食堂事件
俺とルミナは、ギルド内にある活気あふれる巨大食堂へと足を踏み入れた。
せっかく俺が夕食を奢ることになったのだから、さっそく授かった『ランカーの腕輪』の特典を試してみようという話になったのだ。
……まさか、この後にあんな悪夢のような事件が起ころうとは知らずに。
ちなみに、このギルド食堂の料金は「完全先払い制」となっている。荒くれ者の冒険者が多いため、酒が回ると支払いを踏み倒そうとする奴らと揉めて大変だからだ。実際、まだ日が落ちたばかりの早めの時間だというのに、周りのテーブルでは既に酔い潰れて寝ている奴や、大声でバカ騒ぎしている冒険者で溢れ返っていた。
俺はルミナの分のメニューと合わせて注文を出した。いつもの如く、到底二人で食べる量ではないため、注文を聞く受付のお姉さんに「間違いありませんか……?」と二度聞きされた。まぁ、ここまではいつものお約束だ。
「はい、お会計は合わせて5300ピアになります!」
笑顔のお姉さんが金額を提示したその瞬間——俺は自慢げに「待ってました」とばかりに袖をサッとめくり、右手首に輝く【Ⅳ】の腕輪をこれみよがしにお姉さんの目の前に突き出した。
「ふっ……これでお願いします」
お姉さんはチラッとその腕輪に視線を落とした。
「……これ、ですか……?」
「(ふふん、驚いたかな?)……ええ、これで」
あれ……? よく見えていないのかな?
そう思った俺は、腕輪に刻まれた【Ⅳ】の刻印がよく見えるように、お姉さんの目と鼻の先まで腕をぐいっと突き出した。
すると、さっきまで営業スマイルを浮かべていたお姉さんの表情が、急にひきつり始めた。
「あのぉ……なんですか……? あ、す、すごく格好いい腕輪ですね! デザインも個性的でとってもお似合いですよー! ……で、これでいいですかね? 5300ピアになりますので、早くお支払いをお願いできますかー? 後ろのお客様も並んで待っていらっしゃいますのでっ」
「おいおい坊主、何やってんだよ! 早くしろよ、こっちは腹が減ってたまらないんだよ!」
後ろの列に並んでいた巨漢の冒険者からも、イライラした怒声が飛んできた。
(……おかしい。何かが、絶対におかしいぞ……!?)
俺は文句を言ってきた冒険者にもこの【Ⅳ】の腕輪の凄まじい威圧感が見えるよう、クルリと振り返って腕を提示した。が……
「なんだよ坊主〜! その腕輪、隣の可愛い彼女にでも買ってもらったのかぁ? あー格好いい格好いい! 自慢したい年頃なのは分かるが、早くお金払ってくれやー!」
「「「ギャハハハハハハハッッ!!!!」」」
後ろに並んでいた荒くれ冒険者たちが、お腹を抱えて大爆笑し始めた。
受付のお姉さんまでもが、口元に手を当ててクスクスと失笑している。
ふと隣を見ると——ルミナまで「ぷっ……」と顔を背けて、肩をプルプル震わせながら必死に笑いを堪えているではないか!!
(は……っ、恥ずかしすぎるぅぅぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!!!)
グレイブのクソ親父め!! 嘘つき!!
何が「ギルドの施設が全てタダになる」だ!! 何が「冒険者たちから憧れと尊敬の眼差しを向けられる」だ!!
ドヤ顔で腕輪を突き出してキザに格好つけた俺が、ただのイタいバカみたいじゃないかぁぁぁぁぁッ!!
羞恥心が臨界点を突破し、次の瞬間、それはドス黒い「殺気」へと変わった。
◇
俺は再び、ギルドマスター室の前に立っていた。
そして、溢れ出る怒りに任せて——
——ドカァァァァァァァンッッ!!!!
重厚な木製の扉を、前蹴り一撃で半分に蹴り破った。
中にいたグレイブさんは「敵襲か!?」と跳ね起き、身の丈を超える長槍を構えて戦闘体制をとったが、煙の中から現れた俺の姿を確認すると、ハッと引きつった表情を和らげて槍を納めた。
「あ、あれ……? どうしたんだいルクス君、そんな凄まじい殺気を放って扉をぶち破るなんて……。久しぶりに凄腕の刺客が来たかと焦ったよ……」
「……俺を『敵』として受け取っていただいても構いませんが?」
「ちょ、ちょっとルクス! 落ち着いてっ! まずはグレイブさんの話を聞きましょう!?」
鬼の形相の俺をルミナが必死になだめ、俺たちは再び向かい合ってソファーに座った。
俺が蹴り破って外れた扉は、先ほどのテーブルと同じく、ガムテープでぐるぐる巻きに補修されて壁に立てかけられていた。俺とルミナのせいで、この部屋は着実にゴミ屋敷へと変貌を遂げつつある。
「……いったい全体どうしたというんだ? さっきこの部屋を出てから、まだ十分も経っていないというのに……」
「グレイブさん……謝るなら今のうちですよ……」
「だから何にだよっ!? 本当に理由が分からないんだよぉぉっ!」
「分からないなら、俺がさっき体験した『地獄の悪夢』を事細かに説明して差し上げますよ……」
俺は、食堂で起きたあのあまりにも惨痛な赤っ恥事件の一部始終を語った。
それを聞いたグレイブさんは、
「……そんなバカな……っ!?」
と絶句し、腕を組んでうーんと唸り始めた。
「恐らくだが……この王国で『ランカー』として登録されているのは、最近まで俺一人だけだったんだ。今はルクス君がいるがね。そして俺はこの街のギルドマスターだ。この街の職員や冒険者たちは、俺のことを『マスター』として認識して接しているから……若手の職員や新参の冒険者は【ランカーの腕輪】の存在自体を知らないのかもしれない……」
……それって単に、ギルドマスターとしての教育や周知が行き届いてないだけじゃないか!?
被害に遭ったのが俺だったからドアの破壊で済んだものの、もし気の短い血気盛んなランカーが遊びに来てあの扱いを受けたら、ギルド食堂ごと皆殺しにされていたぞ!?
「ち、ちょっと待っててくれ! 今すぐみんなに説明して教育してくるから! すぐ戻る!」
焦ったグレイブさんは風のように部屋を飛び出していった。
……と思ったら、ほんの五分ほどで汗だくになって戻ってきた。
「よしっ! これで完璧だ! ……しかし何だかんだ言って、ルクス君もちゃんとランカーとして優遇されたかったんだねぇ。安心したよ」
「それは違いますッ!!」
俺は間髪入れずに全力で否定した。
どうせこれからランカーとして刺客に狙われる地獄の日々が始まるのだ。ならば利用できる特典くらい、とことん利用して得をしなければやっていられないと思っただけなのだ!
「……あ、そういえば。これで明日、あの『スキルをおしえる券』が使えなかったら……俺がどうなるか分かりませんからね? 大丈夫ですよね?」
「ひっ……!」
俺はグレイブさんから貰った例の紙切れをヒラヒラと見せつけた。
もう二度とあんな恥をかくのは御免なので、念には念を入れて釘を刺しておく。
「あ、あぁ……大丈夫だ! 大丈夫だが……念のため、明日俺も一緒に付いて行こうかな……! 念のためね!? だから行く前に一回ギルドに寄ってくれ!」
「……」
やっぱり怪しい……。もうこのオッサンの言うことを100%信用するのはやめよう。
「分かりました。じゃあ今日は大人しく夕食を食べて宿に帰るので、明日また来ます」
◇
俺とルミナは、気を取り直して再びギルド食堂へと戻った。
——そして、そこには驚愕の光景が広がっていた。
食堂の受付のお姉さんから、厨房の調理師、そしてさっき俺を「彼女に買ってもらったのか〜?」と爆笑した荒くれ冒険者たち全員が——通路にズラリと綺麗に一列に並び、床に額をこすりつけ、両手を地面についていた。
そう、完璧なフォームの【土下座】である。
普通に食事をとっていた他の冒険者たちが「な、何事だ……!?」とザワザワと大騒ぎしている。
注文をとってくれた受付のお姉さんが、額を床につけたままチラッと顔を上げ、俺の姿を確認した。
「こ、この度は無知ゆえとはいえ……ランカーのルクス様に過大なるご無礼と恥をかかせてしまい、誠に申し訳ございませんでしたぁぁぁぁッッ!!!!」
後ろに綺麗に並んだ巨漢の冒険者たちも、声を揃えて地響きのような大声を張り上げた。
「私ごときがルクス様に向かって『坊主』などと暴言を吐き、さらに我ら冒険者の至高の憧れであるランカーの腕輪を嘲笑ってしまい、死んでお詫びしたいくらい申し訳ございませんでしたぁぁぁッッ!!!!」
(……頼むからカンベンしてくれぇぇぇぇぇぇッ!!)
俺が望んだのはこんな大騒ぎじゃない!! 誰もこんな過剰な平伏なんて求めていないんだ!!
とりあえず、このシュールすぎる土下座集団を立たせなければ!
「あ、あの〜……もう全く気にしてないんで! とりあえず皆さん、立ち上がりましょうか……?」
そう言って、俺はお姉さんにそっと救いの手を差し伸べた。
「ヒッッ……ぁぁぁぁぁぁぁっっ!!?? 命だけは……命だけはお助けくださいぃぃぃぃぃッッ!!!!」
俺の手が視界に入った瞬間、お姉さんは悲鳴を上げて頭を抱え、ガタガタと恐怖に震えながら命乞いを始めた。
(……グレイブのオッサン、あのたった五分間で一体どんな脅し文句を吹き込んだんだよぉぉぉぉぉッッ!!??)
その後——
俺が「滅ぼしたりしないから」「怒ってないから」「本当に安全で優しい人間だから」と全員を説得し、納得してもらうまでに丸々一時間かかった。
……さすがにお腹が減りすぎて、倒れそうだった。
次回予告:ルクスのスキルとは!!
恐らく明日か明後日には更新できますので宜しくお願いします。




