「自重しない、またやっちゃいました、チーレム、無双。全部まとめてトーヤがぶっ飛ばす! な第3話」(3)
「喰らいやがれッ! こいつが本当の真紅の破壊剣だ!!」
さっきまでとは桁の違う威力の衝撃波が、広い範囲でトーヤたちの方向へ放たれる。
当然、その方角にはトーヤたち三人の異世界人の他に、騒動を遠巻きに見守っていたこの世界の住人たちがいた。
「馬鹿かっ……疾風斬!」
相殺を試みるトーヤだったが、砦ひとつを吹き飛ばせそうな威力の斬撃が相手だ。
「く、抑えきれな……」
「神聖防護!」
トーヤに後ろから抱きつくように伸びたラビの両手が、聖なる魔法により紅の衝撃波を防ぎ切った。
「ラビ!」
「一人で無理しないで、トーヤ君!」
ラビは拳を構え、トーヤの横に並び立った。
「チッ……違うんだよなあ、ウサギのお嬢ちゃん。そういう献身的な態度は、主人公に対する僕にこそ取るべきだよ」
余裕が戻ってきたタクマは、ニッと笑う。
「なんなの、あなた、なんでいきなり強く……」
「さあ、なんでかな?」
愉快そうにトボけるタクマ。
「女神と取り巻き女達から、力を奪ったんだ。この世界の特殊スキル〈相思相愛〉で」
ラビの疑問に答えたのはクレアは頭をかいて、しまったなぁという表情をしている。
「この頭の弱い女神、コイツにとんでもないチートを渡してた。〈相思相愛〉、このスキルは自分が好きになった相手を必ず魅了する。その出力を最大限まで上げれば、相手のレベルをすべて自分に捧げさせることまでできるんだ」
「……よく似た力を持ってるだけあって、詳しいなクレア」
「トーヤ、一緒にしないでよ。私は君を操ったり魅了したことなんて、一度もない」
割と真剣に、クレアはトーヤに応じる。
「私が君からレベルを貰ったのは、無理やり犯して奪い取った時か、君が勝手にくれた時だけ」
「ちょっと待てクレア! は? 僕が勝手にやった!? そんな事があるわけ」
「僕を無視してなに盛り上がってんだよぉっ!!」
ガッシャアアアァン!
タクマの掲げた剣に再び雷が落ちた。そして。
「死ねクソガキ! 雷帝の断罪剣!!」
「神聖防護ォッ!」
襲いくる破滅の稲妻を、またラビが防いだ。
だが今度は荒れ狂う稲妻が、聖なる光の防御壁を削り取っていく。
「く、またさっきより強く……!?」
「今の俺のレベルは1000オーバーだ、本気出しゃあ、レベル120のお嬢ちゃんに防げるもんじゃねえよっ……ん?」
勝ち誇るタクマの胸に、鋭い痛みが走った。
見ればトーヤのショートソードが、タクマの鎧に食い込んでいる。
「……テメエ」
「ラビは街の人々も守ろうと、防御範囲を広げてるんだ! それがなかったらお前なんかにっ」
大技の隙をついて懐に飛び込んでいたトーヤは、さらにショートソードをタクマに捩じ込もうとする。だが。
「黙れ、衝撃!!」
「ぐっ!?」
またも吹っ飛ばされるトーヤ。
それでも、ラビを苦しめていた稲妻の嵐は止めることができた。
「くうっ……トーヤ君……っ」
全身に稲妻の火傷である雷紋を負ったラビは、膝をつく。
タクマは自分の胸に刺さったままのショートソードを引き抜いた。
「回復。……おいガキ、お前のレベル1の秘密も分かったぜ」
重傷のはずの傷を簡単に治癒して、タクマは倒れたトーヤを見下して不敵に笑う。
「女神の瞳からは誰も逃れられない。……お前の強さの秘密は〈能力値賃貸〉。ウサギの嬢ちゃんか、そっちのロリっ子から技量を借りてやがるな? だから見た目はレベル1のままってわけだ」
タクマは手にしたトーヤの剣をボキンと折る。
「努力もしねえで得た借り物の力でドヤ顔とか、見下げ果てたガキだなあ」
ぶふぉっ!
またクレアが噴き出した。
「いやあ、これまでにない逸材だね。ここまで厚顔無恥な転生勇者クンは初めてだよ」
「……ッ!!……竜の姫。ドラゴンホテルの支配人……か」
嘲るように笑うクレアを、タクマは睨みつける。
「女神がえらく怯えた理由は分かったけど、〈調停者の制約〉? そんな状態じゃあ、僕に何もできないだろう?」
女神の力を取り込んで強化した強制能力値開示を、常時発動しているタクマ。
クレアの各能力がカンストして文字化けしていることに一瞬怯んだが、それらにすべて強力な制限がかかっていることも見抜き、胸を撫で下ろす。
そして。
「……おいしいぜお前。今からその力が全部、俺の物になるんだからなあっ!」
高揚を抑えきれず、タクマは叫んだ。
「ドラゴン!? ひゃはは、これが真のドラゴンか!! しかもロリ巨乳ときたら堪んねーぜ、気に入ったぁ! 竜も兎も! 全部俺のモンにーー」
「疾風ざぁぁん!!」
ガォン!
素手で放たれたトーヤの技が、タクマを打ち据える。
「なんだそりゃ、そよ風かよ!? もう死ね!! 〈大衝撃〉ッ!!」
数倍の力で反撃され、トーヤはなす術もなく五体をバラバラにされる、はずだった。
「……何!?」
「クレア……?」
トーヤの前に、竜の姫が立っていた。
もちろん勇者の技など微塵も通じるはずもない。
「……らしくないじゃないか、クレア」
「うん。トーヤがズタボロになって私の為に戦うのを見るのは、大好きなんだけどね」
クレアは振り返って、レベル1の少年魔王を見つめる。
「でもこれじゃない。私のトーヤを虐めていいのは、私だけ。的外れな侮辱は許さない」
「同感です、クレアさん!」
ラビが立ち上がった。
受けたダメージは治癒している。
「許さない、この男ッ! ハアッ!!」
聖なる力を拳に蓄え、タクマに飛びかかった。
「聖撃拳!!」
タクマは禍々しく口を歪める。
「スキル発動ッ! 〈スキルスチール〉!!」
ドゴンッ!
ラビの拳がタクマの顔面に食い込んだ。
「……ええっ!?」
だが驚愕したのはラビの方だ。
輝きを失った己の拳に目を見開いている。
「へへっ……聖拳技か、なかなかおいしいじゃねーか」
一方で、僅かによろめいただけの転生勇者はニイと笑った。
そして手にした勇者の剣に、聖なる輝きが宿る。
「そんな!?」
「こんな感じかぁ? 聖撃剣!!」
タクマから、兎人族武僧に伝わる聖なる技が放たれた。
「危ないラビッ!」
「トーヤ君!」
技を盗まれたショックで硬直していたラビの前にトーヤが飛び出し、背中で技を受け止めた。
「ちっ。似合わねぇ真似をしてんじゃねえよ、魔王が」
苦々しく吐き捨てるタクマ。
「無茶だよトーヤ君っ、聖拳技は君の属性に一番効くんだから!」
「わかってるっ……! 体が勝手に動いちまうんだ、仕方……ないだろ……っ!」
ラビは崩れ落ちそうになるトーヤの体を支えて、回復魔法をかけようとするが。
「……魔法も使えない!?」
タクマにスキルを奪われているのだ。
「ラビ……逃げろ……」
「でも!」
「クレアは制約で……直接、実力を行使できない……クレアを連れて、逃げてくれ……」
「で、できないよ……」
懇願するトーヤの手を握るラビ。
「だからさあ!」
ドス黒い邪念に満ちた声が響いた。
「俺を差し置いて主人公ヅラしてんじゃねえよ!!」
またも激昂したタクマが、掌を突き出す。
「ガキ!! テメエの力の源、頂くぜ! 〈スキルスチール〉!!」
「くうっ!?」
トーヤは猛烈な虚脱感に襲われた。
ステータスを借用する能力を奪われたのだ。
「レベル1のクセに、何度も僕の技を受けて無事だったのは借り物のステータスのお陰だろぉ? その怪我で耐久力を失えば、どうなるかなぁ? あははははははっ!」
「トーヤ君!!」
転生勇者の高笑いが響く中で、体力が激減した魔王トーヤは瞬時に絶命した。
***
死なせるわけが、ないでしょう。
どうしたクレア。いつものお前なら、もっと早く手を出してるところじゃないか?
……トーヤ、貴方はどうして。
ん?
どうしてそんな非力な存在になってまで、私を守るの?
私やラビを守るの?
前にも言っただろう。
俺は八界の魔王だ。
お前らはすべて、俺の物だ。
違うよ。
こっちこそ前にも言ったよね?
私は名もない、竜の娘。
竜王の、ドラゴンホテルのただの部品。
貴方が支配する八界の存在でもなければ、何処の世界の何者でもないんだ。
そんなこと知るものか。
お前はクレアだ。
俺がそう決めた。
あのふざけた竜王の戒めから、必ず解き放ってやる。
お前は、クレアだ。
……やらせないから。
ん?
トーヤ・レイグラント。
いくら貴方でも、竜王に勝てるはずがない。
貴方が力を取り戻したら必ず、父様に挑んでしまう。
だから。
絶対に、やらせないから。
***
ラビが、叫んだ。
「うわああああ!!」
トーヤの〈能力値賃貸〉が消失し、兎人族の全身に力が漲り始める。
「なにっ……ガキのステータスは、お前の物だったのか!?」
タクマは目を見張った。
ラビのステータスが跳ね上がっていく様子が、女神の瞳を持つ勇者には知覚されている。
「う……嘘だろ……!?」
120だったラビのレベルがどんどん上がっていく。
200を超え。
500を超え。
女神の力を奪った勇者のレベル、1000を楽々と超えて。
「……あたしは、レベル5000の悪魔メフィスト・フェレスを倒したんだ」
2000を超え。
3000を超え。
「や……やめろ……やめろよ、チートは……」
ラビのレベルは、4000に達した。
「チートはぁ! 転生勇者の俺だけに許されたもんなんだぁぁ!!」
「そんなワケないでしょう」
トーヤの亡骸を抱えた竜姫が、冷たく呟く。
「圧倒的な力で、一方的に蹂躙される理不尽。その身に味わいなさい」
レベル4253のラビが、わずか1000強のタクマに向かって拳を振り上げた。
「く、くそっ……ウサギ女のスキルは全部、奪ってんだからっ……!」
悲鳴のような叫び声を上げて、タクマが両手のひらを突き出す。
「き、効くはずだぁぁっ! スキル発動! 〈相思相愛〉ぃぃっ!!」
発動する忌まわしき転生チート勇者の能力。
トーヤの遺骸を強く強く抱き締めながら、竜の娘は薄く笑った。