初めての……
俺たちは無事に……いや、色々と精神的に擦り減らしながらも、プラシアへと帰り着くことができた。
「あっ、とりあえず私、一回ギルドへ行ってクエストの完了報告をしてきますね。それと……新しいパーティーに入るにあたって少しやっておきたい手続きもあるので、時間がかかるかもしれません。……集まるのは明日でも大丈夫ですか?」
シャルルが申し訳なさそうに身を縮めて言う。
今はまだ昼を少し過ぎたばかりだが、パーティーの変更手続きや装備の整理など、何かと準備も必要なのだろう。
「気にしなくていいよ。シャルルも長旅とクエストの連続で疲れているだろうしね。俺たちもその間に、武器屋でおっちゃんに装備を強化してもらいに行ってくるから」
「……あれ? ルクスさん? 今『シャルル』って呼んでくれました……?」
シャルルは目を丸くして、驚きにパチパチと瞬きをした。
「あ、いや……ダメだったかな? 帰り道の馬車でそう呼ぶって決まったからさ……」
(……あの『大勘違い事件』以来、どうにもシャルルのことをただの幼い女の子として見られなくなってしまったんだよな……。だから『ちゃん』付けで呼ぶのがなんだか気恥ずかしくて、自然と抜けちゃったんだが……)
「いえ! むしろすっごく嬉しいです! ありがとうございます、ルクスさん!」
シャルルの驚きに満ちた表情が、一瞬でパッと咲くような華やかな笑顔へと変わった。
「ふふ、やっと『ちゃん』付けで呼ばなくなったのね。よかった、よかった! ……これって私の手柄かな?」
隣でルミナが腕を組み、「うん、うん」と満足そうに一人で頷いている。
(……確かにルミナの勘違いのおかげだよ! ルミナがあんな爆弾発言をしなかったら、俺もここまで意識しなかったのに!)
「ふふふっ、そうですね。ルミナのおかげです。ありがとうございます」
シャルルは可憐に微笑みながら、ルミナに向かって軽く頭を下げるのだった。
(……まあ、こんなに可愛い仲間がパーティーに入ってくれたんだから良しとするか。ハーレムパーティーには程遠そうだけど……)
「じゃあ私、そろそろギルドへ行ってきますね。明日の正午、ギルドのロビーで待ち合わせでいいですか?」
「うん、問題ないよ。じゃあまた明日」
「また明日ね、シャルル!」
俺とルミナは手を振って、シャルルの後ろ姿を見送った。
シャルルがギルドの重い扉を開けて中へ入った瞬間、中から男どもによる「シャルルちゃぁぁぁん!! 無事だったのかぁぁ!」という野太い歓声が地響きのように聞こえてきた。……みんな心配していたんだな。
◇
「じゃあ、俺たちも武器屋へ行こうか」
「そうだね! はやくいきましょう!」
ルミナは新しいおもちゃを買ってもらえる子供のように、瞳をキラキラと輝かせていた。
ガラガラと音を立てて馴染みの鍛冶屋の扉を開ける。
「よう、坊っちゃん! 久しぶりだな。今日はどうしたんだ? また変な特注武器でも作れって無茶振りしに来たのか?」
「もういい加減『坊っちゃん』って呼ぶのはやめてくださいよ。今日は依頼されていたクエスト達成の報告に来たんですよ」
「ハッハッハ! まぁいいじゃないか。……ん? クエスト達成だと? なんのだ?」
(……このおっちゃん、自分が俺たちに出した依頼を本気で忘れてるんじゃないだろうな……)
俺は苦笑しながら、ボックスから二つの鉱石を取り出し、カウンターの上へと置いた。
黒く重厚な光沢を放つ鉱石と、神秘的な白銀の輝きを纏う鉱石。
「依頼されていた『ブラックロンズ』と『ホワイトロンズ』です。これを使って、俺とルミナの武器を打ち直してもらいに来ました。流石に今の武器じゃ、ルミナの力に耐えきれなくなってきたので」
カラン、と澄んだ音が響く。
それを見た店主は目玉が飛び出んばかりに見開き、金魚のように口をパクパクと開閉させた。
「お、お前ら……これほどの極上鉱石を、一体どうやって手に入れたんだ……!? まさか、ドラゴンの群れを全滅させたのか……!?」
「いえ、ちょっと黒龍の親子ケンカを仲裁して助けたら、お礼に貰ったんです。そういえばおっちゃんも昔、ドラゴンから鉱石を貰ったって言ってましたよね? 何をしたんですか?」
「あの時のドラゴンか……。ありゃあ俺が若い頃、伝説の素材を探して世界中を旅していた時の話だ。深い森の中で、一匹の幼い黒龍が猟師の仕掛けた古代の罠にかかって抜け出せなくなっていてな。可哀想に思って命がけで助けてやったら、後日、その親龍が『礼だ』と言わんばかりに鉱石を咥えてやってきたんだよ。いやー、親が降り立ってきた時は寿命が縮むかと思ったが、意外と話のわかるイイ龍だったな」
店主は懐かしそうに目を細めて語ってくれた。なるほど、ドラゴンの恩返しというわけか。
……それにしても、罠にかかるドラゴンというのもなかなかお茶目だな。
「確かに、私が出会ったドラゴンたちも良いドラゴンばかりでした! すっごく面白かったし……喧嘩はしてましたけど、今はもう仲良しですよ」
「一体何があったんだお前ら……ん? 待て……坊っちゃん、その腕に光る腕輪は……まさか、王都で『ランカー』になったのか!!?」
驚愕の連続で、おっちゃんの心臓が持ちそうにない。それにしても、このランカーの証明たる腕輪の認知度は凄いな。冒険者ではない鍛冶屋の店主まで知っているとは。
「いやー……ほんと王都で色々ありまして……」
「す、すげぇな……。まぁ、俺の眼力に狂いはなかったってわけだ。……次はそっちのお嬢ちゃんの番だな!」
「私はまだまだです……。本物のランカーと戦ってみたけれど、簡単に負けちゃいましたから」
「そうか。だがお前さんはまだ若い。これから幾らでもチャンスはあるさ。……この年齢でランカーになっちまうこの坊っちゃんが異常なんだよ!」
(人をおかしなバケモノ扱いするのはやめてほしいのだが……)
「はい! 頑張ります! そのためにも、自分の限界を引き出せる最高の武器が必要なんです。よろしくお願いします!」
ルミナは真剣な眼差しで、深く頭を下げた。
「おう、任せておけ! これだけの極上鉱石があれば、歴史に残る名剣が作れるぞ。……明日の昼前取りに来い。俺が『一晩』で打ち直してやるッ!」
店主はバチンッ! と右拳を左手に打ちつけ、職人の気合を全身から漲らせた。
「一晩で!? すごい……! よろしくお願いします!」
俺も店主に礼を言い、ルミナの愛剣を預けて武器屋を後にした。
◇
その夜。俺たちはプラシアの宿屋に部屋を取った。
宿に泊まる時は、相変わらず部屋は別々だ。付き合い始めてからも、その一線は変わっていない。
恋人同士になったのだから、そろそろ男としてもう少し進展させたい気持ちはあるのだが……未だにできたことと言えば、手を繋ぐことと、ルミナから頬に軽いキスをされたことくらいだ。
(……やっぱり、男の俺から攻めないとダメだよな……。でも、もし拒否されたら……? いやでも! いい加減、ちゃんとしたキスくらいしたいッ……!)
一人ベッドの上で悶々と頭を抱えていると——トントン、と部屋のドアが優しくノックされた。
「ルクス、起きてる……? 少し、お話しできる……?」
ルミナの声だ!
あまりにも良からぬ妄想を繰り広げていた直後だったため、声を聞いた瞬間に全身が硬直してしまった。
「お、起きてるよ! 入っていいよ!」
俺が慌てて声をかけると、ギィと扉が開き、薄手の寝間着姿のルミナが入ってきた。
風呂上がりなのか、少し濡れた金髪がしっとりと揺れ、淡い花のような甘い香りが一瞬で部屋を満たしていく。
「ルクス……ごめんね……」
ベッドの端にちょこんと腰掛けたルミナは、胸の前で手をギュッと握りしめ、消え入りそうな声で頭を下げた。
「えっ……? なにが? 俺、何かされたっけ……?」
「シャルルのことだよ……。私が勝手なこと言って、二人を気まずくさせちゃったから……」
あぁ……あの馬車の中での勘違い事件のことか。
「いや、あれは俺も反省したんだ。ルミナという最高の彼女がいるのに、無自覚とはいえ他の女の子のことを意識しちゃってたんだから……。いくらランカーになったからって、そんなの絶対にダメだよな。それに……本当にシャルルのことが好きなのかって言われたら、全然違った。俺が心から好きなのは、ルミナだけだってハッキリ分かったよ」
「そっか……。……でも、私ね、ちょっとホッとしたの」
ルミナの瞳から、ポロリと大きな涙の粒がこぼれ落ちた。
「私……本当は、すごく不安だったの。ルクスが他の女の子にとられちゃったらどうしようって……。ルクスは優しいから、もし二人とも好きになったら二人とも大切にしようとしてくれるかもしれない……。でも、私に対する愛情が薄れていっちゃったらどうしようって思うと……悲しくて、怖くて、胸が張り裂けそうだったの……っ」
ポロポロと涙を溢れさせながら本音を漏らすルミナ。
きっと彼女は、自分の嫉妬や独占欲という醜い感情を押し殺してまで、俺やシャルルのために「三人で上手くいく方法」を必死に模索してくれていたのだ。自分の心を傷つけながら。
胸が締め付けられるような愛おしさに動かされ、俺はルミナの隣に座り、その華奢な体を強く抱きしめた。
ルミナは俺の胸に顔をうずめ、子供のように声を漏らして泣いた。
「ごめんな……こんなに不安にさせて。俺はルミナだけを愛してるよ。これは一生、何があっても変わらないから。これからも永遠に、ルミナだけを愛し続ける。だから——」
不安がらないで、と伝えようとしたその瞬間。
ルミナが勢いよく顔を上げ——涙で濡れた瞳のまま、その柔らかい唇を俺の唇へと強く押し当ててきた。
——時が止まった。
驚きで見開いた俺の視界には、すぐ目の前でぎゅっと優しく目を閉じているルミナの美しい顔があった。
吸い寄せられるように、俺もゆっくりと目を閉じる。
どれほど長い時間、お互いの温もりを確かめ合っていただろうか。
どちらからともなく、名残惜しそうにスーッと唇が離れた。
まぶたを開けると、そこには涙の痕を残しながらも、太陽のように眩しく輝く笑顔を浮かべたルミナがいた。
「ありがとう……っ! 私も、ルクスが世界で一番大好きだよ。これから何があっても、永遠に貴方だけを愛し続けます!」
ルミナとの、待ち望んでいた初めてのキスは——。
頬をつたって落ちてきた彼女の涙で、ほんの少しだけ、しょっぱい味がした。




