14 かくして嘘は続く #マリー #クリス
攻撃的な魔法の波動を感知したマリーは納屋を飛び出し、全速力で走った。
ケントがまったくついてこなかったが、そんなことは気にしていられない。
「クリスさん…っ」
その場にいた人物にマリーは声をかけた。
クリスの前には木彫りのオオカミの置き物が横たわっている。
驚いたようにマリーを振り返ったクリスは、彼女の一点を視て表情を硬くした。
「あのっ、そのオオカミに襲われたんですよね?」
先手必勝とばかりに、マリーは言った。
「ええ。この木彫りの置き物が全財産を置いて行けと言うので断りまして。攻撃してきたので、コレを使いました」
クリスはマリーの問いに答え、札のようなものを見せてくれた。
「攻撃魔法をそっくり相手に返す、魔法返しの札と呼んでいるものです。一般の人でも誰でも使えるんですよ。それでもやはり、視る力を持たない人が現場に立つリスクの高さは申し上げておかなければならないのですが」
「でもクリスさんは、視る人なんですね」
マリーは言った。
クリスはマリーを見るなり、拘束の魔法の終端を探した。
「すみません。さっきはジャック君の視る能力を図りたくて」
クリスは正直に教えてくれた。
「そうだったんですか…ところで、オオカミを操ってた魔法使いは?」
「あの岩の後ろで倒れていると思いますよ」
こともなげにクリスは答えた。
(なんの力もないどころか…この人…)
魔法使いと戦い慣れた能力者だ。
魔法の終端を視るということは、当然、マリーの青白いオーラも視るわけで。
彼は、マリーが神経を尖らせて避けてきた存在。もうマリーは魔女マリーではなくなったけれど。
だからといって頭を切り替え、普通に接しようとは思えなかった。クリスはおだやかで人当たりも良いのに、徹底して隙がない。表面的に彼が見せているものをそのまま信じる気にはなれなかった。
「マリー!」
ケントがやっと曲がり道のむこうから姿をあらわした。
ホッとしかけたマリーは、殺気を感じてクリスを振り返った。
彼にこんな怖い顔ができたのかと思うほどに、クリスは怒っていた。
(あっ! ケントは魔法石泥棒だから、クリスさんにとって捕縛対象なんだ…! さっきの謝罪も、自分が早く捕まえてたらあたしが被害に遭わなくてすんだのにってことだったんだ!)
そう事情を理解したマリーは「ケントっ」と叫んで走って行き、彼の腕をつかんだ。
「へっ?」
「クリスさん、あたし、本当に困ってませんから! 行こ、ケント! いいから、行こ!」
マリーは戸惑うケントをぐいっと引き寄せた。
「マリー?」
「お願いだから、一緒に来て!」
恫喝まがいにマリーが叫ぶと、ケントは歩き出してくれた。
追いかけてくるかと思ったクリスだが、追いかけては来なかった。
* * *
(ケントがあんな顔をするなんて…)
二人を見送ったクリスは、魔力を消したケントを見た瞬間の怒りも冷めるほどの衝撃を受けていた。
(マリーさんは目つきの悪い監査員をケントと結びつけなかったわけじゃない…結びつけることができなかったんだ)
マリーを前にしたケントはなんというか、普通の顔だった。
世間一般的にイメージする甘い顔とは言いがたいが、ムダに周囲を威嚇している普段の彼からすれば、もはや別人。
もともとクリスの前ではいくぶん険のやわらいだ表情をしていたが、あそこまでではなかった。
けれども、ケントは自身の魔力のオーラを消していた。
それはつまり。彼女が視る能力を持たず気づかなかったから魔法使いであることを明かさなかった、ではなく、ケントが視る能力をもつ彼女を最初からだますつもりで近づいたということ。
自分で魔法をかけておきながら只人のフリをし、拘束の魔法が解けない状況を作り出すなど、魔法使いダグラスに追従する魔法使いたちとなんら変わりない暴挙。
いや。おおっぴらに魔法犯罪に走る者たちより陰湿で、数段タチが悪い。
そんなケントに対し不都合だけじゃないと、罰しないでほしいと一生懸命にケントをかばってくれたマリー。彼の教育係を自負するクリスとしては、反省と贖罪の気持ちしかない。
(ケント。顔つきを変えるほどの恋だとしても、あなたのしていることは、万死に値する卑劣な行為だ。マリーさんだってあなたが魔法をかけた本人と知れば、深く傷ついて、ますます魔法使いを嫌うでしょう)
「局長~!」
ふいに頭上からふってきた声に、クリスは空を見上げた。
まだ若い魔法使いがクリスに手を振っていた。
クリスも彼に手を振り返す。
(今日のところは時間切れですね。解決方法も慎重に選ばないといけなくなりましたし)
深いため息をついた後、クリスはケントが去っていった方に目をやった。
(バカですね。未来のない恋しかできないなんて。刹那主義にもほどがあるでしょう……)
* * *
ケントと山中で野宿することになり、パチパチと炎のはぜる音を背中に聞きながら、マリーは横になった。
(どうしよう…ドキドキする……いろいろ邪魔が入って、なかったことみたいになってるけど、あれって、そういうことだよね……?)
納屋でケントに迫られたときのことを思い出し、胸の高鳴りが止まらないマリーだった。
(一緒に行こうって引っ張ってきちゃったけど、今の状態って全部OKしたことになるのかな? 拒否するのはあり? 女の子ってこんなとき、どうしたらいいの!?)
マリーは中年占い師として恋の相談も受けてきた。
けれども他の相談と違い、恋愛はたかが恋愛と軽くあしらってしまった。
(ごめん、なんとも思ってない相手から言い寄られても相手をするだけ時間のムダとか、簡単に言い過ぎたよ…)
マリーは相談にきた客の顔を思い出し、懺悔した。
まさかなんとも思ってない相手からの誘惑でこんなにもドキドキするなんて思いもしなかった。
魔法石泥棒のケントをクリスから守るためとはいえ、よく引っ張ってこれたものだと思う。
(って、近寄ってくる気配がない…?)
そっと薄目を開けてみると、ケントは火のそばに座ってぼんやりしていた。マリーを意識するような様子は微塵もない。
(う…わああああ、勘違いだった…!)
マリーはいたたまれなくなって、ケントの方を向いていられず、ごろんと寝返りをうった。
(は、恥ずかしいっ! あれは…そう! あたしの髪か服に何かついてたから取ろうとしたとか、そういうやつだったんだ…!)
頬が熱い。穴があれば入りたい。もうケントには背を向けているにもかかわらず、マリーは両手で顔を覆った。
(ああ…でも、ケントが監査員でなくてよかった…)
その考えに思い至ったマリーは少し体の力を抜いた。
実は村を出てすぐクリスと会い、謝罪を受けたとき。マリーはケントが監査員ではないかと疑ったのだ。
けれど、クリスは拘束の魔法だけ知って、魔女マリーを知らなかった。もしケントが監査員なら魔女マリーを隠すことは背任行為。
したがってクリスと長く関わって正体がバレる確率を高めるのはケントの立場も危うくする。
(そう思って、がんばって、クリスさんを拒絶したんだけどねえ。冷静に考えたらケントは組織に所属できるタイプじゃない…)
それに。魔法使いダグラスと監査局の両方を敵にまわし、魔女マリーも恐れないケントは理想的な相棒と言っていい。
最初は泥棒行為に反射的拒絶感を示してしまったものの、ダグラスの台頭、監査局の創設により魔法での争いが激化の一途をたどっているこの世界において、魔法使いから魔法石を奪うことで争いに歯止めをかけようというやり方は最も優しい戦い方だ。
ただ逃げるだけのマリーより、ずっとずっと素晴らしい。
だから………。
明日から1週間くらい、番外編という名の詳細設定集を投稿します。
読み飛ばしていただいても問題ありません。
もし本編の続きからまたお付き合いいただけるようでしたら、来週後半あたりにチェックしに来て下さいませ。
また、「伯爵令嬢ヘンリエッタと三番目の求婚者」という話の投稿を始めました。
クリスの恋愛話になります。
よければ、ぜひ。




