新たな敵
その魔術師風の人物は俺達の前で立ち止まった。
「なんか用か、じぃさん」
「フォフォフォ、初めましてかのぉ。用があるのはお前さん達じゃないのか。わざわざ、ワシから来てやったというのに」
見た目は只の年老いた男だ。しかし近くにいるだけで、その男が放つ禍々しいオーラというのか殺気というのか分からないが、とても居心地の悪いものが襲ってくる。ルミナの表情も険しくなり、シャルルに至っては震えているようにも見える。
間違いない……こいつがガボとジャンの言っていた魔術師風の男、ドラゴン達を捕えていた黒幕だ。
「お前か? ドラゴン達を捕えていたのは」
「こらこら、目上の人にお前とはなんじゃ。ワシはゼルハイジャンという。ぜルさんと呼んでくれていいぞい。そしていかにもワシがドラゴンを集めていた犯人じゃよ。最近うまくいかなくての‥‥邪魔した奴を殺しに来たんじゃよ」
ゼルハイジャン‥‥どっかで聞いた事がある名だ。それよりも簡単に認めたな。まぁ。ここで俺達を消すつもりなのだろう。さっきからガンガン殺気を飛ばしてくるしな。その時、ルミナの焦ったような声が聞こえてきた。
「シャルル、大丈夫?」
後ろを振り返ると、シャルルが座り込み両手で自分を抱えてガタガタと震えている。
「ご、ごめん。我慢してたんだけど……ぜルハイジャン‥‥約100年前にある大国を一人で滅ぼした極悪非道の魔術師‥‥まだ生きてたなんて……」
思い出した! 昔、歴史書でゼルハイジャンの名を見たことがある。たった一人で数万の国民と国を滅ぼした男‥‥確かギルドの連合軍に捕らえられたと書いてあったが………その時にはランカーも犠牲になったらしい……
「ルミナ、シャルルを連れてギルドに避難しててくれ。こいつは今まで敵とは違う……」
「うん。でも私はすぐ戻ってくるから。私も戦う。いつまでもルクスに守られてばかりじゃいられない。それに強敵から逃げてばかりじゃ、私が成すべきものには絶対に届かない」
ルミナの目は少しの淀みもなく真っ直ぐ俺を見ていた。これは俺が何を言っても無駄だろうな。いざとなったら命にかけても俺が絶対守る。
「分かった。待ってる」
俺が笑顔で答えると、ルミナも笑顔を返し、ギルドへシャルルを連れて行った。ルミナが見えなくなり、ゼルハイジャンが口を開く。
「あのお嬢ちゃんかっこいいのぉ。お前さんの彼女かい?」
「あぁ。いい女だろ?」
「フォフォ、確かに。殺すのが惜しくなるのぉ。いや、生かして奴隷として扱うのもよいか。あれだけいい女じゃ。人気者になれるじゃろうて」
ゼルハイジャンはニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべたが、すぐにその笑みは消え失せた。
「そんなことさせると思うか? あんたはここで俺が消してやるよ」
俺が怒りをゼルハイジャンに向ける。
「おー怖い怖い。その恐怖であの弟分の二人も支配したのかえ。まぁ、そのせいで死んでしまっては意味ないじゃろうに」
死んだ‥‥だれが……まさかガボとジャンが……
「殺したのか?」
「急に仕事を休むって言ってきたのでな。怪しいとおもって拷問したら、色々と吐いてくれたぞい。なかなか口は堅かったが、黙るたびに相方を切り刻んでいったら直ぐに吐きよったよ」
その時のことを思い出すように、再びニヤニヤと笑いながら話している。
またもや怒りがこみあげてくる。あの二人には特に愛着はないが、俺を兄と慕ってくれた二人が拷問を受け殺された‥‥こいつはやはり生かしておけない。俺が絶対ここで止めなくては。
「ルクス、お待たせ」
ルミナが綺麗な金髪の髪をなびかせながら走って戻ってきた。あらためてルミナを見る。たしかに美しくきれいな女性だ。この人が俺の彼女なんて信じられないほどだ。絶対守らなくては……死なせたりしない。ましては奴隷なんてもってのほかだ。
「では揃ったところで移動するかえ。こんなところで戦ったら町がめちゃくちゃじゃて。ワシは別に構わんがあの方が怒るでな」
「あの方?」
「お前さんは知らんでいいことじゃて。今日死ぬのじゃから。まぁ、万が一勝てたら教えてやってもいいぞい」
「じゃあ、教えてもらうまで殺さないようにしないとな。ところでどこに移動するんだ? 近くに広い場所なんてなさそうだけど」
「心配するでない。ワシが飛ばしてやる」
ゼルハイジャンは両手を目の前に伸ばす。俺とルミナは攻撃に備え身構える。
『トランスファー』
そう唱えると、目の前の景色が歪み、真っ暗になる。そして、次に目に映った景色は周りに何も建物がない荒野だった。荒野にルミナとゼルハイジャンはだけが存在している。ライトを使っているのか、このあたりだけ明るくなっている。
「こ、これは……」
「転移魔法は初めてかえ。便利じゃろう。とある国の名もない荒野じゃ。ここならどれだけ派手に戦っても大丈夫じゃ」
転移魔法だと……まさかそんな魔法が存在するなんて。この魔法があれば馬車で移動なんてめんどくさいことしなくてもいいじゃないか。
「じゃあ、やるか。ジイさんだからって遠慮しないからな」
『サモナー』
ゼルハイジャンはこちらが構える前にいきなり魔法を唱えた。また聞いた事がない魔法だ。目を開けられないほどのまばゆい光が辺りを包む。光が収まると、俺達を囲むように多くのドラゴンが現われた。
「フォフォフォ、召喚魔法じゃよ。使役した魔物を呼び寄せる魔法じゃて。さすがにランカーでも女を守りながらこの数のドラゴンを倒すのは無理じゃろうて。それにただのドラゴンと思ったら大間違いじゃぞ」
なるほど……召喚魔法か……この魔法があれば確かに一人で国を滅ぼしたというのも可能だろうな。しかし次から次に知らないことがでてくるな。ほんと楽させてくれないな。俺が望んだ平凡な生活はどこにいったんだか……
「ルクス、ドラゴンは10体いるみたいね。私が何体か引き付ける。残りと、ゼルハイジャンはお願いね。あと、私を守ろうなんてしないでいいからね。今回の敵は強そうだし、気にしてたら負けちゃうよ」
ルミナは白く輝く剣を構えて、いつもの笑顔で俺に語り掛けてきた。いや、平凡な生活だったら、ルミナとこうやって並んでいることもなかっただろう。ルミナと歩んでいくためなら、どんな険しい人生でも受け入れてやる。そしてこのルミナの笑顔を守り抜く。
「それは無理だね。ルミナが危険になったら俺は何があってもルミナを助けるよ。だから負けるな」
俺も背中から漆黒の剣を抜き、構える。
「うん、わかった。じゃあ、また後でね」
そういって、ルミナは後方のドラゴンに向かって走り出した。