世界の情勢
「こちらでお待ちください、ルクス様、ルミナ様」
ラースは先ほどと打って変わって、怯えたように俺達を客室まで案内してくれた。
「そんな怯えなくても別に怒ってもないし、何もしないから。それに様付けなんて止めてくれよ。多分だけどそっちが年上だろ。敬語なんて使わなくていいから。俺も使わないし」
俺がそういうと、ホッとしたのか強張った体が少し緩んだ。
「いえ、ランカーは私達冒険者の憧れです。馴れ馴れしく話すなんて無理です。ではセラ先生を呼んでまいります。少々お待ちください」
ラースは深々と一礼して去っていった。とても門で突っかってきた男と同一人物とは思えない。
とりあえず机を挟んで並んであるソファの片側に座って待つことにした。ルミナは早速、机に置いてあったお菓子に手を伸ばしていた。そういえばこの町についてまだ何も食べてなかったな。セラさんにおいしいお店でも案内してもらおう。
「やっぱりランカーって凄いよね。冒険者の憧れなんだって。よかったね」
口に大量のお菓子を入れながらも、器用にしゃべっている。
「よくないよ。俺は平穏な生活を送りたいの。こんな腕輪邪魔なだけだよ」
「ルクスには平穏な生活なんて無理だって。それに私は彼氏がランカーで鼻が高いよ。でもこれで私もランカーになれたら最強カップルだね」
ルミナは輝くような笑顔を浮かべそんなことを言ってきた。その笑顔に恥ずかしくなり、若干体温が上がっていくのを感じた。最強カップル……悪い気はしない。
「そ、そうだね。じゃあルミナはもっと強くなれるように頑張らないとな」
「うん! もっといっぱいご飯食べて強くなる!」
その時、入口の方から、
「おいおい、私の学校は恋愛は自由だが校内でいちゃつかれるのは困るぞ」
「セ、セラさんいつの間に!」
「ふふ、ルクス君ともあろう人が気づかないなんて、どれだけルミナさんに夢中なんだか」
セラさんは手を口に当てて笑いを堪えているようだった。ほんと恥ずかしい……
「いやぁ、からかってすまない。とりあえずルクス君たちの話を聞こうかな」
セラさんは向かい合うようにソファに座った。
「そうしてもらえると助かります。とりあえずロッソに行くという話をしましたよね」
「あぁ、たしかドラゴンの手がかりを探しに行くんだったな」
「ロッソに着いて、カインってランカーと戦ったり、ロッソとアマレロが同盟を組んだという情報を得たりしたんですが、最後にドラゴンをさらっていた犯人のゼルハイジャンという男と戦いまして……」
俺の話をそこまで聞くと、そこまで穏やかだったセラさんの表情がみるみる険しいものに変わっていく。
「ちょ、ちょっとまて。話がどれも濃ゆすぎてついていけん。カインに同盟にゼルハイジャンって言ったな。相変わらず規格外な男だな。君は」
「俺はこんな生活は望んでないんですけどね……」
俺は溜息をついて、ロッソで起こったこと、ゼルハイジャンに勝ったはいいものの、トランスファーで見知らぬ土地に飛ばされ森を三カ月も彷徨ったことを事細かくセラさんに話した。
「ロッソについて一日足らずで、カインとゼルハイジャンの二人を倒してしまうとはな……まぁ、ルクス君の強さは私の体にはっきりと刻まれたから今更驚きもしないが」
セラさんはそう言って自分のお腹をすりすりと擦っている。
「もう止めてくださいよ。あの時はセラさんだって俺を試すようなことことをしたんだからおあいこですよ。それよりも俺達は一刻も早くロッソに戻りたいんです。仲間も心配してるはずなので」
「おや? ルクス君は魔法についてもっと学びたいんじゃなかったのか? 今を逃すと一生学ぶことができないかもしれないよ」
確かにセラさんの使う回復魔法や無詠唱の魔法は魅力的だけど……しかし今は残してきた仲間が心配だ。
「いえ、今は戻ります。帰る方法を教えてください」
俺の答えにセラさんは今までの穏やかな雰囲気から急に張りつめた空気を纏ったように表情を変えた。
「結論から言うと、今ロッソへ行くのは止めておいたほうがいい。最近のことだが、アスールに対してロッソから同盟を求める文書が届いた。しかし同盟とは名ばかりで内容はロッソ優位のものばかりだ。もし拒めば武力での侵略もあると。急に強気になったのには何かあると思ったがアマレロと組んでいたとはな……」
「なっ……侵略だって……」
三国が拮抗していた中、そのうちの二国が同盟を結んだ。残り一国が邪魔になるのは必然だろう。しかし森を彷徨っている間にここまで情勢が変わっているなんて。
「私もアスール王にブランに戻るよう頼まれている。私は国を離れた身だし、正直相手がロッソだけならグレイブに任せておこうとも思っていたがアマレロも相手となるとかなり分が悪い。もし君がアスールを守ってくれるというのなら頼もしい限りなのだが……」
アスールをロッソとアマレロから守る……いわゆる戦争ということか……正直巻き込まれたくない話だ。今までも散々こういう場面に遭遇してきたが後味の悪いものになるのは間違いない。多くの町が焼かれ、多くの人々が死んでいく。しかし俺は関わり過ぎた。プラシアでともに過ごしてきた人々、ブランをはじめ、他の国や町で出会った人々。とても見過ごすわけにはいかない人々だ。
「行こう、ルクス! 私達がアスールを守ろう!」
ルミナが急に立ち上がり、迷いのない力強い言葉で俺を鼓舞する。
「いいのかルミナ。今までの戦いとは訳が違う。戦争だぞ……危険も多い」
「分かってる……でも誰かがやらなきゃ。私達には力がある。力があるからこそ力の無い者を守らなきゃ。大丈夫! アスールにはグレイブさんやセラさんもいる。今、絶賛成長期中の私もいる。それになんてったってルクスがいる。ルクスが本気出したらロッソやアマレロだってきっと諦めるよ」
ルミナの熱弁に思わず笑みがこぼれる。セラさんも同様のようだ。
「ちょっと、なんでみんな笑うの?」
「いや、ルミナ……途中までかっこよかったのに絶賛成長期中って自分で言うかな。分かったよ。アスールへ行こう。シャルルもそんな状況ならプラシアに戻っているだろう」
「ルミナさんは相変わらずだな。でも確かに以前とは違うようだ。よし! アスールに戻る前に一度手合わせしてみるか。どれだけ強くなったか見てやろう」
「「えっ?」」
俺とルミナは思わず同時に声を上げてしまった。どうしていつもいつも強い人が現われると直ぐ戦いたがるのかな……