辿り着いた場所
「着いた、着いたー! それにしても……すごく大きくて立派な建物ね」
ルミナは茶色の重厚な石造りで建てられた、どこか気品漂う清潔感のある巨大な建造物を見上げて感嘆の声を漏らした。
(……何の建物だろ? この町のギルドかとも思ったけど、雰囲気が少し違うな)
建物全体を囲むように高い防壁が巡らされており、その大きさたるやブランのギルドに匹敵する四階建ての広大な大建築だ。
唯一確認できる重厚な鉄格子の門の前には、制服らしき身揃いの服を着た、20代後半と思われる男が二人、門番として立ちふさがっていた。
その二人は鋭い眼光で周囲を見渡しており、まるで「鼠一匹通さない」と言わんばかりの警戒感を露わにしている。
そして——俺が男の方と目が合った瞬間、彼は眉間にシワを寄せ、鋭い眼光のままこちらへ向かって歩み寄ってきた。
「おい、そこの二人。そんな物騒な獲物をぶら下げて……一体何の用だ? ここは部外者が立ち入っていい場所ではないぞ」
男は俺の目の前に立ちはだかると、不機嫌そうに俺の腰の輝夜を指差した。
「いや、俺たちは旅の冒険者なんだけど、迷ってしまってさ。ここがどこなのか教えてくれないか?」
俺が穏やかに尋ねると、男は怪訝そうな顔で俺の頭から足先までを舐め回すように見定めてきた。
「迷った……? お前たち、まさかあの『終焉の密林』を抜けてきたとでも言うつもりか?」
……『終焉の密林』というのがあの巨大な魔物ばかりの森のことかは分からなかったが、とりあえず頷いておいた。
すると、男は侮蔑と怒りを露わにした表情を浮かべた。
「ふざけるな! お前たちのようなガキがあの密林を生きて出られるわけがないだろう! 本当のことを言え、どこの間者だ!?」
本当もなにも事実だし、他に言いようがないのだが……。
まあ確かに、俺くらいの歳の男女があのSランク級の魔物が闊歩する森を平然と抜けてきたなんて言われても、信じられないのも無理はないか。俺がどう説明したものかと頭を悩ませていると、隣からルミナが可憐な声で口を挟んだ。
「ルクスの言っていることは本当よ! 襲ってきた魔物はぜーんぶ私たちが倒したんだから!」
男の鋭い視線がルミナへと移った。
——次の瞬間。男の顔がみるみるうちにリンゴのように真っ赤に染まっていく。
「か……可愛すぎる……ッ!?」
「「えっ……」」
男が思わず漏らした魂の叫びに、俺とルミナの声が見事に重なった。
「お、お名前は何とおっしゃるのですか!? おいくつですか!? 一体どちらから来られたのですか!?」
さっきまでの高圧的な態度はどこへやら。男は急にフワフワとした優しい口調になり、身を乗り出してルミナに怒涛の質問攻めを始めた。
……おいおい。こいつ、ルミナに一目惚れしやがったな。ルミナが可愛いのは満場一致で同意するし、良い目をしてるとは思うが……俺の目の前で悪い虫がつくのを黙って見過ごすわけにはいかない。
「おい。俺の彼女に気安くちょっかい出すなよ。迷惑してるだろ」
俺はそう言うと、ルミナを庇うようにすっと彼女の前に立ちはだかった。
再び男の視線が俺に向けられる。だがその瞳には、先ほど以上の激しい敵意と嫉妬が炎となって燃え盛っていた。
「はぁぁぁ!? お前のごとき貧相な男の彼女だと……っ!? この地上に降臨した女神様がお前なんかに惚れるわけがないだろうがッ! ああもう怒ったぞ! お前が何者だろうと関係ない、叩き出してやる!」
男はカッと頭に血が上った様子で、腰の剣の柄に手をかけた。
おっと、本気でやる気か? 正直、ここで無駄な揉め事を起こすつもりはないんだが……どうしたもんかと身構えた、その時。
「そこまでだッ!! やめろラース!!」
門の奥から、朗々と響く凛とした制止の声が上がった。
殺気立っていた男——ラースが弾かれたように青ざめ、後ろを振り返る。
俺も声のした方へ視線をやると、見覚えのある人物が歩いてくるところだった。
「やあ、約束通り来てくれたみたいだね。ルクス君、ルミナさん」
穏やかで知的な笑みを浮かべていたのは——あのセラさんだった!
「セラさん……っ!!」
「キャーッ! セラさんーっ!!」
まさかこんな場所で再会できるなんて! ルミナは飛び上がらんばかりに喜んで、セラさんの胸元へとダイブするように抱きついた。セラさんも「よしよし」と優しくルミナの頭を撫でている。
いやぁ、本当に運が良い。運のステータスが仕事をしたようだ。知っている人に会えただけでも儲けものだし、セラさんならアスールへの帰り道や今の情勢だって詳しく教えてくれるはずだ。
「セラさん、お久しぶりです!……ということは、ここはセラさんの学校なんですか?」
「ん? ふふ、分かっていて訪ねてきてくれたわけじゃないのかい? まあ、詳しい事情は中で聞こうか」
「では、お言葉に甘えてお邪魔します」
俺とセラさんの親しげなやり取りを、口をぽかーんと開けて見ていたラースが、我に返ったように再び騒ぎ出した。
「セ、セラ先生っ! いいんですか!? こんな怪しげな得体の知れない奴らを、我らの学園内に招き入れるなんて……っ!」
「おい、ラース」
セラさんの声から一瞬で温度が消え、低く冷ややかなトーンへと変わった。
その一言だけで、ラースの身体がビクッと凍りつき、背筋をピンと垂直に正す。
「は、はいっ!」
「命拾いしたな、ラース。私が止めに来て正解だったよ。もし止めていなかったら……君は今頃、血の海に沈められていたところだ」
(……いやいやセラさん!? いくらなんでも血の海には沈めないって! 精々げんこつを一発叩き込んで痛がらせる程度で済ませるつもりだったのに……!)
心の中でツッコミを入れていると、セラさんは俺の腕を不意に掴み、制服の袖をさらりと捲り上げた。
俺の腕に光るのは——ローマ数字の『Ⅳ』が刻まれた、重厚なランカーの腕輪。
それを見た瞬間、ラースの顔面から一切の血の気が引き、ガタガタと全身を激しく震わせ始めた。
「Ⅳの刻印……ッ!? ま、まさか……セラ先生からランカーの座を勝ち取ったという……伝説の……ッ!?」
「そう、彼だよ」
「ひぃぃぃぃぃっ! も、申し訳ございませんでしたぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」
ラースは悲鳴のような声を上げると、地面に頭をめり込ませるほどの勢いで、凄まじい謝罪……いや、完璧な土下座を決めた。
(……セラさん、脅かしすぎだって! ほら、完全にトラウマになっちゃってるじゃん……)
「ふふ、冗談だよ。ルクス君はそんな程度で怒ったりする狭量な男じゃないさ。……だが、本当に悪いと思っているなら、彼らを一番良い客室へ案内してくれないかい? 私は少し受け入れの準備をしてくるから」
「は、はいぃっ! 喜んでお供いたしますっ! ……それではルクス様、ルミナ様、どうぞこちらへ……っ!」
手のひらを返したような拝むような姿勢で案内を始めるラース。
……様付けなんて、お願いだからやめてくれ……。
俺は苦笑いを浮かべながら、セラさんに一礼し、恐縮しきったラースの後ろについて学園の門をくぐるのだった。




