シャルルの気持ち
エドゥーとバルトのノーガード殴り合いは、およそ五分ほど続いた。
お互いに回避も防御も一切投げ捨て、拳だけでゴツゴツと顔面を殴り合っていたため、二人の顔はみるみるうちにボコボコに腫れ上がっていった。
そして——。
「よっしゃぁぁぁッ! 俺の勝ちだなッ! プラシアに帰るぞオルァッ!」
最後はバルトの渾身のアッパーカットがエドゥーの顎へ激しく直撃し、エドゥーはドスンと大の字に倒れ伏した。
「ち、ちくしょう……一日に……二回も負けるとは……」
(うーん、純粋な殴り合いならエドゥーの方が上かと思っていたが……俺との戦いのダメージが相当残っていたんだろうな)
俺としては、エドゥーには是非とも王都のグレイブへ挑みに行ってほしかったのだが……まあ仕方ない。バルトとプラシアに帰った後、傷が癒えたら一人で挑みに行くだろう。
勝ったバルトも流石にダメージが限界突破していたらしく、その場にズサッと座り込んだ。
「と、というわけで俺たちもプラシアに帰るけど、見ての通りボロボロだから少し休んでから出発するわ。シャルルたちは馬車で先に帰ってくれな」
「じゃあ、お言葉に甘えてそうさせてもらおうかな。……ルクスさんは今後の予定って決まってるんですか?」
あぁ、そういえばまだシャルルちゃんには話していなかったな。同じパーティーになった以上、今後の目的地や方針はみんなで共有しておかなければ。
「うん、一応決まってるよ。帰りの馬車の中で詳しく話すね」
「はい、わかりました!」
こうして俺たち三人は、ボロボロになったエドゥーたちと別れを告げ、プラシア行きの馬車へと乗り込んだ。
◇
がたごとと揺れる馬車の車内。
座席の配置は、俺とルミナが並んで座り、その真向かいにシャルルちゃんが座る形になった。
この馬車は三人並んで座れる幅があったので、一瞬「両手に花というやつを味わってみたい……」という邪念が頭をよぎったが、やっぱり俺はルミナを何より大切にしたいので、これで正解なのだ。
馬車の中では、ルミナが積極的にシャルルちゃんへと話しかけていた。
「シャルルさんは、やっぱり魔法が得意なんですか? どんな魔法を使うんですか?」
「そうですね。基本的には後方から魔法で火力を出して援護するのが私のスタイルです。接近戦は本当に全滅で……つばぜり合いとかされたら一発で吹き飛んじゃいます。使うのは主に上級の属性魔法ですね」
確かに、シャルルちゃんが剣を振り回して前線で殴り合っている姿は想像がつかない。
……しかし、二人の会話を聞いていると、お互いにどこか丁寧な敬語が抜けていない。もうギルド職員と一冒険者という間言柄ではないのだから……よし。
「ねぇ、二人とも。俺たちはもう同じパーティーの仲間なんだし、敬語とか使うのやめないか? そんな風に気を使っていたら、これから先、本音で言いたいことも言えなくなっちゃうしさ」
俺が提案すると、ルミナが真っ先に頷いた。
「私は全然構わないけど、シャルルさんはどう?」
「私も大丈夫ですよ! ……あ、でも長年の職員としての癖が抜けなくて、ついつい敬語になっちゃうかもしれませんが……頑張ります!」
二人とも大賛成のようだ。
「よし、じゃあ決まりね! 改めてこれからよろしく、シャルル!」
「ふふ、元々ルクスは私に対して敬語なんて使ってなかったじゃない。……あっ! 『さん』付けもナシにしない? そっちの方が断然仲間って感じがするでしょ!」
「そうですね! 『シャルル』って呼び捨てでいいですよ、ルミナ」
「ふふ、ありがとう、シャルル!」
二人とも実に楽しそうに笑い合っている。うん、これなら新しいパーティーになっても上手くやっていけそうだ。シャルルはまだ敬語が抜けきっていないみたいだが、まあ追々慣れていくだろう。
「……ルクス?」
突然、さっきまでニコニコしていたルミナが、低く鋭い声で俺を睨みつけてきた。
(えっ……な、なに? 俺、また何かやらかした……!?)
「な、なに……? ルミナ……?」
「ルクスも、ちゃんと『シャルル』って呼び捨てで呼びなさいよ? ……もし『ちゃん』付けなんてしたら……私、許さないんだからね?」
(あぁ……そっちの警戒か……!!)
あんまり自信はないが、ルミナの瞳は本気の眼光だ。ここで日よけたら男がすたる……!
「わ、わかってるよ。……これからよろしくね、シャルル」
「う、うん……っ! よろしくお願いします、ルクス……っ」
照れているのか、シャルルは顔を赤くして伏し目がちになっていた。
その甘酸っぱいやり取りを見て、ルミナも「よろしい」と満足そうに深く頷いている。
——と、そこへ。ルミナが突如として極大の爆弾を放り投げた。
「ところでシャルルって、今好きな人とか、お付き合いしてる人とかっているの?」
「えっっッ!!???」
唐突すぎる恋バナ攻撃を喰らい、シャルルの目が泳ぎまくって完全に冷静さを失った。
「ど、どうしたんですか急にっ!? わ、私っ!? 私にはそんな人いませんよっ!?」
「ほんとに〜? 実は……ごく身近に、大好きな人がいるんじゃないの〜?」
ルミナの追い打ちにより、シャルルの顔は一瞬でゆでダコのように真っ赤に染まった。
「な、な……なんで……っ」
「ふふん! そんなの、横で見ていれば一目瞭然だもの!」
腕を組み、ドヤ顔で胸を張るルミナ。
隣にいる俺はというと……あまりにも可哀想でシャルルの顔を直視できずにいた。
「……そっか。横で見ていれば分かる……か。ダメだな、私。……あの人には、もう大切な相手がいるのに……」
シャルルが消え入るような、蚊の泣くような小さな声で呟いた。その声には、すべてを諦めた切ない哀愁が漂っていた。
「……エドゥー……」
「「……え???」」
「さようなら、エドゥー……。ランカーになれるといいね……」
シャルルの大きな瞳から、ポロポロと一筋の涙が溢れ落ちた。
……だが! 涙の美しさに感動する間もなく、焦り狂ったルミナが叫んだ!
「ちょ、ちょっと待ってッ!!? シャルルの好きな人って……エドゥーなのッ!!?」
「えっ……? さっき『見ていれば分かる』って……」
「えっ!? あッ……へ!? ほ、ほんとにッッ!!??」
ルミナの動揺と混乱ぶりが半端ではない。顔を真っ青にして手足をワタワタさせている。
無理もない。俺だって衝撃が高すぎて、言葉が1ミリも出てこないのだから!!
「えっ……? ふ、二人とも、一体『誰』だと思っていたんですか……?」
「いや……私、てっきりシャルルは……ルクスのことが好きなのかなって……っ」
(うわぁぁぁぁぁぁッッ!! このタイミングでそれを言うな言わないでくれぇぇぇぇッッ!!!)
俺が心の中で血の涙を流していると——シャルルは目を見開き、全力の驚愕顔になった。
「えぇぇぇぇぇッッ!!?? なんでですかッ!!? 全っ然違いますよッッ!!!」
……完璧なまでの、100%の全力否定である。
ダメージが容赦なさすぎる。
「い、いやだって……私とルクスが付き合ってるって話を聞いた時、すごく悲しそうな顔をしてたから……」
「う〜ん……それは何というか『可愛がっていた弟が、別の女の人の所へ行っちゃった』みたいな寂しさですかね? 息子を嫁に取られたお母さんの心境に似てるかもしれません。確かにルクスさんは格好いいし頼もしいですけど……私の『タイプ』とは全然違います!」
(……知ってた。知ってたよ……俺が完全な自惚れ野郎だったってことはさぁぁぁッ!!)
「そ、そうなのね……。じゃあ、私、エドゥーとシャルルを引き離すようなことになっちゃって……悪いことしちゃったのかな……?」
「あ、それは全然大丈夫です! エドゥーには愛する奥さんもいるので私も諦めるために、今回のクエストが終わったらパーティーを抜けるつもりでしたから。……むしろ、二人と新しいパーティーを組ませてもらえて感謝してます」
シャルルは涙を拭うと、いつもの可憐な笑顔を取り戻していた。
せめて感謝してくれているのが救いだが……もしこれが無かったら、俺たちはただの「意中の男から無理やり引き剥がした最低の悪者」になるところだった。
(……ほんと、俺ってば最高のピエロだな……)
俺はガタゴト揺れる馬車の中で、静かに遠い目をして窓の外の景色を眺めるのだった。




