報酬
俺はあまりのショックと絶望の深さに、ソファーへと崩れ落ちて深々と落ち込んでいた。
「ル、ルクス君……元気を出したまえ。ランカーの立場というのも、決して悪いことばかりではないのだよ? ギルドでのクエスト報酬は割増しになるし、アスールのギルド施設は宿泊・食事含めて全て『完全無料』で利用できる。街を歩けば憧れの存在として他の冒険者から羨望と尊敬の眼差しを向けられることも多いはずだ。それに、戦争中でさえなければその腕輪を見せるだけでどんな大国の国境チェックも一発でフリーパスだ。ロッソへ行く時だって、間違いなく役に立つはずさ」
ランカーとしての破格のメリットをグレイブさんが必死に説明してくれたが、平和なスローライフを愛する俺の心には少しも響かなかった。
「……それに、だ。女性冒険者や街の女の子たちからモテモテになるぞ……?」
ピクッ。
今まで何を言われてもピクリとも動かなかった俺の身体が、その一言にだけ過剰な反応を示してしまった。
「乗ってきた」と踏んだのか、グレイブさんがニヤリと悪い笑みを浮かべ、俺の耳元で畳みかけてくる。
「ナンパでもしようものなら、街の女の子ならその腕輪を見せるだけでほぼ100%成功する。いや、街の女の子どころか、貴族の令嬢や王族の姫君だって余裕で狙えるかもしれない。言わばランカーの腕輪とは、全女性を射止めるための『最強の兵器』なのだよ! ……そしてもう一つ、ランカーだけに与えられた『特権』が存在する……」
いつの間にか項垂れていた俺の顔は上がり、グレイブさんの顔をまじまじと見つめていた。
「……その特別な権利とは、一体何ですか?」
「ふふふ……王族が一夫多妻制を認められている理由は知っているね?」
「は、はい。優秀な王族の血筋を多く後世に残すため、ですよね……? ま、まさか……」
「そうだ。人類の至宝たるランカーもまた、優秀な遺伝子を多く残せるよう——法律で【一夫多妻制】が公然と認められているのだよ」
(ま、マジかよ……ッ!? そんな夢のような法律がこの世に存在していいのか……!?)
落ち着け、俺。頭を整理するんだ。
まとめると、ランカーになると尋常じゃないくらいモテる。なおかつ、大勢の魅力的な女性の中から一人を選ぶ必要がなく、全員を幸せにできる。つまり……男の永遠のロマン『夢のハーレム生活』が公式で許可されているということ……!?
いやいやいや! 俺にはルミナという最高に可愛いパートナーがいるじゃないか! ルミナを裏切るなんて男として最低だ!
……でも、ハーレムかぁ。男として一度は夢見るシチュエーションだよなぁ……ぐふふ……。
——バキィィィィィィィィィンッッ!!!!
突如、部屋中に響き渡った凄まじい破壊音。
俺たちの目の前にあった重厚で頑丈そうなローテーブルが、真っ二つに叩き割れて砕け散った。
見ると、隣でルミナが真っ白な拳を握りしめたまま、静かに立ち上がっていた。
「ルクスぅ〜? なにを顔をデロデロに緩めてニヤニヤしてるのかなぁ〜? グレイブさんの悪魔の囁きに、見事に毒されちゃったのかなぁ〜? ちょっと見ていて直球で気持ち悪いからその顔やめてほしいなぁ〜。……やめないと、顔の形が概念レベルで変わるまで殴っちゃいそうだなぁ〜?」
(ヒッっっ……!!??)
背筋に凍りつくような冷気が走った。
……これ、本当にいつものルミナか!?
目が全く笑っていない無表情のまま、ゆらりと立ち上がり、絶対零度の殺気を撒き散らしながら俺を見下ろしている。
「ル、ルミナ!? 大丈夫だよっ! 俺はルミナ一筋だから! ルミナだけを愛してるから! 心配することなんて何一つないからねっ!?」
「……あやしい」
やばい……ッ! 全魂を込めた「愛してる」の言葉が、彼女の冷え切った警戒心に一ミリも届いていない!
「だ、大丈夫だって! あっ、ほら! お腹空かない!? なんでも好きなもの奢るから、ご飯食べに行こうよっ! ね!?」
「……私がいつも食べ物で釣られると思ったら、大間違いよ」
な、なんだってぇぇぇぇッ!!??
あの「食欲の権化」とも言えるルミナが、食べ物の提案で機嫌を直さないだと……!? 事態は俺が思っている以上に深刻だ!!
「ル、ルミナさん! ルクス君は大丈夫だよ! きっとルミナさんだけを真摯に……」
「グレイブさんは黙っててくださいっ!! そもそも全部グレイブさんの余計な悪魔の囁きのせいですからね!? しっかり反省してくださいっ!!」
「はいっ! 大変申し訳ありませんでしたっ!!」
王国の最高戦力たるギルドマスターが、16歳の少女に一喝されて即座に背筋をピンと伸ばして謝罪している……!
「さあルクス。グレイブさんは謝ったわよ。……あなたは私に言うべきことはないのかしら?」
ルミナは胸の前で腕を組み、仁王立ちで俺を威圧してきた。全身から溢れ出るプレッシャーが半端ではない。
「ご、ごめんなさい……っ!」
「聞こえないわ」
「他の女の子とのハーレム妄想をしてニヤニヤして、本当に申し訳ございませんでしたぁぁぁッ!!」
若い女の子一人に対して、土下座勢いで謝罪する二人のランカー。
……世界のどこに、こんな情けないランカー達を尊敬の眼差しで見てくれる冒険者がいるというのだろうか。
「……ふん。今回だけだからね。お詫びに今日の夕食は、高いお店で思いっきりご馳走しなさい」
(……結局、ご飯は奢らされるのね)
安堵の息を吐きつつも、ルミナの嫉妬深さと束縛の強さを思い知らされた。今後は本当に言動に気をつけよう……。
◇
ルミナの機嫌がどうにか持ち直したところで、改めて三人でソファーに座り直した。
目の前にあるテーブルは、ルミナに叩き割られた裂け目をガムテープでぐるぐる巻きに補強され、惨めな姿で辛うじてテーブルとしての体裁を保っていた。
「……コホン。ルクス君、とりあえずランカーの件は一度諦めるしかない。幸い俺はこの街のギルドマスターだ。『ルクス君に不用意に手を出すと、俺が黙っていないぞ』と冒険者たちに語って固く牽制しておこう。少なくともこの街にいる間は、安心して過ごすといい」
「……助かります」
俺も腹を括った。今ここで悩んだところで腕輪が外れるわけでもないし、下手にうだうだ言ってルミナを再び「冷酷モード」に激怒させたら、今度は俺の首が粉砕されかねない。
「よし! じゃあ最後に、ドラグーン山脈の報酬を支払わなければな」
グレイブさんは胸ポケットから、二枚の紙切れを取り出した。
「ドラゴンの依頼達成の報酬だ。これを渡せば、例の情報屋のあいつが君たちの求める『スキル』を教えてくれるはずさ」
(やった……!!)
ドラゴンの主(仮)になったり、変な二人組のアニキとして慕われたりと色々大変だったが、これでようやく報われる!
何しろ一億ピア相当の報酬だ。流石はギルドマスター、太っ腹である。
俺が期待に胸を膨らませて受け取った二枚の紙切れには——手書きのひん曲がった汚い字で、【スキルをおしえる券】とだけ書かれていた。紙自体も、その辺のメモ帳を雑に破いてちぎったようなシロモノだ。
「……グレイブさん、これ……本当に本物ですか……?」
まさか、あの怪しい女情報屋に騙されてお金を騙し取られたんじゃ……。
「何言ってるんだ! 本物に決まってるだろう! わざわざあいつの家まで直接足を運んで頼み込んできたんだぞ? さすがに『一億ピアは高すぎる』と交渉して、1000万ピアに値切り倒して書いてもらったんだからな!」
(……いやいやいや! 絶対騙されてるだろそれ!!)
あのアコギでガメつい女性が、そんな大幅値引きの大サービスをしてくれるわけがない!
「グレイブさん、絶対それカモにされてますよ! いくらなんでも安くなりすぎですって!」
「大丈夫だって! プリンちゃんが俺を騙してお金を奪うなんてこと、絶対にあり得ないから!」
「……プリンちゃん?」
俺が聞き覚えのない甘ったるい名前をポロッと呟くと、グレイブさんは顔を真っ青にして「ハッ!」と己の口を手で覆った。
「……もしかしてグレイブさん。あの女の人……名前『プリン』さんって言うんですか……?」
「えーっ! なんか美味しそうで可愛い名前ですね〜!」
「わ、忘れてくれえぇぇぇッ!! 名前をバラしたことがあいつに知れたら、今度こそ確実に俺は嫌われてしまう……ッ!!」
その後、グレイブさんは半泣きになりながら「頼むからプリンちゃんには口が滑ったと言わないでくれ」と何度も何度も頭を下げて懇願してきた。
俺とルミナは苦笑いしながらそれを了承し、ギルドマスター室を後にしたのだった。
(……まあ、グレイブさんは既にスキルを教えてもらってるんだから、多少嫌われたって別にいいと思うんだけどなぁ)




