13 天才的なミスリード #ケント
「ケント!」
元気のよい声とともに納屋の戸が開いた。
納屋に引きこもっていたケントはポカンとした。
マリーが戸口に一人で立っていたからだ。
「ねえ、ケント! びっくりした?」
全開の笑顔でマリーは言った。
「あ、ああ」
ケントは素直にうなずいた。
クリスがマリーと接触を図るのは分かりきっていたし、その結果どうあれ、とにかく、マリーが一人でケントの元に来るというパターンだけはないと思っていた。
クリスと会う為に戻した魔力のオーラを再び消していたが、それもクリスに自分の罪を白状する為だった。
「あたし、魔女じゃなくなったんだよ!」
「え?」
「ジャックと会ったときには魔女でなくなってたはずだから、たぶん今日の朝から! こんなことって、あるんだね!」
「そんなバカなことあるもんか!」
マリーの暴言に、ケントは思わず叫んだ。
「でも消えてるだろう? あたしのオーラ」
「それは…そうだけど」
オーラが消えたのは、ケントの魔法で。
今朝どころかケントと会ったときには消えていて。
(きみは…自分のオーラが消えていることも俺の正体も全部気付いていて、魔法もいつでも解けて、ただの気紛れで俺の嘘に付き合ってくれていたんじゃなかったのか…?)
「ずっと自分でも呪ってきた力だけど、魔力って否定し続けたら消えるんだね!」
ドヤ顔で言い切ったマリーに、ケントは言葉を失った。
(本当に…魔法を知らないっていうのか、きみは……)
そして。
それが自分の思いの成果だと思うほどに、彼女は魔法も、魔法使いも、自分自身すらも呪ってきたのだろうか?
そう思った瞬間、ゾゾゾ…と足のつま先から頭のてっぺんまで悪寒が走った。
「娘らしい話し方も練習してできるようになったし、あたし、もう一人で大丈夫!」
マリーが笑顔で言った。
そこで、ケントはマリーの思惑を理解した。
魔力がなくなったことを伝え、一人でやっていけることを示せば、ケントの方から解放してくれると思っているのだ。そして、ケントに情けをかけ、クリスの話も聞かず彼をしりぞけた。
(だからって、クリス。おまえはなんで引き下がってんだよ?)
「この魔法、おしまいにしよう?」
まっすぐな目がケントを見つめた。
信頼の目だ。
マリーは信じているのだ。助けたいといったケントの言葉を。
そう気付いた瞬間、腹の底からこみあげてきたドス黒いものを、ケントは抑えられなかった。
──どうして?
どうして赦せるのだろう。
拘束の魔法のカラクリも、ケントの正体も分かっていないくせに。
助けたいなんて方便をバカ正直に信じ、魔法で拘束した男に情けをかけようだなんて。
弱く…自分勝手な人々から、魔女マリーだと知ったとたん手のひらを返されてきたはずなのに。
魔女マリーとして畏怖され、心無い態度の暴力を受けてきたはずなのに。
──どうして、きみは困っている人に迷わず手を差し伸べられるんだ?
自分も拘束の魔法で困っている状況で、ジャック少年の自傷を止め、粉問屋の悪事まで裁いた。
(腹の底が……熱い………)
──こんな…身も心も美しい人が存在するなんて、不公平じゃないのか。
「いやだ」
「え?」
ケントがマリーに向かって手を伸ばすと、マリーも異変に気付いて身構えた。
カツン───!
硬質な音が二人の間を切り裂いた。
長年の習性が、ケントの意識を音のした方に向けた。マリーもつられて視線を落とす。
床に落ちて音をたてたのは魔法石のついた指輪だった。
粉問屋に加担した魔法使いの所持品。
「それ……どうしてあんたが?」
マリーが叫んだ。
(……俺、今、何しようとした!?)
無性にマリーに触れたくなって手を伸ばそうとした自分の行動に動揺しながら、慌ててケントは指輪を拾った。
「拾ったんだよ! だいたい、そばにいるからって安心して、取り放題だったぜ?」
実際にクリスとマリーとジャックが話をしているそばの台の上から指輪を回収したケントは言った。
もっとも、ケントが関わった事件で押収した魔法石はケントのものと監査局と取り決めしているので、正当な報酬だ。
泥棒なんて駄目、考え直せとわめくマリーに、それ以上の言い訳が面倒になったケントは、懐から平べったい袋を取り出した。
入り口を開けると同時に袋は本来のふくらみを取り戻す。重くてかさばるものを身につけるのが嫌で作った魔法袋。
袋を見てマリーはさらに衝撃を受けたようだった。
「あんた、その袋の中身…」
「魔法石だけど」
「まさか全部魔法使いから奪ったとかって言わないだろうね?」
「そのまさかだ」
ケントはマリーの疑惑を肯定した。
もう、本当のことを話していこうと思った。
マリーの反応は大きかった。
ざざざ…と下がり、手で胸元をかばう。
「これはダメだよ!?」
彼女の中に封印された、ダグラスの魔法石コールライト。
ケントの魔法石への執着心に気付いて警戒したらしい。
「そりゃ…見たい気持ちはあるけど、興味本位で見せてもらえるものだとは思ってないよ」
ケントは言った。
なんといっても、彼女が激しい痛みの感情で封印しているところを実際に見たのだ。
ケントだってその痛みをいたわるくらいの気持ちは持ち合わせている。
しかし、この回答がマズかった。
「ありがとう………!」
マリーがキラキラした目でそう言ったのである。
(あれ…これ、真実を告白するハードル上げた…?)
この流れから自分の悪行を白状するのかとケントがひるんだとき。
魔法の波動が空気を震撼させた。
ケントとマリーは同時に息をのみ、顔を見合わせた。
扉付近にいたマリーは弾丸のように飛び出していった。




