回復魔法の使い方
手合せを終え、三人で客室に戻った。セラさんは、痛めた体を回復魔法を使って癒やしている。
「やっぱり便利ですよね。回復魔法って。マスターするのってやっぱり難しいんですか?」
セラさんは回復を終えたのか手を止め、ボックスから十センチほどの分厚い一冊の本を取り出す。その背表紙には、
『人体の仕組み その一』
と書かれていた。
「回復魔法を使う為に必要なものは、高い魔力と知識だ!」
俺は嫌な予感がした。
「ち、知識とは……」
「人体に関する知識だよ。人間がどうやって傷を治すのか、どこにどんな骨や内臓があるのか、それがどういう働きをするのかなど全てだ。それを理解しないことには回復魔法は使えない」
なんてことだ……つまり人体に関して勉強しろということか……正直俺は勉強というものが苦手だ……体を酷使するほうが数段ましだ。
だが憧れの回復魔法の為なら苦手なものでも克服してやる!
「つまりこの本の内容を全て理解すれば回復魔法に近づくわけですね」
机の上に置かれた本を手に取り、ペラペラとページをめくる。文字ばかりで絵がほとんどない。しかしやれないことはない。たとえ一年かかったとしてもやってやる。
「そうだな。十分の一は近づくぞ」
「え?」
セラさんはそう言って、ボックスから次々と本を出していく。
「人体の仕組み全十巻セットだ。私は全て理解しているから特別に貸してやろう。全てを理解したとき、きっと回復魔法を使えるようになっているはずだ」
絶望した……一冊でも厳しのにそれが十冊もあるなんて……
「うわぁ、私じゃ絶対無理だよぉ」
ルミナは目の前にそびえ立つ本の山から目線をそらす。
回復魔法を扱える人がほとんどいないとこに納得した。つまり回復魔法を使う為には、魔法の才能と、頭脳の高さの両方が必要だということだ。
ただそれでも俺は回復魔法を覚えたい。もし使える様になれば、ルミナが危険な状態になった時でも治してあげられる。もちろんそんな危険な目にあわせるつもりはないが、ルミナは無鉄砲に突っ込むときもある。やはり必要だ。
「ではお借りします。返すのがいつになるかは分かりませんが……」
一冊ずつボックスにしまっていく。一冊一冊が妙に重く感じる。
「あぁ、いつでも大丈夫だ。私は五年くらいかかったが、ルクスくんなら半分の時間もかからないだろう」
セラさんは人の気も知らないで笑っている。
ますます気が重くなる。学校の校長を務めるセラさんが五年なら俺は何年かかるんだ……
「ちなみに無詠唱魔法についてだが……」
セラさんはまたもやボックスに手を入れる。ま、まさか……
そして、予想通りに机の上に分厚い本を置いていく。
『魔法生成の仕組み その一』
『魔法生成の仕組み その二』
『魔法生成の仕組み その三』
『…………』
『……』
「これは全五巻になる。回復魔法の半分だから楽勝だな。これを理解すれば無詠唱魔法なんて簡単に使えるぞ」
久しぶりに泣きそうになった……なんの嫌がらせですか、これは。
いや……でもちょっと待てよ。
「セラさん、ルミナは無詠唱魔法使ってましたよね」
「そうだな。あれは確かに無詠唱魔法だった」
「もしかして、読まなくても使える様になるコツがあるんじゃ……」
その時、ルミナの甲高い声が部屋に響く。
「わぁぁ! 懐かしぃぃぃ! これ昔の家に置いてあった本だ! 家に本はこれしかなかったからよく読んでたなぁ」
ルミナは一冊の本を手に取ってまじまじと見ている。
「昔の家ってサンドラの?」
「そうそう。お母さんがよく読んでくれてたなぁ」
お母さんがこんな参考書みたいな本を読み聞かせるなんてどんな家庭環境だよ……
「なるほど……無詠唱魔法にも高い魔力が必要だ。もともと知識があったルミナさんはレベルが上がって必要な魔力を身につけて、無詠唱魔法を使えるようになったわけか」
セラさんは納得したように頷いている。
「ルクスもすぐにできるようになるよ。そんな難しくないよ、大丈夫大丈夫」
ルミナに励まされるが、妙に悔しい気持ちになる。戦いに関しては常にルミナの前を走っていたはずなのに、初めて遅れをとった。
「う、うん。頑張るよ……」
「本来なら学校の授業で分かりやすく教えていくんだがな。状況が状況だから仕方ない。さて、それでは本題にうつろうか」
和やかだった部屋が、セラさんの言葉によりピンと張りつめる。
そうだった。今は回復魔法や無詠唱魔法は後回しだ。
「アスールに行くんですね」
「あぁ、とりあえずアスール王に会おう。最近、王位継承が行われたばかりだが評判が良い王らしいから安心しろ」
そういえば、自分の国の王様には会ったことがないな……一体どんな人物なんだろうか。少し楽しみになってきたな。