C級クエスト前夜
「いやー食った、食った! サンドラのマンゴンは別格だな!」
アルスは大きく膨らんだ自慢の(?)狸腹をパチパチとさすりながら、心底満足そうに息を吐き出していた。ギルド職員のお奢りだからといって、限度というものを知らないのだろうか。ただでさえ最近は腹周りの肉が気になると母さんに絞られているというのに、学習能力というものが皆無である。
「ルクス、もういいのか? もっとガッツリ食わないと大きくなれないぞー」
「もうお腹いっぱいだよ。ご馳走様でした」
手を合わせてお辞儀をする。本当は前世の感覚でもっと胃袋に詰め込みたいところなのだが、十二歳の肉体スペックでは限界が来るのも早い。
ただ、出された料理はどれも本当に絶品だった。特に名産のマンゴンは、果汁が溢れ出すほどの甘さで感動的な美味さだった。これは何としても母さんへのお土産として持ち帰らねばなるまい。
「よしっ、明日はいよいよゴーレムの討伐だな。まぁ……ルクスが本気を出せば、何の問題もないだろう……と言いたいところだが、Cランクパーティーの先動隊が戻ってないのが気になる。一応注意しておくにこしたことはないぞ」
ふと、アルスが何かを全て見透かしているかのような、ニヤリと意味深な笑みを浮かべてこちらを見てきた。
(……おいおい、マジか。やっぱり俺が今まで圧倒的に手加減してたこと、うっすら感づいてるのか……?)
察しのいい父親に冷や汗をかきつつも、俺は「健気で未熟な十二歳」の演技を崩さない。
「ゴーレムと戦うなんて初めてだから、ちょっと怖いなぁ……」
「ははっ、大丈夫大丈夫! 弱点もはっきりしてるし、所詮はC級だ。お前の実力なら余裕だって。さ、明日に備えて今日は早めに寝るぞ!」
「うん、わかった!」
アルスの言う通り、ここ三日間は馬車での野宿続きで身体も疲れていたのだろう。フカフカのベッドに潜り込むと、俺は吸い込まれるように深い眠りについたのだった。
◇
翌朝、窓から差し込む眩しい朝日の光で目が覚めた。実にスッキリとした、最高の目覚めだ。
ふと隣のベッドを見ると、アルスが大口を開けて「ゴーーーーッ……ピーーーッ……」と豪快なイビキをかきながら熟睡していた。
「お父さん、起きて! ゴーレムの討伐に行くんでしょ!」
「んぅ……あと五分……」
(……どっちが子供なんだか)
結局、「あと五分」を六回ほど繰り返し、予定より三十分遅れでようやくアルスが目を覚ました。
「いやーすまんすまん! 実は昨日、緊張のあまりなかなか寝付けなくてさぁ!」
「お父さん……昨日、僕より早く寝て爆睡イビキかいてたよ」
「…………大変申し訳ございませんでした」
速攻で土下座スタイルで謝罪する親父を立たせ、気を取り直して装備と持ち物をチェックして宿を出た。
街に出ると、早朝だというのに肌を刺すような熱気が押し寄せてくる。さすがは熱帯の国だ。
目的地であるオアシスは、気温四十度を超える過酷な砂漠の中にあり、徒歩で片道三時間ほどかかるらしい。当然、大量の飲料水が必須となる。
一応、魔法で生成する水もあるのだが、なぜかこの世界の生成水はバランスが悪いのか、飲むと高確率で盛大に腹を下すという妙な仕様があるのだ。そのため、冒険者は生活用水ではなく飲み水として必ず現地の飲料水を購入するルールになっている。
俺たちは水分を確保するため、街道沿いの道具屋へ立ち寄った。
「なっ……水一本で『千ピア』だぁ!? 相場の十倍じゃないか!」
水が入ったガラス瓶を手に、アルスが目を丸くして叫んだ。
「申し訳ございません……。オアシスがゴーレムに占拠されてから水量が激減しておりまして、価格が高騰しているのです……」
店主も心苦しそうに頭を下げている。
「……背に腹は代えられんな。よし、八本くれ!」
「毎度ありっ!」
片道一人一本あれば足りる計算だが、過酷な砂漠地帯で何が起きるかは分からない。予備を含めて多めに備えておくのが冒険者の鉄則だ。
お互いのアイテムボックスに四本ずつ納め、いざ砂漠へ向かおうと街の門へ向かった――その時だった。
「す、すいません! 私も……私も一緒に連れて行ってくださいっ!!」
背後から切羽詰まった甲高い声が響き、俺とアルスは同時に振り向いたのだった。




