第11話:平穏で安定した繰り返し - 伊上優香視点
1日遅刻しましたmm
「そもそもの原因は、妻の浪費ですから。
僕は、毎月正しく生活費を支払っていたし、給料口座をみてくれればわかると思いますけど、ほら、僕の小遣いの額を見てくださいよ。
この金額で、どうやって浮気をするんですかって話じゃないですか。」
調停室と呼ばれる小部屋では、向かい合う形で調停委員に対して夫の主張が繰り広げられていた。
女性の調停委員から伝えられた状況において、子供ありの夫婦の離婚理由は妻の浪費による不和が原因で、夫は夫としての役割をしっかり行っていたというもの。
生活力のない妻に子を任せることはできない。
故に、子の親権は妻には与えられないというもの。
調停委員が「伊上さん、どうする?」と言わんばかりの視線を投げてきた。
もうこの人と一緒に仕事をすることも多いので、何を期待しているかもわかってきたという感じ。
「じゃぁ、こっちの資料を渡しておくわ。
彼は二重に口座を持っていたみたい。こっちは財産目録には載っていないわね。
給料口座を二つに分けて、入金させていたみたい。
まるで不景気による薄給のようにうそぶいていたみたいだけど、ずいぶんな金額をプールしていたみたいね。
それからホテルのカード決済の明細書と、調査会社の写真のコピー。
写っているのは夫の会社の経理の女性ね。明細書を見る限り、定期的な出張は同じホテルで、会社に経費精算を通しているようね。」
「あら、それじゃ、違う容疑も追加になっちゃうじゃない?」
「離婚調停が終わったら、所属の企業から詐欺罪で懲戒解雇、不当利得返還請求事件ってところかしらね。お相手の経理の女性が業務上横領罪なら、彼は業務上横領罪の共同正犯ということにもなるわね。
まぁ、それも、一旦この離婚調停後の話だけどね」
「さすが、中堅さんになると、この後の展開も読めちゃうのね。」
調停委員が改めて調停室に戻り、事実を並べられた男は狼狽えたように自己弁護を始める。
その様子もこの後の展開も前回通り。
今日もまた2度目の調停の様子を眺めていた。
裁判所を出ると、依頼人の妻が感謝を告げてきた。
「ありがとう、伊上先生。私、子供と二人でやり直せると思います」
「ええ。私も応援してるわ」
この調停の面白い部分は、この後。
夫が妻と離婚調停を行い、離婚が成立。
その後その情報が勤めている企業にも連絡され、そこでは詐欺罪、横領罪という形で、不倫関係の二人が舞台に上がってくる。
そこで、相手に騙された、自分は被害者だと、自分だけが助かれば良いという本性が表に出てくる流れ。
でもこれはまだ半年以上先の話。
なぜその未来を知っているかなんて聞かれたら、正直に答えてもいいけど。
爆発に巻き込まれて、死んだと思ったらそれまでの記憶をのこしたまま3年前に戻ってきた……と説明したいところだけど、それで果たしてどれだけの人が信じてくれるかしら……。
最初は、壮大な夢を見ていたのかとも思ったけれど、これが夢だとは思えない状況だとつくづく感じてる。夢にしては鮮明すぎたし、この数ヶ月に以前と同じ仕事を担当することになった状態だとね、説明のしようがない状態だったわ。
巻き戻ってから受け持った案件は4件。
年末年始をはさんだから、まぁ数としては多くもなく、少なくもなく。
一度完了させた案件ということもあって、所長が私の仕事ぶりを褒めてくるし、スピード解決だと評判が上がったりもした。
間違うことも少なく、褒められ、成功する。
なんて平穏で安定した暮らしなのかしら。
だけどそうじゃないのよ。
結論からいうと、この2回目というものが、自分にとっては何も面白くない。
調停を行うような夫婦の案件を客観的に解説するなら、これの面白さは、夫の、妻の、それぞれの嘘をどう暴いていくか、綺麗に済ました顔をした人間が、泥沼にはまるように自分の汚さを露呈させていく滑稽さ、私はその本性が見える姿が好きなの。
ざまぁ小説や復讐ドラマ、ドロドロの昼ドラに主婦がハマるようなものよ。
だからなおのこと、今の生活はつまらない。
ネタバレされたミステリー小説ほどつまらないものはないもの。
私は、2度同じ物語を読むタイプじゃないのよね。
爆発事故が起きた時に、托卵疑惑のある妻の不貞を訴えた男性の相談者と会う予定だった。
あの日の爆発事故を回避して、生き延びられれば、その続きを知ることができる……とはわかっていても、まだ当分、つまらないこの生活を続けないといけないのかと思うと、うんざりしてしまうわよね。
ーーー
年末の忘年会で、隣の席にアルバイトの大学生が座った。
「田中君は今日で最後だったわよね。2年間お疲れ様。年明けからはインターンが始まるのかしら?」
「伊上さん、ありがとうございます。
はい、次は医療系ITになるんですけど、そこでアプリとかを作る仕事をする予定です!」
「あら?確か通信系って言ってなかったかしら?」
「あ、そこはですねぇ、落ちちゃったんですよね……。
いやぁ、さすが大手、通信系は狭き門でしたねぇ。
……あれ、でもよく伊上さん、俺の第一希望を知ってましたね?」
「……ごめんなさいね。前に他の人から聞いてたのよ」
「あ、そうなんですか、いやぁ、落ちたところ知られてるのって恥ずかしいっすねぇ」
聞いてたわけじゃない。
前はインターンが通信系で、その次の夏に内定ももらったと田中君本人が事務所に挨拶に来てたのよ。
どういうこと?
ーーー
年明けの業務が始まって、ところどころに違和感を感じることがあったものの、漠然とした記憶しかない中ではこれが正しいものか、変わっているのかの判別はつかなかった。
1月の終わりに、同期の佐伯君が疲れた顔をして喫煙室でタバコを咥えている姿を見かけた。
あぁ、今頃は確かK市の倉庫火災の案件だったわね。
確か、一人亡くなっていて、保険会社対応、消防法違反の調査、業務上失火・業務上過失致死傷の刑事対応かどうかの調査となって半年以上かかりっきりになっていたわね。
「お疲れ様、ひょっとして今の案件大変そう?」
「お、伊上さん、お疲れ。
う〜ん、大変は大変だよね。遺族の自動車保険に弁護士費用特約が付いてて、保険会社経由なんだけど、保険会社の担当さんがめちゃくちゃ細かい人でさ〜」
「え、自動車保険?」
「ん?そうそう。
正月休み明けに倉庫火事があったろ?
あれの火事の現場を見に行ってたみたいで、高速道路の路肩で車を止めて、野次馬よろしく火事をネット配信しようとして、後ろから来た車にはねられて〜ってやつでさ。」
「倉庫の火事って、そっちの業務上過失致死の案件ではないの?」
「あの火事、死人出てなかったはずだから、業務上過失致死はないんじゃないか?」
「亡くなった方がいない?
……そう……。いえ、よかったわね。」
「んまぁ、そうなんだけどね〜、いや、その保険会社の担当のおばさんがさぁ〜……」
同期の愚痴に相槌を打ちながら、自分の喉が渇くような、鼓動が高まるような緊張感を感じてしまった。
同じことの繰り返しだと思っていた。思ってしまっていた。
でも違う。
何かが起きている。
何が起きている?
この巻戻りに関係すること?何が変わった?もう一度この3ヶ月を見直さないと。
答えがわからない。
でも、何かが起きている。
目の前で、新しいページが開かれた。




