ゴーレムとの対決
ルミナとたわいもない雑談を交わしながら砂漠を歩いていると、やがて視界の開けた先に緑のオアシスがうっすらと見えてきた。
片道三時間の過酷な道のりだったはずなのだが、体感としては驚くほどあっという間だった。それほどまでに彼女と過ごす時間が楽しかったのだろう。
(……勘違いしないでほしいが、俺は断じてロリコンではない。前世から一貫して、俺の好みのタイプはお姉さん系のスタイリッシュなスレンダー美女だ。……まあ、ルミナが数年後にそういう素敵な女性へ成長する可能性は大いにあるわけだが)
そんな下心混じりの思考を頭の隅に押し追いやりつつ、オアシスへじりじりと接近していく。と、それにつれて目標である「ゴーレム」の異様な輪郭がはっきりと見え始めてきた。
「……おいおい、嘘だろ。なんだありゃ……でかすぎるぞ」
横を歩くアルスが、思わずといった風に引きつった声を漏らした。
まだオアシスからはそれなりに距離があるというのに、遠目からでもはっきりとわかる圧倒的な質量。
遠方から眺めていた時は「オアシスの脇に何か不格好な建造物があるな」程度に思っていたのだが、まさかあの建築物並みの巨塊そのものがゴーレムだったとは。
本来、一般的なゴーレムといえば人間より一回り大きい2〜3メートル程度が相場だ。しかし、目の前に鎮座している個体はその倍以上――優に6メートルを超えている。
俺たちは岩陰に身を潜めて足を止め、緊急の作戦会議を開くことにした。幸いにも、まだあちらは俺たちの存在に気づいていないようだ。
「……図体がかいとはいえ、ベースは土のゴーレムだ。隠密でギリギリまで肉薄し、一気に水魔法を叩き込むぞ。ルミナちゃん、水魔法は何が使える?」
「はいっ! 魔法はあまり得意ではないのですが……中級水魔法の『ウォーターボール』なら撃てます!」
「よし、中級が使えれば上等だ。ルクス、お前もいけるな?」
「うんっ! 僕も中級までならなんとか!」
(……本当は究極魔法までできますけどね、とは言えないよなぁ)
「よし、じゃあ俺は上級の『ウォーターランス』で先陣を切る。気づかれる前に一気に距離を詰め、合図で一斉にぶちかますぞ!」
「「はいっ!!」」
呼吸を合わせ、俺たち三人は砂を蹴ってゴーレムの足元へ向かって一直線に疾走した。
巨大な岩の巨体がこちらを認識し、ギチギチと音を立てて動き出そうとしたその瞬間――
「喰らえ! 『ウォーターランス』!」
「「『ウォーターボール』!!」」
三つの水魔法が寸分の狂いもなく交差し、ゴーレムの胸元へ直撃した。
ドパンッ! とけたたましい炸裂音が響き渡り、大量の水しぶきと蒸気が視界一面を覆い尽くす。
「やった……!」
ルミナの口から安堵の吐息が漏れた――次の瞬間だった。
しゅうぅぅ……と水蒸気が立ち消えた中心から現れたのは、傷一つついていないゴーレムの姿だった。
「えっ……嘘……なんで……!?」
弾かれた属性魔法の破片を浴びながら、ルミナが衝撃のあまりその場に立ちすくんでしまう。
ゴーレムは不気味な沈黙を保ったまま、丸太のように太い岩の腕をゆっくりと天井高く振り上げた――そして、容赦なく灼熱の砂地を叩き割った!
ズゴォォォンッ!!
「まずい! 避けろルミナ!!」
アルスの怒号が響く。破壊された地面の巨大な岩塊が、散弾銃のような凄まじい速度で弾け飛んできた。
いけない、ルミナの反応が遅れている! 直撃すれば十三歳の華奢な身体など一瞬で肉塊に変わる!
「ちっ……しょうがないなっ!」
俺は即座に身体を投げ出し、呆然とするルミナの腰を抱きすくめて砂地へ押し倒した。頭上をヒュンッと爆音を立てて岩塊が通り過ぎ、後方の砂丘を激しく吹き飛ばす。間一髪だった。
「あ……あ、ありがとう、ルクスくん……っ」
覆いかぶさる形になった俺の下で、少し震えた体でつぶやいた。
「集中しようルミナ! あいつ、ただのゴーレムじゃないよ!」
「う、うんっ! ごめんなさい……っ!」
……それにしても、弱点であるはずの水魔法が一切通用しないとはどういうことだ?
俺は鋭い視線でゴーレムの表面を観察する。よく見ると、巨体を覆う岩肌の表面に、薄く揺らめく透明な『膜』のようなものが張られているのが分かった。あれが魔法の威力を完全に相殺しているのか。
(水魔法を無効化するゴーレム……? 冗談だろ、こんなの絶対にC級クエストの領域じゃないぞ。おまけにあの規格外のサイズ……亜種か? 危険度で言えば【A級クエスト】に匹敵するレベルだぞ)
元々、ゴーレムという魔物は物理防御力が異常に高く、攻撃力も高い代わりに「動きが遅く水属性に激弱」という極端な性能をしているからこそC級指定なのだ。
そのサイズが倍以上になり、唯一の致命的な弱点が塞がれているとなれば、もはや災厄の類である。
「……チッ、クソが! まずいな……!」
アルスもその常軌を逸した異常さに気づいたようだ。
父さんは元々A級冒険者だ。A級クエストの修羅場も何度も潜り抜けてきたはずだが……それはあくまで、強者たちが集う『フルパーティー』での話だ。
盾役、物理アタッカー、回復支援、魔法使い――それぞれの役割を分担して初めて成立するのがA級討伐。どれだけ優秀なA級冒険者であっても、ソロや引き率いる子供二人で対処できるのはせいぜいB級までが限界なのである。
アルスの決断は早かった。自分のプライドよりも、連れてきた子供たちの命を最優先に考えた判断だ。
「逃げるぞ! 全速力で撤退だ!!」
「「はいっ!!」」
俺たちは即座に反転し、ゴーレムに背を向けて脱兎のごとく走り出した。
背後の気影を警戒しながら砂を蹴っていると、ゴーレムが追撃してくる様子はなく、両の岩拳を胸の前でぴたりと合わせた。……一体何をしようとしている?
次の瞬間、ゴーレムは合わされていた手を開き、逃走する俺たちの前方へ向けて思いきりかざした。
ズゴゴゴゴゴゴゴッ……!!
地鳴りのような重低音と共に、俺たちの逃走ルートを塞ぐようにして、地中から巨大な土の壁が一直線に競り上がってきた。それだけではない。壁は弧を描くように俺たちの左右と頭上を取り囲み、あっという間にオアシス全体を覆う広大な『土の闘技場』を作り上げてしまった。
「……なるほどね。俺たちを逃がす気はないってわけか」
土煙の舞う中で、俺は密かに口元を引き締めた。




