カインとグラム
言われるがまま顔を上げると、カインと名乗る男はにこやかに笑っていた。いや、表面的にはにこやかに見えるだけで目の奥は笑っていない。少しは実はいい人で見逃してくれるかもと思ったが甘くないようだ。
「こちらこそ、ウチの冒険者が失礼なことをしてしまったようだ。謝るよ、すまなかった」
と言ってカインは深々と頭を下げた。えっ? 実はいい人? 他国のギルドマスターがこんな簡単に頭を下げるものなのか……
「いえいえ、どうか顔を上げてください。こちらもやりすぎましたし」
俺が予想を外し驚き戸惑っていると、シャルルがカインに話しかけながら近づく。その瞬間、カインから殺気を感じた!
「離れろ! シャルル!」
「えっ?」
遅かった……
シャルルが俺の言葉に振り返ると、それと同時にカインが頭を上げ、シャルルの着ていた服を素手で引き裂いた。
「は??」
一瞬シャルルは何が起こったのか分かっていないようだった。まるで氷のように固まってしまい、ピンクの大人っぽい上下の下着があらわになった。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ」
ようやく状況を理解したのかシャルルは体を丸めその場に座り込み、真っ赤になった顔を伏せる。周囲にいた多くの冒険者も恥ずかしがるシャルルを見て笑いながら騒ぎ立てる。
「お嬢ちゃん、まだ子供なのにパンツは立派なの着ているんだねぇ」
「もう一回よく見せてくれよ。いいだろ、減るもんじゃないし」
シャルルは小さな体を震わせ、更に深く顔を伏せる。ルミナがすぐさまボックスから大きな上着を取り出しシャルルに被せて肩を抱き寄せ慰めている。カインを見ると先ほどの笑顔は見る影もなく、ニヤニヤと不快な笑みを浮かべている。その他の冒険者も次々とシャルルを心無い言葉で罵倒している。
もう許せない。揉め事を起こさないようにとしつこく言っていたシャルルには後で謝ろう。これ以上仲間が傷つくのは見ていられない。怒りが体の奥からこみあげてくる。
その時、俺も慰めてやるよと言いながら、一人の男がシャルルに近づこうとしていた。
「させるかよ!」
俺は左足を近づいてきた男の腹に振り抜く。男の体はボールのように蹴り飛ばされギルドの壁をぶち抜いた。
さっきまでの耳障りな雑音が再び静まり返る。カインは暫く破られた壁の方を見ていたが、俺が睨みつけると、カインもこちらを向き睨み返してくる。
「お前、ただの冒険者じゃないな……だがやり過ぎだ。まだガキだから見逃してやろうと思ったが、俺が直々に殺してやるよ」
「あんたじゃ無理だよ」
あまりの余裕を見せる俺に、若干驚いた顔をしたが、
「ふふふ、無知とは怖いな。俺をただのギルドマスターと思っていたら大間違いだ。これを見ろ」
と言って、八と書かれたランカーの腕輪を俺に見せつけてきた。
「……で?」
「お、お前これが何か分からないのか。これはランカーの証だ。書いてある数字はランカーの強さを表す。つまり俺はこの世界で八番目に強いと言うことだ」
「知ってるよ」
「なっ……まぁいい。どうせ今まで本物の強者と戦わずここまで生きてきたのだろう。良かったな、自分が井の中の蛙と言うことを知ることができて。今日死んでしまうんだけどな」
そう言ってカインが笑うと、他の冒険者も笑いだす。ほんと不愉快だ、このギルド……それに八って言ったらグレイブやセラさんより下ってことだろ。ランカーの数字が実力順って訳でもないだろうが、自分で八番目に強いって言っているくらいだ……大したことないだろう。
「もういいから、早くやるぞ」
「ちょっと待てよ。ここで戦うと、俺のギルドがめちゃくちゃになるだろう。裏に闘技場があるからついてこい」
カインは俺に背を向けると、そのまま奥の部屋に入っていった。
俺もカインの後を追おうとするとシャルルに声をかけられた。
「ルクス……」
「ごめん、シャルル。ちょっと暴れてくる」
申し訳なさそうに謝ると、シャルルは首を横に振る。
「もういいですよ。私の為に怒ってくれて嬉しいです。でもやるからには負けないでくださいね。頑張ってください」
シャルルは涙の跡が残る顔で、笑顔を見せてくれた。
「大丈夫。すぐ終わらせるから」
闘技場もプラシアとは違い、倍以上の広さがあった。戦うスペースはさほど変わらない感じではあるが観客席が広くとられており多くの人が観戦できるようになっていた。俺とカインは中央で距離を置いて向かい合っていた。
……しかし、いつの間にこんな人が集まったんだ?
カインがギルドを出てからまだ三十分も経っていないのに、千を超えるのではないかという観客が集まっていた。その観客達からは俺に対して常にブーイングが向けられている。
「なぁ、早く始めようぜ」
あまりのブーイングこのままではイライラが止まらず、観客にも殺意を向けてしまいそうになる。しかし観客の声で俺の声はかき消されカインには届かないようだ。
うぜぇ……勝手に始めていいかな。
その時、観客席の一部に作られた、VIP席のような場所に二人の男女が現れた。貴族のようなきらびやかな衣装に包まれた男性と大きな胸を強調した赤いドレスを着た美しい女性だ。
「グラム様とジェシカ様だ」
「なんでこんな所にグラム様が」
自然にブーイングは鳴り止み、観客は皆二人を眺めている。一体誰だろう……まぁ、様って呼ばれているくらいだから、この国の偉い人なんだろうけど。気づいたら、あの偉そうにしていたカインでさえ片膝をついてグラムと呼ばれる男に頭を下げていた。
最近様々な理由があり更新が滞っておりましたが、今後はペースを上げていくつもりです。よろしくお願いします。




