やりすぎはいけません
俺は腰の輝夜を引き抜き、ドラゴンの群れに向かって大地を蹴った。
ゼルハイジャンの姿は見えないが、おそらく群れの後方に陣取り、召喚したドラゴンたちを障壁代わりに潜んでいるのだろう。ルミナの戦いも気になるし、ここは時間をかけるわけにはいかない。
ゼルハイジャンを守るように地上に残った二体を残し、残り八体のドラゴンが一斉に翼を羽ばたかせ、暗い上空へと舞い上がった。見上げれば、ドラゴンたちが胸を巨大に膨らませ、ブレスの予備動作に入っている。
「ルミナ、『マジックウォール』だッ!」
「言われなくても、もう張ってるわよ!」
見れば、ルミナの前方にはすでに美しく輝くガラスのような半透明の障壁が、三重に重なって展開されていた。
(流石はルミナ……! いつ間に三枚も同時に張れるようになったんだ……!?)
一流の魔術師でも同時に二枚張るのが限界と言われている難解な防御魔法だ。彼女の成長スピードは、俺の想像を遥かに超えている。
……だが、相手はドラゴンだ。しかもただのドラゴンではなく、あの大魔術師が自信満々に繰り出してきた強化個体。数も多い。
俺は念のため、俺が一度に展開できる限界枚数である『十枚』のうち、四枚をルミナの前に重ねて展開した。そして残りの六枚を自分の前に張る……つもりだったのだが。
俺の眼前に展開されたのは、なぜか『七枚』の半透明な壁だった。
(……ん? 合計十一枚……? もしかして俺も、地味に成長してるのか……?)
戸惑う暇もなく、上空の八体のドラゴンが一斉に灼熱の火球を吐き出した!
三つの巨大な火球がルミナへ、残る五つが俺の頭上へと目掛けて垂直落下してくる。
バァァァァァンッッ!!!!
直撃。凄まじい爆発音と共に猛烈な爆風と土煙が巻き起こり、荒野の視界が完全に遮られた。
「フォフォフォフォッ! 呆気ないものじゃのぉ! もう少し遊んでやれると思ったのじゃが……大したことはないのぉ!」
土煙の向こうから、勝ち誇ったゼルハイジャンの不快な笑い声が響いてくる。勝負が決したと思い込み、ドラゴンたちの陰からニヤニヤと躍り出てきたらしい。
「勝手に人の命を終わらせるなよ。……次はこっちの番だろ?」
風が吹き抜け、土煙が晴れる。
そこには、傷一つ負わずに佇む俺とルミナの姿があった。
ゼルハイジャンの顔から余裕の笑みが消え去り、目玉が飛び出さんばかりの真顔へと変わる。
「な……なんじゃと……!? マジックウォールごときでドラゴンの集中ブレスを防げるはずが……! 骨すら残らんはずじゃぞ!? 一体何をしたんじゃ……!?」
「ドラゴンの後ろに隠れてるから見逃すんだよ。単純に七枚ずつ重ねて張っただけだ。……まあ、四枚も割られたから大した威力のブレスだったよ。まぁ以前戦った金龍はブレス一発で五枚も割ったけどな」
「き……金龍じゃと……!? ああの、千年に一度しか生まれぬという、生物界頂点に君臨する伝説の神龍……金龍と戦ったというのかッ!???」
金龍という言葉を聞いた瞬間、ゼルハイジャンの顔面は蒼白る。
(……え? きんりゅう……? あいつ、そんなに凄かったの? 千年に一度……? 確か俺の魔法で泡吹いて気絶してた気がするんだけど……。まあ、まだ成長途中のドラゴンだったみたいだし、これから凄くなるのかな……)
「ま、まあ……たぶんその金龍だと思うよ。とにかく、約束通り次はこっちの番だ。……ルミナ、ちょっとこっち来て」
俺が手招きすると、ルミナは「なによ?」と不思議そうな顔で駆け寄ってきた。
「どうしたの?」
「俺から離れないで」
「え……っ?」
俺はそう言うと、ルミナの細い腰にスッと手を回し、そのまま自分の身体へとそっと抱き寄せた。
トランスファーで飛ばされたこの誰もいない荒野、そして上空に広がる障害物のない広大な空……ここなら、ついに『あれ』が使える!
アスールでシャルルから聞いて以来、ずっと使ってみたくてウズウズしていた伝説の魔法だ。
俺は天に向かって左手をかざし、静かに紡ぎ始める。
「砕けし……」
「フォフォ、フォフォッ! 何をするかと思えば……ッ! 今時、悠長に『呪文詠唱』とはのぉ! 青臭いガキが、笑わせるわいッ!」
ゼルハイジャンのバカにしたようなあざ笑いが響くが、完全に無視して詠唱を続ける。
「——幾億の星達よ、天より舞い降り……」
「ちょ……ち、ちょっと待て……ッ!? その節回し、まさか……『神域魔法』……!? や、やめろ……やめるんじゃぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」
気づくのが遅いんだよッ!!
「——世界を殲滅せよ! 『メテオフォール』ッッ!!!!」
俺が魔法名を叫んだ瞬間、世界から音が消えた。
上空の夜空が赤黒くひび割れ、雲が蒸発し、空全体が燃え盛る巨大な炎に包まれる。
次の瞬間——シャルルが放ったものの十倍……いや、数百倍はあろうかという巨大な隕石の群れが、文字通り「星の雨」となって天から降り注いだ!
ズガガガガガガガガガガガガガッッ!!!!!!!
「グギャァァァァァッ!?」というドラゴンの断末魔すら一瞬で掻き消される。
巨大な流星群が次々と空中のドラゴンたちを直撃し、巨大な肉塊ごと地表へ叩き落としていく。それでも隕石の雨は止まることを知らず、地表を文字通り爆撃し続けた。
荒野全体が激しく揺れ動き、巨大な轟音と視界を1塞ぐ破滅的な土煙が巻き上がる。
……ドカァン! ズドォォォン……!
……魔法を発動してから、実に三分以上が経過した。
未だに天からの流星群は止まらず、地表に突き刺さる激しい轟音が鳴り響いている。視界は真っ白で何も見えない。
(……いやいやいやいや! もういいって! はやく収まってくれよ! 完全なオーバーキルだろこれ!!)
あまりの威力と天崩地裂の惨状に、抱きしめているルミナも本気で怯えてしまったらしく、目をギュッと瞑って俺の服の胸元をギュッと掴みしめて離さない。
腕の中に伝わる、ルミナの柔らかく温かい体温と甘い香り。
(……うん。まあ、もう少しこの惨状が続いてもいいかもしれないな)
やがて……ようやく天の怒りが収まり、荒野に静寂が戻ってきた。
猛烈な土煙が風に流され、徐々に視界が晴れていく。
そこに広がっていたのは——言葉を失うような惨状だった。
さっきまで存在していた岩山や草木は一本残らず消滅し、地表はまるで月の表面のように、巨大なクレーターで埋め尽くされている。
十体いたはずのドラゴンどころか、ゼルハイジャンの衣服の切れ端一つすら残っておらず、全てが完璧に消滅していた。
……まあ、黒幕も倒せたみたいだし、結果オーライだな!
「ルミナ、お疲れ様。……はは、ちょっとやり過ぎちゃったかな?」
俺の腕からようやく離れたルミナに苦笑いで話しかけると——。
パシッッ!
「痛っ!?? 何するんだよ!?」
いきなり無言で、ルミナのつま先が俺の脛を蹴り飛ばしてきた。
痛む脛を押さえてルミナを見ると、彼女は両頬をぷくーっと膨らませて、本気で怒っていた。
「私……何にもしてない……っ! 今日こそ格好よく活躍したかったのにぃ……っ!」
(あ……そういえば、やる気満々で張り切ってましたね……)
「ご、ごめんなさい……っ!」




