新たなランカー
「でかいな……」
「うん、大きいねぇ……」
「はい。……プラシアのギルドが犬小屋に見えますね」
俺たちは言葉を失い、見上げるほど巨大な建物の前で立ちすくんでいた。
やっとのことで辿り着いた『イグナイトギルド』。その圧倒的なスケール感は、控えめに見てもプラシアギルドの十倍……あのブランのギルドと比べても倍以上はあるだろう。さすがに「犬小屋」は言い過ぎな気もするが、そう口にしたくなるシャルルの気持ちも分からなくはない。
まあ、どれだけ大きくても外で眺めているだけじゃ何も始まらない。早く中に入って、あのドラゴン捕獲集団の手がかりを探さないと。
「じゃあ、いくか」
「うん、早くいこっ!」
「……ルクスさん。くれぐれも揉め事は起こさないでくださいね? 本当にお願いしますよ?」
シャルルがジト目になり、真剣な表情で俺をじっと見つめてきた。
(……あんまり信用されてないのかなぁ。プラシアでは比較的手堅く大人しくしていたつもりなんだが……あ、でもゴランと揉めたりしたっけ。いや、でも仲間が危険に晒されない限り俺だって暴れたりしないぞ。俺もガキじゃないんだから)
「わかってるよ、シャルル。さっさと原因を追究して帰ろう」
「そうですね。ここは蒸し暑くて本当に苦手です……」
俺が先頭になり、重厚な鉄の意匠が施されたギルドの門をくぐる。
一歩足を踏み入れると、そこは熱気と怒号、そして酒と汗の匂いに満ち溢れていた。
広さはブランの倍以上だが、の中にひしめく冒険者の数はそれ以上だ。視界に入るだけでも軽々と三桁を超える強者たちが蠢いている。名前も分からない相手を探すのは骨が折れそうだが、まずは自力で視線を走らせてみることにした。
ギルド内を歩いていると、周囲の冒険者たちから刺すような視線が向けられているのに気づく。
……まあ、確実に歓迎の目ではないな。新顔に対する嫌悪、あるいは「カモがやってきた」と値踏みするような下品な品定めだ。
面倒なので無視して奥へ進もうとした——その時。
目の前に、体格のいい三人の男たちがぬっと立ちはだかった。俺たちの進行ルートを完全に塞ぐ形だ。
(……はぁ、出たよ。お約束の面倒くさいやつだ……)
「おいおい、見ねぇ顔だな? 可愛らしいネチャンを二人も侍らせてデートごっこか? いい身分じゃねぇか。俺たちにも少し分けてくれよ」
中央に立つ大柄な男が、底意地の悪いニヤケ顔で声をかけてくる。左右の二人も下品な笑みを浮かべ、俺たちを舐め回すように見つめていた。周囲で様子を伺っていた冒険者たちからも、クスクスと意地の悪い嘲笑が漏れ聞こえてくる。
なるほど、このギルドはロクな奴がいないらしい。
「いや、俺たちは人を探しているだけなんだ。揉めるつもりはないから、道をあけてくれ」
できるだけ穏やかに言い捨て、男たちの脇をすり抜けようとした——瞬間。
「きゃっ!?」
背後でルミナの短い悲鳴が上がった。
弾かれたように振り返ると、真ん中の男がルミナの華奢な手首を強引に掴んでいた。
「ッ、ルミナ——」
俺が助けようと手を伸ばしかけた、まさにその刹那。
「何、勝手に触ってんのよッ!! この変態がぁぁぁッッ!!」
ルミナの顔から笑みが消え、鬼のような形相へと一変した。
彼女は掴まれた腕をいとも簡単に振り払うと、鋭い踏み込みと共に、渾身のストレートを男の顔面の真ん中に叩き込んだ。
ドッゴォォォォンッッ!!!!
肉が潰れ、骨が砕けるエグい重低音。
男はガードすることも、何が起きたか理解することもできず、まるで大砲で撃ち出された弾丸のように真っ直ぐ吹き飛んだ。そのまま壁の酒樽を崩しながら激突し、ピクリとも動かなくなる。
さっきまで喧噪に包まれていたギルド全体が、一瞬で静まり返った。
(……ま、まさか死んでないよな……!?)
ルミナは倒れた男に視線すら向けず、「うわ、汚い……」と血のついた自分の拳をハンカチで嫌そうに拭いている。残された取り巻きの男二人は、ガタガタと膝を震わせ、悲鳴を上げながら脱兎のごとく逃げ出していった。
(……やっぱりルミナも恐ろしい……!!)
さっきはシャルルのブチギレ姿に震え上がったが、ルミナの暴力的な怖さはその比ではない。腕を触られただけでA級レベルの男を一発で昏倒させるとは……。
だが……まあ、俺も人のことは言えないか。俺だってルミナが殴っていなかったら、あの男の腕をへし折っていたかもしれないしな。俺は平和主義者だが、大切な仲間に手を出す奴を許すつもりはない。
「ふぅ! 邪魔者もいなくなったし、早く探しましょ!」
拳を拭き終えたルミナには、いつもの天真爛漫な笑顔が戻っていた。
静まり返っていた周囲の冒険者たちも、ようやく我に返ったのか、「な、なんだあの女……」「一撃だと……!?」とガタガタと騒ぎ始め、俺たちを見る目が『カモ』から『怪物』へと完全に切り替わった。これだけ目立ってしまえば、もしこの場にあいつらがいたら確実に気づいたはずだ。
「……ハァ〜〜〜〜……」
隣から、魂が口から抜け出たような深い溜息が聞こえた。
「どうした、シャルル?」
「……いえ。釘を刺しておく相手を、完全に間違えたなぁと思いまして……」
「あはは、そうかもね。ルミナって意外と沸点が低いからさ」
「ちょっとルクス、酷いなぁ! 私は身を守っただけだよ! あっ、食堂もあるみたい」
「はいはい」
どこまでも呑気なルミナである。誰のせいでこんな大騒ぎになっていると思っているんだ。しかも食堂って、さっき『トマトマ』で山盛り食べたばかりだろうが……!
とは口に出せず、俺は助けを求めるようにシャルルへ視線を送った。
「そ、そうですね! 今日はまず宿を探して、ゆっくり旅の疲れを癒しましょう? きっと良い宿には美味しい食堂もついていますよ!」
「う〜ん、わかったわ! そうと決まれば、早くこんな鬱陶しい場所から出ましょ!」
ふぅ……なんとか納得してくれたようだ。シャルルナイス。
だが——引き上げようとした俺たちの足は、出入り口から歩み寄ってくる『圧倒的な存在感』によって止められた。
「お前たちか? うちのギルドで派手に暴れてくれたっていう命知らずは」
静まり返る人波を割って現れたのは、一人の男だった。
長身で引き締まった細身の体躯に、美しい赤髪を優雅になびかせている。年齢は30代後半から40代といったところか。全身から溢れ出る圧倒的な威圧感……。
(……まずい。この空気、ブランのギルドに『赤き竜』のグレイブが乗り込んできた時の感じにそっくりだ……!)
まさか、この男が……!?
嫌な予感がして男の右腕に目をやると、そこには燦然と輝く【ランカー】の証である特殊な腕輪が装着されていた。
(やっぱりかぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!)
とんでもない大物が出来てしまった! これは本気で面倒なことになったぞ。
ここで暴れて叩きのめすのは簡単かもしれないが、そんなことをロッソ全体を敵に回し、この国にいられなくなってしまう。まだ肝心の目的を何も達成していないのに!
俺が脳内で必死に冷や汗をかきながら言い訳を考えていた——その時。
すっと、シャルルが俺たちの前に進み出た。
「大変申し訳ございません。私はシャルルと申します。こちらは連れのルクスとルミナです。私たちはプラシアから人探しのためにロッソへやってまいりました。あちらで倒れているお方には、彼女へ不当な無礼を働かれましたので、少々手厳しくお引き取り願った次第です。……ですが、私どもにこの国やギルドと争う意思は一切ございません。騒ぎを起こし、ご迷惑をおかけしたことを深々と破格のお詫びを申し上げます」
シャルルは背筋を正し、完璧な角度で綺麗に頭を下げた。
そのあまりにも見事な手際につられるように、俺とルミナも慌てて頭を下げる。
重苦しい静寂が、数秒間ギルド内を支配した。
やがて——赤髪の男の口元が、クスッと緩んだ。
「そうか……。まぁ、頭を上げてくれ。俺の名はカイン=ハルベルト。このイグナイトギルドのマスターをやっている」




