この世界ではお金で生きています二章5
二章住み着いた魔物5
一階に降りるとテーブルには一人分のパンとお粥、それに一枚の置き手紙があり、手紙には榛名宛に書かれている。
勇樹は置き手紙を榛名に渡すと彼女は受け取り、内容を読む。
「どうやらお粥の方は勇樹さんのようですね。温めてから食べさせてくれと書かれています。では、お粥を温めてきますから少々お待ちくださいね」
お粥を持つと榛名はキッチンに向かい、温めることができそうなものを探した。
すると電子レンジのような電気機器を見つけ、ボタンなどを調べると、どうやら電子レンジで間違いないようだ。
まさかゲームの世界にも現代の家電があるとは思わなかった。
取っ手を握り、蓋を開けて中にお粥を入れると温めのボタンを押し、お粥が温まるのを待つ。
ピピッと音が鳴り、温めが完了したことを知らせる音がなるとお粥を取り出し、テーブルへと戻る。
テーブルの上にお粥を置くと勇樹の隣りに座り、スプーンを握ると一口分掬い上げ、フーフーと息を吹きかける。
お粥が冷まされたことを確認すると今度は勇樹の口元に持って行く。
「はい、あーん」
突然の行動に勇樹は驚く。心臓の音が大きく聞こえ、心拍数が上がったことが嫌でも分かった。
「な、なな、何をしている」
「何って食べさせてあげているのですよ。手紙にはそうするように指示がされていたのですから」
勇樹は直ぐにテーブルの上に置かれた手紙を取り、内容を読む。確かにそこには食べさせてあげてくれと書かれているが、おそらくこれは表現の一種であり、甘えさせてあげてくれと言っている訳ではないだろう。
「榛名、君は勘違いをしている。確かに食べさせてあげてくれと書かれているけど、甘えさせてあげてくれと言う意味ではないからな」
「そうだったんですか。すみません、榛名ったら勘違いをしていたみたいです」
「いや、分かれば良いんだよ。だからそのスプーンを渡してくれ」
勇樹は手を差し出し、榛名からスプーンを受け取ろうとする。しかし、彼女は勇樹の手に渡すようなことはしなかった。
「あのう、榛名?スプーンを渡してくれないと食べれないのだけど」
「すみません。ですが、せっかくなので一口だけ食べさせても宜しいでしょうか?」
「え、何で」
「何でと訊かれても榛名は困ります。ですが、敢えて言うのであれば何となくでしょうか」
何となくでそんな恥ずかしいことをしたがるのだろうか。
勇樹の頭の中では、食べさせる行為とは恋人同士の愛情表現の一種か、母親がまだスプーンを持つことができない幼子のために食べさせてあげるようなシチュエイションしか思い浮かばない。
もしかしたら後者のように、彼女の母性本能的なものが出たのかもしれない。
本当は恥ずかしいので断りたいところであるが、このまま拒否をしたところでエンドレスになるような気がする。
仕方なく諦めることにした勇樹は恥ずかしい思いをして口を開けると、榛名は微笑みながら勇樹の口の中にお粥を入れていく。
お粥は温め直しても美味しく、ピリッとした辛さが食欲をそそられる。お米の柔らかさが口の中に広がり、数回噛むと飲み込み、食道を通して胃へと送り込まれる。
発汗作用のある食材を使っているのか、一口食べただけで額から汗が出てきた。
榛名からスプーンを受け取ると、勇樹はお椀の中にある。お粥を掬うと食べ始める。
「勇樹さんって不思議ですね。この世界の食べ物をそんなに美味しそうに食べることができるなんて」
「いや、これにはちょっとした事情があってな」
勇樹は榛名に死んでからエミリーと出会い、所持金全てと引き換えにガチャを回し、味覚機能の強化の特典を手に入れたことと、その性能についてを話した。
「そうなんですか。味覚機能の強化、羨ましいです。榛名なんか、このゲームの世界に来てから美味しいものを食べても、紙を食べたような美味しくない味しかしなくなりましたし、ゲームの使用で満腹度が減ってしまうとどんなに嫌でも食べないといけなくなりますもの」
羨ましいそうに勇樹を見る榛名は自分の分の朝食のパンを口に運ぶ。彼女は無表情になり、パンを食べるだけのマシーンと化していた。
「そう言えば、俺ってこの味覚機能の強化があるから、満腹度って言うのが分からないんだよね。いったいどうやって認識しているの?」
勇樹はガルドから話しを聞いて、気になっていたことを榛名に尋ねた。
「あ、それはですね」
榛名は右手を前に突き出し、掌を垂直に向けると瞼を閉じる。すると目の前にディスプレイが現れ、榛名の情報が表示される。
「こんな風に手を翳して心の中でステータスの表示と呟くんです。するとステータスのディスプレイが空中に表示されるようになります」
表示されているディスプレイの満腹度の項目に人差し指を向けると数秒して画面が切り替わり、満腹度が表示された。
満腹度はパンが五つで表示され、時間が経過すると少しづつ黒く塗り替わり、全てのパンが黒くなるとプレイヤーにとって悪い状況に陥ることになると榛名は説明した。
「へぇー、そんなことができたんだ」
榛名の真似をして同じ動作をすると、心の中でステータスの表示と呟く。
勇樹の眼前に青色のディスプレイが表示され、満腹度の項目に指を向ける。数秒後に画面が切り替わり、満腹度の画面に切り替わるが、画面にはエラーと表示されている。
「俺には満腹度が存在していないから画面がエラーになっているみたいだな」
満腹度の画面を切り替え、他にも気になる項目に指を向け、画面を切り替えてみる。
アイテムの画面では、現在勇樹がマジック袋の中に収納されているアイテムが表示され、天空鳥の剣に指を向けると天空鳥の剣の画面に切り替わり、詳細な説明が表示される。
「こいつは便利だな。これなら収納しているアイテムの確認もできるし、詳細な情報を知ることもできる」
続いて特殊状態という画面に切り替えると、そこにはガチャで手に入れた特典が表示される。
「あのう、デイリーボーナスとか肉体エステってどういう効果なのですか」
自分の知らない特殊状態が気になったのだろう。画面を覗いていた榛名が訊いてきた。
勇樹は説明するべきかどうか悩んだ。もし、仮に真実を伝えた場合彼女はどう反応するだろうか。きっと榛名は勇樹を自分と同じぐらいの年齢だと思っているはず。なら、真実を伝えてしまったら彼女は勇樹のことを自分を騙した男だと思い、嫌われるかもしれない。
いや、榛名はこのゲームの世界で知り合った唯の一人の女の子にしか過ぎない。別に嫌われても良いじゃないか。それならば真実を打ち明けた方が騙している罪悪感から解放されスッキリするかもしれない。
決意を固めると勇樹は榛名に真実を語ることにする。
まずはデイリーボーナスからの説明だ。
「このデイリーボーナスは毎朝五時になると、俺の所にアイテムが届く仕組みになっているんだ。アイテムはランダムのようで何が送られるのか当日にならないとわからないみたいだね」
デイリーボーナスの詳細の書かれた画面に切り替え、軽く説明すると今度は肉体エステの詳細画面に切り替える。
「そして、肉体エステだけど、ここに書かれているように、過去の肉体に姿を変えることができるんだ。そう、君の目の前にいる俺は十七歳だった頃の過去の身体で、本当は二十九歳、三十路になる前に死んでしまったおっさんなんだ」
真実を語ると、勇樹は榛名の顔を見るのが怖かった。だけど、彼女が今どのような表情をしているのか気になってしまった勇樹は、思いっ切って彼女の顔に視線を向けた。
榛名は驚いた表情をしていたが直ぐに表情を和らげ、笑みを向ける。
「そうだったのですね」
「ごめん、君を騙すつもりはなかったんだ。本当のことを言うと榛名を傷つけてしまいそうな気がして、それが怖くて真実を言うことができなかった」
「確かに驚きましたし、本当のことを話してくれていなかったことに対しては正直悲しかったです。ですが、いくら年齢が違うからと言って、勇樹さんを嫌う理由にはなりませんよ。勇樹さんは勇樹さんじゃないですか。年齢なんか関係ありませんよ」
彼女の優しい笑みで紡がれた言葉は勇樹の心を優しく包み込む。
「ありがとう。勇気を出して言って良かったよ」
「お礼を言う程のことではありませんよ。それに正直に話してくれたと言うことは、榛名を信頼してくれたと言う証拠ですので」
「えっ?」
「信頼していない場合は最後まで嘘を吐き、騙し続けます。ですが、それでも勇樹さんは嫌われるかもしれない覚悟で真実を話してくれました。心の奥底で榛名を信じていなければそのような行動は取れません。逆に信頼してくれたということが分かり、嬉しかったです」
榛名は笑みを勇樹に向ける。その言葉で勇樹は真実を話そうとしなかった罪悪感がなくなり、スッキリした気持ちになった。
「ありがとう」
「えっ?」
今度は榛名が勇樹の言葉に驚かされる番だった。まさかもう一度お礼を言われるとは思わなかったからだ。
「いや、何だかもう一度お礼を言いたい気持ちになって」
さっきのお返しとばかりに勇樹は榛名に笑みを向ける。
「やっぱり、勇樹さんは今まで出会った人達とは違いますね」
「今何か言った?」
榛名が何か喋ったが、小声で小さく、良く聞き取れなかった。
「いえ、唯の独り言なので気にしないでください」
気にしないでくださいと言うと榛名は勇樹から顔を背ける。
今まで話して来た中で彼の内面を知ることが出来た。彼は誠実な方だ。それに優しく、己を変えようとする強い意志を持っている。過去の過ちで涙するところは頼りなさげな感じがしたが、それも彼の優しさと誠実さから出た涙であり、そんな姿も魅力の一つなのだろう。
勇樹は他にも気になった項目を見付ける。死の原因と書かれた項目だ。
そのような項目があるとは思わず、驚かされる。
死の原因は自分でも分かっている交通事故に遭い、その後死んでしまった。
今更確認することではないが、勇樹はどのように書かれているのか気になり、画面を表示させる。
画面には『霧雨勇樹、年齢二十九歳の時、会社からの帰省時に前方不注意のトラックの運転手に跳ねられ、近くの大学病院に搬送、その後、@¥&?!/&;%$…………』
病院に搬送させれた辺りから文字バグが起き、どのような内容なのか知ることができない。気にはなるが、交通事故が原因で死んでいると分かっている以上のことを知ることができないようだ。
「ステータスディスプレイを消す場合はどうすれば良いんだ」
自分の死を再度認識され、気分がブルーになった勇樹はそれ以上ステータス画面を見る気が失せてしまった。
「それなら表示したときと同様に心の中でステータスオフ呟けば消えるはずです」
榛名の指示に従ってステータスオフと心の中で呟くと画面が瞬時に消える。
「ステータス画面は自分以外にも第三者が見ることだって可能となります。なので、個人情報を守る為にも信頼出来る人以外は誰もいない場所で表示して確認するようにしてください」
「そうだな。これからはステータスを表示するときは周囲に気を配るようにするよ」
「あ、でも榛名ばかり勇樹さんの個人情報を知ってしまって不公平ですね。どうぞ榛名のステータスを見てください」
勇樹の意志の有無を訊く前に、榛名は自分のステータス画面を弄ると榛名の前から画面が消え、勇樹の目の前に彼女のステータス画面が表示された。
「榛名のステータス画面の一時的閲覧許可を勇樹さんに送りましたので好きなだけ見て構いません」
いや、好きに見て構わないって、これ大事な個人情報だろう。そんなものを簡単に人に見せて良いのか。
勇樹は突然得た権利に戸惑い、どうすれば良いのか悩んだ。




