主の権限
「アニキ〜〜〜ッ!! 早くロッソに来てくださいねぇ〜〜〜ッ!!」
「待ってますからねぇ〜〜〜アニキぃ〜〜〜ッ!!」
元・ドラゴン誘拐犯にして、現・俺の年の離れた弟となった二人組は、涙を流しながら大きく手を振って去っていった。……最後まで怪しい奴らだったな。
俺たちは二人の背中を見送った後、これからの行動についてドラゴンたちと話し合いを持った。
「というわけで俺とルミナは、一度冒険者拠点であるブランの街へ戻ります。現在所属しているギルドのマスターに、ロッソへ行く許可と報告をしなければなりませんので」
「そうですか……。やはり『副主』としてこの山脈に留まっていただくことは叶いませんか……」
黒龍は深々とため息をつき、寂しそうに黄金の双眸を伏せた。
(いや無理だよぉ! ていうか『副主』ってなんだよ! そもそも人間がドラゴンの巣窟で暮らせるわけないだろ! 大体みんな普段何して生きてるんだよ!)
「すいません、俺たちにもやらなきゃいけない使命があるので……」
「そうか……。では『主(ルミナ様)』もご一緒に行かれるのですね?」
「うん!」
ルミナが元気に頷くのを見て、黒龍は「ハァ……」と二度目のため息をついた。主に置いていかれるペットみたいな顔をするのはやめてほしい。
「あ、でもね! ブランに帰る前に、ドラゴンの【主】として一つだけやっておきたいことがあるの!」
ルミナが急にキリッとした真真面目な表情を浮かべ、黒龍と金龍を見据えた。
ん? なんだろ……? 俺、何も聞いてないぞ?
「な、何でしょうか……主よ?」
「主になれば、ドラゴンの掟を自由に変えられるのよね? さっき金龍が主になったら『人間との共存をやめて滅ぼす』って言ってたみたいに」
「い、いえッ!? ああぁあれは……ッ! 原因となった密猟者を討ち取っていただきましたのでッ! 今は主のお仲間である人間様を滅ぼすなど、微塵も……これっぽっちも思っておりませんッ!!」
金龍が恐怖でガクガクと巨躯を震わせながら必死に弁明する。
さっきの密猟者といい、この金龍といい……強烈な恐怖を味わうと人間もドラゴンも一瞬で改心するんだな。
「で……具体的には、どの掟を変更されるおつもりで?」
黒龍が静かに尋ねる。ルミナは胸を張り、ニシシとドヤ顔を浮かべた。
「我が一族の決まりを変更します! ——『私たちを背中に乗せて、空を飛んでください』ッ!!」
(なるほどーーーッ!!)
そういえば最初のペーペーの赤龍が「人間を乗せて空を飛んだらダメな決まりがある」って言っていたな。
「……なんだ、そんなことでしたか。おやすい御用です。元々は弱き人間が上空から落命する事故を防ぐための掟。主とその伴侶ほどの御仁であれば、何の心配もございません」
黒龍は「人間虐殺の許可でも求められるかと身構えた」と言わんばかりにホッと胸を撫でおろした。
「ほんとに!? やったぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」
ルミナは飛んで跳ねて大喜びしている。そんなに竜の背中に乗りたかったのか。可愛い奴め。……まあ、かく言う俺も、伝説の龍の背で空を飛ぶなんて男の浪漫の塊だからワクワクしているのだが。
「では、広場へ出ましょうか」
◇
洞窟の外の広場へ出ると、黒龍がその巨大な身体を低く屈めてくれた。
俺とルミナは手際よくその背へと跨る。
黒龍が立ち上がると、それだけで視界が一気に数メートル跳ね上がった。
バサァァァァァッッ!!!!
漆黒の巨大な翼が力強く打ち振るわれ、凄まじい風圧が周囲の木々を激しく揺らす。
次の瞬間、身体がふわりと浮き上がったかと思うと、猛烈な重力と共に一気に天空へと垂直上昇を開始した!
「しっかり掴まっていてくださいね。……では、参りますぞー!」
黒龍の声と共に、景色が高速で下へと流れていく。
雲を突き抜け、どこまでも広がる蒼穹へ。黒龍は大空を悠々と、かつ豪快に旋回してみせた。
「きゃあぁぁぁぁぁッ!! すっごーーーいッ!! ルクス見て見てーッ! さっきまでいた山があんなに小さくなってるよーッ! あ、向こうに街が見えるー! 人が小人みたーい!」
ルミナはテンションMAXで、俺の腕をバシバシ叩きながらはしゃぎ倒している。
「うっ……あ、あぁ……す、すごい……な……」
「ん? どうしたのルクス、顔色が土色だよ?」
そう……俺は、激しく『龍酔い(船酔い)』を起こしていた。
「ちょっと……気持ち……悪く……て……っ」
100回の人生を経験してきた俺だが、ドラゴンによるアクロバット飛行の「三次元的な加速と重力」には三半器官が耐えきれなかったらしい。
……しかし、背の上でそんな地獄のドラマが起きているとは露ほども知らない黒龍は、「主たちをもっと楽しませて差し上げねば!」と気を利かせてしまった。
ドギャァァァンッ!!
と音速を超えるような勢で急上昇したかと思えば、急降下からの急旋回を連続でぶちかます!
「キャァァァァァァァッッ!! 楽しーーーッ!!」
ルミナは叫びながら大爆笑しているが。
俺は……もう……限界だった。
(すまん……黒龍……ッ!!)
俺は黒龍の滑らかな黒い鱗の背中へ向けて、胃の中のものを容赦なく盛大に噴射した。
「きゃあああぁぁぁぁぁぁぁッッ!!?? ちょっ、大丈夫!? ルクスぇぇぇぇッ!!??」
先ほどまでの歓声とは明らかに質の違う、ルミナの悲鳴が青空に響き渡った。
背中に伝わる不穏すぎる生温かい感触に、黒龍も飛行をぴたりと止めて羽ばたいたまま首を捻った。
「あのぉ……主よ。背中がなんだか凄く『生温かい液体』で満たされているのですが……何かありましたでしょうか?」
「ご、ごめんね黒龍ッ!! ルクスが吐いちゃったぁぁぁぁッ!!」
「なッ……!!???」
◇
……数分後。麓の広場。
「ほんま大変でしたなぁ、黒龍様……」と冷や汗を流しながら、あの変なしゃべり方の赤龍が巾と水魔法で黒龍の背中をゴシゴシと必死に清掃していた。
「ごめんな、黒龍……。どうしても我慢できなかったんだ……」
「し、しょうがないですよ……。私も久々の飛行でテンションが上がり、調子に乗ってアクロバットをしてしまいましたから……」
そう言ってもらえると本当に助かる。……助かるのだが、隣のルミナが猛烈に不機嫌だった。
「全くもう! ルクスのせいで台無しじゃない! 気分最高だったのにぃ〜〜〜っ!」
腕を組んでぷくーっと頬を膨らませるルミナ。……ちょっとどころか、相当不機嫌だ。
「ごめんって……。ブランの街に帰ったら、美味しいお店で何か好きなもの奢るからさ……」
「えっ!? ほんと!? じゃあ許すッ♪」
(……ちょろいなッ!!)
一瞬で満面の笑みを取り戻したルミナを見て、俺は安堵すると同時に少し不安になった。
……この子、『美味しいもの奢ってあげる』って言われたら、悪質なナンパ師にもホイホイついて行っちゃうんじゃなかろうか。




