カインとグラム
言われるがまま顔を上げると、カインと名乗る男はにこやかに笑っていた。
……いや、表面的には柔らかい笑みを浮かべているものの、その目の奥は全く笑っていない。冷酷で粘着質な光が宿っている。少しは「実は話の分かるいい人で、見逃してくれるかも」なんて期待した俺が甘かったようだ。
「……こちらこそ、ウチのアホな冒険者が失礼な真似をしたようだ。ギルドマスターとして謝罪するよ。すまなかったね」
そう言ってカインは、深々と恭しく頭を下げた。
(……えっ? 本当に謝った……? 他国のギルドマスターが、新顔の俺たち相手にこんな簡単に頭を下げるものなのか……?)
思わぬ対応に俺が面食らい、戸惑っていたその時——。
「いえいえ! どうか顔を上げてください! こちらこそ、少々やり過ぎてしまい——」
シャルルがホッとしたようにカインへと近づき、言葉をかけようとした。
——その瞬間ッ!
カインの全身から、ドス黒い殺気と嫌悪感が跳ね上がった。
「離れろ! シャルルッッ!!」
「えっ……?」
——遅かった。
俺の叫びにシャルルが振り向いたのと同時に、伏せられていたカインの顔が跳ね上がり、その手が疾風のごとくシャルルの胸元へと伸びた。
バリリッッッ!!!
鈍い破裂音と共に、シャルルが着ていた清楚な服が一瞬で引き裂かれた。
「は……??」
一瞬、何が起きたのか誰も理解できなかった。
シャルル自身も何が起きたのか分からず、まるで氷付けにされたかのようにその場に凍りついている。
破れ散った布地の隙間から露わになったのは——彼女の可憐な容姿には少し不釣り合いなほど大人っぽい、綺麗なピンク色の上下の下着姿だった。豊満な胸元と、キュッと引き締まった白いお腹が無防備に晒される。
「き、きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」
ワンテンポ遅れて事態を把握したシャルルから、悲痛な悲鳴が上がった。
彼女は真っ赤に染まった顔を両手で覆い、その場に崩れ落ちるように小さく丸まって膝を抱え込んだ。
直後、周囲にいた野次馬の冒険者たちから、下品で品のない爆笑と歓声が沸き起こった。
「ヒューッ! お嬢ちゃん、子供みたいな顔してなかなか立派なパンティ穿いてるじゃねえか!」
「おいおい、もう一回よく見せてくれよ! いいだろ、減るもんじゃなし!」
シャルルは小さな体をガタガタと震わせ、さらに深く顔を埋めて耐えている。
見かねたルミナが即座にストレージから巨大なコートを取り出すと、シャルルの身体を包み込むように羽織らせ、その肩を強く抱き寄せた。
「シャルル、大丈夫よ! 見ないで、あんな奴らのこと……!」
カインに視線を向けると、先ほどの深々と頭を下げていた真摯な表情は見る影もなく、口元を醜く歪めてニヤニヤと不快な嗤いを浮かべていた。周囲の冒険者たちも、調子に乗って心無い暴言をシャルルへと浴びせ続けている。
(……もう、絶対に許さねぇ……)
「揉め事は起こさないで」としつこく言っていたシャルルには、後でいくらでも謝ろう。
だが、大切な仲間がこんな風に傷つけられ、弄ばれるのを黙って見ているなんて、俺には絶対にできない。怒りがマグマのように体の奥底から激しく湧き上がってくる。
その時、調子に乗った一人の男が、「俺も慰めてやるよ」と下品なツラでシャルルへと手を伸ばそうとした。
「……させるかよ、ハゲ」
ドンッッ!!!!
俺は左足を一直線に振り抜いた。
近づいてきた男の腹に靴底がめり込み、男の体はまるで蹴り飛ばされたボールのように弾け飛ぶと、ギルドの分厚い外壁を豪快にぶち抜いて外へと消えていった。
ガシャンッ! ボカァンッ!
さっきまでの不快な雑音が嘘のように消え去り、ギルド内が再び静まり返る。
カインはしばらく穴のあいた壁の向こうを呆然と眺めていたが、俺が静かな殺意を込めて睨みつけると、顔を歪めて睨み返してきた。
「へぇ……お前、ただの冒険者じゃないな? だが……やり過ぎだ。まだガキだから生かして返してやろうと思ったが、撤回だ。俺が直々に殺してやる」
「あんたじゃ、逆立ちしたって俺は殺せないよ」
あまりにも淡々と余裕を見せる俺に、カインは一瞬驚いたように目を見開いたが——すぐに嘲笑へと変わった。
「ふふふ……無知とはおめでたいな。俺をただの街のギルドマスターだと思ったら大間違いだぞ? これが見えないのか?」
カインは右腕を誇らしげに突き出し、そこに嵌められた『Ⅷ』の数字が刻まれたランカーの腕輪を強調してみせた。
「……で?」
「お、お前……これが何なのか理解していないのか!? これは『ランカー』の証だ! 刻まれた数字は強さの序列! つまり俺は、この世界で八番目に強い男ということだッ!」
「知ってるよ」
「なっ……ッ! ま、まあいい。どうせ今まで本物の強者と出遭わずに、運だけで生きてきた井の中の蛙なんだろうよ。可哀想に……自分がどれほど愚かか知った瞬間に死ぬことになるなんてな!」
カインが朗々と高笑いすると、周囲の冒険者たちも調子を取り戻して「ギャハハ!」と笑い出す。
本当に胸糞が悪いギルドだ。
それに……『Ⅷ』って言ったら、ブランで戦ったグレイブやセラさんより数字が下じゃないか。ランカーの数字がそのまま単純な実力差ではないにしても、自分から「俺は八番目だ」なんてドヤ顔で威張っている時点で、大した強さじゃないのが透けて見える。
「もう能書きはいいから、早くやろうぜ」
「……フン、待てよ。ここで戦ったら俺の城がめちゃくちゃになる。裏に広大な闘技場がある、ついて来い」
カインは俺に背を向け、奥の扉へと消えていった。
俺も足を進めようとした——その時、裾をキュッと引っ張られた。
「ルクス……」
「ごめん、シャルル。言いつけ破って……ちょっと暴れてくる」
申し訳なさそうに謝ると、シャルルは羽織ったコートをキュッと握りしめ、首を横に振った。
「いいんですよ……。私のために、あんなに怒ってくれて……すごく嬉しかったです。……でも、やるからには絶対に負けないでくださいね! 頑張ってください!」
シャルルの目元には涙の跡が残っていたが、その顔にはいつもの温かい笑顔が浮かんでいた。
「大丈夫。一瞬で終わらせてくる」
◇
案内された地下の闘技場は、プラシアの闘技場の倍以上の広さがあった。控室でしばし待たされた後、闘技場の中心に案内された。
中央の戦闘エリアの広さ自体はそれほど変わらないが、すり鉢状になった観客席が恐ろしいほど広く取られており、万単位の人数を収容できそうな構造になっている。
俺とカインは、中央の広場で一定の距離を保って対峙していた。
(……しかし、いつの間にこんなに人が集まったんだ……?)
カインがギルドを出てから、まだ1時間も経っていない。
それなのに、観客席にはすでに千人を軽く超える冒険者や住民がギチギチに詰めかけていた。そしてその全員から、俺に向けて「失せろ!」「カイン様、殺しちまえ!」という地鳴りのようなブーイングが浴びせられている。
「なぁ、カイン。さっさと始めようぜ」
耳を刺すような重低音のブーイングに、イライラが収まらない。このままだと観客席ごと『メテオフォール』でも叩き込みたくなってくる。だが、大歓声にかき消されて俺の声はカインに届いていないようだった。
(……うざったいな。合図なしで勝手に殴りかかっていいか……?)
俺が苛立ちを募らせていた——まさにその時。
観客席の一角、特別に豪華な絨毯と装飾が施されたVIP席のようなスペースに、二人の男女が姿を現した。
一人は貴族のような絢爛豪華な衣装に身を包んだ男。もう一人は、溢れんばかりの豊満な胸元を強調した真紅のドレスを纏う美しい女性だ。
『ぐ、グラム様とジェシカ様だ……!』
『なんでこんな場所にグラム様がいらっしゃるんだ……!?』
その二人が現れた瞬間、あれほど荒れ狂っていた観客席のブーイングが嘘のようにピタリと止まり、全員が息を呑んで見上げている。
一体誰なんだ……? まあ、「様」付けで呼ばれているくらいだから、このロッソの相当偉い貴族か何かだろう。
視線を中央に戻すと、さっきまで格下相手に偉そうにイキり散らしていたあのカインでさえ、その場で片膝をつき、グラムとジェシカに向かって深々と頭を下げていた。
最近様々な理由があり更新が滞っておりましたが、今後はペースを上げていくつもりです。よろしくお願いします。




