こえた。

 背を起こし、目を開いてこちらを見つめるのは、巫女姫シキブだった。


 「あなたには分からないかもしれないけれど、あれが復活すれば数万、いえ数十万の人が犠牲になるの。何も知らないあなたに否定される云われはないわ」


 こちらを射殺すように睨みつけ、敵と味方の線引きをするシキブ。

 そんな彼女に、


 「なんだ起きてしまったのか」


 そう呑気な声を掛けるのは、九行だった。


 「ええ、誰かさんの声が五月蠅くてね。……それで、ここから先は私が説明しましょうか」


 九行に代わり説明を申し出るシキブ。しかし、


 「そうだな、私よりシキブからの方がいい。よりデリケートな問題になるしな」


 「そう、じゃあ聞かせてあげましょう。折角なずなが連れてきた客人ですもの、出せるもてなしは全部出さなきゃ」


 そういって、意地悪く唇の端を吊り上げると話を再開させた。






 大蛇の血を飲んだ娘は、霊力が飛躍的に高まり流す血によって再び封印を形作ることに成功した。

 封印は強固なもので、十数年に一度一滴血を垂らせばそれで封印を強固出来る簡単なものだったらしい。

 代々彼女の家系はその封印の事を必ず伝えるよう娘と夫に言い聞かせ、決して家系を途絶えさせなかったらしい。

 不思議なことにその家系からは女子のみが生まれたが、それは好都合だった。

 巫女の血でしか封印出来ぬのならば、男子はいらなかったからだ。

 こうして女子は夫に嫁ぎ、封印を何代にも、何十代にも渡って繰り返してきたのだ。





 そんなある時、誰かが気付く。


 「封印の儀を行う回数が増えている」とね。


 封印の儀は十数年に一度、それも血の一滴で済んだはずが、数年に一度、それももっと多くの血が必要となってきた。

 この異常事態に気付いた時には、八岐大蛇の危険性は神話で見聞きするものと大差なく、人々の頭からは完全に消えていた。

 実際に脅威を感じるのは巫女だけだった。……封印が緩んでいる、この奥から感じる視線とおぞましさはとても口では表現出来ぬ程だったと。

 


 だが、結局は封印を続けるしかなかった。下手に封印を解いて戦おうと思っても十束剣はもう失われ、それに初代巫女の夫である男より強き者がいなかったからだ。

 誰もが不安に怯えながらも次代に回してきたツケ、それが今代の巫女真奈式部の代でとうとう払う事となった。






 シキブが15歳になり、儀式を行うことになった初日既に求める血の量は手を差し貫いて流すような、多量の血が必要だった。

 そして、シキブが封印をするため血を染み込ませた時、脳裏に言葉が掠めた。


 「娘、汝の血でとうとう我は現世に甦る。さあ、もっと血を寄こせ」


 シキブは恐怖で立てなかった。両親に連れられて戻ったのはいいけれどその話を両親にすると、


 「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」


 謝られるだけだった。

 謝罪が欲しかった訳じゃない、少しでもこの苦しみ、重圧を分け合ってくれるだけで良かった。

 

 でも、両親は今までのツケを回してきてごめんなさい。

 娘にこんな業を背負わせてごめんなさい、そう神に懺悔するよう呟くばかりだった。





 この日を境にシキブの全てが崩れた。

 どんなに取り繕っても、八岐大蛇の声が脳裏から消えることはないし、日増しに大きくなってくる。

 本当に参った、左手の傷も痛かったけれど、何よりも自分がそんな化物を解き放ってしまうことが何より怖かった。

 巫女の権限を使って、国王に頼んだこともあった。

 しかし、その結果は……



 「出来る限り抑えてくれ。どうしても封印が解けそうな時は事前に連絡をくれれば大部隊を送って、八岐大蛇を討伐しよう」



 笑える話だ、それまでずっとシキブに苦しめと言っているようなものなのだ。

 それが三年前だから、三年も苦しめと言ったことになる。

 それに抑えているシキブだからこそ分かるが、あれは化物そのもの。

 騎士や魔法師が束になろうと勝てるものではない。仙人の持っていた十束剣という神器があったからこそ、封印出来たもの。




 だから、私は諦めた。いっそすぐに解き放ってやろうかと思った時もあった。

 ……でも、怖かった。封印が解けてしまった時に向けられるだろう、全ての人間の視線が!!

 結局臆病で在り続けたシキブは、ずっと痛みも涙も堪えてこんな下らない儀式を続けてきた。


 唯一分かってくれたのは、なずなとリードだけ。

 二人はこの重荷を怖がる事無く、受け取ってくれた。呪いのように重いこの荷物を----




 「どう?フェイト・セーブ。貴方にこの重荷が背負える?」



■■■■■■




 ここまで聞き、ようやく理解できた。

 国に頼らない理由、それはもう頼っていたからだ。だが、少女と呼べる程の女の子がいつ破られるか分からない封印に怖がっている時に、国は何もしなかった。

 

 それが、トラウマとなりもう信用していないんだ。

 実際は約束はしたのだけれど、そんな約束ではこの少女を救うことが出来なかった。

 国王はそれを間違えたんだ。


 「フェイト、あなたが言葉を発する前に言いたい事があります」


 シンが心からの忠告をしてくれるが、聞く訳にはいかない。


 「背負ってみせる」


 「フェイト!!」


 ブレーキ役のシンが窘めるが、フェイトは止まらなかった。


 「俺は貴女を見捨てない。フェイト・セーブ、赤魔騎士として巫女姫シキブへの忠誠を誓います。そして貴女が苦しむ全てを取り除かんと死力を尽くします」


 フェイトは畳の部屋で、騎士としての全てを賭けシキブへ騎士の礼を施した。



 --しかし、シキブの反応は



 「違う、安っぽい同情が欲しい訳じゃない。私はそんな呪いで囚われた貴方には守ってもらいたくない。……失せなさい、紛い物の道化!!」


 「シキブ!!」


 さすがに九行が止めるが、シキブは一切怯まない。


 「フェイト・セーブ、貴方に話したのはなずなが頼んだからよ。決して救って欲しい、自分の呪いから救われたいという意志ではない。

 私は死ぬまで封印を続けるし、死ぬ時は大蛇に喰われる時よ」






 もし、それが挑発だとしたら何と安っぽい芝居なのだろう。


 (本当に苦しみを分かち合ってくれる仲間が欲しい、心のそこから守って欲しい。でも貴方を巻き込みたくない!!)


 どれも裏を返せば本心が透けて見えるように、偽りの挑発は薄っぺらだ。


 (救って欲しい、呪われた運命から救って欲しい!!死にたくない、大蛇になんか食べられたくない!!)


 なんと悲壮な声か、ディーバの時に聞いたようにとても悲しく、誰かに届いて欲しい、たった一人だけでもいいからこの声を拾って見つけて欲しい。



 ……同じだ、彼女はディーバの時と同じように助けを求めている。

 

 ならば、俺が言う事は一つだけだ。



 「繰り返します、巫女姫シキブ。私は貴女を姫として認め、騎士の称号を授かった私が貴女を守る。

 この契約は一方的なもので構わない。何故なら騎士は誰よりも前で姫を守り、誰よりも姫の心を安らげる者!それが三年もの間気付かなかったのは打ち首にも等しき懲罰。私が貴女を守るのは償いだからです!!」




 決してシキブから目を逸らさずに凛とした決意を、見せつける。

 その迫力に飲まれてしまったのか、シキブは急に黙り込んでしまい視線を先に外す。


 「……勝手にしなさい!!」


 そういうと、シキブは立ち上がり奥の部屋へと逃げ込んでしまう。





 「フェイト……」


 シンから悲痛な声が漏れてくるが、弁明はしない。


 「……本当に、良かったのか……?」


 九行先輩がこちらを呆然と見つめてくるが、答えは変わらない。


 「そもそも罠に嵌めてくれたのは先輩でしょう?何を今更」


 珍しく皮肉気に責めてみるが、九行はあたふたと慌てるばかりだ。


 「そ、それはそうなんだが……その、守って欲しいと思う気持ちは本当だ、しかし、巻き込んでしまって悪いと思う気持ちも……本当にすまない」


 改めて正座のまま謝罪を重ねる先輩に、フェイトは少し呆れながら返す。


 「いいんですよ、それに巫女姫と知り合いたいと思っていた自分もいますから。……今のまま会わなかったら、一生会えなかったかもしれませんし」


 ふっとニヒルな口調で決めてみるが、シンが話しかけてくることで台無しになる。


 「フェイト、格好つけるのは勝算を出してからです。現時点での勝率は0%、間違いありません」




 --シンが言うならば間違いないだろう。八岐大蛇が出て来るのがいつになるか分からないが、それまでの間に準備を整えなければ。


 「今回戦力で期待出来るのは、フェイト、リード、……それに九行とシキブも計算に入れていいんですか?」


 シンが尋ねると九行は頷く。


 「シキブはいわゆる先祖返りみたいなもので、霊力が凄まじく高い。最近ではリードに魔法も習っているらしく、独自の術と合わせかなりの戦力と見込める」


 「九行は?」


 「私は……そうだな、口で説明するより見てもらった方が早い。外に出てくれ」


 そういうと、先だって外に出ていく九行。

 フェイトもその後を追った。





 「……バッカじゃないの」


 なずなの頼みで今日の儀式を見せ、そして呪われた風習、運命の全てを話してやった。

 いくら騎士学校の生徒とは、話にならない。当代随一と謳われるアルト・アヴァロンが軍を率いてくれるならともかく、あんな少年に何が出来るものか。


 「人の折角の好意を無下にして首を突っ込むなんて、ただの自殺志願者じゃない!」


 あれだけ侮蔑の言葉を投げて、彼は意地になったのか引き下がらなかった。

 ただ一言、素直に命が惜しくなったと言えばいい。

 いや、こんなに言われたら協力する気が無くなったと言えばいい。

 ……なのに、意地になって引かないなんて。


 「ほんっとにバカ。知らないんだから」




 明日もこの神社に訪れる、神の御利益を期待する客相手に商売しなくてはならない。

 本当だったら顔も出したくないが、家に閉じこもっていると不安が襲ってくるしあんな何も知らない客を相手にしていた方が気が紛れる。


 「--寝よう」


 シキブは明日も早い起床を前に、眠りに就こうと思い部屋へと戻ると。

 部屋には、なずながいなかった。


 フェイトがいないならば納得がいくが、なずなまでいないのは何故だ?

 ずっと、ずっと付き添ってくれていたなずなが?

 不安になって、心が闇に浸食される前になずなを探そうとする。



 でも、一体どこ?

 ふと聞こえる風切り音、そして直後鳴り響く轟音。

 ----まさか。

 シキブは予感を胸に、境内脇の林を目指し駆けていく。






 九行先輩についていくまま、林に入ると九行先輩は弓を構えた。


 「先輩、その弓って」


 「ああ、これが正真正銘私のずっと使ってきた弓、正宗だ」


 正宗は本来名刀に付けられている方が一般的だが、九行が扱うこの特別製の弓も名工の手に依って鍛え上げられた名品だ。

 名刀正宗に倣って、弓剣を正宗と名付けた。

 だが、九行が見せたいのは剣の腕前ではなかった。


 「八岐大蛇に対抗するならば、私の弓剣では歯が立たないだろう。実際アマリリスの足元にも及ばないからな。----だから、今から見せるのは試合を超えた実戦、殺し合いの世界だ」


 そして九行なずなは弓剣を構え、弦を引き絞る。

 しかし、そこにはあるはずの矢が番えられていない。


 「私が撃つ矢は的に当たらない、それは十万本以上試したから確実だ。--しかし、私の本当の矢は物理的なものじゃない」


 そう言い放つと、九行の身体から溢れんばかりの<ロア>が身に纏う鎧のよう流れる。





 「これは!?」


 「<ロア>を身に纏った?いえ、纏ったように見える程断続的に<ロア>を放出している?!」


 「先輩!それじゃ身体が……」


 フェイトとシンの心配を余所に、九行は顔を歪めもせず言い切る。


 「私の<ロア>は強すぎるんだ。これだけ溢れさせても何ともない位に」


 異常だ、<ロア>は生命エネルギーそのもの。それがこんなに溢れだすなんて、死んでもおかしくない程だ。


 「なんでこうなのかは分からない、だがこれが私の力だ」





 そして、九行は身に纏う<ロア>から細い糸筋位の細さの線を弦に番え、構えを取る。


 「見ていてくれ、これが私の<ロア>の一端だ」


 そして引き絞った一筋の<ロア>が解き放たれ、真っ直ぐに、ひたすら真っ直ぐに燕のよう飛ぶ。

 それは、弓道場で聞こえる清廉な矢の風切り音と同じ極致の一矢。

 そして、一筋の<ロア>が巨木に当たるや----




ズドォォオオ!!!!!!



 まるで爆発したかのように、凄まじい風圧が巻き起こり目を眩ますほどの光量と、身を焦がすような熱量がこちらに届く。


 「なんだ、これは!」


 「<ロア>の密度が濃すぎます!通常の数十倍まで圧縮されている、あんな一筋でこんな爆発なんて!?」


 やがて、爆音が鎮まると巨木はおろか周囲の木々まで暴風圧でなぎ倒されていた。




 「これが、九行なずなの強すぎる<ロア>だ」



 薄く笑った笑みは自虐の笑みか。人智を超えた強さは人を孤独にさせるのかもしれない。

 アマリリスと同様に、同学年にも強すぎるあまり疎まれていた存在が隠れていたのだ----

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