アスールへ
「ところでセラさん。ここからアスールまでは、どうやって向かうんですか?」
徒歩で簡単に行けるような場所ではないように聞いていたので気になっていたのだ。
セラさんは人差し指をあごに当て、少し考える素振りを見せた。
「うーん……普通に行くなら終焉の密林に入らず、大きく森を迂回していくのだがね。……君たちほどの戦闘力があれば、あの森をそのまま真っ直ぐ突っ切った方が早そうだ」
「えっ……森って、あの森ですか?」
ルミナが、俺たちが死ぬ思いで命からがら抜け出してきたばかりの、あの鬱蒼とした大森林を指差した。
「そうだが?」
「あのっ……私たち、ここに来るまでにあの森を抜けるのに『3ヶ月』もかかったんですけど……ッ!」
「ああ、さっきも言っていたね。あの森を東に抜けさえすれば、すぐアスール王国に入れるのだよ。ちなみに森の中心から北に向かえばこの学校のある町に着く。南に行けば……君たちがゼルハイジャンと戦ったという荒野だな」
……ん?
俺たちは荒野から森に入って、ひたすら真っ直ぐ進んでいたはずなのだが……。
「えーっ!? じゃあ、また森の中を何ヶ月も歩き回るのぉぉぉ……っ!?」
ルミナが嫌そうに顔を歪めて不機嫌そうに呟く。
しかし、セラさんは首をかしげて不思議そうに言った。
「いやいや、本来なら半月もあれば余裕で抜けられる程度の距離だが? ……君たちはただ、極度の方角音痴で道に迷っていただけだろう」
(……えっ?)
つまり……俺たちは真っ直ぐ進んでいたつもりで、ただ森の中をグルグルと円を描いて彷徨っていただけだった、と……!?
(……あ、あはは。まあまあ、おかげでルミナも劇的に強くなれたわけだし? 実戦修行と思えば結果オーライ……なのか?)
必死に自分へ言い訳を試みるが、俺が率先して前を歩いていた手前、凄まじい責任感が重く肩にのしかかる。
隣を見ると、ルミナから「ルクスのせいで3ヶ月も遭難したんじゃないの!」と言わんばかりの痛烈なジト目が突き刺さっていた。
……よし、ここは華麗に無視して話を逸らそう。
「ち、ちなみにセラさん! 街道を迂回していったらどれくらいかかるんですか!?」
「3ヶ月だな」
「へぇ〜! ルクスが森の中で迷子になって無駄にした日数とピッタリ同じだねぇ〜?」
ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべ、ルミナが顔を覗き込んできた。……くっ、話を逸らさせてくれない!
「……迷って無駄な時間を取らせてしまい、本当に申し訳ございませんでした」
俺は潔くルミナに向かって深々と頭を下げた。
「ふふっ、まぁいい経験値稼ぎになったから全然大丈夫だよ! なんだかんだ言って、ルクスと二人のサバイバルは楽しかったしね」
(じゃあ最初から優しく流してくれよ……!)と心の中で叫んだが、これ以上蒸し返されて墓穴を掘りたくなかったので、ぐっと言葉を呑み込んだ。
見かねたセラさんが苦笑しながら助け船を出してくれる。
「今回はナビゲーターとして私がいるからね、迷う心配はないから安心しなさい。それに時間もないことだし、途中の魔物は極力スルーして一気に突っ切るとしよう」
「はい! 先頭の誘導はお願いします。周りの雑魚散らしは俺とルミナでサポートしますので」
「ふふ、これ以上なく頼もしい護衛だな。では、出発は明日の朝にしよう。今日は我が校の宿舎でゆっくり旅の疲れを癒やすといい」
「分かりました。では、明日からよろしくお願いします!」
こうして俺たちはセラさんと一旦別れ、あてがわれた快適な部屋で一泊し、翌朝を迎えた。
約束の時刻になり、町の出口へ向かうと、そこにはすでにセラさんが待っていた。
「すいませんセラさん! お待たせしてしまいましたか!?」
「いやいや、ぴったり時間通りだよ。問題ないさ」
セラさんはニコッと優しく微笑むと、すっと左手を俺の前に差し出してきた。
……ん? 左手? 俺にはその意図が分からず、首を傾げた。
「え? なんの真似ですか……?」
「折角だからね、手を繋いで行こうじゃないか。さぁ、ルミナさんも」
そう言って、今度は右手をルミナの前に差し出す。
(……セラさんにしては、妙に子供っぽいというか、変なことを言うな……?)
戸惑いつつも、俺とルミナは顔を見合わせ、言われるがままにセラさんの手を握り締めた。……ひんやりとした、温もりの少ない透き通るような手だ。
その瞬間——セラさんの口元がニヤリと悪戯っぽく歪んだ。
「——『トランスファー』」
言葉が紡がれた刹那。
かつてゼルハイジャンに喰らわされた時と同じ、周囲の視界がぐにゃりと歪む強烈な浮遊感が全身を襲い、一瞬だけ世界が漆黒に染まった。
そして——次の瞬間、眩しい日光と共に目に飛び込んできたのは。
見慣れた街並み。
アスール王国の王都ブラン——その中心にそびえる、巨大な冒険者ギルドの正門前だった。
「よし、無事に到着だね」
握っていた手を離し、セラさんがホッとしたように俺たちを見つめて言った。
「い、いやいやいやセラさんッ!!?? こんな便利な魔法が使えるなら最初から言ってくださいよ! むちゃくちゃビックリしたじゃないですか!!」
まさかセラさんまで転移魔法『トランスファー』を使いこなせるとは夢にも思わなかった!
しかも昨日まで「森を歩いて突っ切る」とか言っていたのは全部嘘かよ!
「ふふっ、驚いてくれたなら私の作戦通りだ。まあ、私のトランスファーは術者に直接触れていないと同行者を巻き込めなくてね。だから手を繋いでもらったのさ」
くすくすと嬉しそうに喉を鳴らすセラさん。
(……何がおかしいんだか……。セラさんって一見知的でクールに見えるけど、根っこは相当なお茶目だな。……うん、案外あのグレイブさんとお似合いのコンビなのかもしれない)
「せ、セラさんっ! わ、私にもその魔法を教えてくださいっ!!」
突然、ルミナが目をキラキラと宝石のように輝かせて身を乗り出した。
「ん? トランスファーの魔法をかい?」
「はいっ! この魔法さえ覚えられたら、どこでも一瞬で行き放題じゃないですか! 馬車に何日も揺られたり、森で迷子になったりしなくて済むし!」
確かにそれは魅力的だ。過酷な移動時間をすべてスキップできるなら、これ以上の魔法はない。しかし、セラさんはルミナの瞳をじっと見つめると、少し表情を陰らせた。
「……そうだね。無詠唱魔法の素地があるルミナさんなら、理論上は覚えられるかもしれないがね……」
そこで一度言葉を切り、セラさんは重々しく息を吐き出した。
「未熟な者が生半可なイメージでこの魔法を使うと……意図しない見知らぬ土地へ飛ばされるリスクがある。いや、見知らぬ土地ならまだ運が良い方だ。……最悪の場合、出現位置が上空数百メートルだったり深海の中だったりする。……あるいは、転移の空間に巻き込まれて、身体がバラバラに引き裂かれた事故例だってあるのだよ」
——ゾクッ、と背筋に恐ろしい寒気が走った。
ルミナも弾かれたように言葉を失い、青ざめた顔で固まっている。
見知らぬ土地ならまだしも、空中落下に深海沈没……挙句の果てに人体切断だと……!?
そんな恐ろしいリスクを抱えた魔法を、よくセラさんは平然と使えたものだ。
「……わ、私……もう少し……ううん、しっかり修行して大人になってから教えてもらおうかな……」
「そ、そうだな! うん、絶対それがいい! 焦る必要なんて全くないぞ!」
俺も全力で首を縦に振って同調した。
ルミナのうっかりした好奇心で、二人揃って塵になるなんて笑えない冗談は絶対に御免だ。
「ふふ、賢明な判断だ。……さて、それじゃあまずはグレイブのところへ顔を出すとしようか」




